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ユニコーン

今から百数十年前、女神エティール様により、神託がくだされたそうです。


『我が力を宿し子、神獣を導きし者。尊き存在ゆえ、慈しみ育てよ』


女神エティール様を主神とするエティール教の神官や巫女、すべてに告げられたそうです。

これには世界中が大騒ぎとなり、特に獣人の国セラギアは神の子を血眼で探していたそうです。

偽物の神の子が現れるなど、事件もたくさん起こったようですが、いつまでたっても女神様の力を持った者を発見することはできませんでした。

いつしかその神託は忘れられ、エティール教はそういったことがあったと記録だけを残し、歴史へと埋もれていきました。


なぜ今になって、授業の内容を思い出しているのかというと、目の前にありえないものがいるからです。

私は戦闘訓練の一貫で、とある森に来たのですが、仲間とはぐれてしまい、迷子となってしまいました。

まぁ、さして仲良くない同級生たちと無理矢理組まされたので、一人でも支障はないのですが。

それよりも、この目の前にいるものはどうしたらいいのでしょうか?

先ほどから、しきりに頭を私になすりつけていますが、その額にある角が刺さりそうで怖いのです。

ブルルルルと鳴き声もあげていますが、もちろん意思の疎通なんてできません。

しかし、これほど有名な神獣が、こんな森にいたとは驚きです。

乙女を救った逸話は数あれど、捕まったとか楽園に戻ったという話は聞いたことありませんでしたね。

純白の美しい角を持ち、乙女も嫉妬するほど艶やかな(たてがみ)、女神様の愛馬と名高いユニコーンがなぜ…。

特段、動物が好きということはないのですが、視界に入る煌めく鬣に触ってみたいという気持ちがわいてきました。

これは懐かれているんですかね?

触っても噛まれたりしないでしょうか?

ユニコーンは若い女性に優しいと聞きますし、知能があるのであれば、触ってもいいか伺ってみましょう。


「この美しい鬣に触れてもよろしくて?」


すると、ユニコーンはどうぞとでも言うように、大人しくなりました。

どうぞというのは、わたくしの妄想かもしれませんが。

恐る恐る手を伸ばしてみると、指に触れた鬣はまるで絹のように滑らかで、とても繊細なものでした。

さすがに、美しいだけあります。


「ユニコーン様、楽園へはお戻りになられたくないのですか?」


私の言葉を理解しているようなので、気になっていたことをたずねてみました。

ユニコーンは、木々の隙間からわずかに見える空を仰ぎ見ます。


『…少し独りになりたかったのだ』


突然のことに、驚きで目を見張りました。

ユニコーンって、しゃべれたのですね。

神獣ですので、しゃべったり、不思議な力があってもおかしくはないのですが。


「まぁ。楽園で嫌なことでもあったのですか?」


元々、私は一人の方が気楽で好きなのですが、学園に入ってからは集団行動から逃れられないときもあります。

独りになりたいという気持ち、凄く共感いたします。


『特に嫌なことはなかったと思うが、楽園での日々に飽きていたのかもしれぬな』


変わり映えのしない日々ほど、楽なものはないと思いますけどね、私は。


「楽園では、どのように過ごされていらしたのですか?」


神話や御伽に出てくる、女神様の住まう楽園。

一体、どのような場所なのでしょうか?


『そうだな…』


ユニコーンの語る楽園は、私の貧相な発想力では想像がつきませんでした。

自然豊かな大地がどこまでも続き、森には美しい花や甘い果実が実り、数多くの神獣が親しいものたちと過ごしているそうです。

ユニコーンも楽園にいたときは、ペガサスとスレイプニルとともに群れで生活していたとか。

ペガサスもスレイプニルも、我が国でもお馴染みの神獣ですが、遠く離れた国のハイロン国や創国(そうこく)の神獣もいるそうです。

さらには、女神様の兄弟神から贈られた、別の世界の神獣もいるとかで、さすがに驚きました。

女神様に兄弟がいるのも知りませんでしたし、ここではない別の世界というのも初めて聞きました。

ユニコーンの話を、ユニコーンを撫でながら聞く。

なんという贅沢な時間なのでしょう。

たまには、こういった特殊な日があってもいいかもしれませんね。


それにしても、本当に美しい毛並みです。

真っ直ぐで、するりと溢れ落ちてしまう鬣。

淡く光を放つように艶めく体毛。

海の宝石と呼ばれる真珠に似た角。

ペガサスは優美、スレイプニルは勇壮。そして、ユニコーンは典雅と言われています。

いつまでも触っていたいですが、そうはいきませんね。


「これから、どうされるのですか?」


『其方と話していると、エティ様の我儘や仲間たちのお節介が恋しく思えてくる』


「お戻りになられるのですか?」


『あぁ、そうしよう。扉まで案内してもらえるか?』


神獣たちが逃げ出したときは、楽園へ続く扉は一つだけだったとか。

しかし、女神様が神獣たちが帰ってきやすいようにと、各地にある神殿に扉を繋げたとされています。

ここから一番近い神殿といえば、私が通っている学園の近くにある、ラエーテ地区神殿ですけれど…。

ユニコーンを連れていくとなると、非常に目立ちますわね。

ここは、覚悟を決めましょう。

しばらく、存在感を消していれば、忘れてくれるでしょうし。


「畏まりましたわ」


ユニコーンとともに、戦闘訓練をしていた山を下りました。

途中で他の学生や教員に遭遇するかもと思っていましたが、ユニコーンの力によって、回避されました。

なんでも、ここにいてはいけないと思わせる力のようで、ちょっとばかり欲しいと思ってしまいました。

それがあれば、煩わしい人たちを回避できるのに。


町へと出ると、途端に周りが騒がしくなります。

ここ数十年、神獣の目撃情報はあれど、お戻りになった方はいませんでしたからね。

しかも、その神獣に騎乗する者がいたとなればなおさらでしょう。

もう、ここまで来てしまえば、諦めるほかありません。

早く神殿に行った方が安全でしょうし。

神獣ということもあり、町の人々は遠巻きに眺めているだけでした。

獣人の方たちは拝んでいましたが、それだけ獣人にとっては神獣が特別だということなのでしょう。

人目にさらされながらも神殿へ到着すると、ずらりと並んだ神官たちに出迎えられました。

町に入った瞬間に、誰かが知らせたのでしょうか?


「ユニコーン様、お戻りをお待ちいたしておりました」


一斉にお辞儀をされ、ユニコーンの上にいる私は凄く気まずいですね。。

なのに、そのまま神殿の中に連れていかれ、神殿の最奥にある荘厳な扉の前まで来てしまいました。


『礼を言うぞ、乙女よ』


「礼には及びませんわ」


ユニコーンから降り、最後に鬣を撫でます。


『欲のない乙女だ。我の名はアデル。一度だけ、乙女の危機に馳せ参じよう』


なんということでしょう!

神獣に名を教えていただけるとは!

しかも、一度だけですが、助けに駆けつけてくださると!


「そのような褒美をいただくわけには…」


『よい。これくらいなら、エティ様もお許しくださる』


「ありがとうございます、ユニコーン様。わたくし、アティス・ホーナーはユニコーン様が健やかであらせられるよう、ここからお祈りしております」


ユニコーンに跪き、楽園へ戻っても元気でいてくださいと、口上を返す。

こういうときは、しっかりと礼儀作法を教わっておいてよかったと思います。

こうして、ユニコーンは楽園へと戻っていきました。

長く逃げ出していたので、女神様に怒られないといいのですが。


(我らに慈愛と恵みを与えてくださるエティール様、どうかアデル様にもご慈悲を与えてくださいますよう)


扉の前で女神様に祈る。

どうか、この祈りが届きますようにと。



♦︎♦︎♦︎


「アデル、おかえりなさい」


エティール様がそれはもう美しい笑みを浮かべて、アデルを迎え入れます。

エティール様、その笑みが恐ろしく感じるのはなぜでしょうか?


『戻ってきてはまずかったか?』


「まさか!貴方のおかげで、あの子の力が目覚めたのよ!」


そうです。

以前、エティール様の血を素にして造った魂が、ようやく目覚めたのです。

エティール様は目覚めに気づくと、ずっと地上を見ていらっしゃいました。


「あの子が、貴方のことを怒らないでと祈っていたから、今回は多めにみてあげるわ。それと、あの子との約束を反故にしたら、覚えておきなさい」


エティール様の力をわずかに宿している魂ですが、地上に落とした段階でエティール様の手を離れています。

それゆえに、エティール様は見ていることしかできません。

ただでさえ、神獣のことで地上に干渉しているので、これ以上の干渉は世界を壊しかねません。

本当であれば、あの魂に今以上の加護を与えて、可愛がりたいのでしょう。

ですから、祈りを聞き届けることでしか、あの魂を可愛がることができない状態が面白くないのでしょうね。

当たられたアデルにとっては、いい迷惑ですけれど。


「アデルもお疲れでしょう。以前よりも輝きが鈍っているようですし、しばらくはゆっくりと休ませるのがよいでしょう」


「それもそうね。元気になったら遊びましょう、アデル」


さて、これからどうなることやら。

また楽園が賑やかになるだけだったらよいのですが…。


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