83 いつかの続き
「さあアーサー、暇なら結祈と一緒に城下町に行って来なさい」
部屋で横になって休んでいると、サラが飛び込んできてそんな事を言い出した。
「……やぶからぼうに何だよ」
「『タウロス王国』で中断したデートの続きよ。どうせあんたは『ポラリス王国』に行ったら面倒事に巻き込まれるんだから、行ける時に行きなさい」
そしてアーサーが突然の事に呆然としている間に、サラは前に買って来た分と借りた分の男性用の服をベッドの上にどさっと置く。
「さあ、ここから選びなさい。あたしも手伝ってあげるわ」
「選べって……この服じゃダメなの?」
「その服、もうずっと着ててボロボロじゃない。普段はともかくデートでそれは無いわ。それに、フェルトさんが『ポラリス王国』への通行証を発行してくれるって話だから、次に行くのは予定を変更して『ポラリス王国』でしょ? ここにあるのはあらかた『ポラリス王国』製のものだし、良い機会だから慣れなさい」
「って言ってもなあ……」
アーサーが適当に取った服は、自分のものとは感触が違っていて不思議な感覚だった。
「……『ポラリス王国』って、たしか異世界の勇者達が熱心に作ったんだよな? つまりこれって異世界の服って事か? 好きになれそうに無いんだけど」
「それはジーパンってやつね。アレックスは気に入ってたし、割と需要はあると思うんだけど……」
「少なくとも俺には合わないな。もっと動きやすい服とか無いのか?」
「動きやすい服ね……ちょっと待って」
何はともあれ、アーサーの意向は優先させるべきと判断したサラは、アーサーの要望に適うような服を探し始める。
「とりあえず下はこの砂色のズボンを穿いて貰って、上には鼠色のパーカーと黒いジャンバーを着て貰えれば良いわ。涼しい気候だし、これだけ着てても大丈夫でしょ」
「意外とさっと決めたな。もっと悩むかと思ったよ」
「結祈の方はもう着替えて待ってるのよ。あんたもさっさと着替えなさい」
それだけ言い残して、サラは部屋を出て行った。
アーサーは一人になった部屋の中で、さっさと着替える。急な事とはいえ、女の子とデートできるとなればさすがにテンションも上がるのだ。
アーサーが着替えて部屋を出ると、そこにはサラの姿は無く、着替えた結祈が待っていた。
「遅かったね、アーサー」
「―――っ」
アーサーは思わず息を飲んだ。
そこにはいつもの真っ黒な服装ではなく、上は白いカットソーを着ており、下は黒いタイツの上に黒のフレアスカートを穿いていて、靴は茶色いブーツを履いていた。
「……サラとシルフィーに頼んで選んで貰ったんだけど、変じゃないかな?」
「……あ、ああ。凄く似合ってる、と思う」
語彙の少ない感想しか出てこなかったが、結祈はそれでも満足のようだった。決して他の人には見せないような、にへーっとしただらしのない笑みを受かべる。
「ありがとう、アーサー。アーサーもその服似合ってるよ」
「まだ少し慣れないけどね。じゃあ、準備もできたしそろそろ行こうか」
いつまでも廊下で服装についての感想を言い合っていてもデートにならない。アーサーと結祈は城下町に出た。アーサーが眠っていた間に避難していた人達は戻ってきており、初めて来た時のような元通りの活気で溢れていた。
「『タウロス王国』の時も、こんな風に賑わった所を歩いたよな」
「そういえばあの時、アーサーはデートじゃないって言ってたよね」
振る話題を間違えた、とアーサーは後悔したが時はすでに遅い。
一〇日と少し前の事を掘り返して、どこか責めるような口調で言う結祈にアーサーは顔を背けながら、
「あの時は、そのー……悪かったよ。アレックスがいる手前、恥ずかしかったんだ」
「男女が一緒に出掛ける。これは立派なデートだからね? 次からは否定しないでよ?」
「……分かったよ、俺は結祈とデートしてる。これで良いか?」
アーサーが半ばやけくそ気味に言った言葉に満足したのか、結祈はニコリと笑うとアーサーの手を取った。そしてアーサーの指の間に自分の指を絡める、いわゆる恋人繋ぎというものをした。自身のゴツゴツしたものとは違い、マシュマロのように柔らかい感触がアーサーの掌に広がる。
「こっちの方が雰囲気出るよね?」
「はっはっは! 『タウロス王国』での経験でアーサーさんは知ってるぞう! こういう時、お前は俺よりも照れてるってなあ!!」
早鐘のように高鳴る心臓の音を誤魔化すように、アーサーは大声で叫ぶ。
美人な女の子にはにかんだ表情で手を取られれば、男なら誰だってこうなってしまうのだ!
「ねえアーサー、最初はどこに行く?」
「実はあるヤツにここはかき氷が美味いって聞いたんだ。折角だし食べて行こう」
「……あるヤツって女の人? デート中に他の女の人の話をするなんてマナー違反だよ?」
「いや男の人だから大丈夫だって。というかその短剣どこに隠し持ってたんだ? 洒落にならないぞ!?」
若干命の危険を感じながら、アーサーは結祈を連れてクロイヌとやり取りをした店に向かう。
店員の案内で二人掛け用のテーブル席に案内してもらい、何を頼もうかとメニュー表を開く。すると以前クロイヌが頼んでいたメチャコリムヴォナレンションフテリグフノヘミデサモヌチョテリヤボウマンブラジワゾウジティーの文字はどこにもなかった。名前にインパクトこそあれ、それを頼む勇者はクロイヌ以外にいなかったという事だろう。
「さすがに売れなかったか……」
「どうしたの?」
「いや、こっちの話」
結祈は不思議そうな顔をしていたが、その意識はすぐにメニューの方に移った。
「どれも美味しそうだね」
「でもこの後パーティーでも料理が出ると思うし、ほどほどにね」
「じゃあ『タウロス王国』の時みたいに二人で分け合おう?」
とは言っても、かき氷だけでも色んな味がある。イチゴ、メロン、ブルーハワイなどの定番から、コーヒー、ぶどう、ライチなどのあまり見ない味まで多種多様だ。
アーサーは例によって、味の選択は結祈に委ねる。
「どの味が食べたい? 結祈が選んでくれていいぞ」
「じゃあイチゴかな」
割とあっさりと決めた結祈の注文を、近くを通りかかった店員を呼び止めて伝える。
「すみません。このイチゴかき氷を一つお願いします。それからスプーンは」
「一つで大丈夫です」
「……おい、結祈」
「二人で一本を使えば良いでしょ? その方がデートっぽいしね」
結局、結祈に押し切られてスプーンは一つという事になった。
店員が去っていってから、アーサーは使わなくなったメニュー表を再び開く。
「にしてもこのかき氷って食べ物、種類が不思議だよな。果物より野菜の方が多い。氷との相性の問題なのか?」
アーサーはメニュー表に書かれているかき氷の味の欄を見ながら呟いた。結祈はそれに反応してアーサーの疑問に答える。
「でもイチゴは果物だよ?」
「いや、イチゴも野菜だろ」
「いやいや、こんなに甘いのに野菜の訳ないじゃん。どう考えても果物だよ」
「いやいや、学術的には野菜だよ。まあ知ってる人の方が少ないだろうけど」
「いやいや」
「いやいや」
お互い引かずに意見をぶつけ合うが、険悪な雰囲気という訳では無い。むしろアーサーも結祈もこのどうでも良い議論を楽しんでいる。
やがて注文したかき氷が来ると今まで議論をパッと止めて、結祈はさっそくスプーンで掬って口に入れる。味の感想を訊かなくても、美味しそうに二口目を食べる結祈を見て美味いかどうかは分かった。
そして結祈は三度スプーンでかき氷を掬うと、今度は自分の口ではなくアーサーの方に向けて来た。
「はい、アーサー。あーん」
「……あーん」
結祈は宣言していた通り、何の逡巡もなくアーサーにスプーンを差し出した。
差し出されたかき氷に、アーサーは『タウロス王国』の時のように抵抗はせずにかぶりついた。だが何度やっても慣れるものではない。赤面した顔を見られたくなくて、結祈から顔を背けてから咀嚼して飲み込む。結祈はその様子を嬉しそうに眺めており、アーサーが飲み込んだタイミングで訊いた。
「美味しい?」
「……甘い」
その感想は味についての事では無い。結祈もそれが分かっているのだろう。そこには『タウロス王国』の時みたいに恥ずかしがっている姿はなく、先程よりも嬉しそうな顔でアーサーを見ていた。
これで味が分かるヤツがいたら連れて来い、とアーサーは思った。
「はい、じゃあ次はアーサーの番ね」
「俺の番?」
疑問顔のアーサーに、結祈は空のスプーンを差し出す。
それが意味している事を理解して、アーサーはさらに思った。
ああ、俺はきっと、一生結祈には敵わないんだろうな、と。
◇◇◇◇◇◇◇
そのピンク色の空間を、少し離れた場所で陰から見守る人達がいた。その人物とはアレックス、サラ、シルフィーの三人だ。そもそも今回のデートは、この状況を覗き見るために彼らがセッティングしたものだったのだ。
彼らは注文した飲み物も飲まず、一言も発さずにじっと二人の様子を窺っていた。しかし、二人がかき氷の食べさせ合いっこを始めた段階で、サラが気まずそうに呟いた。
「……ねえ、見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「うるせえ黙ってろ。俺だってそう思ってきてるんだ」
何と言っても、二人の初心な様子を見ている事に罪悪感が凄い。自分がひどく最低な事をしている気分になってくるのだ。
「……あの、前に一緒の布団で眠ってた時にも思ったんですけど、あのお二人はお付き合いされてるんですか?」
「いえ、付き合ってはないわ」
二人と同じように気まずそうな表情をしているシルフィーの疑問に、サラが助け舟だと言わんばかりに端的に答え、そこにアレックスが補足の説明を加えていく。
「結祈の方はアーサーに対する好意があるのは間違いねえ。が、アーサーの方がいまいち煮え切らねえ。しかもあいつの場合、過去が過去だからな。人からの好意を受け取るのを恐れてる部分がありやがる。結祈もその事が分かってるから最後の一線は越えねえんだ」
「……複雑なお二人ですね」
「だからこうして見守ってんだ。あいつらは互いに理解者だからな。通じ合ってる部分があるし、傍から見てるとピッタリなんだが……」
チラリと二人の様子を再び見ると、アーサーも結祈も食べさせ合いに慣れてきたのか、今は恋人というよりは仲の良い友人といった感じで会話をしている。
「……あの分じゃ、まだ時間が掛かりそうだな」
それが良い事なのか悪い事なのかは置いておいて。
見ている分には微笑ましい二人の様子に、三人は揃って嘆息した。
ありがとうございます。
昨日も書いた通り、この作品はここまでの第一章から第四章までが一区切りになっているので、最後にこれからも厳しい戦いを続けていくアーサーにここら辺でご褒美をあげたいと思って書いたデート回でした。
さて、次回で第四章も終わりです。例によって第五章の簡単なあらすじを乗せるので、よろしくお願いします。
さーて、第一二話のあとがきに書いた通り、そろそろあいつを出そう!