08 過去:イテレーション
カズキの入学式から、1週間以上経過。
「なあ、未だに学校で皆藤とあれやこれやと噂されるんだが」
「え、カズキって皆藤くんが本命だったの!?」
「そんなお約束は要らん。入学式の日の母さんのことに決まってるだろ!」
うーん、そんなに目立ったのか。
「同中の連中を中心に根掘り葉掘り聞かれる俺達の身にもなってくれ」
「なんて聞かれるの?」
「『あの娘は誰だ!?学校中探してもいねえ!』は先週語り尽くしたから省略するな」
「『通学路で会って案内しただけ、もう母国に帰ったんじゃね?』でごまかしたんだっけ」
「一番辛かったのは『スリーサイズは!?』だ。名前を聞く前にそれだぞ?どうすんだよ」
「そんな友達とは縁を切りなさい」
ちなみに、若返った時の私のプロポーションは、可もなく不可もなくである。小さすぎず大きすぎず、細すぎずふくよかすぎず、小ぶりすぎずどっしりすぎず。そして、軽すぎず重すぎずだ!これ重要!
「スマホで写真撮ったやつもいてさあ。変なところに投稿するなよって念を押したが」
「しまったー!異世界転生する前に読モデビューしてまうー!」
「それはこないだ『ジャンル:恋愛』で見たタイトルだな。どっちだよっていう」
なお、そのWeb小説は1週間限定のスピード更新で大団円を迎え、結局、異世界転移しなかった。天使100人を恋人にして現実世界で無双してたから、『ジャンル:ローファンタジー』が適切であろう。
「そういえば、ひとりだけ変な質問してきた奴いたなあ。『彼女って、本当に10代?』とか」
「なんて答えたの?」
「『見たまんまだ』と返した」
トイレで鉢合わせたあの娘だよね。ふーむ。
「でも、それきっかけに、いろいろと話をするようになったな。もともとクラスメートだけど」
「ほうほう、新ヒロイン投入ですか」
「投入とか言うな。皆藤も一緒に話をしているから…って、なんで女子生徒ってわかった?」
「あっ」
「おらおら、この若作り、白状しろ!」
「きゃー」
かくかくしかじか…というほど長くはないか。かくしか。
「それ先に言えよ!」
「めんご。で、かなり仲良くなったの?皆藤くんレベルで話しておく?」
「いやー、まだだなあ。まあ、斉藤の家がどこかは、すぐわかったけど」
「へー」
へー。
「その娘の下の名前は?」
「えっと…芹香、だったかな」
「ふーん」
ふーん。
「わかった。じゃあまあ、その斉藤芹香ちゃんが気に入ったらウチに呼びなさい。品定めしてあげるから」
「や め ろ」
「あ、そろそろ御飯が炊けるよ。お皿出しといて」
「今日もレトルトか…」
とてとてとて
…
……
………
だんっ!
「異母兄妹パターンかよ!いや、異母姉弟か?」
確かに、同い年なら理屈は合うけど…!
これは、是が非でも会わないといけないわね…。
◇◇◇
4月も半ばの週末。
要するに、カズキに『斉藤芹香』ちゃんのことを聞いた週の週末である。
市内の郊外にでんと建つ、豪邸。
うん、確かにこれはすぐわかるわ。
プルルルル、プルルルル、…
がちゃっ
『…なんだ?』
「今、あんたの家の玄関にいるんだけど」
『っ!?…今、行く』
…
……
………
がちゃっ
「突然、なんだ」
「相変わらず、すごい豪邸ね。たっぷり1分はかかったわよ」
「…まあ、入れ」
「いいの?」
「…妻も娘も、出かけている」
ありゃ、芹香ちゃんには会えないか。まあ、変な修羅場?演じるよりはいいか。
てくてくてく
ぼすんっ
でっかいでっかいリビングの、ソファに座る。
「それで、何の用だ?」
「入学式の日に、学校で芹香ちゃんに会ったわ。まあ、会話らしい会話はしてないけど」
「…あの子も、あの学校に入ったのか」
「そーよ、私とあんたの母校にね」
既にお気づきのように、こいつがカズキの本当の父親である、斉藤 一。
私とは、まあ、腐れ縁だ。
「だから、気をつけてね。うっかり近親なんとかにならないように」
「既に知り合っているのか?」
「クラスメートだって」
「そうか…」
ふーむ、だいぶ落ち着いているな。最近まで、カズキのことをネタにすると動揺しまくってたのに。
「なんかあったの?あんたがそんな風に大人の反応をすると、虫酸が走るんだけど」
「いろいろあってな。ようやく、きっかけを掴めたというか…いや、なんでもない」
「?」
まあいいや、本題に移ろう。
「私、和樹を残して、来月外国に引っ越すから」
「何!?」
「だから、一応、御挨拶。芹香ちゃんのことを確認するついでだけどね」
「何が一体、どうなればそうなるんだ…!?」
いつもの、かくかくしかじか
「…1か月、日本にいなかったのか?」
「そう。でまあ、縁があって、その国に住むことにしたのよ。時々は戻ってくるけど」
「あの子は、連れていかないのか?」
「もう高校生よ?ひとりでも大丈夫よ、誰かさんと違って」
「俺のことか?」
「他に誰がいるのよ。小さい頃は典型的なお坊ちゃまで、自分ひとりでは何もできなかったくせに」
「昔のことは言うな!」
既にお気づ(略)、私とこいつとは幼馴染だ。
たまたま幼稚園が同じで、やはりたまたま小学校、中学も同じで…。
「確かに、高校生になってからのあんたは、別人のようになったけど」
「…入学が一年、遅れたがな」
「まさか同じ高校を受験し直すとは思ってなかったわよ。高校受験に失敗して、それからなぜか数か月ほど失踪して」
小さい頃は、良かった。お坊ちゃまと言っても、素直でかわいくて。カズキとそっくりで!
それが、失踪事件からのこいつは…。
「別に、あんたが家の財産でぶいぶいいわせるのはいいのよ。でもね」
「また、それか…」
「何度でも言うわよ!女とっかえひっかえの、ハーレム王気取りが!」
何をどうしたわけか、やたらと女を落とすようになったのだ。カズキの実の父親だけあってもともと顔はいいのだが、中学までの奥手少年とはうってかわって、手当たり次第というかなんというか。しかも不思議なことに、そんな節操のないアプローチに、周囲の女共は端からメロメロ(死語)になっていた。
「ホントに、どうなってるのかしらね…。由美ちゃんまで、こんな男に…」
「…むしろ、なぜお前だけが、未だに…」
「何か言った?」
「いや…」
ちなみに、失踪から戻ってきた直後のこいつは、私にも告りやがった。
いや、アレは告白とかじゃないな。『俺のモノになれよ当然だろ』的な。なんだそりゃって感じだ。
数か月行方不明になって、結構心配してたってのに…!
「なあ、お前はまだ独身…へぶっ」
「…っ!」
30年前と同じく、奴の頬に右ストレートをかます。
「伝えたいことは伝えたから、帰るわ。カズキのことで何かあったら、本人じゃなくて、兄さんに連絡しなさい。…聞こえてるでしょ?じゃあね」
スタスタスタ
◇◇◇
翌日。
約束通り、兄の家に出向く。
「というわけで、あいつには私から伝えるべきことを伝えたから」
「もう、勘弁してやれないのか…?」
「あいつ、今でもいろんな女と浮気しているから」
「そうなのか!?」
ああうん、いろんな証拠がね、あの豪邸のあちこちから反応したのよ。こっちの世界でも探索スキルは絶好調である。絶好調過ぎて泣けてきたのは秘密だ。くそう…。
「母さん、おじさんとの話は終わったのか?」
「ん。ごめんね、兄さんにちょっと面倒な書類手続きをお願いしてきたの」
「まあ、俺はこの娘と遊んでいたからいいけど」
「光源氏計画ね!」
「なんでだよ」
兄さんには既に孫がいる。血筋なのだろうか、どことなく由美ちゃんに似ている。
「和樹くんも時々はウチを尋ねなさい。必要なら、私が車で迎えに行くから」
「いえ、そこまでは…」
「いいじゃない!兄さんから、男のなんたるかをたっぷり学びなさい!」
「「おい」」
あの男よりは、はるかにマシだからね!
◇◇◇
そして、4月下旬の連休直前の平日。
「藤堂さん、女子社員一同から花束です!」
「ありがとー。嬉しいよ」
なんとか退職に持ち込めた。さっきのさっきまで引き継ぎ作業だったよ!
「これ…本社社長の奥様から…」
「あらら、課長が預かってくれたんですか」
社長夫人とは、結局電話であいさつしただけだった。まあ、あの男に一発食らわせたことを伝えたらウケたので、とりあえず良しとしよう。あいつの悪行は業界でも有名だからね。
「なあ、藤堂さん。もし可能なら、戻ってきた時に、パートで少しでも…」
「あー、いつ戻れるかわからないので、お約束はできませんね」
「そうか…」
まあ、来月末になったら検討しよう。向こうの世界で。今度はお土産でも持参できるといいなあ。
◇◇◇
そんなこんなで、5月の連休中のある日。
ファニールさんと約束した召喚日時だ。時刻は最初と同じく、深夜。
「準備おっけー!さー、来い!」
「あ、俺、リビングの外に出ないと。いってらー」
「むう、なんか冷たい…あっ」
空気が震え、2か月前の時と同じ魔法陣が現れる。
光の筋が走り、文字が浮かび上がり、輝きが増してくる。
「じゃあ、また来月―――」
◇◇◇
―――光が収まり、次第に見えてくる、地下空間。
魔法陣が描かれた石畳が、異世界を思わせる。妙に、なつかしい。
そして、これまた妙になつかしい、白いローブをまとった神官さん。
「勇者エリカ様、お待ちしておりました」
「おまたせ、ファニールさん。魔物の状況は予想通りですか?」
「はい。特に、東の辺境でゴブリンの上位種が増加しております」
ゴブリンかー。お肉、おいしくないんだよねえ。
まあ、さっさと討伐してしまおう。連休中にたっぷり寝ておいたせいか、あんまり眠くないし。って、それは最初の時もそうだったか。
「じゃあ、討伐の準備を…あ、向こうから持ってきたものがいろいろあるので、それ置いてからにしますね。部屋は同じところですか?」
「はい。今回は、マリエルがエリカ様のお世話をいたします」
おお!あとで一緒にお風呂だ!その後、女子会だ!
「荷物を部屋に置きましたら、国王陛下にお会い下さい」
「国王に?謁見が必要なの?」
「再召喚の御報告と、それと…エリカ様に、縁談のお話が」
…はい?
というわけで、次回から短編の続きですね。しかし、『あの男』の事情がまるわかり過ぎる…。