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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一章 どこにでもいるごく普通の少年
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06 崩れていく平和な日常

 馬鹿二人が仕事をサボり、怒られ、敗北し、木に縛れている間も、その他の人達の生活は回っている。

 野菜などの穀物を育てる者や、卵を産んだりそのまま肉になる家畜を育てる者など、多くの人が様々な仕事をしている。

 中でも異色を放っているのは衛兵だ。衛兵とは村を護る者達の事で、その主な仕事は希に魔族領から結界を越えて『ゾディアック』に入ってくる魔獣を退治することだ。

 基本的に魔力量が他の人達よりも多い者が就く仕事で、日頃は結界ギリギリまで森の中を見回るのが常だった。魔獣はほとんど結界は越えず、仮に結界を超えてもその直後は体力を消耗しているので、五人程で十分に対処できる。だからこの日も五人で適当に森の中を歩き回って、日が暮れた頃に村に戻っていつも通りの一日が終わるはずだった。

 しかし、この日に限っては違った。

 理由は一つ。

 五人の目の前に、『ゾディアック』の辺境の『ジェミニ公国』の更に辺境の村においてはかなり珍しい、見知らぬ男が現れたからだ。

 男は静かに歩いている。魔獣とは違い二足歩行の人間だ。しかしその容姿は異常だった。身長は軽く二メートルはあり、全身筋肉に覆われている体は一○○……いや二○○キロはあるであろう巨体だ。その姿はプロレスラーを一回りか二回りほど大きくしたような姿だった。一応は人の形を保ってはいるが、五人の衛兵達はそれを人と定義するのを躊躇う程だった。

 さらに思考に追い打ちをかけるのが、男の歩いてきた方角だった。

 仮に男が衛兵と接触するまで真っ直ぐ歩いてきたとしたら、結界の外側から来たという事になる。それが意味する事を理解していながらも、衛兵の一人がおずおずといった感じで口を開く。


「お前……何者だ!? どこから来てなぜここにいる!?」


 衛兵の声に反応してか、男は歩みを止めた。

 その顔は笑っているように見えた。


「突然現れた不審者に直接質問か……。人間ってのは随分と平和ボケしたもんだ。これが大戦中なら問答無用で魔術か弾丸が飛んできそうなもんなのに」

「な、にを……」

「いやいや簡単な話さ。俺様の歩いて来た方角、おかしいとは思わなかったのか? それともおかしいと思っていてその感じなのか? 反応を見る限り後者みたいだが、貴様らは気付いているのか? この時点で思考が周回遅れだ」


 ズズズッ、と。

 ただでさえ濃いものを濾してさらに濃くしたような、そんなドス黒い魔力が男を中心に広がっていく。


「あ、あああ」


 その魔力はあまりにも絶望的だった。

 衛兵達の脳裏に死の一文字がチラつく。


「お、まえ、一体……!?」


 一呼吸ごとに増していく重圧に抗いながら口を動かす衛兵の内の一人の質問に、その根源の男は軽い調子で答える。


「ん? この魔力を見ても分からないなんて、人間も辺境の方となるとここまで感覚が鈍ってるのか?」


 男の背後から黒い影が現れる。それも一つや二つではない、パッと見ただけでも十はある。その全てから男よりは数段劣るが、それでも衛兵達が絶望するには十分すぎるくらいの濃い魔力が発せられていた。

 背後から現れたのは男とは違い、魔獣をそのまま二足歩行にしたような異形の姿だった。それぞれが剣や鎌などの武器を構えているが、そんなものは衛兵達にはどうでも良い情報だった。

 答えなんて、男を最初に見た時から分かっていた。

 魔族だ。魔族が結界を越えて『ゾディアック』に侵攻してきたのだ。

 元々魔族が『ゾディアック』に入れないようにするための結界なのだが、目の前の魔族は何らかの方法で結界を越えてきたのだ。その事実だけで、衛兵達の心は折れていく。


「あ、ああ、ああああ!!」


 ……もう、叫ぶ事しかできなかった。

 中にはとっくに精神が崩壊し、涙でぐしょぐしょの顔で半笑いしかしていない者もいる。

 そこには村を護る衛兵の姿はなかった。

 そこにあるのはただ、数秒後に迫った死に対して怯える事しかできない人間の姿しかなかった。

 その様子を見ていた男は別段何も感じる事もなく、ただ先程の質問に対して簡素に答えるだけだった。


「なら特別に教えてやるが、貴様らごときのお頭で理解できる言い方となると、中級魔族って言った方が良いか? あるいは老兵ならグラヘルって聞けば分かるか?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 どんなに足掻こうと覆らない運命というものは明確にある。結界を越えて弱った魔獣程度の相手しかして来なかった衛兵達が、先の大戦で猛威を振るった中級魔族に勝てる道理はなかった。

 そしていとも容易く、『ゾディアック』最初の防衛線は崩れ去る。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「では今日は魔術の基礎についてのお話しだ」


 グラヘルが結界を越えたその時、長老は自宅で村中の子供達に囲まれていた。これはこの日に限っての光景ではなく、いつも通りの光景だった。

 学校などないこの村では、長老が教師として最低限生きていくために必要な知識を子供達に教えているのだ。


「我々は魔力を媒体に、それぞれの魔力適正に応じた魔術を行使する事ができる。その魔力適正は生まれつき決まっており、『火』『水』『雷』『土』『風』『光』『闇』、そして『無』の八つに分類される。基本的に『火』は『水』に弱く、『水』は『雷』に弱く、『雷』は『土』に弱く、『土』は『風』に弱く、『風』は『火』に弱い。『光』と『闇』はそれぞれが優劣関係にあり、『無』はどれにも当てはまらない。魔術師を目指していなくとも、最低限これくらいは覚えなくてはならない」

「でもちょーろー。ママは氷の魔術を使いますよ? それはなんでですかー?」


 長老は手を挙げながら発言する少年にニコリと笑い、


「良い質問だ。それは複合魔術といって、例えば君のお母さんのような『氷』の場合には『水』と『風』を合わせている。複合する事によって先程説明した優劣関係には当てはまらない属性になる訳だ。多くの複合魔術を使えるというのはそれだけ手札が増え、戦術の幅が広がる事を意味している。そしてその複合魔術を使いこなせるようになった時、君達はようやく魔術使いとして成熟した事になる。そしていずれは君達の『固有魔術(オリジナル)』を生み出して魔術師となっていくのだ」

「ぼく達でもその魔術師になれるんですか?」

「なれるとも。たゆまぬ努力と継続力がやがて君達の血肉になる。努力をすれば報われるという訳ではないが、大成した者達は例外なく努力している。君達の願いや想いの力を体現するものが『魔の力』なのだ。だから君達に不可能はないんだよ」


 長老の言っている事が綺麗事を並べただけの美辞麗句だというのは、少しでも世界に触れた者ならすぐに分かる。現実には魔力量の差や魔力を扱うセンス、魔力適正など生まれた時には決まっている才能というのは明確にある。一人が当たり前のように届く位置が、隣の人にとっては遥か高みなんてのはこの世界じゃざらだ。

 しかし長老の言葉には込められた意味はある。

 人それぞれの限界値はある。でも、それを越えられない訳じゃない。

 不可能はない。その一言に込められた意味をいつか自分自身で気付く時を信じて、長老はこれからを生きる若者達へ期待を込めているのだ。


「では次に魔力を扱う事のリスクについてだが……」


 唐突に、長老の動きが止まった。

 長老を囲む子供達が怪訝な表情を浮かべるが、それすらも意識にないようで長老は固まっている。まるでそこだけ時が止まってしまったかのようだ。


「ちょーろー?」


 一人の子供の声で長老の意識が呼び戻される。ハッとして子供達の顔を一通り眺めると、子供達にも分かるくらい無理矢理な笑みを作って、


「今日はここまでにしよう。ここで少し待っていなさい」


 いきなり部屋から立ち去る長老を子供達はキョトンとした顔で送る。誰一人として今の状況を掴めている者はいなかった。

 部屋から出た長老はアンナの部屋へ向かう。魔力感知で所在は明らかなので迷わず部屋の前に立つとノックもせずに声をかける。


「アンナ、今すぐ出てきてくれ」

「おじーちゃん? どうしたの?」


 いつもと変わらない調子で部屋から出てくるアンナ。しかし、険しい表情の長老と顔を合わせると緊張した面持ちになった。


「……どうしたの?」


 長老の様子からただならぬ気配を感じたアンナは先程よりも低い声で聞き返す。そんな様子のアンナに長老はまくし立てるように言う。


「魔族が出た。衛兵達を退けてこの村に向かって来ている。私は村全体にこの事を伝えて魔族を抑える。お前は別室にいる子供達を連れて今すぐ森の中へ逃げろ。集合場所はアーサーとアレックスを縛っている大樹で良い。半刻を過ぎても私が戻らなかったら隣国の『キャンサー帝国』に逃げろ。間違っても首都や『タウロス王国』には向かうな」

「ちょ、ちょっとそんな一気に言われても何がなんだか……っ」


 魔族なんていう話には聞いていても直接見た事もないものに対して危機感を覚えろというのが無理な話か、アンナは話に付いて来れていない。ただ、いつも堂々としている長老が焦っているのはかなり特殊なケースという事は伝わっているようだった。


「突然の事で混乱されているのも分かる。だが今は言った通りに動いてくれ。とにかく時間が無いんだ。せめて他のみんながやつの魔力を感じる前に早く……ッ!?」


 言ってるそばから長老が感じていた魔力はいつの間にか近づいていた。焦っていたとはいえ、敵の位置確認を怠っていたのには自分を殴りつけたくなるほどの怒りを覚える。


「……ちょっと、こんな魔力……シャレにならないわよ」

「……言った通りに動くんだぞ、アンナ」


 返事も聞かずに長老は駆け出した。すでに『一つ一つの積み重ね(ゲイン)』を発動していたため、何か大声で叫んでいたアンナの声が一瞬で遠ざかる。

 それでも背後でアンナが動き出すのをなんとなく感じ取ってから、じーさんは身体強化のギアを上げていく。


(危機勧告……はするまでもないな。あの魔力を受けてそれぞれが動き出している)


 そもそも結界近くに位置するこの村では、今回のような事態に対する行動というのはあらかじめ決めてある。年に一度は訓練もするし、それなりに対応力はあると思っていた。

 しかし練習と実際ではやはりパフォーマンスに大きく差が出る。手筈通りに動いているとはいえ、その動きには焦りから生じる無駄な動きというものが多かった。

 このままでは魔族が来るよりも先に村の全員が避難しきるのは不可能だと判断した長老は、一直線にこの騒動の元凶たる魔族の元へ走る。

 その魔族はすぐに目の前に現れた。数は一五人。その内一人が他とは明らかに違う異質な魔力を放っていた。

 長老はその一人が中級魔族であると即座に判断した。『第二次臨界大戦』では上級魔族よりも多くの死者を出した相手を前に、改めて気合を入れなおす。

 長老はその目の前に立ち塞がると、すぐに魔力を開放する。


「『魔の力を以て世界の法を覆す』!」


 長老から解放された魔力は炎となる。

 とても人間一人から発せられた量とは思えない炎は金色で、通常よりも二回りほど大きい獅子の形を模していた。

 その獅子の尾が一五本に分かれて伸び、それぞれが魔族へと向かっていった。魔族といってもその感情のほとんどは人間と酷似している。つまり奇襲を受ければそれなりに動揺はする。

 中央に位置取る中級魔族、グラヘル以外は奇襲の甲斐あって尾で捕まえる事ができた。そして、掴まれた下級魔族達はその瞬間に体を炎に包まれた。中には水の魔術でその炎を消そうとする者もいたが、炎は消えるどころか弱くさえならない。


「無駄だ。その炎は私が消そうとしなければ絶対に消えない」


 長老がそう言った時には、捕まった魔族達は跡形もなく消えていた。異常な燃焼速度でこの短時間の間に灰になるまで焼かれたのだ。


「その力、英雄オーウェン・シルヴェスターか?」


 その光景を助けるでもなく楽しそうに眺めていたグラヘルは長老に語り掛ける。


「貴様と話す事など何もない」

「つれねえな。今のは『滅炎の(スローター)金獅子(・エンブレオ)』だろ? お前が英雄と呼ばれる所以になった、魔族千人狩りの時に使ってた技だ。直接見れて光栄だよ」

「……だったら貴様の末路は分かっているな。ここで灰塵となれ!!」


 消えない炎。その塊である金獅子が一直線にグラヘルへと向かっていく。

 しかし絶対の殺人能力を持つ金獅子がいくら迫ろうと、グラヘルは余裕の笑みを崩すどころか避ける動作すらしなかった。

 そしてグラヘルの口が比喩でもなんでもなく大きく開いた。口裂け女のように口の線が横に伸びたかと思うと、グラヘル自身の顔も巨大化して、最終的には体よりも開かれた口の方が大きいくらいだった。

 長老からは喉奥が見えない。ブラックホールのように黒い何かが渦巻いている。そして次の瞬間、その印象が間違いではなかったと知る。

 長老の獅子の形を模した炎がグラヘルの口から発せられた強い吸引力に引きずり込まれ、そのまま捕食されたのだ。

 魔力の残滓も残らない、何人でも抗えない吸引力。長老は完全に競り負けた。

 そしてそれは、この村の人達では誰一人としてグラヘルには勝てない事を意味していた。


(……やれやれ、歳は取りたくないものだな)


 長老の頭には、もう勝つという選択肢はなかった。先程の攻撃は正真正銘、長老の最大の技だったのだ。それが防がれた時点で、長老の戦意は半分折れていた。それでもまだ長老を支えているもう半分は、せめてみんなが逃げる時間は稼がなくてはならないという使命感だけだった。

 しかし絶望は終わらない。

 グラヘルが一度閉じた口をもう一度開いたのだ。しかし今度は捕食のためではない。グラヘルの口の奥から、少し違うが長老自身も良く知る魔力がせり上がってくるのを感じ取っていた。

 口には食べ物を食べる以外にも用途はある。鼻詰まりを起こしたり激しい運動をした後は呼吸を口でするだろう。他にも乗り物酔いや二日酔いを経験した事がある者には分かるだろうが、口とは食物を食べる以外に、吐き出す事も出来るのだ。


「ま……ッ!?」


 叫んだ時にはもう遅かった。

 長老が放った強大な炎の塊を、今度は長老自身が受ける事となった。

 着弾まで一秒なかった。避ける間もなく長老に直撃した炎の塊は勢いはそこで止まらず、その余波は辺りの森に広範囲に撒き散らされた。

 突然燃え上がる炎に逃げ惑う村人達は抗う術を持たなかった。長老の任意でなければ消えない炎の性質はそのまま受け継がれているから、水をかけた所で何の意味もなかった。

 消えない炎と中級魔族。

 数刻前とはうって変わって地獄と化した村の中で、その元凶ともいえる魔族の男だけが笑っていた。

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