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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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76 蟲毒

 戦争が始まり、アーサーの二つの策が上手くいった時点で、この戦争の五割方は勝利が決まっていた。現状の魔族とエルフの戦力が同等だとしても、連携の錬度と数の優位で時間がかかってもまず間違いなく勝てるからだ。

 そして、アーサー達は残りの五割を埋めるため森の中で動いていた。つまり中級魔族とヴェルトの事だ。ヴェルトに関しては結祈の魔力感知に引っ掛からないため一旦保留にして、今はとりあえず感知できる中級魔族へと向かっていた。


「敵の情報を確認するぞ」


 アーサーは走りながらそう切り出した。


「敵の魔術は暫定的に『虫化(ちゅうか)』。サラの『獣化(じゅうか)』に似て、体の部位を登録した虫の物に変えられるんだと思う。分かってるだけでハエ、それからとてつもない硬度を持つ黒い虫だ。他にも別の虫があると考えて良い」

「それで、当然対応策は考えてんだろうな?」

「七日前には考え付いてた。でも、完成してるかどうかは俺も知らない」

「完成?」


 首を傾げるアレックスを無視して、アーサーはサラへと目を向ける。


「サラ、コークスクリューは完成したのか?」

「……あんた、あたしが何の練習してたのか知ってたの?」


 ここ一週間は結祈との秘密の特訓のつもりだったため、それが知られていた事に少し恥ずかしい気持ちになるサラ。しかしアーサーは首を振って、


「見てないし知らなかったけど、お前の魔力適正が『風』ってのは知ってたし、あの本を渡した時から威力重視でコークスクリューを選択するのは分かってた。それで、完成はしたのか?」


 アーサーがそう訊くとサラは微妙な顔をして、


「……まあ、三割くらい? 打てるには打てるけど、まだ完成はしてないわ。パンチのスピードも少し遅いから、普通に撃ったらまず躱されるわ」

「つまり足止めできれば打てるんだな? シルフィーの拘束魔術を使ってあいつを拘束できれば全部解決だ」

「でも、あたしのパンチだって効くか分からないわよ? 前のほら、あんたが後から言ってた『ドラゴンジョルトブロー』ってやつ? 全く効かなかったじゃない」

「効いてたよ」


 サラの不安を払拭するための方便ではなく、何か強い確信を持って断言した。


「……何でそう言い切れるのよ」

「だってあいつ、動かなかっただろ。俺が声を上げるまで無防備なサラに反撃しようともしなかった。ダメージは間違いなくあったんだ」

「……でも」

「サラ」


 サラがまた何かを言おうとする前に、アーサーはサラの名前を呼んで止めた。


「信じろ」

「……っ」


 陳腐な一言だった。

 根拠に乏しい言葉だった。

 それでもサラは、そのたった一言でこれから言おうとしていた事の全てが吹き飛んでしまった。


「俺だけじゃない。結祈とシルフィー、それにアレックスだっている。お前は一人であいつに立ち向かう訳じゃない」


 そう言ってアーサーはウエストバッグの中に手を突っ込み、視線をサラから遠くに捉えた目的の敵に移す。


「お前の一撃をあいつに届けるのが、今回の俺達の役目だからなあ!!」


 そうしてアーサーは『モルデュール』、アレックスは『雷弾(らいだん)』、結祈は何枚もの硬化した葉をその敵、中級魔族『蟲毒』へと放った。

 まずアレックスの『雷弾』が着弾し、次いで結祈の硬化された葉が直撃、最後にアーサーの『モルデュール』が起爆された。

 先制攻撃には成功したが、一切気は抜かない。この程度で倒せるような敵なら、そもそも苦労はしていない。

 その予想通り、すぐに土煙の中から傷一つ付いていないその姿が現れる。以前見た時とは違い、全身に直接黒色の鎧を纏っていた。


(サラの拳を警戒しての防御力アップか……?)


 しかしその答えにはアーサー自身でさえピンと来なかった。ダメージが通っていたとはいえ、前回のままで防御力は十分だったはずだ。つまり鎧には別の用途がある、そんな気がしてならない。


(でもこっちの方針に変わりは無い! サラの拳であの鎧ごと打ち砕けば良いだけだ!!)


 覚悟を決めるとアーサーはシルフィーの名前を叫んで魔術の発動を促す。シルフィーは手筈通り『氷結固定(アイスロック)』『風纏拘束(ウィンドバインド)』『天鎖拘束(チェーンバインド)』のお馴染み三重拘束魔術を放つ。格下とはいえ、同じ中級魔族であるソニックをしばらく拘束できた魔術だ。『蟲毒』でも数秒は拘束できるだろう。

 その隙にサラが必殺の一撃を放つために『獣化(じゅうか)』で拳をドラゴンのものに変えると、『蟲毒』の懐に飛び込む。力を溜め込むように拳を捻って畳みこみ、足から腰、肩を通って回転の力を腕へと伝えていき、拳を捻りながら『蟲毒』へと打ち込む。

 大太鼓をバチで思いっきり叩いた時のような衝撃が響いた。

 サラは殴った感覚で、それがユーティリウム製の鎧でない事を感じた。どうやら鎧も『蟲毒』の魔術の影響下にあるらしく、黒色なのはユーティリウム製なのではなく『虫化』による身体硬化だったのだ。けれどそれでも、サラのコークスクリューは『蟲毒』の鎧を砕く事はできなかった。

 しかしサラはその結果に驚きもせず、七日前とは違ってすぐに後ろに引いた。アーサーはすぐに彼女に声をかける。


「行けそうか?」

「ええ。少し焦ったせいで捻りが甘かったわ。奥の手もまだ出してないし、今のは実戦投入に対する調整とウォーミングアップよ。何発か打てば絶対に撃ち抜けるわ」


 サラが拳の感触を確かめていると、『蟲毒』の方にも変化があった。シルフィーの拘束魔術を強引に解きながら、掌の真ん中に穴の開いた両手を前に突き出したのだ。

 そしてアーサーがその意味を考える暇も無く、その手のひらから高出力のガスのようなものが噴き出した。いち早く反応した結祈がアーサーを、サラがシルフィーを抱えて攻撃直線状から避ける。アレックスは『纏雷(てんらい)』で自己強化して自力で逃れていた。


「くそっ、なんだ!? 『火』と『水』の複合魔術か!?」


 アーサーは魔族一人当たり、一つの魔術しか使わないと踏んでいた。長老から聞いていた話がそうだったし、これまで戦って来た魔族は皆一様に一つの『固有魔術(オリジナル)』しか使って来なかった。

 それなのにこの局面で敵に使える手札が増えるとなると、状況はかなり悪くなる。今の噴出攻撃だけならまだしも、他にも魔術を隠し持っていたら手の打ちようがなくなる。

 しかしアーサーのそんな不安を払拭するように、結祈が言う。


「違うよ。ワタシとサラは勘で躱しただけで、魔力の反応は無かった。あれも多分『虫化』の一つだよ」

「うそだろ……。あんな事できる虫なんて聞いた事ないぞ」


 といってもアーサーだってこの世の全ての虫の特性を把握している訳ではない。向こうが使ってきたという事は、どこかにはそういう虫がいるのだろう。

 サラの『獣化』と同じかそれ以上の『虫化』の汎用性。これでは複数の魔術を使えるのと何ら変わりない。


「それでこの後はどうする? もう一度シルフィーの拘束魔術を使うの?」


 結祈の言っているのは、ここに来る前にアーサーが出していたプランだ。サラの拳が届くまでシルフィーとの拘束魔術の連携を続ける。単純だが、一番効果的だと踏んでいた策だった。

 しかし。


「……いや、接近した状態でさっきのを食らったらヤバい。まずは遠距離であいつの装甲の削ろう」

「それでしたら良い魔術があります」


 サラと別方向に逃げたシルフィーが、合流するなり自信ありげに言った。そして先程の『蟲毒』のように相手に掌を向けると、その魔術を発動する。


「『徹甲光槍(ライトニングピアス)』!!」


 シルフィーが放ったのは『光』と『雷』の複合魔術の槍。貫通力のある青白い光の槍が、小さな雷を纏いながら凄い速さで『蟲毒』へと向かって行く。

 元々鈍重な『蟲毒』が避けられる訳もなく、それは胸の中心に着弾した。けれど単発では堅い鎧は貫けなかった。シルフィーは続けて同じ魔術を発動して追撃する。


「……なるほど、『光』と『雷』で貫通力のある槍を生成してるんだ……無駄のない良い魔術だね」


 アーサーの傍らで呟いた結祈の瞳は、深紅色になっていた。そしてシルフィーと同じように手のひらを前に突き出して、


「少し借りるよ、シルフィー。『(フェイク)徹甲光槍(ライトニングピアス)』」


 いとも簡単にシルフィーの魔術をコピーして使った。それもシルフィーのように一つではなく、一度に五つの槍を作って射出している。


(……おかしい)


 二人の魔術は一つも逸らさず『蟲毒』に当てている。サラも手ごたえを掴んでいるし、順調と言えば順調だ。

 しかし、だからこそ嫌な予感が拭えない。アーサーは何度も直に対決しているから分かる、中級魔族を倒すのはそんなに甘い事ではない。

 そしてその不安を的中させるように、ついに中級魔族が動いた。

 腕を振りかぶり、地面へと叩きつける、たったそれだけのアクションで。


 ズガッッッ!!!!!! と地面が割れた。不規則に盛り上がった地面の上にいた五人は、全員空中へと投げ出された。


 一撃でそれを起こせるとてつもない怪力、しかしアーサーにはそれを引き起こせる虫に心当たりがあった。


(アリの怪力か! これだけは予想通りだけど、やっぱり異常だ!!)


 サラの『獣化』は元の破壊力をそのまま再現する。それはサラの背が大きかろうが小さかろうが関係ない。しかし『蟲毒』の『虫化』は違う。虫の力を彼の巨体まで大きくした時の力を再現しているのだ。


(あんなのまともに食らったら一撃で全身の骨が砕かれるぞ!!)


『蟲毒』の怪力にゾッとするが、事態はそれだけで終わらない。

 アーサー達は今、無防備な空中にいるのだ。敵がそれを見逃す訳がない。

 再び掌を空中の五人へと向ける。


「まずっ……!」

「―――『雷光纏壮(らいこうてんそう)』!!」


 しかし『蟲毒』が行動に移るよりも早くにアレックスが動いた。

 最初に一緒に空中に上げられた地面に足を着けて加速し、他の四人を順番に足場にするようにして蹴り飛ばす。

 超高速で動いているアレックスの蹴りを食らった痛みは相当のものだったが、贅沢は言ってられない。アレックスの機転で『蟲毒』の噴出攻撃が撃ち出される前には五人とも射線上から逃れられた。

 けれど今のだって何度できるか分かったものではない。というかそう何度も今の蹴りを食らっていては、それなりにタフネスのあるアーサーやサラはともかく、小柄な結祈やタフネスの無いシルフィーは魔族にやられる前に倒れてしまう。


(それを防ぐには、まず向こうの武器を奪わないと!!)


 アーサーはウエストバッグの中に手を突っ込んでユーティリウム製の短剣を取り出すと、噴出攻撃で巻き上がった土煙の中に自ら飛び込んでいく。


「アレックス! ヤツの左手の掌を斬れ!!」


 聞こえてるかどうかも分からずに叫び、アーサーも『蟲毒』に向かって走る。

 やがて土煙が晴れてくると、目の前でアレックスと『蟲毒』が近距離で戦っていた。しかし『蟲毒』は魔術の効果で高速戦闘のできるアレックスに付いて行けておらず、アレックスはアーサーが指示した通りに左手の掌を斬り裂いた。

 アーサーは内心でアレックスに賛辞を送り、アレックスに気を取られている『蟲毒』の右手の掌を短剣で深々と斬り裂く。こういう時に魔力感知に引っ掛からない利点が生きてくる。しかし、いつまでも近くにいたらさすがに殺されるので、ついでに『モルデュール』を置いてさっさと離れる。


「お土産だ。受け取ってくれ」


 十分な距離を取るとすぐに『モルデュール』を起爆する。『蟲毒』が鈍重な動きだからこそできたが、その爆破ではダメージはほとんど入っていない。けれど両手の掌を斬るという目的は達した。これで噴出攻撃は封じられたはずだ。


「結祈、シルフィー! 『徹甲光槍』!!」


 アーサーの声で二人が光の槍で追撃をする。いくら防御力の高い『蟲毒』とはいえ、いい加減ダメージを蓄積できたと判断し、満を持して結祈が彼女を送り出す。


「そろそろ出番だよ、サラ」

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