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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第五章 アーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント Beginning_Story_of_Heroes.
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89 新人類化計画

 気が付くと、とっくに日が沈んでしまっていた。

 コインランドリーから移動して、犬も入れるように『タウロス王国』の時のようなオープンテラスのある喫茶店に入る。そしていざ何かを注文しようとした時、


「すみません、お金が無いのでご馳走して下さい」


 ラプラスは頭を下げてそう言う。正直ラプラスと会ってから出費ばかりしているような気がするが、あくまでそれは身から出た錆だ。特に拒む理由も無いので、ラプラスが食べたがったイチゴのショートケーキを注文し、自身はコーヒーを注文する。

 しばらく待って注文したケーキが来ると、ラプラスはさっそくそれに手を伸ばした。無表情なのは相変わらずだが、そのせわしない姿を見るだけで彼女がどんな気持ちでそれを食べているのかは明白だった。

 アーサーがその姿を微笑ましい気持ちで見ていると、その視線に気づいたのかフォークを置いてこほんと一つ咳払いをして姿勢を正す。それで誤魔化しているつもりかもしれないが、全く誤魔化せていなかった。


「随分と美味しそうに食べるな。まるで一〇〇年ぶりに飯を食ってるみたいだ」


 アーサーは軽く笑いながら冗談でそう言ったが、言われたラプラスの方は表情を曇らせた。


「一〇〇年ぶりですか……。まあ、たしかに遠からずといった感じかもしれませんね」

「?」


 妙な言い回しが引っ掛かったが、ラプラスは外に目を向けたままの姿勢で止まってしまった。アーサーはそんなラプラスの横顔を眺めながら口にコーヒーを運ぶ。


「……今の世界は素晴らしいですね。約五〇〇年前とはまるで別世界です」

「ごっ、五〇〇年前!?」


 いきなり放たれた言葉に、アーサーは思わずコーヒーを口から吹き溢す。汚いですよ? とラプラスに(たしな)められるが、アーサーからすればそんな事はどうでも良かった。


「じゃ、じゃあアンタは五〇〇歳だっての言うのか!?」

「む、失礼ですね。正確には五〇〇歳までは行ってません。四九〇くらいだと思います」

「それでも大問題だろ! アンタ一体何者なんだ!?」

「そうですね……これからの話をスムーズにするためにも話しておいた方が良いかもしれませんね」


 一人で勝手に納得して頷くと、ショートケーキの乗った皿を脇に寄せてアーサーの目を真正面から見つめる。その姿勢にアーサーの方も無意識に背筋を伸ばしてしまう。

 喫茶店には似合わない重苦しい空気の中で、ラプラスは口を開いた。


「では、あらためて自己紹介をしましょう。私は約五〇〇年前に作られた一二人の『一二災の子供達ディザスターチルドレン』の一人、『未来』のラプラスです。……と言っても分かりませんよね?」

「うん、さっぱり」

「では順を追って説明しましょう。まず『一二災の子供達』というのは、約五〇〇年前にあった『第零次臨界大戦』の少し前に勇者達と科学サイドによって造られた人造人間です。あ、といっても斬られれば血もでますし普通に死にます。この不老も一二災(じゅうにさい)の中の一人の力を分配されて移植された結果ですし」

「ちょっと待ってくれ色々と情報が多すぎて付いて行けないっていうか『第零次臨界大戦』って何!?」

「そこは秘匿事項なので言及しないで下さい。とにかく『一二災の子供達』にはそれぞれ『固有魔法』が一つずつあります。私の場合は自分の名前をそのまま取って『未来観測(ラプラス)』、未来を観測する力です」

「未来を観測?」


 意味を捉え切れておらず、首を傾げるアーサーに呆れる事なくラプラスは説明に補足を付け加えていく。


「例えばある瞬間、そこに働いている力や情報を正確に知り、かつそれらを計算できるだけの能力があれば、その先に起こる事は必然として捉えられませんか?」

「……?」

「簡単な例を出しましょう。硬貨を一枚貸して頂けませんか?」


 言われた通り、アーサーはポケットから硬貨を一枚ラプラスに渡す。そしてラプラスはポケットから取り出したマジックで硬貨の片面にバツ印を書く。


「良いですか、このバツ印のある方が表で無い方が裏です。私がこれから宙に硬貨を弾きます。アーサーさんは滞空時間の間に表か裏を選んで下さい」


 ラプラスはそう言ってすぐ硬貨を親指に乗せて宙に弾く。

 この場合の確率はどちらも五〇パーセントなので、アーサーは特に考える事もせず言う。


「表」


 アーサーが宣言し、ラプラスは硬貨を手の甲で受け止める。被せた手をどけると、硬貨は表面を上に向けていた。


「当たりですね。では次に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さて、表の出る確率はいくらですか?」

「そんなの一回目と変わらず二分の一なんだから、五〇パーセントだろ?」

「良いんですか? まったく同じ条件なんですよ?」


 ラプラスの返しに一瞬訝しげな顔をしたが、彼の理解は早かった。その顔がすぐに蒼白に変わる。


「……まさか、そういう事なのか?」

「はい」

「条件がまったく同じっていうのは、硬貨を弾く力や空気抵抗、落下距離や回転数までもが同じって事なのか!?」

「そうです。そして、その場合の表の出る確率は一回目で見たように一〇〇パーセントです。私の『未来観測(ラプラス)』は、これを一回目を見ていない状態で計測できるんです。その場にあるありとあらゆる情報を解析し、限りなく正解に近い答えを導き出す。それが私の力です」


 それが本当なら、誰もが喉から欲しい能力だ。行動を起こす前に結果を知っていれば失敗は回避できるだろうし、不測の事態なんてものは起こり得ないのだから。


「私は五〇〇年近く、あのビルに幽閉されながらこの力をこの国の発展に使わされて来ました。数日前の『アリエス王国』と『レオ帝国』で同時に起きた魔族の進行の混乱が無ければ、今もまだ幽閉されたままだったでしょう」

「……」

「だから一〇〇年ぶりというのも遠くありません。実際には約五〇〇年ぶりですけど」

「……っ」


 スケールが大きすぎて、アーサーは何と言って良いか分からなかった。

 五〇〇年近くもただの演算装置として幽閉されていた彼女の苦悩は計り知れない。きっと、アーサーが何を言っても慰めにもならない。


「……だったら」


 慰めの言葉は言えない。

 だからアーサーは、無遠慮にも微笑みながらこう言った。


「だったらこれからは思う存分、世界を見て回れるな。五〇〇年前とは違う、お前が創った世界を」

「……ええ、そうですね」


 そう言ったラプラスの口角が少し上がったような気がしたが、それはアーサーの気のせいだったようだ。すぐにいつもの無表情で横に退けていたショートケーキを食べ始める。


「そういえば、今は五〇〇年前と具体的にどう違うんだ?」


 ふと湧いた素朴な疑問に、ラプラスはショートケーキを食べながら人々の歩く外へと視線を移す。


「そうですね……まず太陽が眩しいです。大戦中は砂埃や雲でほとんど太陽が見えませんでした。それから風が気持ちよくて、土と緑のいい匂いがします」

「五〇〇年前はそんなに酷かったのか……?」

「はい、あの頃の風は熱風か冷風しかなくて、土と緑どころか焦土の匂いしかしませんでしたから。今の世界はキラキラ光っているようでとても綺麗です。情報としては知っていましたが、実際に触れてみると感慨深いものがありますね」


 アーサーも釣られるように喫茶店の外に目を向けて言う。


「……まあ、たしかにこの『ポラリス王国』はまるで異世界だよ。時代遅れの『ジェミニ公国』どころか、今までの国とは明らかに違う」

「まあ、この国を創ったのがそもそも異世界の勇者達ですから。この世界に元あった国の代名詞みたいな『ジェミニ公国』出身だとしたら当然の違和感かもしれませんね」


 そんなもんかね、と吐き捨てるアーサーを余所にラプラスはショートケーキを食べ終える。それからテーブルに置いてある紙ナプキンで口元を拭ってから店員を呼んで食後の紅茶を注文し、再び姿勢を正してアーサーの方に向き直る。


「そろそろ本題に戻りましょう。私があなたにコントクトを取った理由でしたね」

「ああ、そうだった」


 ここまで色々あり過ぎて本題を忘れかけていた。アーサーも集中力を戻してラプラスの次の言葉に注目する。


「では、まずは仮定の話です。あなたはこれから寿命から解放され、好きなように世界を変革できる力を持ちました。さあどうしますか?」


 いきなりの質問に少し驚くが、何か関係のある事なのだろう。アーサーはすぐに思考に集中する。

 好きなように世界を変革できる。つまりそれはアーサーや妹達の夢である人間と魔族の抗争を止められるという事だろう。

 それだけではない。例えば世界中から寿命という概念を消しさり、誰もが死なない世界だって作れる。病気も犯罪も後悔も失敗も負の面は何も無い世界。そんな子供が思い付くような夢の世界をそのまま現実に生み出せる。

 もしもそんな破格の力が手に入ったら? アーサーはその問いに対して、


「放棄するかな、そんなものすぐに」


 さして考える素振りも見せず、そう言い放った。


「……どうしてですか? 破格の力ですよ、それこそ神に匹敵するくらいの」

「だとしても、だ。そんなもの手に入れて、一度使い始めたらもう元には戻れない。好きなものを好きなだけ、理性はなくなり野生の部分だけで行動する。……そんな事になったら、俺はもう自分の事を人間とは呼べなくなるよ。そんなのは御免だね」

「世界中のみんなが死の恐怖から解放されるとしても?」

「それこそ、この世の地獄の始まりだ。増えるだけの人口に際限なく食い潰されていく資源、今はよくても数百年後の世界はきっと地獄絵図になってるだろうね」

「……良い答えです。それは私とほぼ同じ考えです」


 ラプラスはその時丁度運ばれてきた紅茶を受け取り、一口飲んでから話を戻す。


「現在、『ポラリス王国』では『新人類化計画』というものが進んでいます」

「『新人類化計画』?」


 オウム返しのように首を傾げて訊き返すアーサーにラプラスは頷いて、


「簡単に言うと新たな世界に旅立ち、そこで新人類になろうという計画です」

「新たな世界っていうのはどこの事だ? 『ゾディアック』の外か?」


 こことは別の世界、そう言われて真っ先に思い付くのはそこだった。

 けれどラプラスは首を横に振って、


「違います。もっと身近にあって少ないリスクで行ける場所です」

「?」

「つまりは電脳の世界です。人間の脳をデータ化して電脳世界に送りましょう。そこは寿命も怪我も病気も絶望も失敗もない完全な世界だ、という考えのものですね。考案者はエミリア・ニーデルマイヤー。『リブラ王国』に住居を構える科学者です」

「その人はなんでそんな計画を……」

「『第三次臨界大戦』を恐れたのでしょうね。電脳世界なら現実世界の事情は関係ありませんから。『ポラリス王国』の中心、あそこに大きなビルがあるでしょう? あれは物理的にも魔術的にも守られているので、原理的に外部からの突破はできません。つまりあの中にサーバーを突っ込んでしまえば安全という訳です。そして私はこれを止めたいと思っており、アーサーさんに協力して欲しいのです」

「……」

「納得、できないようですね」

「……まあな」


 アーサーはコーヒーを一口飲んでから、


「正直言うと、さっきの仮定と合ってない気がする。電脳世界なら勝手に一人で生きるだけで誰にも迷惑はかけないだろう? 俺自身は御免だけど、後は当人だけの問題じゃないのか? わざわざ止める必要は無いと思うけど」

「……確かに、私達には直接害の無い話です。エミリア・ニーデルマイヤーが言っている通り、これは人類にとって救済にもなり得るのでしょう」


 そこまで認めた上で、ラプラスはアーサーの目をしっかり見据えて続ける。


「ですがその答えは、この計画が一人の少女を犠牲(いけにえ)にして成り立つものだとしてもですか?」

「……詳しく話せ」


 明らかに声のトーンが落ちたのを、ラプラスは感じ取っていた。けれどラプラスの方は表情を変える事なく、あくまで坦々と話す。


「電脳世界を作るにはいくつか問題がありました。その中でも一番の問題が、現実世界との情報量の差です」

「情報量の差……?」

「そうです、例えば……」


 呟くように言うと、ラプラスはアーサーの手をぎゅっと握った。アーサーの冷たい掌に、ラプラスの掌の暖かさが広がっていく。


「今、アーサーさんは私の掌を暖かいと感じているはずです。そして別の人と手を繋げば私のものとは違う暖かさを感じるはずです。けれど、電脳世界はそうではありません。触れた時の暖かさを再現する事ができても、それは単一のもので人それぞれで変わったりしません。それは土の感触や風が頬を撫でる感触、建物の強度や歩いた時の疲労感、そういったものも再現が非常に難しいんです」

「……つまり、現実味に欠けるって事か?」

「端的に言えばそうです。エミリア・ニーデルマイヤーが目指しているのは今の世界とは似て非なる新世界の創造です。すぐに電脳世界だと思ってしまったら意味がありません。例えば今すぐにアーサーさんが電脳世界に飛ばされたとして、今自分がいるのが現実世界なのか電脳世界なのか区別がつかないレベルに仕上げようとしているんです」

「それで、それが少女の犠牲ってのとどう繋がるんだ?」

「ディティールアナライズ」


『詳細解析』。そんな意味に取れる単語を発した(のち)、ラプラスは続ける。


「その名はアウロラ。『詳細解析』ディティールアナライズという力を持つ、とある少女です」

ありがとうございます。

次回はヘルト主体の話です。

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