表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
73/576

70 対策会議

 大規模な魔族の進行から休む間もなく、彼らは円卓のある会議室に集まっていた。

 フェルトと彼の陣営に残っていた三人のエルフ。それからシルフィー、アーサー、アレックス、結祈、サラの九人で円卓を囲み、七日後への対策を考える。

 皆一様に疲労の色が見える中で、最初に声を出したのはフェルトだった。


「それで、どうするか……」

「今回の戦闘で兵士の損害も大きいです。まずは市民から兵士を募っては?」

「私もそれが良いと思います。魔族を相手にするなら、一体につき三人は欲しい所です。次も同じ規模なら数が足りません」


 フェルトに意見をしたのは双子のエルフ、マークとマイクだ。国王がネストの頃からの重臣で、ヴェルトの誘惑にも負けなかった信頼できる二人だ。


「いや、それはどうだろう。元々三人というのは連携が取れているのが前提だ。数だけ揃えてもたった七日で連携を叩き込むのは難しいと思うが」


 その二人の意見に難色を示したのはフェルト陣営最後の一人、長命のエルフでもかなり歳を取っているハンジだ。後ろで束ねられている白髪や顔にあるシワから、見た目だけなら婆様と同じくらいの年齢に見える。


「ふむ……。君は何か考えがあるか? 魔族との交戦経験なら、この中では君が一番だろう?」


 そう言ってフェルトが視線を向けたのはアーサーだった。八人から視線を一斉に向けられて、アーサーは天井を眺めながら考えてから答える。


「うーん、そうですね。兵士の増員に関してはハンジさんと同意見ですね。それから聞きたいんですけど、こちらに残っている戦力と推定される魔族の数はどれくらいですか?」

「七日後には戦線復帰できる軽症者を含めて約二〇〇人だ。魔族は今回五〇体攻めてきた、次は同じだけの数を揃えて倍と考えても一〇〇体が良い所だろう。魔族も我々と同じで数に余裕はないだろうからな」

「つまり安全に対応できる魔族は六〇人が限度ですね。残りの四〇人を何とかできれば勝機ができる、と……」


 唸りながら考えるアーサーの様子に、サラが手を上げて発言する。


「下級魔族を何とかできたとしても、中級魔族はどうするの? あいつを何とかしないと勝機なんてないわよ」

「……あいつか」


 サラのその発言に、アーサーは思い出したように苦い顔をする。


「やっぱり、あいつとの戦闘は避けられないよなあ……」

「けれど同じ中級魔族でも、私達三人と結祈さんは一人ずつ倒せましたよね? 同じようにはいかないんですか?」

「無理よ。シルフィーだってあの魔力を受けたでしょう? 戦力差は歴然よ」


 シルフィーの素朴な疑問に、サラは即答した。しかしシルフィーの方はまだ納得ができていないらしく、顎に手を当てて考える。


「……そう考えると不思議ですよね」

「? なにが不思議なのよ」

「アーサーさんとアレックスさんは知ってると思いますが、『ゾディアック』を守る結界は弱まっていて、中級魔族でも侵入を許してしまいます」


 シルフィーが秘匿事項をさらりと口にする。その事にフェルトが頭を抱え、知らなかった結祈とサラは驚いた顔をするが、シルフィーは構わず続ける。


「けれど、さすがに上級魔族や魔力の高い中級魔族は通れないはずなんです。それなのにあのレベルの魔族が入ってるのが不思議で……」

「ああ、その仕掛けならもう解けてるよ」


 さらりと言ってのけるアーサーに再び八人の視線が集中する。それを自覚しながらアーサーはその仕掛けについて答えていく。


「高い魔力が邪魔で入れなかったから、あいつは多分、魔力をギリギリまで使い切ってから結界を越えたんだ。後は『ゾディアック』に入ってから魔力を回復すれば良いだけだ。だからヴェルトのヤツは七日間も時間を空けるんじゃないのか? 魔力が十分に回復するように」

「……ですが、そんな事が本当に可能なんですか?」

「それは分からない、あくまで仮説だからな。もしかしたらヴェルトの野郎が上手い事手引きしただけかもしれない。でも今重要なのはあいつがどうやって入って来たかじゃなくて」

「あいつをどうやって倒すか、でしょ?」


 アーサーの言葉を取って、サラが深刻そうな顔で言った。アーサーはそれに頷いて続ける。


「一応考えはある。上手く行けば、誰一人犠牲を出さないで済む方法だ」

「そんな方法があるのか!?」


 アーサーの言葉に一番反応したのはフェルトだった。他の七人も期待の眼差しでアーサーの次の言葉を待つが、当の本人は浮かない表情だった。

 やがて躊躇いながら、アーサーは重い口調で言う。


「……国と森の境界地点に、大量の『炸裂の魔石』を配置します。あれは多ければ多いほど爆破の威力が増します。ヤツら来た瞬間に俺が遠隔起動をすれば、最初の時点でいくらかの戦力は削げるはずです」

「……なんだって?」


 フェルトが間の抜けた声を上げる。

 エルフにとって森は重要なものを意味する。アーサーはそれを自ら破壊する策を提案したのだから当然の事だろう。

 それはアーサーにも分かっていた。分かっていてなお、言葉を止めない。


「それからもう一段階魔族の数を減らす方法がありますけど、これは今言った方法よりも酷い。一応提案しますけど、判断はフェルトさんに委ねます」


 それから次にアーサーが提案した方法は、今しがた言った方法よりも本当に有り得ないものだった。そのあまりにも突飛な策に、その場にいた全員が絶句する。

 そんな膠着状態がしばらく続き、やがてフェルトが口を開いた。


「……本気なのか?」

「これが国家的に有り得ない策なのは重々承知です。ですが、俺には犠牲を出さないで戦争を終える方法はこれしか思い付きませんでした」

「……」


 フェルトは真剣な表情のアーサーを正面から見据えて、やがて諦めたように浅い溜め息をついた。


「……君はひねくれた軍師に向いているな」

「それは誉め言葉として受け取っておきますよ」

「……分かった、君の言う策に乗ろう」

「フェルト様!?」

「君の言いたい事も分かるよ、ハンジ。しかし魔族との交戦経験において、この場には彼の右に出る者はいないんだ。策に乗るだけの価値はある」

「ぐっ……分かりました。あなたに従います」


 ハンジが反対意見を引っ込め、それを見ていたマークとマイクも渋々といった感じで了承した。

 それで今後の方針は決まった。

 アーサーは必要な物をフェルトに要求する。


「まずフェルトさんには大量の『炸裂の魔石』と、できればで良いので少量のユーティリウムの破片を集めて下さい」

「それだけで良いのか……?」

「はい。細かい策は後で詰めるとして、今はそれだけで十分です。それからサラ、お前にはこれを」


 そう言ってアーサーがサラに渡したのは一冊の本だった。けれどそれは小洒落たものではなく、赤いカバーで表紙にはボクシングの文字が刻まれていた。


「……何よこれ」

「本当は『タウロス王国』で買いたかったけど、無理だったからヴェロニカさんに頼んで借りたボクシングの本。俺は昨晩の内に一通り目を通したから、お前もこれ読んでパンチの打ち方を覚えろ」

「何で私がそんな事を!?」

「お前のドラゴンの拳は中級魔族にも有効だ。それに意識してなかったかもしれないけど、あの打ち方はジョルトに近かった。お前はそもそも足技をあんまり使わないし、きっとボクシングと相性が良いと思う」

「そんな事言ったって、たった七日で会得できるとは思えないんだけど……」

「別にマスターしろとは言ってない。今よりも少しまともになれば良い程度だ。勿論、良いパンチがあったら覚えるに越したことはないけど」


 サラは渋々といった感じで受け取り、ページをパラパラとめくり始める。初めはそんな感じだったが、次第に興味を引かれ始めたのか会議そっちのけで読書に没頭してしまう。


「……では今日の会議はここまでだ。これから準備に入る。必要なものがあれば順次教えてくれ。可能な限り用意しよう」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 とにかく今日は色々あり過ぎた。

 会議が終わり、アーサー達は寝室へと戻った。部屋に入るなりベッドに飛び込むアレックスをよそに、他のみんなにはゆっくり休めと言っていたアーサーはヴェロニカに借りた本が積まれている机に向かう。


「……テメェ疲れてねえのか?」

「疲れてるに決まってるだろ。でも眠れないのにベッドに飛び込んだってしょうがない。七日後の事を考えるよ」

「そういやお前、どういうつもりだよ」

「ん? さっき提案した策の事か? だって他に良い方法が思い付かなかったんだからしょうがないだろ」

「そっちじゃねえ」


 そう言ってアレックスはベッドに横になったまま、顔だけアーサーに向ける。


「どうしてサラにボクシングの本なんて渡したんだ? あいつのスタイルには合ってると思うが、まさかあいつを中級魔族とぶつける気か?」

「何言ってるんだ? 中級魔族と戦うのは俺達全員だよ」

「……なに?」


 アーサーのその発言にアレックスはベッドから体を起こした。アーサーの方も机からアレックスの方に体を向ける。


「エルフのみんなには下級魔族を相手してもらう。その間に俺達は中級魔族を潰すんだ。それが俺の誰も死なない策だよ」

「……お前、それマジで言ってんのか?」

「ああ。まあ流石にエルフからもいくつか遊撃専用の部隊を出して貰うつもりだけど、やっぱり中級魔族は俺達がメインだな」

「ふざけんな! 今更戦う事に文句は言わねえが、さすがに無謀が過ぎるだろ! 俺達って四人の事だよな!? お前とサラとシルフィーがいて傷一つ追わせられないヤツなんだろ? それをたった四人で相手しろってのか!?」

「……お前何か勘違いしてるな」


 アレックスが散々喚いた後で、アーサーはそんな風に言う。

 その言葉にアレックスも安心したように、先程までの不安を笑い飛ばして、


「そ、そりゃそうだよな! いやー悪かったぜ。いくらお前でも四人で挑むとか馬鹿な事は言わねえよなあ!!」

「いや、それは本当」


 一縷(いちる)の望みを失い、ガクッとうなだれるアレックス。

 彼は恨めしそうな顔でアーサーを睨みつけながら、


「じゃあ何が勘違いだっていうんだよ……」

「結祈とサラの実力だよ。特にサラの」

「……どういう事だ?」


 心底分からないといった感じのアレックスに、アーサーは呆れに近い溜め息を吐いて、


「結祈は俺達が戦った魔族、グラヘルって言うらしいんだけど、あれくらいの実力なら単独で倒せる実力があるし、それはサラも同じなんだよ」

「サラも?」

「ああ、そもそも俺達の中で一番破壊力があるのはサラだ。今はパンチの打ち方にムラがあって力が分散してるけど、俺が思い浮かべてる理想のパンチが打てるようになれば、それこそワンパンで魔族に勝てる。俺達が出会った中級魔族に勝つには、サラの破壊力が絶対に必要だ」

「思い浮かべてるならテメェが教えてやれば良いじゃねえか。なんでわざわざ本を渡すなんて回りくどい事したんだ?」

「俺が教えたらそこで思考が止まるだろ。あいつには俺が考えてる以上のものを身に着けて欲しいからな」


 そこまで説明し終えると、アレックスは再びベッドに沈んだ。今度は仰向けのまま天井を見つめて、アーサーに言葉を投げかける。


「だけどよ、たった七日間で本当にサラがそこまで成長できるのか?」

「俺はそう信じてる。昔、じーさんが俺達に剣を教えようとしてた時、俺はすぐに外されただろ? あれ、じーさんには分かってたんだ。俺には剣を扱う才能が無いって事を」

「それがどうした?」

「つまり、俺もそれと同じように直感的に分かったんだ。サラは原石なんだよ、磨けば近接ならどんなヤツにも勝てるポテンシャルがある」

「……」


 この旅を始めてから、アレックスはアーサーが普通からかけ離れていると感じていた。

 いつも当然のように受け入れているが、そもそも魔族やドラゴンを倒す策を、極限状態の中でポンと閃く方が不自然なのだ。どんな状況でも慌てふためく事も無謀に突っ込む事もしないその部分が、アーサーの才能ではないかとアレックスはなんとなく思った。


「……なんか、テメェに魔力が無え理由が分かった気がするぜ」

「?」

「テメェみたいな危険な思考で魔術をポンポン使われたらたまらねえからだ。天は二物を与えずって事だろ」

「……一物も与えられてない気がするんだけどなあ」


 そしてその才能に、きっと本人は気付いていない。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 そしてその頃、別室では。


「ねえ結祈、お願いがあるだけど」

「どうしたの?」


 アーサーから借りたボクシングの本を一通り読み終わって、サラは休む事もせずさっそく実践するために外に出ようとしていた。


「私って『風』の適正があるけど、まともな魔術は一つも使えないのよ。良い機会だし簡単な魔術でも覚えようと思うんだけど、ちょっと教えてくれない?」

「ワタシに?」

「ええ、先日風呂場でアレックスを吹き飛ばした魔術は素直に凄いと思ったわ。あんな感じで使いたいのよ」

「まあ、ワタシで力になれるなら良いけど」


 そうしてアーサーの希望通り。

 サラは次のステージに昇っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ