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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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78 命の使い方

 逸れて来た魔族の数は大した事なかったが、それなりに時間がかかった。

 というのも相手が直線的に向かって来るタイプではなくひたすら逃走を繰り返すタイプだったため、その追撃に時間がかかってしまったのだ。


結祈(ゆき)、他に魔族は?」

「とりあえず今ので終わりだよ」


 最後に結祈の魔力感知で確認を取ってもらい、ふっと息を吐く。

 すると。


『……、サー……ま』


 唐突にポケットのマナフォンから雑音が流れる。先程のエンシオからの通信のように調子の悪い声だった。

 やがてその雑音が消え、その声の主はすぐに分かった。


『アーサー様、聞こえていますか?』

「ヴェロニカさん……?」


 嫌な予感がした。

 アーサー達が魔族と交戦して時間を食ったこのタイミング。そしてエンシオ達と同じような通信の悪さ。先程まで続けていた会話を思い出す。


「ヴェロニカさん……あんた今どこにいる!?」

『現在、メイド部隊一同はエンシオ様達を倒した人型の機械の前に来ています。これより交戦に入ります。時間を稼いでいる間に逃げて下さい』

「時間を稼ぐって……そんな事できると思ってるのか!? ヤツには魔術が効かないんだぞ!」


 そんな当たり前の前提条件をアーサーは言うが、ヴェロニカは一切の動揺も見せずに、


『それならそれなりの戦い方があります。それに、すでに純粋な物理攻撃が効く事は試しました。メイド部隊は魔術よりも護身術の方が得意なくらいなので、ある程度はなんとかなります』

「それでも勝てる保証なんてありません! 機械に護身術が通じると思っているんですか!? そもそも私はあなた達が戦場に出るのも反対だったんです、それなのに命を懸けてしんがりを務めて貰うなんて容認できません!!」


 シルフィーは叫ぶように言うが、それでもヴェロニカの意志は固い。

 そして彼女が言っても揺るがないという事は、もう誰にも止められない。ヴェロニカはもうすぐ死地へと向かってしまう。

 そんな危機的状況なのに、アーサーの思考は別の事を考え始めていた。


(……物理攻撃は効くけど、魔術は一切効かない人型の機械。エンシオさんの最後の言葉からすると魔力を吸収して砲撃を撃つ。……俺はこれをどこかで知ってたぞ)


 なるべく冷静になれるように浅い呼吸を繰り返し、必死に記憶を辿る。

 これまでにした会話、目を通した本、知識に触れた機会を呼び起こしてその答えに辿り着いた。


(……そうだ、ニーナさんに借りた本に書いてあったんだ。名前はたしか……『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』。いつか起きるかもしれない『第三次臨界大戦』のために作られた新型兵器だ)


 都市伝説じみた眉唾物の話だと思っていたから、そこまで気に留めていなかった。さらっと目を通した程度の文章はなかなか思い出せない。


(ちくしょう……。なんだ、こいつには何か弱点が無かったか!?)


 ここで脳が焼ききれても良いというくらいに頭を回す。

 長考している間にも、事態は刻々と変化していく。

 早く、早く、と急くほどに答えが遠のいていく気がする。


「お願いです、ヴェロニカ。馬鹿な真似はやめてください!!」


 今にも泣き出しそうなシルフィーの懇願がアーサーの耳にも刺さる。マナフォンの向こうから息を飲む音がした気がした。

 けれど。


『……申し訳ございません。フェルト様とシルフィール様にお仕えする事ができ、私達は幸せでした。そしてアーサー様。私達をマルセルから救っていただいた恩は、たとえこの身が朽ちても決して忘れません』

「ヴェロニカ……」


 もう時間がない。

 ヴェロニカ達が最後の行動に移ってしまう。

 その前になんとしても答えを。


『あなたはこの国に無くてはならない存在です。ですから私達はこの国に必要な礎となってあなたを救いましょう』

「……やっぱり、そんなのはダメです! 許可しません、今すぐ戻りなさいヴェロニカ!!」

『シルフィー』


 その口調は砕けていた。いや、むしろこちらの関係の方が二人にとって当たり前だったのかもしれない。

 ヴェロニカはシルフィーの命令を抑え、最後の台詞を口にする。


『……子供の頃はよくこうやって言い合いをしましたね。孤児である私達に分け隔てなく接してくれて、本当に感謝しています。だからあなたは約束通りみんなを導くお姫様に。私も約束通りあなたを全力で支えます』


 ヴェロニカは従者としてではなく一人の友人としてそう宣言し、一方的に通信を切った。

 そして残されたシルフィーの口から、どうしようもない慟哭が発せられた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 マナフォンを仕舞うヴェロニカは、満足げに笑っていた。

 メイド部隊は今、『対魔族殲滅鎧装』の正面に立っている。試しに魔術を撃って効かないのを確認してからは、弓や剣などの魔力を使わない物理攻撃を主体に切り替えている。

 それが功を奏しているのか、エンシオ達のようにすぐにやられる事はない。けれど、物理攻撃しかできないメイド部隊と、好きなだけ魔力砲を撃てる『対魔族殲滅鎧装』とではやはり戦闘能力に差があった。

『対魔族殲滅鎧装』は体の至る所から砲身を伸ばしては、純粋な魔力の砲撃を撃ってくる。目線も初動もないものだから、これがまた避けづらい。

 けれどヴェロニカ達も止まれない。

 引き返す道は今捨てた。


(シルフィー、フェルト様、そしてアーサー様。どうか御無事で。これが私達にできる最良の命の使い方です!!)


 彼女達にも分かっている。この戦いには勝てない。

 小さな檻の中に草食動物と肉食動物を入れた時の結果が明らかなように、彼女達もまた、自分達が骨身をしゃぶられるだけの存在だと理解している。

 そんな彼女達の目的はただ一つ。

 この行動の意味を果たす、それしかない。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「シルフィー」


 通信用のマナフォンを握りしめたままのシルフィーにアーサーは呼びかける。しかしその少女はうずくまるだけで応じなかった。


「シルフィー、聞け」

「……なにを」


 ぽつり、とシルフィーは呟いた。


「今さら何を聞けって言うんですか!? 私達の力じゃあの機械鎧は壊せません!! ヴェロニカ達だって太刀打ちできない! あとはあの鎧が破壊をまき散らしながら歩いて行くだけで全てが終わるんですよ!? こんな結末の先で何を聞けって言うんですかっっっ!!!???」

「いいから聞くんだシルフィー!! そんな終わり方はさせない、絶対にだ! 今、結祈がヴェロニカさん達の魔力を感知した。ここからそう遠くない、助けに行こうとすれば手が届く。確かにあの『対魔族殲滅鎧装』は魔力を使った攻撃に対しては絶対の優位にある。でも無敵って訳じゃない、あんな無理な設計なら必ずどこかに弱点があるはずなんだ! だから決めろシルフィー。国を思って犠牲になろうとしてるヴェロニカさん達の意志を汲み取って撤退するのか、それとも僅かな可能性に賭けてみんなであの鎧野郎をぶっ壊すのか!!」

「……行きます」


 その言葉を聞いて。

 呻くように、シルフィーは頬を流れた涙を拭いながら答えた。


「こんな御伽噺みたいな誰かの犠牲があってお涙ちょうだいの結末なんて認めません。国の有無なんて知った事じゃない。私はみんなのために戦うって決めたんだから!!」

「なら行こう。みんなで生きて笑って帰るぞ。誰かの犠牲で彩られる美談なんてクソ食らえだ!」


 ともすればやる事は決まった。

 まずはヴェロニカ達との合流、次に『対魔族殲滅鎧装』の破壊方法の模索だ。

 アーサーは未だに弱点を思いついていない。けれど、性能についてはあらかた思い出した。彼はその情報を五人で共有させる。


「『対魔族殲滅鎧装』。読んだ限りだと、厳密には魔術が効かない訳じゃない」

「どういう事ですか?」

「みんなは魔術に対する最強の防御ってなんだと思う?」


 当然投げかけられた質問に、いち早く答えたのはアレックスだった。


「ユーティリウム製の盾だ。あれならほとんどの攻撃は防げる」

「ハズレだ。確かにあれは強いけど、例えば『無』の魔術で『あらゆるものを絶対に切断できる』っていうのがあったら? 多分、これはユーティリウム製の盾じゃ防げない」

「じゃあ答えはなんなんだよ」

「簡単な事だよ」


 そして、アーサーはマジシャンが種明かしをする時のようにあっさりと、


「魔術を構成する魔力を分解してしまえば良い。これならあらゆる魔術を理論上無効化できる」

「……は? おい、ちょっと待てよ。じゃあこれから戦う敵はそれをやってるって事か!?」

「ああ、ついでに言うと分解した魔力を吸収して、それで魔力砲を撃ってるんだ。普通に戦ってる限り、永久機関そのものだよ」

「それで、アーサーはその破壊方法について策はあるの?」

「アイディア自体はある。ヴェロニカさん達の狙いも分かってる。でもきっと、それじゃ『対魔族殲滅鎧装』は止められない。……そして、俺達が止めないと『アリエス王国』は終わりだ」


 息を飲む気配が伝わってくる。

 これから戦う敵がどれだけ強大か、他の四人にも理解が行き渡ったところでアーサーはプランを語り出す。


「多分、ヴェロニカさん達は物理攻撃のみで『対魔族殲滅鎧装』を破壊しようとしてるんだ」

「妥当だろ。俺だって相手がそんなチート野郎ならそうする」

「でもそれだと勝てない。こっちは物理攻撃しかできないのに、向こうは魔力砲と物理攻撃を両方を行えるんだ。じゃんけんでこっちはグーしか出せないのに、向こうはグーとパーを出せるようなもんだ。あいこはあっても勝ちは無い」

「じゃあどうするの? 魔力を媒体にした攻撃がダメって事は、ワタシの忍術も無効化されちゃうんでしょ? 攻撃方法なんてあるの?」

「そこは逆転の発想だ」


 そしてアーサーは疑問顔の四人に対し、どこか得意げな表情で結論を述べる。


「魔力を吸収しておけるタンクには限度がある。だから、向こうの吸収できる限界量を越える魔力をぶち込んでやれば良い。そうすれば後は勝手に自壊してくれるはずだ」


 その策に、四人はそろって驚愕の様相を浮かべる。

 アーサーも自分で言っていて、それが現状を打破できる妙案だとは思っていない。

 けれど確実な答えが無い今、一つずつ試していくしかない。

 詰将棋のように、一手一手着実に。

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