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そして勇者は転生する  作者: 黒箱
オープニング
1/1

~とある世界と勇者の末路~


なぜそうなったのか、何一つ理解できなかった。


見渡す限りの、赤、赤、赤。


流された赤い血は、時間が経とうと大地ですら受け入れることはできず、

風に揺られて波紋を広げる溜まりとなっている。


原型をとどめない物言わぬ(むくろ)達は、人のものではなく、

その世界で"魔族"と呼ばれる者たち。


人類の天敵、悪魔の使い、神をも恐れぬ存在。


1000年の歴史の中で、ただ恐怖の対象として語り継がれる、

人とは決して交じり合わない者たち。



そんな魔族のたちの躯の中、"人"である男は自身の右手を眺めていた。



つい先ほどまで剣を握っていた右手。


今、目の前に広がる地獄を生み出した自身の右手。



「………なぜ、こんなことになった?」



口をついたつぶやきは、正しく男の心中を表している。


なぜこんなことになったのか、

何一つ理解できないのだ。


こうならないように手を尽くしたはずだった。


夢物語だと笑われるのも構わずに。

きれいごとと蔑まれるのもかまわずに。


ただ、がむしゃらに争いのない、

平和な世界を目指したはずだった。


そして、"それは一度は叶ったはずだったのだ"。



………なのに、自分は今、ここにいる。



争いの渦中、地獄の中心点、救いのない景色の中に。



「ここにいたんですね!」



声をかけられ顔を上げれば、

満面の笑顔を浮かべた、まだ少年と呼んでも差し支えない兵士の姿。


その顔は心底嬉しそうで、救われていて、

男はどうしようもなく胸が痛む。


ただ、それを顔に出せるほど、

男は素直でも純粋でもなかった。



「………君か。どうした。」



「どうしたじゃないですよ!戦争は終わったんです!

僕らの、"人類"の勝利ですよ!」



駆け寄り、目の前に立った少年。


その目は、尊敬の輝きに満ちていて、

それがさらに男の胸を抉る。



「これも全部、あなたの、"勇者"様のおかげです!」



嫌味でもなんでもない、純粋な感謝の言葉。


心の底から発せられたその言葉が、

あまりにも痛く、苦しい。



「そうだな………戦争は終わった。」



そう、終わったのだ。


人は天敵である魔族を討ち果たした。


文句のつけようがないハッピーエンドだ。

歴史は、これを偉業とたたえるだろう。


そして、男は"勇者"として、

永く永く、語り継がれていくことだろう。


救世の英雄、人々に希望の星として。

その生きざまは美談となって語り継がれるだろう。


わかっている。


それがわかっているから、男はあまりにも苦しく、痛い。



「………なあ、一つ聞いてもいいか。」



「はい、何でしょう?」



男は顔をあげる。


地平線まで続くのではと錯覚するほど、

一面に広がる血の海を、転がる躯を眺める。



「………この光景が、君にはどう見える?」



「どうって、勝利の証?でしょうか。

よくわかりませんが、人が魔の脅威からようやく解放された象徴のように見えます。

これから、ようやく本当の平和が訪れるんです!」



言葉にして実感し、興奮したのか、

後半は叫ぶように少年は声を張り上げる。


勝利の雄たけびのように、笑顔で。


そこには一片の邪気も悪意もなく、

心から平和な世界への期待がある。


それを見て、男はますますわからなくなった。



"どうして、こんなことになったのか。"



ただわかることは、自分が失敗したのだということ。


自分の選択が、行動が、決意が。


今を引き寄せたのだ。


ならば、きっと間違えたのだと、男はそう結論付けるしかなかった。


「………そうか、平和になるんだな。」


はい、と、笑顔の少年は大きくうなずく。



………その笑顔が間違いなのではない。


自分が間違えたのだ。


それでも、男にはもう何が正しいのかわからなかった。


だから、こうするしかないのだ。



「………なら、この平和を少しでも楽しんでほしい。

君たちが勝ち取った、この平和を。」



「何言ってるんですか!勇者様が一番この平和を楽しむべきですよ!

一番の功労者であるあなたが………。」



その言葉を、男が最後まで聞くことはなかった。


つい先ほどまで剣を握っていた右手に、

どこから現れたのか、再び剣が握られた。


その刃は、何の迷いもためらいもなく、

持ち主の首をきれいに()ねる。


残された体は持ち主を失って、

躯の一つとなって、溢れ出た鮮血は溜まりに交じりあう。


それは、どちらも赤く、赤くて、

違いは何一つ分からなかった。



その世界が平和になったその日、

英雄と呼ばれ、後に勇者とたたえられ、語り継がれる男は、

その世界から消え去った。


誰でもない、自分自身の手で。



目の前に立っていた少年は、何も理解できないままに。

その先、誰にも理解されることのない最期を迎えた。


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