81 落とし前のつけ方
アーサーの叫び声が合図となり、再び激しい交戦が始まる。
ヴェルトは最優先目標をアーサーの殺害に設定したらしく、その足は宮廷ではなくアーサーの方に向いていた。
「メイド部隊! 全力で彼を援護して下さい!!」
ヴェロニカの号令でメイド部隊は彼の撤退を助けるべく、風で速度と貫通力を増した矢を無数に飛ばす。物理攻撃である矢は『対魔族殲滅鎧装』にも当たるが、肝心の魔術付与の方は吸収されてしまい、大したダメージにならない。
けれど、矢で注意を引いている間にアーサーの撤退の時間は稼げた。アレックスがアーサーを強引に最後方へと引っ張る。そこには結祈とヴェロニカもいた。
「それで? 啖呵切ったは良いが、考えはあんのか!?」
他のみんなと同じようにボロボロのアレックスは、詰め寄るようにしてアーサーに打開策を求める。
「案はある。でもアレックス、この案だとお前に負担が掛かるぞ」
「構わねえからさっさと教えろ。テメェに姿に鼓舞されて立ち上がってはいるが、どいつもこいつも満身創痍だ。時間はかけられねえ」
「だったら遠慮無く。突破口はお前の『魔纏咬牙』だ。やっぱりあれが一番有効だと思う」
「あれは躱されただろうが。何が有効なんだ!?」
「そう、躱したんだ」
アーサーが目を付けたのはそこだった。
その言い分に訝しげな目を向けるアレックスに、アーサーは説明を続ける。
「そもそもあいつはなんでお前の剣を躱した? メイドさん達の矢は全て弾き、結祈の濃縮魔力弾すらも吸収したあいつが、なんでお前の剣だけは避けた?」
「つまりアーサー様は、あの鎧にはユーティリウム製の剣での攻撃が有効だと言うんですか?」
ヴェロニカの確認するような言葉に、アーサーは黙って頷く。しかし青い顔をしていたのはアレックスだった。
「……つまり、俺にあいつの装甲が砕けるまで攻撃を続けろってのか?」
「ああ、ヤツが回避らしい回避をしたのはあれだけ……」
言いかけて、アーサーの言葉はそこで止まった。自分で言っていて何かが引っ掛かったのだ。
自分が考えたプランを頭の中で反芻し、感じた違和感の正体を探る。
そして一つの仮説に辿り着いた時、信じられないものを見たように顔を青くして、二度三度、唇を震わせる。
「……アーサー?」
「おい、何で言葉が切れた? テメェ今何考えてやがる!?」
「……やつの装甲はユーティリウムでできてるんだ」
アーサーは呆然と、自分でも意識しないまま呟くように言った。
それを聞いていた三人よりも、アーサーが一番その事実に驚いているようだった。
「さっきのメイド達の矢の攻撃。あれは純粋な魔力弾とは違って、矢に加速と貫通の力を付与したものだ。貫通の方は吸収されたんだとしても、加速された矢の運動エネルギーまで吸収されてる訳じゃない。それなのに傷が付かなかったんだとしたら、考えられるのはとてつもない硬度を持つユーティリウムだけだ」
「でも、それならどうしてアレックスの剣は避けたの?」
「ユーティリウム同士がぶつかると、エネルギー量の大きい方が打ち勝つんだ。仮に砕けないとしてもダメージを負うリスクを避けたんだ。これじゃ砕くまでどれくらいかかるか分からない」
「冗談じゃねえぞ……」
アレックスは恨み事のように呟く。
「純粋な物理攻撃も効かねえんじゃ、正真正銘あいつに弱点がねえ事になんだろうが! 攻撃は魔力吸収とユーティリウムの硬度で通らなくて、こっちは吸収された魔力で砲撃されて一方的に殴られるだけ。俺達にどうやってあいつを止めろってんだよ!!」
「……」
「おい、黙るなよ。頼むから黙るんじゃねえ!! こういう時に突拍子のないアイディアで打開策を提示すんのがテメェの役割だろうが!! テメェまで黙り込んだらもうどうにもならねえ。なんでも良いから発言してくれ!! この状況を打破できるのはテメェだけなんだ!!」
ガコッ、と何かが駆動する音が鳴った。
『対魔族殲滅鎧装』がアーサーの方に砲身を向けた音だった。そして何の躊躇もなく、魔力砲が放たれる。
それにいち早く反応したのは結祈だった。目を深紅色にすると手を前に突き出して叫ぶ。
「借りるよ、久遠さん! 『偽・穢れる事なき蓮の盾』!!」
結祈の突き出した手の正面から、煌くほどに白い半透明な花冠の形状の盾が現れ、魔力砲を受け止める。
口ぶりから察するに『ジェミニ公国』で出会った久遠の魔術。どれだけの硬度があるのかは分からないが、それは魔力砲を完全に封殺していた。
けれど盾を支える結祈の体の方はボロボロだ。いつ倒れてもおかしくない者が持っている盾が、いつまでも保つとは思えない。
「ちくしょう! 向こうはまだアーサー殺害に拘ってやがる! とりあえずでも一度撤退した方が良いんじゃねえか!?」
「黙れアレックス。何か……何でも良いんだ! あいつを攻略できる情報は何か無いのか!?」
「んな都合の良いもんがある訳ねえだろ! こっちの攻撃は何も効かなくて、向こうはまた主砲を撃てば全部終わりにできる。これで突破口でも見つけられるのか!?」
「……主砲?」
やけくそ気味に叫ぶアレックスの放った一つの単語。アーサーは感じたものを忘れない内に眉をひそめながら急いで考えをまとめる。
今ある手札の確認、敵の武装の全て。それらを考慮したうえで。
「……勝てるかもしれない」
「なんだって……!?」
「あのヴェルトのクソ野郎に勝てるかもしれないって言ったんだ。ベットするのは俺の命。どうする、この一世一代の大博打に乗るか?」
「プランは?」
「内側から爆破する。今思えばあいつの首絞めから脱出する時に、関節部分への『モルデュール』が効いてた。仮に部品もユーティリウム製なんだとしても、あれだけ高性能な兵器だ。内部は歯車がズレるだけでも致命傷になる繊細な機構のはずだ。それなら勝算はある」
「それを実行するには、具体的に俺達はどうすれば良い!?」
「ヤツに魔術を撃ち込んでくれ。あとは最初と同じ、ヤツの砲撃のタイミングで反撃する」
「本当にそれでいけんのか!?」
「ヤツの主砲は強力な武器だけど、反面内部機構に繋がる一番大きな穴だ。そこを突かない手はない。俺が『モルデュール』を押し込んで起爆する」
アーサーがプランについて端的に伝えると、全員が迅速に動き出す。
アーサーが再び始まる魔術の乱打に身を隠すように消えると、結祈も『偽・穢れる事なき蓮の盾』を止めて攻撃系の魔術の使用へとシフトする。
するとヴェルトもアーサー殺害に固執するのを止め、降り注ぐ魔術の吸収に身を委ねる。既に吸収と放出が同時に出来る事が露見しているのに反撃の様子を見せないのは、次の主砲で全てを終わらせるつもりだからだろう。確かにあの攻撃の規模なら、どこにいるか分からなくても近くにいるならアーサーも吹き飛ばせる。
ヴェルトは鎧の下で同じ事を繰り返すアーサー達の行動を笑っている事だろう。
「いいさ、せいぜい勝ち誇ってろ」
魔術の撃ち出しに参加できないアーサーも、最後の攻撃の準備のためにウエストバッグに手を伸ばす。
考えるのはアレックスには話さなかった作戦の最終部分。
アレックスの『魔纏咬牙』が躱されたのは、アレックスの動きを読んでいたのではなく、高速で動くアレックスの魔力を感知したからだ。あの鎧は自分に致命打を与える可能性のある攻撃は、オートで躱すように設定されているのだろう。つまりアーサーの思惑が看破されれば、魔力を感知される者は『対魔族殲滅鎧装』に近付けない事を意味している。
けれど、これについても少年は例外だ。
アーサー・レンフィールドは唯一のアドバンテージとして、魔力感知に引っ掛からないのだから。
そしてウエストバッグから目的のものを引っ張り出そうとすると、中で何か柔らかいものに手が当たった。何かと思ってそれを取り出すと、出てきたのは昨日の避難誘導中に少女から貰った果実だった。
「……絶対に守らないとな」
アーサーはリーズから貰ったナマナの実を口の中に放り込む。少しだが体に力が戻って来たような気がした。
やがて『対魔族殲滅鎧装』の魔力充填が完了する頃合いになった。準備の終えたアーサーは浅く息を吐く。
反撃のタイミングは主砲を展開してから撃ち出すまでの一瞬。それを逃せば、今度はあの主砲を正面から食らう事になってしまう。地面に撃ち込んだ魔力の飽和攻撃であの威力、直接食らったら骨も残らないだろう。
どこにでもいるごく普通の人間の少年は、自分で立てた作戦、それに伴う死のリスクを正しく理解した上で。
一切の迷いを見せる事なく、『対魔族殲滅鎧装』目掛けて一直線に駆け出した。
思えば、最初は何の干渉もせず無難に抜ける予定の国だった。ところがシルフィーと出会って、その予定が全て狂った。気付けば、数日前には何の関りもなかった国を護るために戦争に参加している。それも最終局面で、正真正銘、命を懸ける形で。
けれどそんな状況で、思わずアーサーは笑みをこぼした。
何かが焼けた焦げ臭い匂いがする戦場の真ん中で、その少年はただ一人、静かに想っていた。
この国に来る事ができて本当に良かった、と。
シルフィーの力になりたいと思ったのは、決して間違いなどではなかった、と。
未だに撃ち続けられる味方の魔術。その合間を縫って、アーサーは距離を詰めていく。
『対魔族殲滅鎧装』の無機質なレンズと目が合う。いくつかの小さい砲身を向けられる。まだ距離が遠く、アーサーの手は届かない。
けれどアーサーは減速する事も、回避の姿勢を取る事もしなかった。
彼には分かっていた。心を動かされたのは自分だけでは無いと。
彼らにも分かっていた。名前を呼ばれなくとも、今このタイミングでやるべき事を。
だから。
ガギィッッッ!!!!!! と歪な音を立てながら、『対魔族殲滅鎧装』の砲身がアーサーから逸らされた。
アレックス、結祈、サラの三人が、身体強化の魔術を使って『対魔族殲滅鎧装』に肉薄し、アーサーへと向けられていた砲身を強引に逸らしたのだ。
その間にアーサーは『対魔族殲滅鎧装』の懐に飛び込む。再び両者が至近で睨み合う。
ヴェルトは『対魔族殲滅鎧装』の主砲をアーサーへと真っ直ぐ向ける形で出した。対するアーサーはそれを待っていたと言わんばかりに、右手に持っていた『モルデュール』を主砲の中に突っ込み、発動した『旋風掌底』で以てさらに奥へと押し込む。
バギッ!! と歪な音が鎧の内部から発せられた。
『対魔族殲滅鎧装』はしばらく動かなかった。今の音について、中でヴェルトが異常を探っているのだろう。目的を達したアーサーはその隙に『対魔族殲滅鎧装』から距離を取るために後退する。それから少しすると、ヴェルトは主砲をアーサーから地面へと向け直す。
『……主砲の中に攻撃すれば、なんとかなるとでも思ったか? 爆弾を突っ込まれた程度では、「対魔族殲滅鎧装」の優位は揺るがない』
どうやら動作に支障をきたす程の損害は無いようだった。不安が無くなり再び自信に満ちた声音で発せられたヴェルトの声に、アーサーは言葉を返す。
「ところでヴェルト、お前はユーティリウムの衝突実験ってのを知ってるか?」
『……? 何の話を』
一見すると意味の分からない内容の話を、アーサーは止める事もなく続ける。
「ユーティリウム製の盾と剣をぶつけ続けたらどっちが先に壊れるか、試したヤツがいるんだ。結果だけ言うと、何発目かで盾は砕けた。そして次に固定した剣に盾をぶつけ続けたら、今度は剣の方が先に砕けた。この結果は何度実験しても変わらなかったんだ」
『……お前は何が言いたいんだ?』
「つまりユーティリウム同士をぶつけた場合、なんかしらのエネルギーを加えてる方が強いんだよ。……だからお前の鎧には、途中から火と風の魔術しか撃ち込んでない。それは少しでも『モルデュール』の威力の足しになるようにするためだ」
『だから、お前はっ、一体何の話をしているんだッッッ!!』
主砲の先に魔力が充填されていくのを感じる。
けれどアーサーはさして焦る様子もなく、右手の指で銃の形を作って『対魔族殲滅鎧装』に向かって突き付ける。
その様子を近くで見ていた三人は知っている。それは勝利を確信した時に見せるアーサーの癖のようなものだ。
「だから『モルデュール』に埋め込んでおいたんだよ。お前の鎧に使われているものと同じ、世界一硬い金属の破片をなあ!!」
アーサーがそう叫んだ直後。
ドムッッッ!!!!!! というくぐもった爆発音が『対魔族殲滅鎧装』の内部で起こった。
『……なん、だ……? 制御が、できない……!?』
スピーカーから発せられた声はそれが最後だった。
すぐに『対魔族殲滅鎧装』がまるで花火のように、自身の装甲を内側から吹き飛ばすような形で破裂した。アーサー達は身を低くして爆発から身を隠す。
しばらくすると、炎上した『対魔族殲滅鎧装』の中から、全ての元凶がボロボロの容姿で這い出て来た。あの爆発で生きてる事の方が奇蹟のような気がするが、当の本人はそんな事に構ってはいなかった。
「くそっ! こんなはずじゃなかった!! なにがこの鎧は無敵だ、パチモン押し付けやがって女王風情が……ッ!!」
自身を守るものが無くなったヴェルトは、自分よりも強い者達に囲まれている状況でなおも吠えていた。
いっそ哀れに思えてくるヴェルトに向かって、彼を取り囲む輪の中から代表するように二人の少年がゆっくりと近付いて行く。それに気付いたヴェルトは小さな悲鳴を上げると、四つん這いのまま地面を這うように逃れようとしていた。
しかし、取り囲まれている状況で逃げ場などどこにもないし、四つん這いの移動よりも立って歩いている方が断然早い。すぐに追いついたところで、アレックスがヴェルトを乱暴に蹴り飛ばして仰向けの状態にする。
そしてアレックス、アーサーの両名はそれぞれユーティリウム製の直剣と短剣をヴェルトに突き付けながら、
「よう、クソッたれの裸の王子様?」
「あんたが言った通り、これは戦争だ」
無防備な状態で凶器を突き付けられている事に、ヴェルトは顔を涙や鼻水でグチャグチャにしていた。
そんな負け犬に向かって、アーサーとアレックスは今までの鬱憤を全て晴らすために、
「「だったら、その落とし前のつけ方も分かってるよな?」」
彼らは誓っていた通り。
二つの拳をヴェルト目掛けて同時に降り落ろした。