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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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77 新たな敵の影

「……ようやくね」


 結祈(ゆき)に呼ばれたサラはゆっくりと『蟲毒』に向かって歩みを進める。すでに両手は『獣化(じゅうか)』でドラゴンのものに変えており、その体には目視できるほど濃密な風が絡みついていた。


「あれがサラの……」

「そうだよ。あの纏わりついてる風がサラの『固有魔術(オリジナル)』。全ての打撃に風の回転力と追撃を与える『廻纏(かいてん)』だよ」

「とは言っても持続時間は三分よ。その後には一分のインターバルが必要。だからこの三分で終わらせるわ。みんなはちょっと見てて、この状態のあたしのスタイルは一人の方がやりやすいから」


 それだけ言い残して、サラは腕のガードを上げて『蟲毒』へと飛び込んでいった。

 何の足止めもせずに初っ端からコークスクリューみたいな大技が当たるとは思っていないのだろう。サラはまずマシンガンのように早い左を五発ほど胸に叩き込むと、体をコマのように回転させて左拳を『蟲毒』の右脇腹に突き刺す。そして後ろ足で地面を蹴り、右拳に全体重を乗せてジョルトの右拳を叩きつける。それをまともに食らった『蟲毒』の巨体が後退する。

 懐で動かれる事を嫌った『蟲毒』が、先程地面を割った拳を再び振り上げてサラ目掛けて落とす。しかしサラは慌てる様子もなく、右フックを『蟲毒』の腕に当てて弾くと、左足を一歩踏み込んでジャブを一発放ち、すぐに右ストレートを放つワンツーを繰り出す。

 その後も『蟲毒』は拳の振り落としや不意を突いたキックなどを放つが、その全てを弾かれて逆に反撃を食らうかタイミングを合わせたカウンターを貰い、『蟲毒』は一切の攻撃を許されず一方的にサラに殴られ続ける。やけくそになった『蟲毒』が防御力にものを言わせた相打ち覚悟でカウンターを合わせにいっても、更にそこにカウンターを合わせられるクリスクロスを食らってしまう。

 サラの連撃に成す術の無い『蟲毒』の姿は、まるでサンドバッグの姿そのものだった。


「……凄い」


 その光景を見て、アーサーは思わず呟いていた。

 元々、サラなら中級魔族とも互角に渡り合えると思っていたが、ここまでとは思っていなかった。こんな一方的に『蟲毒』を殴れるとは予想もしていなかった。


「アーサーの想像以上でしょ?」


 アーサーの驚く様を横で見ていた結祈は嬉しそうな笑みでそう言う。


「サラは絶対にアーサーを驚かせるって頑張ってたからね。ワタシも才能はあると思ってたけど、予想は四日目で越えたよ。多分、『ゾディアック』全体を見ても肉弾戦でサラに勝てる人なんてほとんどいないんじゃないかな」

「……でも、あの回避能力はなんだ? 俺は攻撃だけならあそこまで行くと思ってたけど、防御力をあんなレベルにできるとは思ってなかった」

「それは簡単だよ。『獣化』で目をホワイトライガーのものに変えてるんだよ。今のサラの虎眼には、『蟲毒』の一挙手一投足が全て見えてるはずだよ」

「それだけじゃねえだろ」


 サラが『蟲毒』の相手をしている間に近付いてきたアレックスが、結祈の説明に口を挟んだ。


「どういう事だよアレックス」

「今のあいつは時間がズレてるんだよ。だから『蟲毒』の動きに全て対応できる」

「時間がズレてる?」

「住んでる速度域が違うとも言えるな。結祈ほどのレベルなら知ってるだろうし、アーサーも常に自分の行動の先を行かれる闘いを味わった事があるはずだ」

「……あれか」


 アレックスは長老の事を指して言っていたが、アーサーが思い出していたのは結祈だった。あの時は『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』で『モルデュール』を飛ばしたり、爆破で自分の体を吹き飛ばして移動するなど、意表を突く手段でしか結祈に攻撃できなかった。


「負けないよ、サラは」


 結祈は強い確信を持った声音で言う。


「サラの今の拳には貫通力もある。たとえ鎧の上からでもダメージは内部に蓄積されてるはずだよ」

「つまり……」

「もうすぐ出るよ。サラのフィニッシュブローが」


 結祈の言う通りだった。アーサー達が話している間にもダメージを与えていたサラは、弱い左ジャブを放って距離を計る。

 そして再び力を溜め込むように拳を捻りながら畳む、コークスクリューの構えだ。しかし今度は右手をドラゴンのものにするだけでなく、下半身もハネウサギのものに変化させていた。

 後ろ足から回転を始め、腰、肩、腕を通って『廻纏』の風と共に右拳へと全身の力の全てを使った回転が移動していく。

 そして握った拳の掌が空を向くくらいまで捻り、最後に後ろ足で地面を蹴って全体重を拳へと乗せる。

 すなわち。

 ジョルトのコークスクリューブロー。


「ハァァァああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 サラの気合の入った声と共に、その拳が『蟲毒』の胸元へと吸い込まれていく。

 バッッッギィィィィィンッッッ!!!!!! と凄まじい音が鳴り響いた。

 サラの拳がダメージの蓄積された『蟲毒』の鎧を打ち砕き、生身の体へと拳を叩き込んだ。そしてそこで勢いを止める事はなく、そのまま『蟲毒』の胸を貫き、心臓をグチャグチャに潰した。いくら中級魔族といえど心臓を潰されれば絶命する。アーサーは勝利を確信した。

 それなのに。


「嘘でしょ……」


 腕を引き抜いたサラの顔は驚愕に染まっていた。

 心臓を潰したはずの『蟲毒』は動いていた。弱々しい動作だが、確かにその足を進めていた。


「そんな……確かに心臓を撃ち抜いたわ! 動けるはずがない!!」

「いや……」


 他の四人が驚いている中で、アーサーだけはそんな風に呟き、未だに動いている『蟲毒』へと近寄る。


「アーサー!? 危険よ!!」

「大丈夫だよ」


 サラの警告を聞かず、アーサーは『蟲毒』に直接触れて言う。


「……こいつは元々、死んでいたんだ」

「えっ……」

「そもそも魔族が『ゾディアック』の科学製品を使うはずがない。それを付けてる時点で気付くべきだった。この鎧は防御力の強化なんかじゃなくて、死んだ体で戦い続けるためのものだったんだ。……だから今日のこいつは一言も喋らなかったんだよ。本来のこいつならテレフォンパンチを繰り返したりしないし、ここまでするのにもっと手こずったはずだ」

「そんな……じゃあどうやって止めるのよ! 体を完全に消し去らなくちゃいけないじゃない!!」

「いや、死んでいても心臓は重要な役割を果たしていたんだろう。こいつにはもう攻撃する力はない、設定されてた通り『アリエス王国』を目指してるだけだ。このまま放置してても害はないよ。……でも」


 アーサーは『蟲毒』の安全性を語ったうえで、アレックスの方を向いて言う。


「あいつの胸の傷口から電気を流し込んでくれ。体内からなら電気が通るはずだ。高電圧ならあの鎧の機能を奪えるかもしれない」

「壊すのか? このままでも害はないんだろ?」

「このまま死んでるのに生きたように動き続けるなんてあんまりだろ。頼むからやってくれ」

「……分かったよ」


 アレックスは剣を『蟲毒』の胸の中に突っ込み電気を流す。数秒後に肉の焦げた匂いが漂ってきて、煙を上げながら『蟲毒』の体が前に倒れた。それは今度こそ本当に息の根が止まった合図だった。


「……」


 こんな手段に出たのは彼の意志だったのか、それともヴェルトに嵌められたのか、それは分からない。

 けれどこの勝利は、気分の良いものではなかった。いや、そもそも戦争において気分の良い事なんてないのかもしれない。そんな当たり前の事を思っていると、アーサーの持つマナフォンから雑音が流れてきた。


『……んだ、……つは……!』


 その声は精鋭部隊のリーダー、エンシオのものだった。

 アーサーはマナフォンを取り出して耳に当てる。


『どうしました、エンシオ様。そちらで一体何が!?』


 するとメイド部隊とも繋がっているらしく、ヴェロニカの声が聞こえて来た。


『あ、ああ。横に流れた魔族を倒していたら、急に二メートルくらいある人型の機械が現れた。攻撃らしい攻撃はしてこないが、向かってる方向は宮廷の方だ。放っておく理由はない、すぐに攻撃する。通信はこのまま繋いで戦況を教えるから、しくじった時は頼む』

「人型の機械……? 待て、それどこかで聞いた事があるぞ。たしか……」


 マナフォンの向こうのエンシオが駆け出す音を聴きながら、アーサーは思考を過去に遡らせていく。


『わたしが住んでる村に突然、人型の大きい機械がやって来たんです』


 少し考えて、その答えはすぐに分かった。たしかビビが人型の機械に村を襲われたと言っていたのではないか? そして、その性能についても言及していたはずだ。


『なんでかそれには魔術が効かなくて、次々にみんなが殺されて……わたしはママが川に突き落としてくれて助かったんです』

「……ッ!?」


 そこまで思い出して、アーサーはすぐにマナフォンに向かって叫んだ。


「……ダメだ。あんた達じゃ絶対に勝てない! そいつにはきっと、魔術が効かない!!」

『食らえ!!』


 遅かった。

 アーサーが叫んだ時には、エンシオ達はすでに魔術を放っていた。

 それが命中して歓喜の声がマナフォンから聞こえてくる。しかし、そのすぐ後にはその声が絶望した声に変わった。


『……嘘だろ。俺達の魔術が効いてないのか!?』

『エンシオさん! もう一度総攻撃しましょう! 次で倒します!!』


 そしてそのすぐ後に、思わずマナフォンを耳から遠ざけるほどの轟音が轟いた。それはきっと、エンシオ達のものではない。先程の音とは明らかに音量が違ったからだ。


「エンシオさん!? 聞こえてますか、エンシオさん!!」

『……ヤツ、は……』


 しばらく呼びかけると応答はあった。しかしその声には先程までの一切の覇気がなかった。


『俺達の……魔術の、魔力を吸って、砲撃を……ッ』


 途切れ途切れの言葉を残して、通信はそこで切れた。敵がマナフォンを破壊したのだろう。エンシオとは二度と通信は繋がらない。


「……アーサーさん、どうしたんですか……?」

「……精鋭部隊がやられた」


 不安そうな顔で訊いてくるシルフィーにそう答えると、アーサーはマナフォンをスピーカーモードにして、今のを聴いていたもう一人に話しかける。


「ヴェロニカさん、今の通信」

『はい、はっきりと聴いていました』

「次に俺達がするべき事について意見は?」

『本当に魔術が効かないなら、我々に勝利はありません。すぐにでもフェルト様を連れて撤退するべきでしょう』

「俺も同感だ」


 流れるような確認の作業だった。

 そこまでの意見は一致していた。であれば、その後に続く言葉も互いに分かっていた。


「俺達が時間を稼ぐから、その間に避難を」

『私達が時間を稼ぎます。ですからその間に避難して下さい』


 二人ともほぼ同時にそう言った。両者は予想通りの物言いに溜め息をつきながら続ける。


「こっちには魔術以外の攻撃手段もある。俺達が適任だ」

『そちらにはシルフィール様がいます。万が一犠牲になった時のリスクが大きすぎます』

「アンタらはこの国に必要だ。リスクは部外者の俺達が負うべきだ」

『あなた達は客人です。これ以上危険な目に遭わせる訳にはいきません』

「……埒が明かないな」

『……埒が明きませんね』


 どうやって言い負かしたものか考えていると、ヴェロニカが先に言葉を発した。


『……分かりました。これから交戦するので、また後で連絡します』

「ちょっ、ヴェロニカさん!?」


 ヴェロニカはアーサーの言葉も待たず、それだけ言い残して一方的に通信を切った。

 仕方なくアーサーもマナフォンを仕舞うと、状況の変化にいち早く結祈が気付いた。


「……アーサー。主戦場から外れて来た魔族がこっちに来てる。向こうも気になるけど、こっちも対応しないと」

「……分かった。サラは後方で待機しながら回復、俺とアレックスと結祈で迎え撃つぞ」

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