03 告白:コンフェッション
異世界召喚されてから、1週間。
「おい、勇者様が王都周辺の魔物を一掃してしまったらしいぞ!」
「あっという間に、すごいわねえ。明日には近隣の都市にも討伐に向かうんだって」
「物凄い魔法で、魔物を殲滅するらしいな。過去の勇者様は、みんな剣で討伐したそうだが」
魔物の出現が頻繁になって戦々恐々としていた王都住民は、突然現れた勇者の活躍で、喜びに沸いていた。西門で起きた魔物襲来を解決してからこっち、毎日がんばったからねー。
ただ、あまりに突然だったから、その勇者であるところの私が活躍する場を直接見る者は少ない。ずっと再生スキルをかけているし、同行する騎士団や魔導士団の中で、小柄な私が目立たないということもある。天空からの光の柱は、近隣の都市からもよく見えたらしいけど!
「ほら、だからカズキも勇者やればいいのに。剣技スキルはちゃんとあるんだから」
「でもよう、母さん」
「ちょっと!この姿の時は『エリカ』って呼びなさいって言ってるでしょ?」
「でもよう、母さん」
「もう、そればっか!」
「勇者はやらないし、母さんは母さんだ。俺に剣技スキルがあっても、母さんが化け…若返ってても」
「ほんと、頑固なんだから…。誰に似たのかしら」
「はっちゃけた母親っていう反面教師がいたからじゃね?」
「ぶー」
街角の喫茶店のオープンカフェで、王都住民の様子を見ながら、カズキとそんな会話をする。テーブルには、お茶とケーキ。元の世界とほとんど同じものだ。さすがに、プラスチックの容器やトレイがあるわけではないけど。
魔物討伐も一区切りついたので、1日休みをもらって、カズキと街に繰り出したのだ。街並を眺めたり、市場を冷やかしたり、こうして、喫茶店のようなお店で休んだり。一応、周囲には護衛の騎士達が目立たないよう配置している。
街の印象としては、やはり中世ヨーロッパ風だなあということである。昔、観光で行ったドイツの古都にそっくりだ。使われている文字がラテン文字に近いのも理由のひとつだろう。識字率は悪くはないようで、店先とかには元の世界並にあれこれ表示が出ている。魔法もあるし、文明度は高いのだろう。
「カズキだって、モテたいでしょ?王宮でゴロゴロぶらぶらしてるだけじゃダメよ?」
「いや、俺は3週間も経てば元の世界に戻るわけだし」
「あら、なおさらいいじゃない、後腐れなくて。カズキの部屋のお付きのメイドさんなんかどう?かわいい娘じゃない」
「母親が言うセリフじゃねえ!」
だから、大声で母親とか言うな。この姿でカズキの母親とか、辻褄が合わないでしょうが。黒髪黒目がどうとか言うからカズキも銀髪青目にしているし、兄妹?姉弟?くらいには見えていると思うけど。
「なんていうかなー、せっかく観光旅行に来てるのに宿泊先の部屋にこもってTVばかり観てるって感じよ?」
「観光旅行じゃねえし」
「観光旅行以上じゃない!異世界転移よ?カズキが恋い焦がれていた、剣と魔法の異世界なんだよ?」
「俺は、冒険者とかが好きだったんだよ!スキルはなんでもいいから、それで成り上がって…」
なるほど、だから、国の命運をかけて召喚される勇者型は御免こうむる(死語)ということか。聖女召喚モノにもそういうのあるよね。ちやほやされつつも、ずっと閉じ込められて生活管理されて、んでもってやれ浄化だなんだと。生贄っぽい感じ?
「そう、それだよ!俺が勇者や聖女の召喚ってシチュに疑問があるのは!最悪なのは、恋人同士が一緒に召喚される場合だ!勇者だ聖女だとこき使われるのは、まだいい。十中八九、仲を引き裂かれ、どっちかが無残に殺され、残った主人公が復讐を誓って、どう転んでもバッドエンド直行!」
いや、そんなに熱くなられても。
「それに比べて、成り上がりモノはいい!たとえ最初は不遇でも、こつこつと成果を積み重ね、仲間を増やして、そして、最初バカにした連中を見返す!」
「『ざまぁ』か。婚約破棄モノでも定番よね」
「ちょっと違うな。『ざまぁ』はそれ自体が目的だ。成り上がりは、あくまで通過点だ」
「つまり?」
「金持ちになって贅沢する!…あっ」
…ほほお?
「つまりカズキは、母親の私の稼ぎが足りなくて、その影響で成り上がりモノにハマってたと。へー、ほー、ふーん」
「い、いや、ちがっ…」
「なーにが違うのよ!ロクに働いたこともない中坊がナメた口きいて!」
「い、いひゃい、いひゃいから、や、やめ」
やめないもん!
ふんだ、私が今までどんな思いで、十何年間あなたを育ててきたかも知らずに。…いや、私が知らせてないって話もあるか。
よし、やめてやろう。
「ふう…。いやだから、別に母さんの稼ぎに不満ってわけじゃなくて」
「じゃあ、何よ?」
「だ、だからよ、もし俺が異世界でちゃんとやっていけたら、そしたら、母さんは…」
「私は?」
「…もう、いいじゃねえか。実際の異世界転移は結局、俺達ふたりが召喚されちまったんだし」
わかんないなー。なにをそんなに…。
…あれ?
「ねえ、カズキ?」
「なんだよ」
「カズキがさっさと元の世界に戻りたいのは…私のため?」
「…っ!な、なんのことか…」
「私の、足手まといになりたくないから?自分がいない方が、私はこっちで楽しくやっていけると、思ったから?」
「…」
カズキ、何も言わなくなっちゃった。まあ、私も何尋ねてるんだろうなとは思う。でも、続けるよ!
「逆に、カズキだけがこっちに来てたら、普通に勇者として活躍してたってことかな?」
「…かも、しれない」
「そっか…」
別に、カズキを養うことが負担とかってわけじゃないんだけどなあ。っていうか、イマドキの子って『親は子供を養って当然!たとえ四十路の引きこもりでも!』って思うもんじゃないの?昔の同級生に、実際そういうのが何人もいるし。あ、イマドキの子じゃないや。うーん。
「別に、母さんがこっちに残るのは止めねえよ。なにしろ、不老不死の最強美少女だからな。チートだチート」
「いやあ、はははは」
「なら、余計に俺は要らねえだろうがよ」
「子供の発言じゃないなあ」
「…そろそろ、子供は卒業したいんだよ」
「厨二病は卒業できなくても?」
「とっくに卒業したよ!」
どーだか。
「ならさ、今だけは、その美少女の私と恋人同士っぽくしてみせてよ。せっかくオシャレな喫茶店にいるんだし」
「天国の父親、立場なし!?」
…え?
…
……
………
ぽむっ
「どうしたんだよ?何かを思い出したように、手を叩いたりして」
ああ、そっかそっか、そーいう設定にしてたんだっけ。あっはっは。
「高校入るくらいの年齢になったら、カズキに言おうと思ってたんだっけ…どうしよっかな」
「なんだよ?」
「まあ、いい機会かもね。カズキも子供を卒業したいってことだし」
「だから、なんなんだよ?」
こほん
「あのね、私はカズキの本当の母親じゃないから」
「ごぶっ」
あ、紅茶吹き出した。汚いなあ。まあ、しかたないか。
「ど、どういうことだよ!?俺がデキちまったから結婚しようとしたら、相手が事故死したって聞いてたんだぞ!?」
「いやあ、その辺が小さい頃のカズキ向けの妥協案かなあって思って」
「案ってなんだよ!?ちゃんと説明しろよ!」
ごめん、軽すぎた。
「仲良かったイトコの由美ちゃんがね、あなたが2歳の時に交通事故で亡くなっちゃったの」
「え、その由美って人が、俺の本当の母親!?でもって、その時に父親も…?」
「一方、私は、30過ぎても男の影ないし、仕事は順調で収入はあったし、それに…」
それに、
「小さい頃のカズキが、かわいくてかわいくて!だから、あなたを引き取ったってわけ」
「おい」
なによ、だって、ホントにかわいかったんだもん。あの男に任せたくないほどに。
「まー、今はWeb小説にハマってる厨二病患者だけど」
「厨二は卒業したっつってんだろ!…ったく、高校入ったら、将来の仕事とかちゃんと考えようと思ってたのに…」
「あら、実の母親じゃないから、私の老後はどうでもよくなった?」
「んなわけねえだろ!どうでもよくないから、早く働き始めたいって…」
あら。
あらあら、まあまあ。
「今から、私を養う気まんまんだったの?」
「い、いや、こう、漠然とだな…。っていうか、養うとか言わんでくれ!今のその姿で、そんな話…」
今の、この姿?
…
『養う』?
おや?
おやおやおや?
んふふふふふ。
「そっかー、別に養子縁組してたわけじゃないからねー、そういう選択肢もあるかー!」
「そうなのか!?って、選択肢ってなんだよ!」
「元の世界に戻ったら、戸籍謄本でも住民票写しでも、自分で取得してみなさいよ。高校生になるんだから、それくらいできないでどうするよ」
「そんな話はしてねえ!」
よーし!
「決めた!あと3週間、近隣どころか、王国中の魔物を狩りまくるよ!」
「なんだよ、突然?」
「んでもって、一度、カズキと一緒に元の世界に戻る!」
「へ?一度?」
そう、一度、ね。
「で、正式に職場をやめて、また召喚してもらうのよ。それからは、1か月交替で行ったり来たりね。ファニールさんにがんばってもらうよ!」
「えええ…」
いずれにしても、カズキが元の世界で稼げるようになるまでの資金が必要だよね。まあ、なんとかなるだろう。ある程度の貯金はあるし、あの男をごにょごにょしてもいいし。金と地位だけはあるからね、あいつ。
「ところでね、カズキ。もうひとつ教えておくけど」
「な、なんだよ、まだ何かあんのかよ?」
「こっちの魔法ってね、大気中にあるマナを肉体が吸収して、それでスキルが発動するんだって」
「それは聞いた。元の世界にはマナがないから…って、ちょっと待て!?」
そう、私のMP容量はカンストしている。
「私は、元の世界でも1週間くらいは魔法を使えるの。再生スキルもね!」
「うげっ」
よーし、元の世界でも、この姿でカズキをからかいまくってやるよ!友達の前でベタベタしたりとかね!その選択肢を残すためにも!
めでたくタイトル/キーワード詐欺作品になりましたっていう。