07 入学:アドミッション
異世界から戻ってきて3日後。カズキの高校の入学式がある日である。
私も保護者として参加するよ!
「その保護者が、なんで若返って制服来てんだよ!」
「いやー、入学手続きの資料見てびっくりしたわー。女子生徒の制服が私の頃と同じなんだもん」
「理由になってねえ。どこで新品手に入れたんだよ」
「そこはそれ、【リーインカネーション】で」
「あれって物にもかけられたのか!?」
『再生』っていうだけあってね。しかも生物と違って、ぽんっと1回かければおっけー。もちろん、その後は普通に古くなっていくわけだけれども。
「ということで、私の中高時代の服が新品で着られるの!残しといて良かったよ!」
「それ、便利過ぎないか?古着屋とかグッズ修復やれば儲かりそうだな」
「あら、いいわね。こっちの本職にしようかしら。Web店舗で通販とか」
実際、仕事やめたらこっちに1か月いて何するんだって話はあるね。こうしてカズキをからかったり、Web小説と深夜アニメを消化したり…あれ、結構忙しいな。今後のこともあるし、とりあえず調べるだけ調べておこうか、開業手続き。
「いやいや、そんなことよりも!」
「いいじゃない、高校までこれで一緒に行きましょ。学校に着いたら、トイレでぱぱっと着替えるから」
「うがー!」
◇◇◇
私の母校でもある、カズキが入学する高校は、自宅から歩いて数十分のところにある。自転車通学がぴったりだけど、雨とかは歩きになってちょっと不便。
「ても、歩きでも十分通える距離だよね!」
「あ、ああ、そうだね…。なあ、東雲、アレ、いいのか?」
「良くねえ。ったく、皆藤まで誘うとは…」
というわけで、あちこちから桜が舞い散る通学路を、私とカズキと浩人くんの3人で歩く。
いいねいいね、思い出すよ!あの頃も…あの頃は…。
「あれ?エリカが急にしょんぼりしたぞ?」
「ぼっちだった頃を思い出したんじゃね」
「彼女、向こうの世界ではぼっちなのか?」
「そういうわけじゃないけど、彼氏はいないな」
…
「(ひそひそ)え、あの娘も新入生?それとも先輩?」
「(ひそひそ)留学生か?青い瞳に銀髪ってすげーな」
「(ひそひそ)普通に日本語話してたけど、ハーフか何かかな?」
ん?目立ってる?
「当たり前だろうが。向こうじゃ普通だけど」
「そうなのか?」
「ああ。むしろ黒髪黒目が皆無。俺も街では偽装スキルで銀髪青目にしていた」
「ふむ。白人でも銀髪は珍しいはずだが、魔力が関係しているのだろうか…」
おや、浩人くんが考察を始めた。やっぱり異世界に興味があるんだろうな。
「皆藤はそういうの真面目に考えるの好きだからな。こういうのは、多少辻褄が合わない方が面白いのに」
「むしろカズキは、もっと真面目に考えた方がいいよ?」
「チートしまくってる母…エリカに言われたくないなあ」
辻褄合ってるじゃない!私は、千年に一人の逸材。Q.E.D.
「いまさらだが…お前とエリカの関係は?」
「召喚に巻き込まれた人間と、その原因」
「それだけ?」
「それだけ」
嘘じゃないね。でもまさか、カズキの方が『原因』とは思ってないだろうなあ、浩人くん。
◇◇◇
高校に到着し、校門でふたりと別れて、トイレに行く。名残惜しいが、元に戻ろう。
個室に入って…
「【ストレージアウト】」
しゅばばっ
と、着替えてから、
ぱああああっ
「うん、おっけー」
元に戻る。
だいぶ慣れたかな、着替えと再生スキル発動の組合せ。スキル解除の時は念じるだけでいいから、元の姿に戻る方が楽ではある。ただ、スキルをかける順番を間違えると、いくつかの箇所がキツキツで…。
かちゃ
「え!?」
ん?
なんか、出てきた私を見てびっくりして佇んでいる娘がいる。
「どうかしました?」
「い、いえ、なにも…」
「そう…」
すたすたすた
じゃー
さわさわ
よし、ちゃんとカズキの母親の格好だね!
洗面所の鏡できっちり確認して、トイレから出る。
…
「やっばー!個室に入るところ見られてたよね、あの娘に」
ううむ、気をつけねば。スキル発動時は光を発することがあるから、個室に入っても外からうっすらと光が見えるかもしれない。今回は強引に押し切った感じだけど、毎回そんなことができるとも限らない。
「あら、藤堂さん」
「皆藤さん!来られていたのですか?」
「ええ。浩人は和樹くんと先に行くと言って」
「まあ、すみません、息子さんを取ってしまって」
「いいんですよ。藤堂さんもひとりで来られたのでしょう?」
「ええ、まあ」
ごめんなさい、浩人くんのお母さん。彼を誘ったのは私です。
◇◇◇
入学式は、つつがなく終わった。
案外、短かったなあ。私の頃は、校長と来賓の話がもっと長かったような気がするけど。
「母さん!」
「おつかれ、カズキ。ひとり?」
「ああ。皆藤はお袋さんと帰るってさ」
「あら、残念。これから一緒に異世界考察したかったのに」
魔物激増の背景を探りたいんだけど、私達だと、どうにも『お約束』に引っ張られるような気がしてね。
一度は異世界に連れていきたいところだけど、月交替の転移じゃ長期休業でも難しいよね。8月は偶数月で私はこっちにいる予定だし。時々魔法を見せてあげるくらいか。
「その姿でか?」
「皆藤くんは『エリカ』だと思ってるんだから別にいいじゃない」
「あいつも切り替え早いよな。ずっとその姿で接してきたのに」
「カズキほどじゃないからじゃない?」
よく知ってるといっても、家の前ですれ違ったり、たまにウチに遊びにきたりした時だけだ。むしろ、カズキの方が浩人くんのお母さんのこと、よく知ってるんじゃないかな?お仕事は基本、パートタイムだけだったらしいし。
「私がいなくて寂しい時は、浩人くんのお母さんに甘やかしてもらいなさーい」
「どうコメントすればいいんだそれ。ていうか、母さんはどうなんだ?単身向こうに行くわけだし」
「それが何?」
「母さんの友達とかはいいのかってことだよ。月交替で戻ってくるといっても、設定上は来月から外国なんだから」
…
「母さん?」
「…十年以上前から交流が途切れているわよ。アラフィフなめるな!」
「ひいっ!っていうか、そういうものなん?」
「まあ、SNSで近況は把握してたけどね。地元で残ってるの私くらいだし」
で、数年に一度のペースで同窓会の幹事をやらされるっていう。よし、帰ったら早速SNSに来月からの予定を書き込もう。
「会社の人達は?…って、いててて」
「職場では典型的なお局やってたの、カズキも知ってるでしょーが!」
「ががが…。い、いやでも、本社社長の奥さんと仲いいって言ってなかったか?」
「ああうん、出張した時たまたま会って意気投合したけど。でも、それだけよ」
とはいえ、時々一緒にお茶したけど。首都圏直下のお高いところで。私の分も全部払ってくれるから申し訳なくて…。うん、一応直接連絡しておこう。
「他には?ほら、俺はこっちに残るからさ、母さんの交友関係ってやつを一応把握しとかないと」
「とかいって、ここぞとばかりに私の過去を根掘り葉掘り聞こうとしてるでしょ」
「ちげーよ。子供の頃からずっとあの家に住んでるんだろ。母さんの昔の知り合いが、手紙とか電話とかしてくるかもしれないじゃねえか」
昔の知り合い…あの男が直接訪ねてきたらまずいか。幻惑スキルのおかげで、あいつに頼る必要はなくなったけど…来月召喚される前に、一度は直接会っておくべきだろうか。何が起こるかわからないしね。
◇◇◇
夕食は、カズキの高校入学祝いと称して、自宅近くのファミレスで食事。浩人くんも誘おうとしたら、自宅でお母さんの手料理が待ってるとのこと。
「母さんの料理スキルはどれくらいなんだ?」
「…一覧に出てこなかったわよ」
「あれ、俺のところには出てきたぞ。レベルはさほど高くなかったけど」
いつの頃からか、家事は私とカズキで当番制というか交替でやるようになっていた。でも、小学生の頃まではふつーだったよね。中学に入って、どこかのラノベに影響されたかでいろいろ作るようなったっていう。ミーハー(死語)か。
「俺だけが異世界に行ってたら、大変なことになってたかもなー」
「いや、ひとりで暮らす分には、大丈夫かと…思う…たぶん…」
私だって、炊飯器で御飯炊いたり、レトルトを温めたり、電子レンジでチンはできるのに!
「どれも向こうにはないな。異世界といえば料理チートが定番なのに」
「炊飯スキル…そもそも、お米がなかったか。レトルトと電子レンジは論外…」
「よかったな、王宮がいたれりつくせりで。ドラゴン肉もおいしく調理してくれたよな」
うん、あれはおいしかった!歯ごたえととろみが両方楽しめてホクホク。食材からして、食物連鎖の頂点に近いということだろうか。でもなんか雑食だったよね、あのドラゴン。
「でも、このハンバーグもおいしいよね。レシピくらいは、印刷して持ち込もうかしら」
「既にあるんじゃね?あれってもともと、固くて食えない肉を挽肉にして食べられるようにしたって聞いたぞ。むしろ、重要なのはソース」
「情報源はラノベ?」
「前季TVアニメで大団円を迎えたアレな。昨日、ようやく最終回を観た」
ダンジョンで挽肉…スプラッタしか思い浮かばないんだけど。
「むう、私の好きなジャンルだと、内政とか会計とかの現代チートが多いのよね…」
「少なくともあの国はそういうの問題ないんじゃね?貴族も偉そうなのいなかったし」
「カズキもだいぶ評価が変わったわね。最初は国王がどうとか言ってたのに」
役目を終えたら処刑とか、魔力の鎖で捕縛してぴーとか。
「欲望渦巻く余裕もないくらいに状況が悲惨だとは思わなくてなあ。スキ見て逃げようと思ってたんだよ」
「ヒドス」
「でも、結果オーライだろ?チートな母さんが勇者やって、あっという間に魔物が駆逐されていくんだから」
そうね。
もし、カズキが嫌がらずに勇者をやっていたら、私は…。
「無職のおばさん?」
「だな。ステータスを確認することなく、スキルにも気づかず。1か月間生き延びてたら、母さんだけ送還されてただろうな」
「生き延びて…って、召喚された日って、西門に魔物がこれでもかと沸いたのよね…」
「あれは、俺だけじゃダメだったな。王都も全滅してたかも」
「うわあ」
スキ見て逃げようとしてもダメだったじゃん!結果オーライ過ぎる!
今になってようやく『分岐』に気づいたよ。よくもまあ、バッドエンドに行かずに済んだものだ。
「よかった、カズキがスプラッタになるとこ見なくて」
「それは俺のセリフだ。向こうに戻っても死ぬなよ?」
「任せなさい!再来月にまたちゃんと戻ってみせるから!」
生きていれば、それでいい。そんな気分だ。
タイトル詐欺加速中。