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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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80 歴史を変える力

 魔力砲の斉射が終わった時には、倒れたまま動かなくなっている者達もいた。そうじゃない者達も、少なくないダメージを受けていた。

 その中で、比較的軽傷で済んだアーサーは『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』を睨むように見ていた。


(……くそっ! まだ攻撃が足りなかったのか!?)


 確かに鎧からは定期的に魔力砲が放たれていた。そもそもタンクの許容限界量が分からない状態で強行した作戦だ。その可能性だってある。

 けれど、結祈の濃縮魔力弾を吸収してまだタンクに空きがあるのだとしたら、本当に底が知れない。

 次の策を考えようにもダメージのせいで思考が上手くまとまらない。けれど、何か行動を起こさなければ本当に立ち直れなくなってしまう。

 そんな最悪に近い精神状態で浅い呼吸を繰り返していると、『対魔族殲滅鎧装』から聞き覚えのある声が発せられた。


『……魔力の許容限界でも狙っていたのか? まったく馬鹿なヤツらだ。この「対魔族殲滅鎧装」に、弱点は無い』


 弱点は無い。こちらの狙いを看破してうえで放たれたその言葉が表す事実は一つ。

 アーサーは悔しさに顔を歪ませながら、その答えを口にする。


「……そういう事かよちくしょう。その鎧の魔力の吸収と放出を、同時に行えるのか!?」

『正解だ、マヌケめ』


 その可能性は考えていたが、実際にはできないと思っていた。現に観察していた時にはそんな素振りすらなかったし、むしろできない事に確信を持ったくらいだ。

 だから選択を間違えた。

 詰将棋のように一手ずつなんて甘い考えだった。全てがヴェルトの手のひらの上だった。たった一手で、全ての条件が覆された。

 となると、疑問が一つ。


「……それなら、なんで今まで黙って攻撃を食らってたんだ!?」

『魔力を集めるため……そして、今の貴様らのような絶望した顔が見たかったからだ』


 ヴェルトがそう言うと、『対魔族殲滅鎧装』の胸部分から今までのものよりも一際大きな砲身が飛び出す。

 こういう行動を取る時、その鎧が何をするのかは事前にアーサーも分かっていたはずだ。


(主砲!? ま……っ!)


 小さい砲身ですらあの威力、それが巨大になったそれの威力は想像に難くない。

 仲間達へと危険を叫ぼうとする暇も無く、それは放たれた。

 耳が壊れたのかと思うくらい、不思議な事に音はなかった。

 視界は真っ白に染まっていた。

 体が宙に投げ飛ばされ、気持ちの悪い浮遊感が体を襲い、上下左右の感覚すらなくなってくる。

 魔力砲は正面に放たれたのではなく、地面に向かって放たれた。いつくもの属性の魔力が混じり合い、それが火山の噴火のような爆発を起こしたのだ。地面は盛り上げられ、『対魔族殲滅鎧装』の周りにあったもの全てが吹き飛ばされた。


 一瞬だが、確かに意識の断絶があった。


 辛うじて繋がった意識の中で、呻き声を漏らしながら手足が動くのを確認して、ようやく自分がまだ生きている実感を持てた。

 まるで縄で縛り付けられているかのように上手く動かない体に鞭を打って、ふらつく頭を抑えて何度も倒れそうになりながらようやく立ち上がった。

 ぐるりと周囲を見渡す。

 そこに広がっていた光景は、まるで地獄だった。

 それはほんの数秒前とはかけ離れすぎていて、自分が本当に生きているのか疑う程だった。

 美しかった森の木々など一本もない。地面は所によって盛り上がっていたり陥没していたりしていて、まだ溶けている最中の部分も見受けられた。

 地面が溶けるほど高温の全魔力飽和攻撃。その爪痕を眼前にゾッとすると共に、自身が五体満足で生存できている事を奇跡だと思った。


「みん、なは……?」


 喉が焼けるような高温の空気を吸って掠れた声が漏れる。

 自分が無事だったのだから、他のみんなも無事なのではないかという根拠に欠ける期待と、目の前の光景を見て、もしかしたら自分以外は誰も残ってはいないのではないかという不安が心の中を渦巻く。


「アレックス、結祈(ゆき)、サラ……」


 呼びかける声に返事は無い。

 それでもアーサーはふらふらとした足取りでみんなの名前を呼びながら探し始める。


「シルフィー! ヴェロニカさん!! くそ……っ! 他に無事なやつはいないのか!? 頼むから誰か答えてくれ!!」


 声はアーサーの不安と共にどんどん大きくなっていく。言葉の最後の方は呼びかけというよりは懇願に近かった。

 そんな時に後ろから何か音が響いた。

 その音は今のアーサーにとって砂漠を彷徨った果てに辿り着いたオアシスのようだった。自分以外にも無事な人がいた、という思いで音の方を振り向くと……、


『さて、と。今のでどれくらい消せたかな?』


 そこには『対魔族殲滅鎧装』という名の絶望が立っていた。


「ヴェル、ト……」

『ん? 残ったのは貴様だけか。思ったよりも脆かったな』

「ヴェルトォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 アーサーは拳を握りしめ、ヴェルトに向かって一直線に走る。

 そして意味も無いと知りながら、硬い鎧に拳を叩きつける。


『……ふむ。蚊が止まったか、な!!』


 ぐわん、と巨大な腕が乱雑に振られる。普段のアーサーなら躱せただろうが、今のアーサーは先程の砲撃のダメージから回復しきってない。防御のために腕を上げる事すらできず、バットで打ったボールのように体が吹っ飛んでいく。

 飛ばされた先で、アーサーの意識は残っていた。体に力を入れて立ち上がろうとするが、上手く体が動かない。


『やれやれ、フェルトといい貴様らといい、あんな古臭い体制にいつまでしがみつくつもりだ? 時代は変化しているんだよ、こうしている今も刻一刻とな。適応しなければ淘汰されるというのが分からないのか』

「……そう、かもしれない」


 アーサーは倒れた姿勢のまま、呻くように答えた。


「でも、今あの国には……この時代を生きてる人達がいる。その人達から、今を奪う権利は俺達にはないんだ」

『奪う権利はない、か……』


 ヴェルトは倒れたまま動かないアーサーに近付き、鋼鉄の指で頭を挟むように掴んで持ち上げた。


「がァ……ッ!!」

『貴様が言うと説得力が違うな、アーサー・レンフィールド。この時代の変化は貴様が生み出した物だぞ』

「な、に……?」

『中級魔族の討伐。あれのせいで「ゾディアック」に波紋が広がった。今までは人間では魔族に勝てないと決まっていたから、どこの国も独自の対策と言いながら似たような対策を取っていた。魔術国では魔法、科学国では科学兵器。それが貴様のせいで狂った。ただの村人にも討伐できるなら、ひょっとして今の魔族相手ならまともに戦っても勝てるんじゃないか、という錯覚をもたらした。科学兵器ではなく、人間兵器の開発に力を入れたら良いんじゃないかと、そんな風に世論が動き始めた! 「半身機械化」「人的資産流用」「造り出された天才児デザイナーズチャイルド」。どれも兵器開発よりコストは数分の一から数十分の一にまで下がる。おかげさまで「タウロス王国」みたいな先走る馬鹿も現れる始末だ、クソッたれ!!』

「たっ……『タウロス王国』は、俺達の事件以前から……計画を練っていたはず、だ……」

『ああ、だが当初の予定では起動するところまでは行かなかった。あくまで準備としての措置だったはずだ。それが貴様のせいで魔族を皆殺しにできるとフレッドの馬鹿をつけあがらせたんだ!』


 ヴェルトの言い分は言いがかりに近い。アーサーが中級魔族の討伐に成功してようと失敗していようと、フレッドがあの行動を取っていた可能性もある。

 けれど、アーサーはその言葉にどこか納得していた。

 アーサーとアレックスが起こしたのは、小さな波紋だったのかもしれない。しかしそれがバタフライ効果のように、他の人達の思惑が重なって波紋を広げていった可能性は捨てきれない。


『お前らは確かに中級魔族を倒す事で少なくない数の人間を救った。だがそれはほんの一握りだ。「タウロス王国」でも地下で起きていた事を見ただろう? あんなのは氷山の一角だ。「ゾディアック」ではもっと酷い事が起きている。俺のやっている事は、その波紋から「アリエス王国」を護るための手段なんだ!』

「……なら、お前の狙いは……?」

『「歴史を変える力」だ! 今日この日、この場所から歴史を塗り替える! 「アリエス王国」は淘汰される存在から淘汰する存在へと成り代わるんだよ!!』

「それ、が……ハーフエルフの不死の霊薬と、ダークエルフの、戦闘力か……ッ!?」

『さてね、貴様にそれを知る権利は無い。まあ、あれは俺が考案したエルフが幸せになるためのものだという事は教えてやろう』

「お前は、それで……何人、犠牲にする、つもりだ……!!」

『たしかに初期の実験では少なくないエルフと人間は死ぬだろうが、それでもこれからの時代で死ぬ数よりはずっと少ない。犠牲の前払いってやつだ』

「……っ!? ふ、ざ……ッ!!」


 反論を述べようとしたアーサーの声が封じられる。ヴェルトがアーサーの頭を掴む力を強くしたのだ。『対魔族殲滅鎧装』の中の小さい砲身の一つが、アーサーの眼前に突き付けられる。


『さらばだ元凶たる英雄よ。貴様の死は今の停滞した「アリエス王国」の躍進に繋がるだろう』

「……ふざ、けるな、よ……!!」


 アーサーは呻くように言い、『対魔族殲滅鎧装』の目元にあるレンズを睨みつけた。


「淘汰される存在、だと……? 停滞、してるだと……!? アンタは他の誰よりも、この国の事が見えて、ない……!!」

『何を言い出すかと思えば……。見えてないのはフェルトやシルフィー、そしてお前の方だろう? いざ戦争が起これば「アリエス王国」は真っ先に淘汰されるに決まってる』

「……舐めるな、臆病者」


 アーサーは腰に手を伸ばし、ウエストバッグの中から素早く『モルデュール』を取り出し、それを『対魔族殲滅鎧装』の手首の関節部分の隙間に強引にねじ込む。


『なに!?』

「……だから、お前は何も、見えてないんだ!」


 頭を強く掴まれている状態にも関わらずはっきりと言い、アーサーは躊躇わず『モルデュール』を起爆した。強固な鎧でも駆動部分はやはり弱い。掴みが弱まったタイミングで拘束から逃れる。


「『アリエス王国』の事を散々馬鹿にしやがって……。鎧に包まれてないと戦場にも出られない臆病者が、みんなの国を馬鹿にするな!!」


 エルフの国で、最新の科学兵器に立ち向かいながら、ちっぽけな少年は叫ぶ。

 そんな少年の後ろ姿を、倒れている者達は見ていた。

 そして、その姿に心を動かされない者はその場にいなかった。

 主砲から放たれた魔力砲で傷ついた体に鞭を打ち、今一度『アリエス王国』を守るために立ち上がる。


「これが『アリエス王国』だ」


 立ち上がる仲間達の先頭に立ち、少年は『対魔族殲滅鎧装』を真っ直ぐに捉えて言う。


「勝手に一人で絶望して、全てを裏切ったお前には無いものだ!」


 孤独。

 そんな一言が似合う、鎧の奥にいる哀れな男を見据えてアーサーは宣言するように言い放つ。


「『アリエス王国(俺たち)』はお前の野望を踏破して、みんなで笑って帰るんだ!!」

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