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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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69 最強の敵

 中級魔族を倒したのは喜ばしい事だが、それで全てが終わる訳ではない。アーサーとシルフィーはソニックから逃げる過程でヴェルトを捕らえ損なっている。その点で言えば、サラと合流できたのは僥倖(ぎょうこう)だった。彼女のストーカードッグの嗅覚を頼りに、ヴェルトを探し出す。

 そうしてヴェルトのもとに辿り着くと、意外な事に彼はソニックが現れた場所から動いておらず、何かを待つように窓の外を眺めていた。そんな彼がアーサー達の存在に気付くと、忌々し気に舌打ちする。


「たかが二、三人にやられるとは情けないヤツだ」

「あんたよりは根性あったけどな」


 紛いなりにも協力関係だった者の死に最低な物言いをするヴェルトに対し、アーサーは拳を握り締めて相対する。


「なんで魔族を手引きした」

「それをわざわざお前に言う理由は無いな」

「いいから質問に答えろ!」

「……」


 叫ぶアーサーを冷ややかな目で見て、ヴェルトはチラリとシルフィーの方を一瞥してから口を開く。


「俺の目的のためだ」

「目的……?」

「……不老不死とダークエルフの戦闘力の事か?」


 シルフィーには心当たりが無いようだったが、アーサーはクロイヌに聞いてそれを知っていた。答え合わせをするように口にする。


「なんだ、知っていたのか。ならわざわざ説明しなくても良いな」

「……どういう事ですか?」


 まだ話が見えていないシルフィーとサラはアーサーへと疑問の顔を向ける。


「……ヴェルトはハーフエルフから不老不死の霊薬を作るために、おそらく『ポラリス王国』と裏で繋がってるんだ。それから魔族を凌駕する力を持つと言われるダークエルフを作るために魔族とも繋がってる。今回の魔族の進行もその一環なんだ」

「そんな目的のため……そんな目的のために、多くの犠牲が出ると知ってて魔族を手引きしたのですか!?」

「そうだが、何か問題があるか?」


 同じ親から生まれる兄妹でこうも考え方が変わるのか。シルフィーとヴェルトの間には、見えないけれど深く明確な溝があるような気がした。

 同じ種族のエルフとは敵対し、別の種族とは繋がりを持っているヴェルトの核が、アーサーにはまったく見えなかった。そこには『タウロス王国』で出会ったフレッドに通じるものがあった。


「……こうして面と向かって話すのは初めてだけど、やっぱりお前みたいなヤツは気に食わないな」

「ほう、どの辺が気に食わないんだ?」

「不老不死も戦闘力も根拠が無いものだ。でもそれを研究するだけで『ゾディアック』には混乱が生まれる。たとえ可能性だけでもそれほどの魅惑があるからな。でもお前はそうやって自分で生み出した混乱で人死にが出ても、今みたいに俺には関係ないって面をするんだろ? その辺りが気に食わないって言ってるんだ!!」


 少なくとも自分が関わった人達には不幸になって欲しくないから、アーサーはここに立っているのだろう。何の義理も無い『アリエス王国』に留まってシルフィーに力を貸すのは、そういう思いがあるからだ。

 だが、ヴェルトはアーサーの言葉を聞いて失笑した。

 小刻みに肩を震わせて本当におかしいものを見たように、アーサー達からは不気味にしか見えない笑みを浮かべて、


「お前がそれを言うのか?」


 ……嫌な予感がした。

 追い詰めているつもりが逆に追い詰められていたような、そんな奇妙な感覚だった。

 今まで以上に緊張した面持ちで構えるアーサーに対して、ヴェルトは糾弾するように、


「俺のやっている事なんて、中級魔族やドラゴンを早々に排除する事で、『ゾディアック』に生じる犠牲を最小限に留めようとしたお前よりはマシだと思っているんだがな。だってそうだろう? お前は自分が成した事の意味を考えていない、俺よりもタチの悪い悪党なんだからな」

「なに、を……」


 アーサーがその言葉の真意を聞き出そうとした時だった。

 カツーン、と甲高い音がその場所で響いた。

 ヴェルトの後方から三メートル近くはある大柄な体躯の男が悠然と歩いて来たのだ。独特の魔力の感覚で、中級魔族というのはすぐに分かった。いつもならソニックの時みたいに、すぐになんかしらの行動を起こしているはずだが、この時は違った。


(……なんだよ、これ)


 その禍々しい異常な魔力は、グラヘルやソニックの非では無かった。何もされていないのに体が動かなくなる。

 そしてアーサーは確信した。自分達が今まで倒してきた魔族は、格下もいいところだったのだ。しかも結界越えをしたとなると、これでもまだ魔族の下の方。未だに結界を越えられない中級魔族や、その上にいる上級魔族の力を想像すると身の毛がよだつ。

 結界が壊れた時、人類は本当に魔族を退けられるのか、と。


「もう良いのか?」

「ああ、今日やるべき用は済んだ。ソニックもやられたようだし、ここらが引き際だ」


 その魔族はアーサー達の事などまるで眼中に無いようで、ヴェルトの隣に並んでそんな事を言う。その時アーサーはようやく呼吸をしていなかった事に気付き、深く息を吸い込んで吐き出す。

 目の前の魔族は単独でも『アリエス王国』を潰せる、そんな印象を受けた。同時に何としてもここで撃退しておかなければならないとも。


「……サラ」

「……」

「サラ、聞いてるか?」

「えっ? え、ええ」


 サラも魔力にあてられて呆然としていた。アーサーよりも魔力を感知できているだろうから、目の前の魔族との戦力差を如実に感じ取っていたのかもしれない。


「さっきのあれ、もう一発撃てるか?」

「魔力は残ってるわよ」

「なら頼む。おそらく俺達の手札で効くのはあれだけだ。あいつに対する対抗策を考えられない」

「……分かったわ」


 サラは魔族に気付かれないように静かに『獣化』を使う。いや、気付かれていたのかもしれない。それでも魔族は一切こちらに注意を向けていないのだ。

 しかしアーサーにはサラの技に期待感があった。ハネウサギの加速力で全体重を乗せたドラゴンの拳。魔族を屠るのには十分以上の威力は先程立証されている。いくらあの魔族でもまともに食らえば一たまりも無いはずだ。


(行け、サラ!)


 サラはハネウサギの脚力で魔族との距離を一瞬でゼロにする。そして引き絞ったドラゴンの拳を、無防備に立っている魔族の黒光りした鳩尾へと叩き込む。

 間違いなく会心の一撃だった。

 けれど、それなのに。

 魔族の体には傷一つ付いていなかった。


「うそ、だろ……」


 倒せると思っていた。そこまで行かずとも、かなりのダメージは与えられると思っていた。それが通用しなかった事に精神的なショックがでかい。それは直接殴ったサラも同じだろう。拳を突き出した状態から微動だにしない。


「……っ、サラ! その距離は危険だ!! 一先ず退け!!」

「……ッ!」


 アーサーの言葉でハッとしたサラはすぐに後退する。魔族はその間に反撃が出来たであろうに、何もせずにただ立っているだけだった。その姿勢が余計に不気味さを際立出せている。


「……こいつらは殺さなくて良いのか?」

「ああ、問題ない。そろそろ退こう。お前もまだ本調子ではないだろう?」

「……そうだな」


 そう言うと魔族の背中からハエのような二枚の羽を生やし、ヴェルトを脇に抱えながらけたたましい羽音を響かせながら飛び立った。


「フェルトに伝えろ。七日後、俺達はこの国に戻ってくる。宣戦布告だ」


 魔族とフェルトは、ソニックが入って来た窓から外へと飛び出す。アーサーはすぐにその後を追うが、彼らはすでに追跡不可能な空へと到達していた。


「次は戦場で会おう。俺達の運命を決める戦争で」


 そうして。

 ヴェルトは最後に今日一番の爆弾を投下していく。

 アーサーはその言葉の真意について考えるよりもまず、ヴェルトを逃がしてはいけないと本能的に思った。


「くそっ! サラ、『モルデュール』をあいつらに向かって投げてくれ!!」

「え、ええ!!」


 サラはまだ渾身の一撃が効かなかった事に対するショックが抜けきっていない状態だったが、アーサーの声で体の硬直が解ける。

 そしてアーサーから渡された『モルデュール』を、『獣化』でホワイトライガーのものにした腕で空にいるヴェルトと魔族目掛けて投げる。アーサーはそれが二人の近くに行くまで目視で確認し、十分近づいたところで起爆する。

 魔族に『モルデュール』が効かない事は何度も確認しているので知っている。けれどヴェルトは例外だ。最悪怪我を負わせられれば良い程度の気持ちで攻撃したのだが、魔族の男の体が黒い光沢のあるものに変わっており、ヴェルトを抱えるようにして守っていた。狙い目だった羽も黒い光沢を放つものになっており、傷一つ付いていない。


(全身と同じように、羽も硬化して守ったのか……?)


 辛うじて分かるのはそれだけだった。

 その魔族とヴェルトはすぐに攻撃範囲外まで出て行ってしまった。空を飛べないアーサー達には追撃の術はない。つまり、ヴェルトの逃亡を許してしまったのだ。


「……サラ、あの魔族」

「ええ、分かってるわ」


 アーサーが気づいた事をサラに告げようとしたが、サラもそれに気付いていた。アーサーよりも深刻な顔で答え合わせをするように、


「あいつの魔術はあたしの『獣化』によく似てる。それに多分、力自体は向こうの方が上よ」

「……」


 意外と負けず嫌いな所のあるサラがあっさりと認めるほど、戦力差が離れているのだ。

 彼らが七日後に再び攻めてくるのは決定事項。それまでに対抗策を練らなけらば、エルフは滅びる。それは予測というより確信に近いものがあった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 今日の所は戦闘は終わった。

 ヴェルトが終わりを告げたのは本当のようで、援軍の魔族は到着する事なく来た道を引き戻していった。けれど、決して安堵できる状況ではなかった。

 七日後に差し迫った魔族の再来と、今回の戦闘で亡くなったエルフ達の確認と供養をしなければならない。

 ヴェルトを逃がした三人はアレックスとフェルトのいる謁見の間に向かった。そこに着くとフェルトの姿はあったが、アレックスの姿はどこにもなかった。


「フェルトさん、アレックスは?」

「……彼なら庭に行ったよ。魔族の死体の処理と、兵士達の遺体を運ぶ手伝いをしてもらっている」


 坦々と言っているように思えるが、さすがのフェルトにも疲労の色は見て取れた。本来なら誰もが今日はすぐにでもベッドに潜りたい気分だろう。

 しかし、アーサーは現状ではそれができない事を知っている。すぐにヴェルトに言われた事をそのままフェルトに伝える。


「そうか……七日後に、また……」

「どうしますか? こうなった今、フェルトさんが実質的なこの国のトップです。どうするか決めて下さい」

「……とりあえず、君達の仲間も先程の会議室に集めてくれ。先の事はそこで話そう」


 アーサーはサラとシルフィーに結祈(ゆき)の方を任せ、自身はアレックスの向かった庭に出る。そこには戦闘の爪痕と、倒れて動かないエルフと魔族が大勢いた。

 怪我人はタンカに乗せられて運ばれていくが、すでに事切れている者達はグレーのシートの中に入れられて運ばれていく。森から帰って来た者達は、その中に家族がいると駆け寄って涙を流していた。

 戦争がもたらすものを目の当たりにして、改めてヴェルトへの怒りが湧いてくる。

 次にヴェルトに会った時にこの思いを全てぶつけるために、この光景を目に焼き付けようと視線を巡らせていると、庭から少し離れた所で一人の少年が倒れているエルフの前で呆然と立っていた。アーサーはその少年に近付いて声をかける。


「アレックス……?」

「……」


 呼びかけても反応しないアレックスが見下ろしていた人物、それを見てアーサーにも大体の事が分かった。

 フィリップ・クレベリン。アレックスが捕まえて、唯一ヴェルトの悪行を告発した人物だった彼が、胸の中心を真っ赤に染めて微動だにせず倒れていたのだ。

 やがてそこにも無事だった衛兵のエルフ達がグレーのシートを持ってやってきて、今日何度目かの作業を淡々とこなす。その表情は凍り付いたように暗い顔色だった。

 やがてフィリップの遺体が運ばれていくと、アーサーは改めてアレックスに声をかける。


「……大丈夫か?」

「ああ……」


 今度は返事こそ返したが、アレックスの表情は暗いままだった。虚ろな眼差しで運ばれていくフィリップを見送る。

 その姿が完全に見えなくなってから、アレックスは誰に言う訳でもなく口を開く。


「……別にあいつは一〇年来の親友だった訳でもない、言ってみりゃただの他人だ。あいつは俺を殺そうとしていたし、他にも汚い事に手を出してた。こんな終わり方でも同情の余地はねえ。……が、それでも見知った顔が殺されるってのは、やっぱり気分が良いもんじゃねえな」

「アレックス……」


 アレックスは別に敵に同情するほど心根の優しい男ではない。因果応報、やったのだからやられても仕方が無いと考える男だ。そんな彼がほとんど初対面に近い彼の死にここまで感傷的になっているのは珍しい事だった。

 アーサーはそれを察して、深く踏み込む事はしなかった。代わりに気分を切り替えるようにフェルトから言付かった事をアレックスに話す。


「アレックス、行こう。フェルトさんが会議室に呼んでる。七日後の事を考えないと」

「七日後?」

「ヴェルトが宣戦布告した。七日後に魔族を連れて戻ってくる。それまでに対抗策を練らないと、今度は今日よりも酷い事になる」


 アーサーに言われ、アレックスはユーティリウム製の新しい剣を引き抜いた。しばらく刀身から目を離さなかったが、やがて顔を上げる。


「……そうだな。ヴェルトのクソ野郎には一発くらいぶち込まねえと気が済まねえ。あいつの分も一緒にぶち込んでやる」

「その意気だ」


 また誰かの想いを背負って、彼らは歩き出す。

 敵は今までで最強の中級魔族、勝算を手探りで探すところから始まる。

 どこにでもいるごく普通の少年である彼らにとっては、いつも通りに。

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