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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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79 対魔族殲滅鎧装

 走っていた時間は、まるで永遠のように長かった。

 けれどやがてヴェロニカ達の元に辿り着いた時、そこはまだなんとか戦線の維持ができていた。ざっと見た限りでは倒れている者はいない。

 ギリギリ間に合った、と一瞬だけ安堵の息を漏らし、それからすぐに身を引き締め直す。


「ヴェロニカさん!」


 何人ものメイド達で入り乱れる戦場に向かってアーサーが叫ぶと、すぐに応答があった。

 振り向いたヴェロニカの顔は、驚愕に染まっていた。


「アーサー様、それにシルフィール様まで!? なぜ逃げてないんですか!!」

「あんた一人に任せておけないからな。それよりもヤツを倒すプランを思いついた。あの時みたいに協力してくれ」


 ヴェロニカの反感に構わず、アーサーは道中考えたプランについて説明をする。それを聞き終えると、ヴェロニカは信じられないといった顔になった。しかしそれも一瞬の事で、すぐに切り替えて意見を出す。


「確かに成功する見込みはあります。ですが、試すにはリスクが高すぎます」

「どんな方法でもヤツを倒すにはリスクが付きまとう。正直言って、あれの相手は中級魔族を相手にするよりも厄介なんだ」

「ですが……」

「ヴェロニカ。ここはアーサーさんの指示に従って下さい。きっと上手く行きます」

「シルフィール様……分かりました。メイド部隊、今から指示を出します! 戦線維持を行いながら、指示を回して下さい!」


 ぱぱっと指示を飛ばすヴェロニカを見ながら、意識は『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』の方に向けて行く。


(……分かってるぞ、臆病者)


『蟲毒』のような例外を除いて、魔族が科学製品を使う事はありえない。それは普通の人間が好んでドックフードを食べないように。

 であれば、その鎧の中に入っている人物は限られる。その時、丁度アーサーの目線と鎧の顔の部分にある光るレンズがぶつかった。


「お前の気持ち悪いニヤケ面が透けて見えてるぞ」


 アーサーはそのレンズの向こうにいる男に向かって、聞こえてないと知って呟いた。


「んじゃ、俺達も動くか」

「一応確認するけど、アレックスはあれの中に誰が入ってると思う?」


 答えの分かりきった疑問に、アレックスは『対魔族殲滅鎧装』を一瞥してから端的に答えた。


「向こうには魔族以外の敵は一人しかいねえだろ。だったら決まりだ」

「まあそうだな。じゃあ予定通りヴェルトのクソ野郎をぶん殴るか」


 それを合図に五人も戦闘に参加する。

 アーサー達が立てた計画は、『対魔族殲滅鎧装』の魔力吸収に目を付けたものだ。鎧の中には吸収した魔力を溜めておくタンクのようなものがある。そして、魔力という質量を取り込むからには限界量がある。それが臨界点に達するまで長距離から魔術を撃ち込み続けるというものだ。

 ただし、この作戦に参加できない例外がいる。


「だあっ! やっぱり近づけないから『旋風掌底せんぷうしょうてい』が当てられない!」


 その少年、アーサー・レンフィールドが使える魔術は『何の意味も無い平凡な(42アーマー)鎧』と『旋風掌底』だけ。結祈なら風呂場で使ったように『旋風掌底』を飛ばせるが、それができないアーサーには遠距離から攻撃する手段がない。


「サラ、お前も……」

「『廻纏空翔拳かいてんくうしょうけん』!!」


 同じように『獣化(じゅうか)』と『廻纏(かいてん)』という近接系の魔術しか持たないサラに目を向けるが、彼女はその弱点を七日間で克服していたらしく、『廻纏』を使って状態で離れた場所からコークスクリューを放ち、拳の先からドリルのように渦巻く風を『対魔族殲滅鎧装』に向けて放っていた。

 それを見てアーサーも負けじと『モルデュール』を投げて起爆するが、ダメージを与えられている印象はまったく受けない。というか、鎧には傷一つ付いていない。


(……やっぱり、こういう魔術戦になると力になれないな)


 改めて自分の無力さに内心で歯噛みするが、今はそんな場合ではない。少しでも力になれるように必死に『対魔族殲滅鎧装』を観察する。


(……動けない所を見ると、やっぱり吸収と放出を同時にする事はできないみたいだな)


 それは今回の作戦の肝になる部分だ。もしそれが出来てしまうなら、この作戦は根本から覆ってしまう。

 アーサーはウエストバッグに手を突っ込んだまま、もう一つ『モルデュール』を投げるか、それとも攻撃して来ないのなら飛び込んで『旋風掌底』を当てるべきかと悩んでいると、アレックスの叫び声が聞こえてきた。


「攻撃に間を開けると魔力砲が飛んでくる! できるだけ間を開けるな!!」


 アレックスはそんな事を言いながら『雷弾(らいだん)』を連発している。見てみると『対魔族殲滅鎧装』は多少の被弾も構わずに反撃を始めていた。放たれる魔力砲は直線的で、誰にも当たらず森の木々を吹き飛ばしていく。躱せているから良いものの、直撃したらただではすまないだろう。

 その砲撃で作戦を続けづらくなったが、行動を起こし始めたという事は向こうが焦っている事を表している。アーサーはウエストバッグから手を引っこ抜き、アレックスに指示を飛ばす。


「アレックス、斬りに行け!! ユーティリウム製の剣で物理攻撃をすれば、鎧を砕けるかもしれない!!」


 その指示に応答は無かった。

 代わりにアレックスは雷光を纏うと一瞬で『対魔族殲滅鎧装』の懐に飛び込み、黒い雷を纏った剣を横薙ぎに振るう。

 けれど、それでも鎧を傷付ける事はできなかった。

 どうやって高速で動いたアレックスの攻撃を察知したのか、『対魔族殲滅鎧装』は無数の砲身から爆発させるように魔力砲を放ち、その噴射力で自身を僅かに後ろへと後退させていたのだ。

 そして剣を振り切ったアレックスに『対魔族殲滅鎧装』の腕が振るわれる。アレックスはそれを避ける暇もなく、辛うじて剣で受け止めた。

 鉄と鉄を打ちつけた時と同じような甲高い音が鳴る。

 アレックスの剣に纏っていた黒雷は吸収され、軽いアレックスの体は後方へと吹き飛ばされた。


「くそっ! あの図体であんな挙動ができるなら、やっぱ近接は無しだ。遠距離から仕留めるしかねえぞ!!」

「だったら次は遠距離のとっておきだ。結祈!!」


 名前を呼ばれる前から準備をしていたのか、結祈はすぐに大量の魔力を凝縮した魔力弾を撃ち出した。今まで撃っていた魔術よりも一発の魔力量の大きいそれで、『対魔族殲滅鎧装』が一度に吸収できる容量を越すのが目的だ。

 アレックスの時のように避けられるとも思ったが、今度は避けずに真正面から魔力弾を受け止めた。そして、『対魔族殲滅鎧装』はそれを吸収しきってみせた。


(……これでもダメなのか)


 アレックスの物理攻撃も、結祈の濃縮魔力弾も、少なからず効果があると期待していた。

 けれど『対魔族殲滅鎧装』はその期待をことごとく打ち砕いていく。


(……ダメだ)


 二つの策が通用していなくても、ここまではあくまで情報収集。勝てないと絶望はしない。

 けれど、それとは別の、目の前の鎧が引き起こせるであろう事について考えると、心が割れそうになる。ビビの村を壊滅させたように、『対魔族殲滅鎧装』は名前の通り魔族を一方的に殺戮できるだけの力がある。


(こんなのはダメだ。これが完璧に実用化されたら、魔術と科学の均衡なんて簡単に覆る! せめてあれだけはここで破壊しないと!!)


 攻撃され続けているというのに、宮廷に向かって悠然と歩みを進める『対魔族殲滅鎧装』の姿に恐怖にも似た焦燥に駆られ、アーサーは作戦の強行を決意した。


「みんな! それぞれ最大の魔術を撃て!! それであいつを破壊する!!」


 濃縮魔力弾は吸収されたが、そろそろタンクがいっぱいになっている頃だろうと判断したのだ。アレックス達やメイド部隊が渾身の魔術を放つ。そんな無数の魔術が自身に迫る中で、しかし『対魔族殲滅鎧装』は回避行動も防御行動も取らなかった。

 やがて、放った全ての魔術が着弾する。

 爆炎や土煙が巻き起こる。

 それらが晴れるまでの数秒、生きた心地がしなかった。


「……やった、の……?」


 誰かが呟いた。

 その呟きが叶っていて欲しいと心の底から思い、煙の晴れた先を見ると。

 そこには希望を打ち砕くように、『対魔族殲滅鎧装』が無傷のまま変わらぬ姿で立っていた。


「なん、で……」


 その答えを見つける前に、『対魔族殲滅鎧装』の全身のあらゆる場所から細い砲身が飛び出し、その全てから今の攻撃に対する反撃をするように魔力砲が放たれた。

 無差別に放たれた魔力砲だが、いかんせん数が多い。直撃こそしないが、地面に着弾した余波で吹き飛ぶ者達もいた。

 作戦は失敗。それが結果の全てだった。

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