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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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91 すでに終わっていた救出劇

 アウロラという少女について一通りの説明を聞き終わったアーサーは、天を仰いで深く息を吐いた。

『新人類化計画』、電脳世界、ディティールアナライズとアウロラの犠牲。重い話題で疲れた頭を一度整理する。


「……つまり、アンタはそのアウロラを助けるのを手伝えって言うんだな?」

「正確には『新人類化計画』を止めるのを、です。最悪の場合、私はアウロラを殺害しても構わないと思っています。それほどこの計画は危険なんです」


 ラプラスの言い分にアーサーはむっと眉根を寄せて、


「殺すのはナシだ」

「分かっています。元々、殺すつもりならアーサーさんに声はかけません」


 紅茶を飲み干しながら言うラプラスの言葉をアーサーは信用していた。そもそも彼女が躊躇なく人の命を奪える人物でない事は、この短い付き合いでも分かっている。

 そこでふと、思い出したようにアーサーは言う。


「そういえば、それも疑問だったんだ。なんでアンタは俺に声をかけたんだ? 俺よりも力になれる人なんてザラにいるだろ」


 アーサーは結祈(ゆき)やサラと違い、どこにでもいるごく普通の少年だ。有象無象の誰かでしかないアーサーを、わざわざ道具を用意してまで排水路から助け出した事に違和感があった。


「それはアーサーさんが『担ぎし者』だからです」

「っ!?」


 突如放たれたその単語を聞いて、アーサーは思わず席を立ってしまった。


「なんで、お前がそれを……?」

「落ち着いて下さい。目立っています」


 言われて周りを見ると、自分が注目を集めている事に気付いてすぐに席に着く。それから水を一杯飲んで気を落ち着かせてから、改めてアウロラに向き直る。


「……それ、『アリエス王国』で婆様にも言われたんだ。図書館でも禁書指定になってたし、一体何なんだ?」


 ラプラスなら何かを知っているかと思い質問したが、その答えにラプラスは首を横に振るだけだった。


「……詳しい事は私にも分かりません。けれど確実に言えるのは、『担ぎし者』とは運命の担い手だという事です。アーサーさんの選択は運命に強い影響を与えます。それは私の『未来観測(ラプラス)』にさえも」

「運命に影響……」

「あのビルの中にいた時から『新人類化計画』の存在は知っていました。けれどエミリア・ニーデルマイヤーは私の危機勧告には耳も貸さず、計画を強行しました。あの計画がもたらす未来は電脳世界人とそれを支える搾取しかされない側で明確な亀裂が生まれるか、逆に電脳世界内の人達が電源とサーバーという手綱を握られて自由を奪われるか、あるいは焦土となった外界に目もくれず終わりのある電脳世界でその時を待つ未来。他にも観測した結果はありますが、どれも最悪で絶対に良い結果にはなりません」


 ラプラスの力は未来視ではなく、あくまで未来観測だ。限りなく一〇〇パーセントに近い未来を観測できるだけで、残りのゼロ以下の可能性で外れる事もあるはずだ。

 けれど、その確率は賭けるにはあまりに低すぎる。そして結末を変えられなくては人類はそこで終わってしまうのだ。


「本当は一人で止めようとしました。けれど、私の『未来観測』では解決策が見つからなかった。だからアーサーさんという『担ぎし者』に頼る事にしたんです。私の観測に狂いを与える観測不能の存在を」

「……」


 ラプラスが必要としているのはアーサー・レンフィールド個人ではなく、そこに付随している『担ぎし者』の運命に影響を及ぼす特性だけだ。

 ラプラスに協力するという事は、『ポラリス王国』が進めている計画の一つを潰すという事だ。当然、命の危険もあるだろう。ここでアーサーが降りると言っても誰にも避難されないはずだ。


「それで、結局俺は何をすれば良いんだ?」


 けれどごく当たり前に、アーサーはいつもの調子でそう言った。

 そもそもどんな理由であれ、人の命が関わっている頼み事を断る神経はアーサーには通っていないのだ。

 そういう部分を知って利用している事を自覚しながら、アウロラはテーブルに立て掛けておいたギターケースを担ぎながら言う。


「まずはアウロラの保護、それから彼女を守れる環境の確保です。今は研究所に囚われているはずなので、まずはそこから救出しましょう」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 という手筈だったのだが、彼らがそこを訪れた時には全てが終わった後だった。

 一応、天に昇るヘルトの『ただその理想を(アイディール)叶えるために(・ダスト)』は見えていた。それからさらに急いで研究所に向かったが、その時には周りを黄色いテープと警備組織に囲まれていて、とても侵入して中の様子を調べる訳にはいかなかった。

 彼らは誰も入って来ないような路地裏に入り、困惑したまま現状の整理をする。


「くそっ、どうなってるんだ? まさかあれ、アウロラってヤツがやった訳じゃないよな!?」

「私が閲覧した資料にはそんな情報は一つもありませんでした。そもそもあの光の柱は集束魔力砲です。ですがあんな場所に置いてあるなんて聞いた事ありません。なにより、私にはこの未来が観測できなかった」


 二人とも困惑するが、ラプラスはすぐにギターケースからノートパソコンを出してキーボードを打ち始める。


「ハッキングで情報を集めます。『未来観測(ラプラス)』で観測できなかったという事は、おそらくアウロラは突発的に誰かに連れ去られたのでしょう。どうにかして探し出さないと……くっ、監視用の無人艇にアクセスできない……っ」

「お前のやってる事は一ミリも理解できないけどつまりどういう事!?」

「空の目でアウロラを追う事ができなくなりました、つまりマズい状況です」


 いつもはクールなほど無表情なのに、今はその表情が焦りの表情が浮かんでいた。ラプラスはパソコンの画面から傍らで大人しくお座りしているカヴァスに視線を移す。


「……この子の鼻で追えないでしょうか」

「おい現実逃避してんな。仮に出来たとしてアウロラの匂いなんてここには無いだろ」

「言ってみただけです。とにかくアウロラの居場所が分からない以上、誰が彼女を連れ去ったかが問題です」

「見当は?」

「おおよそ付いています」


 ラプラスはパソコンの画面へと意識を戻し、キーボードを叩きながら、


「あの集束魔力砲は正規のものではありません。そして先程と同様のモノが先日の『レオ帝国』における魔族の大規模侵攻や、その他の場所で幾度も目撃されています」


 一瞬、『レオ帝国』における魔族の大規模侵攻という重要な単語が聞こえて気がするが、さすがにアーサーだって空気は読む。今は追及をする事はしない。


「その使用者の名はヘルト・ハイラント。どうやら五〇〇年前と同じ、異世界から来た勇者みたいですね」

「異世界の勇者!? 今の『ゾディアック』にそんなヤツがいるのか!?」

「らしいです。となると今アウロラはこの世界で最も安全な場所にいるとも言えますね。一先ず安心です」

「そうか。それなら……」

「ですが、ここから先の『未来観測(ラプラス)』込みで話を進めると安全ともいえません」

「?」


 アーサーにはそれが矛盾しているように思えた。

 現状、『ゾディアック』で一番安全な場所にいるのに安全とは言えない。つまり未来で何かが起きるという事なのだろうが、そのイメージが凡人のアーサーには見当も付かない。


「近い内、アウロラはヘルト・ハイラントの元から立ち去ります。この未来は現状、不動のモノです」

「立ち去るって……安全な場所からわざわざ? 何でだ?」

「そこまでは分かりません。私の『未来観測』は相手が未来に起こす行動は分かっても、その人の感情や思考までは観測しきれませんから」


 言って、ラプラスは静かにパソコンを閉じてギターケースの中に仕舞った。何はともあれ方針は変わらないらしい。アウロラを見つけ出し、アーサーの『担ぎし者』の特性で観測された未来を変える。それが彼らにできる最善の事だ。


「とりあえず移動しましょう。いつまでも事件現場の傍にいたら怪しまれるかもしれません」

「ああ……」


 ラプラスに同意してすぐに路地裏から出ようとした時、


「……っ!? わんっ、わんッ!!」

「カヴァス……?」


 突然、バッと弾けたように自分達の通って来た道に向かってカヴァスが警戒心を露わにして吠える。

 アーサーには何も見えない、けれどラプラスは『未来観測』を駆使して次に起こる事を観測したのだろう。上着の下から二丁の拳銃をすばやく取り出す。


「アーサーさん! 構えて下さい、来ます!!」

「来るって何が……」


 アーサーが暗闇に目を凝らすと、遂にその影を捉えた。

 それは四足歩行の犬だった。ヘルトのいた世界で言うジャーマン・ショートヘアード・ポインターに似ている犬種で、数匹が暗闇から這い出るように出てきた。何故かは知らないが、彼らは血走った目でアーサー達を見ている。


「食人犬のガンドックです! 気を付けて下さい、彼らは人間の肉を主食として食べます。つまり……!」

「グウァンッ!!」


 まず雄叫びをあげながらガンドックの一匹がアーサー達目掛けて飛びかかってきた。

 そして次に、パパン! と連続して軽い銃声が響く。それはラプラスの言葉が終わる前に動いた犬に向かって、彼女が躊躇無く引き金を引いた音だった。


「つまり彼らは私達を殺すつもりで放たれた動物兵器です! 囲まれる内に逃げましょう。『未来観測』で先行します、付いて来て下さい!」


 とは言っても人間と犬の走力とでは差があり過ぎる。アーサーはいつも使ってる手、爆破で壁を作ろうと考えたが、実行に移す前にラプラスに止められる。


「爆弾系は使わないで下さい。ここが都市の中心部だという事を忘れないで下さいよ!?」


 くそ、と吐き捨てながらアーサーは足を動かす事に集中する。一応片手にユーティリウム製の短剣を持ってはいるが、使ってる暇はない。一匹を切り伏せてる間に他の数匹に噛まれてしまうからだ。


「表通りまで出れば襲って来た人も一旦退くはずです。頑張って下さい!」


 ラプラスに励まされながら必死に走る。

 その最中、アーサーは唇を噛みしめていた。

 騒乱の中心にいるアウロラも、今襲って来ている謎の敵も、一切の居場所が分からない。ここで逃げ切れたとしてもそれが終わりではない。なんとかして正体を掴まないと、これから先もずっと付け狙われるのだから。

 とにかく情報が足りなさすぎる。情報が足りなければ状況が掴めない。そして状況が掴めなければ、いつまで経っても後手に回り続けてしまう。

 何とかしなければ、と思いながらも、アーサーはその手立てを思い付けなかった。

ありがとうございます。

次回は引き続きアーサーの話です。

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