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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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82 家族

 始まる前は熾烈を極めると思われた戦争も、終わってみればあっという間だった。

『蟲毒』とヴェルトがやられて統率の取れなくなった下級魔族は、いとも簡単にエルフに破れた。といっても全滅させた訳ではなく、侵攻してきた魔族の数が半分を切った辺りで、引き潮のように結界の向こう側の『魔族領』に退いて行ったのだ。


「これがお前の起こした戦争の結果だ」


 フェルトは宮廷の地下にある頑丈な牢屋の前で、鉄格子を挟んで顔面を晴らしたヴェルトと対面していた。

 糾弾されるように言われているヴェルトは、しかしふてぶてしい態度でフェルトに目も向けず、


「後処理が大変そうだな」

「なに、貴様が手引きした魔族によって、裁判所内にいたヴェルト派は全員死んでいるからな。そこまで大変という訳ではない。……お前はそこまで織り込み済みだったのか?」

「……さてね。ただの偶然だろう」


 言葉を逸らすヴェルトの姿勢から、本当の事を言う気がないのは分かった。だからフェルトは別の疑問をぶつける。


「それで、なぜ貴様はこんな事をしでかした?」

「……大まかな事情はアーサー・レンフィールドに話した。後でヤツに訊け」


 当然の事だが、ヴェルトの表情は不機嫌そのものだった。しかしフェルトは構わず、質問を重ねる。


「不老不死の霊薬とダークエルフの戦闘力。それを何に使おうとしていた」

「……だから、大体はあいつが知ってる」

「貴様は誰に(そそのか)された?」

「……」


 ヴェルトはもう何も言わなかった。そもそも今は意識がハッキリしているが、少し前までは気を失っていたのだ。フェルトは今日は切り上げ、後日また来る事にして牢屋を後にする。


「……『ポラリス王国』」


 すると、フェルトの背後でヴェルトが呟くように言った。そしてフェルトが振り返り、その言葉の真意を訊き返す前にヴェルトは言葉を重ねる。


「ヤツらは準備しているぞ。お前のような楽観的な国王に、この国を護れるのか?」

「護ってみせるさ。今回のように」


 決意の込もった言葉だったが、それにヴェルトは小さく笑いながら、


「今回はアーサー・レンフィールドがいた。父が言っていた五〇〇年前と同じように、『担ぎし者』に助けられる結果になった。だが、次もヤツがいるとは限らないぞ?」

「次は無い。数ヶ月後にある『一二宮会議』で『ゾディアック』の体制を整える。もう今回のような事は起こさせない」

「貴様にそれができると?」

「やってみせるさ。なにせ、近くに不可能を可能にしていく少年がいるからな。私も負けてられん」

「あんなガキ共に何を託す? ヤツら何も知らないぞ。この国で、これから世界で起きる事を知っているのは俺だけだ!」

「ではその予想通りに世界が動くかどうか、貴様はそこで眺めていろ」


 フェルトはヴェルトから視線を切って、再び地上へと続く階段を上る。

 するとヴェルトが鉄格子に両手を叩きつけ、フェルトの背中に向かって叫ぶ。


「いづれお前にも俺が正しかったと分かる時が来る! 俺がやり遂げようとした事を、いつか誰かがやり遂げる!! その時までせいぜいぬるま湯に浸かってろ!!」

「……さらばだ弟よ。貴様とこうして面と向かって会う事は、もう二度と無いだろう」


 それが最後まで分かり合えなかった兄弟の、別れの言葉だった。

 それから地上に上がるまで、フェルトが振り返る事は無かった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 あの戦争から数日後。

 今回の件の功労者である少年は、宮廷のとある一室で目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開き、日の光の眩しさに顔を歪ませながら、アーサーは寝ぼけた頭で状況の確認から始める。

 まず、ヴェルトに拳を振り下ろしてからの記憶がない。そして、そこが外ではない事に驚いた。視界の先には何度見ても見慣れない豪奢な天井があるし、自身の体は柔らかい布団の上で横になっている。

 起き上がるために体を動かそうとするが、長い間寝ていたのか上手く動かない。仕方なく首だけを動かして部屋の中を見渡すと、傍らで一人の少女が椅子に座ったままアーサーの顔を覗き込んでいた。


「おはようございます、アーサーさん」

「シル……フィー?」


 上手く動かない口で呟いた声は掠れていた。アーサーはシルフィーに助けられながらゆっくり体を起こすと、差し出された水をごくごくと一気に飲み干す。

 そこでようやく落ち着き、一つ大きい呼吸をすると改めてシルフィーに体を向ける。


「おはよう、シルフィー。……それで、俺はなんだってベッドにいるんだ? まったく覚えてないんだけど……」

「ヴェルト兄様を確保した後、アーサーさんはすぐに気を失うように寝てしまったんです。あれからもう二日経ちました。脳に異常が無いのは分かっていましたが、なかなか目を覚まさないので、皆さん心配していたんですよ?」


 さらに視線を巡らせると、ベッドの脇にある机の上には花束やフルーツ盛り合わせなど、大げさなくらいの見舞いの品が置いてあった。この二日間で、一体何人が自分の見舞いに来てくれたのか想像もつかない。


「……心配、かけたみたいだな」

「ですが、無事で良かったです」


 安心した笑顔を浮かべるシルフィーに、アーサーは少し気恥しくなって顔を逸らした。そして話を逸らすように、アーサーは別の話題を振る。


「……ところでシルフィー。お互いに無事だったのは喜ばしい事だけど、すぐに訊きたい事があるんだ」

「分かっています、事の顛末ですよね? それなら安心して下さい。アーサーさんが倒れる時には概ね終わっていました。残った下級魔族を押し返して終戦です」


 アーサーの質問を予想していたシルフィーは、用意していた答えを口にする。アーサーはその答えに安堵の息をつくと、続けて質問をする。


「みんなは無事なのか?」

「はい。負傷者の数はそれなりにいましたが、幸い意識が戻らないほどの重傷者や死者はいませんでした。エンシオさん達、精鋭部隊も命に別状はありませんでした。しいて言うならアーサーさんが一番酷い状態でしたよ? 骨折に火傷から裂傷まで、怪我をしていなかった部分の方が少なかったんですから」


 言われてみると、服の下は包帯だらけでミイラのようになっていた。どうやら体が動かしにくかったのは長時間の睡眠よりも怪我の方が大きな要因だったのかもしれない。


「……なんか、心配だけじゃなくて色々迷惑もかけたみたいだな」


 申し訳なさそうに言うアーサーに、シルフィーは首を横に振って、


「迷惑なんて事はありません。こうしてみんなが無事に帰って来れたのは、私達がここにいられるのは、全部アーサーさん達のおかげなんです。私やヴェロニカ、フェルト兄様や他の皆さんだって、感謝こそすれ迷惑なんてとても……」


 突然、シルフィーの言葉がそこで止まった。


「シルフィー?」


 影を落としたように暗くなったシルフィーの表情を見て、心配したアーサーは声をかける。すると、シルフィーは今にも泣き出しそうな顔で、


「……どうしてなんでしょう? ヴェルト兄様だって同じエルフで、同じ家に住む家族だったのに、どうして私達を実験台にするような真似に手を出そうとしていたんでしょうか……? あれからずっと考えても、答えが出ないんです……」

「シルフィー……」

「ごめんなさい、こんな話アーサーさんにしても迷惑でしたよね」


 自嘲的に笑うシルフィーを見て、アーサーはやり切れない気持ちになった。

 だからだろうか。


「……俺にもヴェルトの考えは分からないけどさ、もしかしたらって思う事はあるんだ。ほとんど……というか全部俺の勝手な憶測なんだけど……聞くか?」


 根拠もない、ずっと考えていた想像をシルフィーに聞かせようと思った。

 シルフィーが承諾するのを確認してから、アーサーは滔々と語り出す。


「何百年も生きる長寿のエルフにとって、死っていうのは百年も生きられない人とは違うものなんだろう。でも、大切な人を失う事の辛さは同じだと思うんだ。それでさ、この国だと誰かが亡くなった時に、国のみんなだけじゃなくてフェルトさんやシルフィー、ヴェルトのような王族も最後の弔いの列に参加するしきたりがあるんだろ? それにエルフには先の大戦を直に体験した人達が大勢いる。シルフィーはまだ生まれて間もなかったから覚えてないみたいだけど、フェルトさんとヴェルトのやつは、その時にはもう戦争っていうのがどんなものか十分理解できる年齢だった。だから多くの死を見て来たヴェルトはエルフを、大切に思っている人達が死なないようにしたかったんじゃないか?」

「そんな……だってヴェルト兄様は私達を殺そうと……っ!」 


 あまりにも希望が入り過ぎているアーサーの憶測に、シルフィーは思わず反感を抱いて声を荒げる。けれどアーサーはその反感を真っ向から受けて、あくまで平坦な口調で続ける。


「この憶測の理由はあるんだ。不老不死の霊薬が欲しいなら、ハーフエルフの研究だけで十分のはずだった。なのにあいつは魔族と手を組んでダークエルフの研究もしようとしてた。そして極め付けは今回の死者数。元々死者が出ないように組んだ作戦だったけど、『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』と最初にぶつかったエンシオさん達に関しては命の保証なんてなかった。そもそもあれは初見で相対して無事でいられるような代物じゃない、一〇〇パーセント死ぬはずだった。でも、実際にはそうはならなかった。それはヴェルトのやつが『対魔族殲滅鎧装』を完璧にコントロールできてなかったか、もしくは……」

「死なない程度に手加減をしていた……ですか?」


 シルフィーが先に言った答えに頷き、アーサーは続ける。


「正確な事は俺にも分からない。本当の事はヴェルトのヤツにしか分からないからな」

「……」

「でも、きっと俺達くらい、そう思ってたって良いだろ?」

「……そう、ですよね……家族ですもんね」


 シルフィーの悩みを払拭するために言った事だったが、さらに悩ませる結果になってしまった。

 アーサーはその事に若干の引け目を感じつつも、これは彼女に必要な葛藤なのだと思った。だからそれ以上は何も言わず、アーサーはシルフィーの静止を振り払い、ベッドから出て次の事後確認へと向かう。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーはシルフィーにフェルトの居場所を訊き、中庭へと出て来ていた。

 フェルトは何かをしている訳でもなく、庭に咲いている花を見ているようで、ただ無表情でどこか遠くを見つめていた。


「お久しぶりです、フェルトさん」


 アーサーが声をかけると、フェルトはハッとしてアーサーの方を向いた。それから先程までの無表情が嘘みたいに柔らかい笑みを浮かべて、


「やあ、よく眠れたかい?」

「はい、おかげさまで久しぶりにぐっすり眠れました」

「それなら良かった。戦争の功労者である君が目覚めないから、戦勝パーティーもまだやっていないんだ。君が目覚めたと知ったら皆喜ぶぞ」

「あはは……みんな羽目を外しそうですね」

「大戦以来の危機を脱したんだ。少しくらいは大目に見るさ」


 そう言ってフェルトは庭の中を歩き始める。

 アーサーはその後に付いて行き、その背中に向かって言葉を投げる。


「それで、ヴェルトの処分はどうなるんですか?」

「普通なら有無も言わせず死罪だが、あれでも一応は王族で臣下も大勢いたからな。生かすか殺すかで会議も随分と荒れているよ。別に責めるつもりはないが、あそこで君が殺していれば話はもっと単純だったんだがね」

「容赦ないですね。反逆者といっても実の弟なのに」

「君も言っていただろう。王である私にとって、この国の民全てが家族のようなものだからな。実の弟とはいえここまでの事をしでかして情けをかける訳にはいかんよ。王が私情に流されていては国は立ち行かん」


 今回の件でアーサーが何かを得られたように、フェルトもフェルトで何かを得られたようだった。

 目には見えない内面の変化、それは確かに彼の中に根付いている。


「それで、どうして殺さなかったんだ? 状況は聞いたが、殺しても誰も非難などしなかっただろうに。情けでもかけたのか?」

「……どうでしょう。なんであの時、剣じゃなくて拳を振り下ろしたのか、俺にも分からないんです」


 そう言ってから、アーサーはどこか遠くを見るような目で、


「『対魔族殲滅鎧装』を破壊する時はヴェルトの生死に拘ってる余裕はありませんでした。でも実際問題、俺達の目的は国を護る事でヴェルトの野郎を殺す事じゃなかった。だったら殺さなくても良いんじゃないか、とは思ってました。……甘いですかね」


 曖昧に笑ってそう言ったアーサーの表情には葛藤が見られた。

 別に殺したかった訳ではない。今回は殺しても殺さなくても良い状況だったから後者を選んだだけで、次にまた同じ選択を迫られた時に今回と全く同じ選択をするかと問われれば素直に頷く事はできない。事実、襲い掛かってくる魔族に関しては命を助ける方法を模索する事なく殺害したのだから。

 ただ今後、自分が今回のような甘さを捨てきれなかった結果、いつか大切なものを失ってしまうのではないかという不安は拭い切れなかった。

 そんなアーサーの心中を察したフェルトは、


「さて、それを私に決める権利はない。ただ、君のその甘さに引かれて協力した者だって確かにいたはずだ。シルフィーやヴェロニカは正にそうだろう。だからそこだけは誇っていいものだと私は思うし、簡単に切り捨てて良いものだとは思わないよ」

「……」


 そう言われて。

 アーサーは何も言えずに、かえって難しい顔になってしまった。

 思えば『ジェミニ公国』からここまでの道中、寄り道ばかりしている。彼の目的はあくまで『魔族領』に行って魔王の意見を聞く事と、それを受けた上でビビの形見を母親に届ける事だ。それなのに『タウロス王国』ではフレッド、この『アリエス王国』ではヴェルトとぶつかった。

 傍から見ると、無駄足を踏んでいるようにしか見えないかもしれない。

 けれど、アーサーはそれらに価値はあったと思っている。

 何を話しても平行線で、意見の合わないまま殺害したフレッド。そして中級魔族を倒した事で憎悪の感情を向けて来たヴェルト。最後の瞬間、手に持っていた短剣ではなく握り締めた拳を振り下ろした選択には、人類の憎悪を一身に受けている魔王と相対する時に、きっと何かの糧になると信じている。


「……だったら俺は、このままでいようと思います。シルフィーやヴェロニカさんが信じてくれた俺を、俺も信じてみようと思います」

「ああ、君がそう決めたならそうすれば良いさ」


 きっとアーサーはそんな風に言いながら、まだ心のどこかで納得していない。

 それが分かっているフェルトは、彼のそんな部分が美徳なのだと、アーサーに気付かれないように嘆息した。

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