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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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84 いつか出会う運命の前に

 夜になり、つつがなく戦勝パーティーが開かれる事となった。

 アレックスは前に来た事のある王座のある謁見の間と、宮廷の中央にある庭で全国民が参加する盛大なパーティーが始まる。

 最初にアーサー達の紹介があるとの事で、アーサーとアレックスはフェルトから借りた慣れない礼服を来て別室待機していた。首に締め付けられるような違和感の凄いネクタイを鏡を見ながら何度も直していたが、隣で同じような事をしているアレックスを見ると、緊張感なんてものはどこかに吹き飛んだ。


「お前にはそういう服は似合わないな。子供が背伸びしてるみたいだぞ?」

「そういうテメェこそ。馬子にも衣裳ってやつだな」


 いつも通り軽口を叩き合う二人のやり取りは、緊張感を紛らわせる目的もある。設置されているソファーに二人揃って腰を下ろす。


「……『タウロス王国』の時とは大違いだな」

「ま、あの時は事情が事情ですぐに国を出たからね。アリシアやニックは元気にしてるかなあ……」

「他人の心配より、テメェはこれからの身の振り方ってもんを一度真面目に考えた方が良いと思うんだがな」

「それはその内、気が向いたらな。それより今気になるのは結祈(ゆき)とサラの服装だな。あいつらも俺達みたいに礼服着てるのかな」

「俺は飯の方が気になる。紹介とかどうでも良いからさっさと飯にありつきたいぜ」


 その時、部屋のドアがノックされた。

 中に入って来たのはヴェロニカだった。いつも通りのメイド服を着ており、彼女の案内で廊下に出る。すると、そこには結祈とサラもいた。それぞれ結祈は黒色、サラは白色のスカートの丈が短いドレスを着ていた。昼間の白い服も似合っていたが、きめ細やかな金髪には黒いドレスが良く映えていて、綺麗な銀髪を持つサラには純白のドレスがよく似合っていた。


「……ねえアレックス。二人はこんなに着こなしてるのに、俺達の有り様って酷くない?」

「そんな事ないよ。アーサーもその服、似合ってるよ?」


 結祈の言った事は素直に嬉しいが、つい先ほどまで鏡と睨めっこしていて自分の姿は目に焼き付いている。どう考えたって二人の足元にも及ばない。

 やがてヴェロニカの案内で両開きの扉の前に立つと、慣れない状況に再び緊張感が沸き起こってくる。


「ヤバい緊張してきたトイレ行って来て良いかな?」

「中級魔族に臆さず向かってく馬鹿が今更何言ってやがる。覚悟決めやがれ」


 その様子を柔和な笑みで見ていたヴェロニカが躊躇無く扉を開ける。味わった事のない溢れんばかりの盛大な拍手に迎えられ、アーサー達は謁見の間へと入る。

 中に入って両サイドにいるエルフ達で作られた道を通って、フェルトとシルフィーのいる玉座まで歩く。

 アーサー達の紹介と、フェルトとシルフィーからの賛辞の言葉を受ける所までは良かった。しかしその後、山のようにある料理をパクつきながらの立食形式のパーティーが始まると、アーサー達は当然のように多くのエルフに囲まれた。

 ありとあらゆる質問や感謝の言葉を受け取る事に疲れた彼らはフェルトに頼み、干渉を控えて貰う。そして特にこういった状況に慣れない二人の少年は、外の空気を吸うために庭を見下ろせるテラスに出た。


「……まさかここまで凄いとは思わなかった。緊張感なんて吹き飛んだよ」

「それだけみんな感謝してるって事だろ。珍しい事なんだし、素直に受け取るのが良いと思うぜ」


 言いながら、アーサーは手すりに肘をかけて遠くの景色を、アレックスは手すりに背中を預けながら空に浮かぶ星を見ていた。

 しばらくそうやって柄にもなく遠い目をして物思いに耽っていると、やがてアーサーがポツリと呟くように言う。


「歴史を変える力、か……」

「ん?」

「言ってたんだよ、ヴェルトのヤツに目的を訊いた時に。二度も俺達の村に結界を越えて入って来た魔族、川を流れて『ゾディアック』に来たビビ、そして『アリエス王国』だけとはいえ今回の魔族の大規模侵攻。……もしかしたら『ゾディアック』を守る結界ってやつは、もうほとんど意味を成してないのかもしれない。それを知ってるヤツらは準備を始めてる。どこも『タウロス王国』やヴェルトみたいな事をしてても不思議じゃないんだ」

「じゃあ、あれが歴史を変える力ってもんか?」


 アレックスの指すあれとは、これまで見て来た異常な戦力の事だろう。

 しかし、ヴェルトが指した歴史を変える力が正確に何を指すのか、アーサーには分からない。

『タウロス王国』のドラゴンか。それとも今回出て来た『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』の事なのか。はたまた夢のまた夢の不老不死の霊薬か、ダークエルフの戦闘力の事か。

 どれだろうとアーサーにはそこまで断定する情報がある訳ではないので、アレックスの疑問には首を振る。


「それは分からない。でも、もしかしたら『第三次臨界大戦』が始まるのかもしれない。ヴェルトのヤツが言うには、その引き金を引いたのは俺達らしい。俺達が中級魔族を殺した事は、確実に世界に波紋を広げてる」


 グラヘルと呼ばれていた中級魔族。あの一個体だけを殺していたなら、たまたまで済ませられた。けれど今回も仕方が無かったとはいえ、この戦争で中級魔族を三人は殺した。

 これが新しい波紋を広げるのかは分からない。けれど、その可能性は十分にある。まだ難しい顔をしているアーサーとは対照的に、アレックスは吐き捨てるような調子で、


「だったらどうした? あの時殺されてた方が世界のためだったってか? ふざけんな、俺達はただ生き残る事に必死だっただけだ。世界がそんな結果だけで終わっちまうようなもんなら、どっちみち世界は終わってたって事だろ」

「おいアレックス、それは……」

「進むしかねえんだよ、俺達は。もう後戻りはできねえ。大体、変化はいつでも起きるもんだ。今の世界だって変化の積み重ねでできてるんだ、悪い方にばかり考えないで良い方にも思考を向けろ。必死に生きて、足掻いて、掴むしかねえんだよ。それに……」


 アレックスが続く言葉を言い淀んでいると、宮廷の中の方から声が響いて来た。


「アーサー!」


 呼ばれた本人が声のした方を見ると、宮廷の中から結祈がローストビーフを皿いっぱいに盛ってアーサーに近付いて来た。


「これすっごく美味しいよ。アーサーもどう?」

「じゃあ、折角だし貰おうかな」


 結祈が当然のように箸を使ってアーサーの口元まで持っていき、アーサーもアーサーでごく普通にそれを口に入れた。


「うん、確かに美味いな。このソースが良いのか?」

「でしょ? 後はこのドリンクも美味しいよ。何かのフルーツのミックスジュースみたい」


 アーサーは礼を言ってからそのドリンクを受け取って口を付ける。

 端的に美味いと感想を言うと、結祈はそれだけで嬉しそうに笑う。

 まるで犬みてえなヤツだな、と思いながらアレックスがその様子を見ていると、結祈の来た方からさらに二人、サラとシルフィーもやって来た。


「ちょっと結祈。料理を持ったまま立ち歩くなんて行儀が悪いわよ」

「だって、アーサーにも食べさせたかったんだもん」

「それなら呼びに行けば良いでしょ? 何もあの量がすぐに無くなる訳ないじゃない」


 叱りつけるようなサラの言い方に、見ていたアレックスは苦笑して、


「テメェらまるで姉妹みたいだな。サラは苦労してるな」

「そういうアレックスはアーサーに手を焼いてるみたいだけど? お互い様じゃない」

「……待て、その前に俺と結祈がそんな迷惑かけてるみたいな言い方はおかしくないか?」

「「いや? その辺りはまったく全然」」

「なんで!?」


 その四人のやり取りを傍で見ていたシルフィーはくすりと笑った。その小さい音に、四人の注目がシルフィーに向かう。


「あっ、思わず笑ってしまってすみません。ただ、皆さんを見ていると羨ましくて。本当に仲がよろしいんですね」


 少し他人行儀なシルフィーの言い方に、サラが四人を代表して呆れたように溜め息をつくと、


「何言ってるのよ。あんただってもう友達でしょ? 優雅ぶってないで一緒に食べに行くわよ!」

「そ、そんな急がなくても料理は無くならないとサラさんが先程……っ!」

「それとこれは話が別よ。結祈もほら、全品制覇するわよ!」

「おーっ!」


 シルフィーは二人に引きずられるように宮廷の中へと戻っていった。

 残されたアーサーとアレックスはそれを見送り、庭へと視線を移す。そこには未だに騒いでいるエルフ達、それが少年達の護った世界の形の一つ。

 それを改めて見て、アレックスは先程言わなかった言葉を言う。


「それにお前はそうやって、今まで色んな人達を救って来たんだ。そもそもテメェには今更生き方を変えるなんて器用な事はできねえだろ?」

「……そうだな」


 相棒の言葉にアーサーは微笑を浮かべ、結祈が持って来てくれたジュースを口に含む。

 責任はあるのかもしれない。

 けれど、そんな彼らにだって少しくらい平穏を味わう権利だってあるはずだ。

 いつか見た時と同じ星空の下で、少年達をしばらく談笑を続けた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 ここで全く別の話を一つ。

 これはもう一人の主人公のお話。『ジェミニ公国』の魔族襲撃よりも、少しだけ前にこの世界に降り立ったある勇者の物語。

 アーサー達が『アリエス王国』で魔族の進行を必死に抑えていた頃、『レオ帝国』でもまた、魔族の大群が襲い掛かって来ていた。中には中級魔族もおり、丁度『アリエス王国』と同じような状況だった。

 しかし『アリエス王国』とは少し事情が違うのは、こちらはヴェルトの引き起こしたような意図的な魔族進行ではなく、ただ普通に結界を越えて来た魔族達だという事だ。

 突然降りかかった理不尽に、そこに住む人達はロクな対策もできず、その絶望は『アリエス王国』の比ではなかっただろう。


 しかし、そんな魔族の大群に向かって、一人の少年が歩いていた。


 後ろから聞こえる静止を促す声を無視し、まるで近所のコンビニに行くような気軽さで歩いていた。

 そして何もない虚空から綺麗な鋼色の剣を現出させると、天に掲げて魔力を集める。


「さて、聞こえてるか魔族共。ここから先は通行止めだ。退くか死ぬか、二つに一つだ。好きに選んでくれて良いぞ」


 少年が大量の魔力を集束させた事で金色の輝きを放っているその剣を振り下ろし、同じく金色の帯が戦場を横断したのが開戦の合図となった。

 ……そして、そこから先にあった事について、多くは語れない。

 それを見ていた人達に、その戦いで何があったのか? と尋ねたら皆が口を揃えたように同じ事を言うだろう。

 つまり。


 少年のたった一振りで全てが終わった、と。


 その後、表彰モノの少年は別段誰かに感謝される事もなく、気が付いた時には逃げるように歓喜に震える『レオ帝国』の雑踏の奥に、何人かの仲間を連れたって消えたという。

 理不尽を覆せる。

 世界を動かせる。

 趨勢を変えられる。

 簡単にそういった事のできる力を、持っている者と持っていない者の違い。

 その結果がアーサー・レンフィールドとヘルト・ハイラント。二人のどうしようもない力の差を表していた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「……次はこの国ですね」


『ポラリス王国』の中心にあるビル。その最上階で女王はポツリと呟いた。

 そのガラス張りの部屋には、珍しく彼女以外の人物がいた。ただし実際にそこにいるのではなく、リアルなグラフィック映像としてだ。


「女王、『新人類化計画』が実用段階に到達しました。アウロラの最終調整に入りますが、よろしいですか?」


 銀に青を混ぜたような髪色のショートヘアに白衣を羽織ったその女性、エミリア・ニーデルマイヤーは何かのファイルと女王を交互に見ながら言った。対して女王はその女性の方を見もせず、窓の外の景色を眺めながら、


「『新人類化計画』は元々あなたが考案した計画で、わたしに許可を取る事ではないでしょう? だからそれは勝手に進めて下さい。それよりもラプラスの消息はどうですか? あの子が消えてから、もう三日ですよね?」

「……申し訳ありません。言い訳になりますが、さすがは『十二災の(ディザスター)子供達(チルドレン)』の一人といった所でしょうか。監視カメラにはまったく移っておらず、現在捜査中ですが足取りすら掴めません」


 本来ならその不甲斐なさに一喝でもするべき場面なのだろうが、女王は静かに笑って言う。


「なるほど……。流石、と褒めるべきなんでしょうね。ですが彼女は一人でも計画を止められる能力があります。計画を成功させたいなら、早急に確保する事をお勧めしますよ?」


 分かりました、と機械的な文句を述べ、白衣の女性は軽く会釈をすると回線を切って忽然と部屋から消える。

 女王はそれを見送る事もせず、変わらない姿勢でじっと窓の外から『ポラリス王国』を見下ろしていた。


「……残念ですがエミリアさん。あなたの計画は高確率で上手くいきませんよ。なにせ、この国にあの二人が同時に揃うのですから」


 大事な計画が上手くいかない事を知りながら、女王はやはり嗤っていた。


「まあ、おかげでわたしの『計画』の方は滞りなく進みますが」


 先程とはベクトルの違う笑みを浮かべて女王は呟いた。

 世界が彼女の思惑から外れる日が来るのは、まだ先のようだ。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 様々な人物がいた。

 様々な出会いがあった。

 様々な思惑があった。

 彼ら彼女らはそれぞれ逃れられない運命のレールの上に乗り、長かった準備期間は終わりを告げる。

 そして、ここからが本番。

 やがて世界の全てを巻き込んで行く、彼らの本当の物語が始まる。

長かった第四章、ここまでお付き合い頂きありがとうございます。最後のヘルトの話はアーサー達との力の差を表したかったのですがどうでしょう? 彼にかかれば第四章の十数話の苦労も、たった数行で鎮静できる訳です。

そして次回、第五章の舞台は『ポラリス王国』。ついにチート勇者も本編に絡んできます。というか、ほぼ彼とアーサーがメインで、アレックス達が空気になりそうです。


という訳で、今回も軽いあらすじを。

第五章では最後に出てきた、人類に救済を与える『新人類化計画』を阻止するために動く二人の物語です。ヘルトは魔術で感知した囚われている少女、アウロラを救い出すために動き出し、アーサーもアーサーでラプラスという謎の少女と出会います。人類と少女にとって何が最善なのか、二人のどこにでもいるごく普通の少年が何を選ぶのか。次回は第四章よりも第三章の方に近い、かなり科学寄りの物語になりそうです。


……ちなみに最後に出てきたエミリア・ニーデルマイヤー。彼女は大分先の話でも物語のキーマンになる時が来るので、ぜひ覚えておいて下さい。

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