05 帰還:エクスプラネーション
光が消え、周囲を見渡す。
「帰還ー!」
「なつかしの、我が家のリビング…」
確かに、なつかしい。特にこの50型TVが!すりすり。会いたかったよー。
「現金だな、おい。最初は向こうに残るつもりだったくせに」
「そこはそれよ。今季アニメの最終回、ちゃんとタイマー録画されてるかなあ」
「それは確かに重要…って、なんか、外が明るくねえか?」
「あれ?ホントだ。向こうの世界で送還された時は夜だったのに」
時差かな?召喚された時もこっちでは夜中だったのに、国王に謁見した時は夕方だったし。世界そのものだけじゃなく、地理的な場所もズレてるのかな。ヨーロッパ付近と日本なら、数時間の時差がある。
「あ、電波時計がちゃんと1か月後の朝だ。良かった、暦が同じで」
「こっちと歴史が全然違うのに、暦は同じなんだもんなあ。テンプレ外しだ!」
「いいじゃない、楽で。特に、これから約1か月ごとに行ったり来たりする私にはね」
ファニールさんからは、再召喚予定の日時をきっちり聞いてある。もし、なんらかの理由で再召喚できなかった場合の予備日も決めてある。約束したからには、なんとしてでも戻らないと!
「って、いつまで若返ってんだよ。さっさと年寄りに…かはっ」
「それはもう聞き飽きた!いいじゃない、こっちでもちゃんと魔法が使えることを確認したかったのよ」
「いてて…。で、本音は?」
「お肌つやつや!」
「ブレねえ」
実感するのは重要だよ?
「だから、ちゃんと『エリカ』と呼びなさい!」
「そっちの方が聞き飽きた。何度言わせんだよ、母さんは母さんだって」
ぶー。
「それに、もし誰かが急に訪ねてきたらどうすんだよ?まずいじゃねえか」
「まあ、しばらくはいいじゃない。カーテンは閉まったままだし。…はて、召喚された時、リビングの蛍光灯、点けてたわよね?」
「そういえば…。家の中は変わってないっぽいけど、行方不明ってんで、身内の誰かが入ったんじゃね?大騒ぎになってるんだろうなあ」
仲良くしていた御近所さんかな?家のカギをどこに隠しているか知っているし。誰もいないことだけ確認して、私の実家に知らせたとかかな。あちこち走り回らないとなあ。
「おお、電気はもちろん、水道もガスも止まってない!ひさしぶりにシャワー浴びてくるね!」
「真っ先にするのが風呂かよ…」
「そりゃあ、うら若き乙女ですから!」
「いいから、もうその姿やめろよ…」
この姿だからいいんじゃない。水を弾く肌!しっとりだけどサラサラな髪!たるみのないいろんなところ!鏡を見るの楽しみだよ!いやっほい。
◇◇◇
ごしごし、ふきふき。
「はー、気持ちよかったー。やっぱ、シャワーはいいわねえ」
「って、なんてカッコしてんだよ!?」
「もー、まだ言ってんの?いいじゃない、若く見える方が。カズキも嬉しいでしょ?」
「そうじゃねえ!いや、それもあるけど、バスタオル一枚で家の中歩くの、やめろって言ってんだよ!」
そんなこと言ってー、視線が泳いでるよー。むふふふふ。
…あれ?他にも、視線がある?
「東雲…お前」
「皆藤!まずは説明させろ!ちょっと、というか、かなり難しいけど!」
リビングのソファに座っていたのは、私もよく知ってる、近所の男の子だった。
ちなみに、カズキが私とは異なる名字で呼ばれているのはデフォである。養子縁組したわけではないからね!
「お前ら…Web小説にハマりすぎて、おばさんとふたりで1か月も旅に出たあげく、ついにはコスプレ娘をさらって連れ込んで…」
「お約束の反応ありがとうな!でも違う!」
コスプレ?…あ、そっか、再生スキルだけじゃなくて偽装スキルもかけてたんだっけ。銀髪青目じゃ、カラコンにウイッグとか思うよね。
どうやら、たまたまウチの前を歩いていたら、カーテンとかから漏れた送還時の光を見たらしく、それで訪ねてきたらしい。誤魔化すこともできるけど…よし!
「ああ、いきなりこんなカッコでごめんなさい。私の名前はエリカ。そうね、私から説明するよ。おっと、その前に…【ストレージアウト】!」
しゅんっ
ぱああっ
収納していたローブやら杖やらの装備一式を、一瞬で身にまとう!
向こうの世界では何度もやってきたことだけど、自宅のリビングでやると違和感バリバリだよ!だからこそカッコいい!
「うわあああっ!?」
でも、腰を抜かしちゃった。しょぼんぬ。
「というわけで、コスプレ…とかいうのじゃないよ?皆藤浩人くん!」
「え、あ、ぼ、僕の、名前、を…!?」
「カズキから聞いてたよ。幼馴染なんでしょ?」
「東雲、から…!?」
数軒隣に住む、カズキと同い年の幼馴染。小中はもちろん、高校も同じところに進学する。ちなみに、仲良くしていた御近所とは、この子の家族である。
「(ひそひそ)というわけで、浩人くんには異世界のことだけバラすよ」
「(ひそひそ)おっけー。俺もその方が楽そうだ。なんなら、母さんが化けてることだって…いててて!」
「(ひそひそ)それは乙女の秘密ってことにするの!あと、化けてるとか言うな!」
ほら、浩人くんがまた訝しんできたよ!ちゃんとやりなさい!
それにしても、カズキの幼馴染が男の子しかいないのが残念だ。女の子だったら、実はカズキに気があって、こうして親しげにしている私と修羅場になって…というお約束が期待できたんだけど!まあ、そこら辺は、これから始まるカズキの高校生活に期待しよう。うん。
「ごめんねー、私が異世界からカズキを召喚して、こっちの世界で1か月ほど行方不明にさせちゃって」
「そんな、そんなことが…。いやでも、今のは…しかし、でも…」
「うーん。あ、カズキ、着火スキル使ってみて?それくらいならできるでしょ?」
「ああ、なるほどな。【イグニッション】」
ぼっ
「うあっ!?」
「とまあ、そういうわけで、ちょっくら異世界に行ってきた。魔法も身につけたぜ!」
「1日1回火をつけるだけだけどねー」
「なっ…!ああいや、まあ、こっちの世界ではそうだな、うん。なにしろ、マナがないし」
「…マナ?」
魔法の設定については嘘をつく必要はないだろう。かくかくしかじか。
「え、それじゃあ、エリカ…さんも、こっちに居続けると魔力が切れて、元の異世界に戻れなくなるってこと?」
「呼び捨てでいいよー。私もヒロトって呼ぶから。でも、そういうこと!せっかくこの世界を見つけたのに、たまにしか来れないってことね」
「そして、東雲が1か月も戻ってこれなかったのは、この世界への転移が初めてで、魔法陣の術式の準備に手間取ったから…」
と、いうことにした。星の力で月イチしか異世界転移できないのは秘密である。
「あ!お、おばさん…東雲の、母親は?」
「ああ、あの人もカズキの召喚に巻き込まれて転移したけど、あっちの世界が気に入ったから永住するって」
「永住!?」
「転移早々、寿命が延びる魔法を身につけてね。あれは、うらやましいわー」
「寿命が!?」
そういうことにしとかないと、あとあと辻褄が合わなくなるだろうからね。
「(ぼそぼそ)口からでまかせを次々と…」
「なんか言った、カズキ?」
「べーつーにー」
うん、まあ、確かに今思いついたことだけど。でも、方向性は悪くないよね。とりあえず、この設定でいってみようか。
「それで、か…エリカ、皆藤に聞いたけど、俺達の失踪は、マスコミが騒ぐほどでもなかったらしい。少なくとも、俺は中学は卒業しているし、高校はこれから入学するんだしな」
「なるほど…。ああうん、『ますこみ』とかよくわからないけど」
カズキ、もちょっと言葉を選びなさいよ。『エリカ』って呼んでくれるのは嬉しいけど!
「でも、おばさんの方は大変だよ。1か月も無断欠勤しているわけだし」
「無断欠勤…お仕事を勝手に休んでるってことだよね。やっぱり、このまま放置はまずいか。よし!」
ぱあああああっ
「え!?あ、お、おばさん!?」
「ううん、私はエリカだよ。偽装スキルで、カズキのお母さんの姿になったの!」
「(ぼそぼそ)ほんっとに、口から…」
カズキ、さっきからうるさいよ?
「じゃあ、服を借りて、あちこちで説明とかしていくね。1か月の間に、カズキのお母さんからひと通り話は聞いてるから」
「いってらー」
「カズキ、あなたも行くの」
「えー」
「まずは、ヒロトの家に行くから!フォローお願い」
「むー」
溜まったアニメ録画、ひとりで観まくるつもりだったでしょ。わかってんだから!
◇◇◇
浩人くんの家には彼の母親がいた。父親は仕事らしい。平日だとそうなるか。
「まあ、僻地で迷って、帰りの便に乗れなかったのですか」
「お、おばさんのクレジットカードも、うまく使えなかったって」
「海外だからと、ケータイも持たずに出てしまって…」
「母さん、今はスマホって言うんだぜー」
うるさいよ、カズキ。浩人くんの方がまともにフォローしてくれるってどういうことよ。
「本当に、御心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
「こうして無事だったのですから、いいんですよ。でも、仕事をやめてその国に住むことにしたなんて」
「親切にしてくれた村の人達と、意気投合してしまって…。僻地ですけど、素朴でいいところなんです」
間違いではないよね。村じゃなくて、剣と魔法の異世界だけど。
「和樹は高校に通うため、日本に残ります。ひとり暮らしで、更に御迷惑をおかけするかもしれません」
「もう高校生ですし、大丈夫ですよ。時々は日本に戻ってこれるのでしょう?」
「ええ。旅費のこともありますし、数か月に1度程度かと思いますが」
偶数月にこっちにいるなら、盆と正月は帰ってくるって感じかな。正月早々、向こうに戻ることになるだろうけど。
「また、御挨拶に伺います。今日は他にも回るところがありますので」
「あ、そうそう、御実家の方から警察に捜索願が出ていますから、早く対応された方がいいですよ」
げっ、それは面倒。パスポート見せろとか言われたらマズいな。
「(ひそひそ)そもそも俺、パスポートねえし」
「(ひそひそ)あう」
警察と会社は、いろいろと準備してから行くか…。