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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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68 命懸けの鬼ごっこ

 走って逃げる事しかできなかった。

 幸いソニックの高速移動はハネウサギのように直線的な動きのみで、曲がり角に入れば猶予は少し生まれた。シルフィーの案内でなるべく角を曲がりながら宮廷内を逃げ回る。


「シルフィー! 足止めの魔術って無いか!?」

「あります!」

「じゃあ頼む!」


 アーサーが頼むとシルフィーは後ろを振り向き、角からソニックの姿が見えた瞬間に魔術を発動した。


「『氷結固定(アイスロック)』!!」


 シルフィーの氷の魔術でソニックの足をピンポイントで凍らせて動きを止める。簡単にやっているが、さりげなく複合魔術を使っているし、魔術の発動地点には一切ズレが無かった。その辺りを見ると魔術の才はかなりのものらしい。

 けれどシルフィーの魔術で足止めできたのはほんの一瞬だった。ソニックは束縛された足を無理矢理動かし、氷を砕いて拘束から逃れる。


「くそっ! 足止めにすらならないのか!!」

「―――っ!!」


 アーサーは踵を返して逃走を再開しようとするが、シルフィーはソニックから目線を逸らさなかった。手を前に伸ばすと新たな魔術を行使する。


「『氷結固定』! 『風纏拘束(ウィンドバインド)』! 『天鎖拘束(チェーンバインド)』!」


 まずは先刻と同じ魔術で足を固定。その後に両手足に風の渦が纏わりついて動きを阻害。空中に現れた複数の魔法陣からそれぞれ鎖が飛び出し、それがソニックの体に巻き付いて物理的にも動きを封じる。


「む……」


 ソニックは先程と同じように力尽くで振り解こうとするが、今度の三重の拘束は簡単には解けない。


「今の内に離れましょう」

「……シルフィーってもしかして負けず嫌い?」

「……なんの事でしょう?」


 アーサーの呟きにはすっとぼけて、シルフィーはソニックから十分に離れたところで適当な部屋の中に入る。部屋を見渡すとコンロやシンクが備え付けてあり、壁には調理器具がぶら下がっている所から見てキッチンのようだ。

 ずっと走って切れた息を整えて、シルフィーは切羽詰まった表情でアーサーに問いかける。


「それで、どうしますか?」

「まずはアイツの力の確認とこっちの手札の確認だ。この部屋に何か武器になりそうなものはあるか?」

「武器と呼べるものはありませんが、そこに包丁があります」

「……は?」

「すごく良い切れ味の包丁ですよ?」

「……そりゃ良い。美味いサンドイッチが作れるな。あれって切れ味が無いと具が崩れてグシャッてなっちゃうから」


 馬鹿な事を言っている場合ではない。敵の力が高速移動なのだから、シルフィーの魔術の拘束で時間を稼げてもあまり余裕はないはずだ。アーサーはウエストバッグを開きながら口を動かす。


「結祈の話じゃ中級魔族は二人だけって事だ。つまりアイツともう一人を倒せば後は掃討戦だ。下級魔族に押し込まれるほどこの国はヤワじゃない」

「つまり、中級魔族を倒せば事態は収拾するんですか?」

「多分な」

「……ですが、本当に中級魔族を倒せるんですか?」

「やるしかない。向こうがこっちを舐めてる今がチャンスだ。アイツらがグラヘルって言ってたヤツと戦った時もそうだった」


 アーサーはウエストバッグの中身を確認する。

『モルデュール』が数個、ユーティリウム製の短剣、ユーティリウム合金のワイヤー、『炸裂の魔石』と『火の魔石』と『光の魔石』の三種類がいくつか、それとついでに言えばマナフォン。それからそこに追加されるのはシルフィーの持つ無数の魔術。シルフィーがどんな魔術を使えるのかアーサーは知らないが、とりあえず三重の拘束魔術は効果がある事を立証済み。これが彼らの手元にある武器の全てだ。

 改めて並べてみて、アーサーは不意に思う。

 何とかなるかもしれない、と。


「……守るぞシルフィー。この国とみんなを、アイツらの好きにさせる訳にはいかない」

「はい、当然です」


 改めて確認を取り、アーサーは仕掛けを始める。

 ソニックは逃げられる相手ではない。それは当然、ソニックにも分かっている。だからこそ隠れているのはすぐにバレる。最悪、魔力感知が結祈並みなら隠れている場所の特定も容易いだろう。

 つまり彼からすれば、隠れている部屋になんかしらの仕掛けをしているのは重々承知なのだ。


(つまり、俺達が勝つにはその上を行かなくちゃいけない訳だ)


 アーサーはコンロの調子を確かめながら、シルフィーに今後の方針を話す。

 そして、彼らはソニックを倒すための行動を開始する。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーと別れた結祈(ゆき)は無事に謁見の間に辿り着いた。中にはアレックスとフェルトの他に、いくつもの魔族の死体が転がっていた。いくら下級魔族とはいえ、この数を一人で屠り続けているのだから、アレックスの技量に結祈は舌を巻く。


「よう結祈、随分と遅かったな。それでアーサーの方と魔族の援軍の話はどうなってる?」

「アーサーの方は今の所大丈夫。魔族の援軍の方は少し余裕が無い」

「猶予はどれくらいだ?」

「多分、宮廷に来るまで一〇分もないよ」


 あまりの猶予の無さに、アレックスとフェルトは驚いた顔になる。


「一〇分!? ここの防衛でさえ気が抜けねえのに、そっちに対応する余裕なんざねえぞ!!」

「だから伝えに来ただけだよ。そっちの対処はワタシ一人でやるから、アレックスは引き続きここをお願い」

「……お前、一人で行く気かよ」

「『タウロス王国』でも大丈夫だったでしょ? こっちは心配しなくて良いよ」


 それだけ伝えて、結祈は謁見の間を飛び出る。そして魔族の援軍が来ている場所へ魔力感知を頼りに向かう。


「……っ!?」


 魔力感知を使った瞬間に、結祈は自分の近くにいる大きな魔力に気付いた。結祈は地下から迫っている魔族の存在も忘れ、臨戦態勢を整えて自らその大きな魔力に向かって行く。

 廊下を迷わず走り抜け、敵の姿を捉えた瞬間、両手に持った短剣で何の躊躇もなく斬りかかる。


「……まさか、中級魔族がこんな所にまで近づいてるとは思ってなかったよ」


 完全に不意を突いたと思ったが、中級魔族は両手で短剣の刃を掴んで防いでいた。


「……俺は魔力隠蔽が売りだったんだが、まさか気付かれるとはな」

「こっちの魔力感知を侮ったね」


 結祈は短剣から手を放し、手のひらから野球ボール位の大きさの炎の弾を連発で中級魔族に向かって放つ。が、それは直撃したのにも関わらず大したダメージを与えられなかったようで、グラつく事もなくそこに立っていた。


「俺は暗殺専門で直接戦闘は苦手なんだが、それでもたかだ人間一人にやられるほどヤワじゃないぞ」

「たしかに人間一人じゃ中級魔族には勝てないかもね。……でも、悪いけど今は時間がないから全力で行かせてもらうよ」


 そう言った結祈の目は、いつかアーサーに見せた時と同じように深紅色に変化していた。『魔族堕ち』としての本領を発揮するためだ。


「人間には無理かもしれないけど、見ての通りワタシは半人半魔だよ。忍術はアナタ達魔族を単独で撃破するために作られたものって聞いてたけど、それを確認する良い機会だね」

「半端者が俺を倒す気か?」

「倒すんじゃない、殺すんだよ。……アーサー達がいなくて良かった。こんな姿、みんなには見せられないから」


 結祈は中級魔族に向かって、前にアーサーに放った爆散する炎の弾を放つ―――と同時に相手の頭上に飛んで指の先から雷を落とす―――と同時に背後に回って背中側から手刀を深々と中級魔族の体内に突き刺していた。

 分身したのかと見違えるほどの連続攻撃。いや、むしろそれを受けている中級魔族には同時に攻撃されたようにしか感じなかった。暗殺専門と自ら言っていたように防御力はさほど強く無いようで、その体をくの字折る。


「「「まだまだ行くよ?」」」


 中級魔族にはその声すらブレて聞こえていた。

 そして次の瞬間には、どんな魔術をどれだけ撃ち込まれたのか理解が追い付かないほどの速度で波状攻撃が始まる。


 触れた瞬間切り刻まれる風の弾。

 刺さった傷口を焼く炎の槍。

 防御した腕ごと貫く極細の水のレーザー。

 見えない速度で飛来する光の矢。

 当たった箇所が飲み込まれて消える黒い弾。

 撃たれた瞬間体の動きが止まる稲妻。

 どこから飛んできたのかも分からない石の礫。

 食らった場所の感覚が消える瞬間凍結の右手。

 触れられた瞬間平衡感覚が消える毒の左手。

『旋風掌底』にそれぞれの魔力を練り合わせた六つの掌底。


 他にも、他にも、他にも。

 中級魔族の意識が二度と戻って来なくなるまで、結祈はその手を緩める事はしなかった。


 ……もしもこの光景を見ていた者がいたら、何と言っていただろう。

 単独ではほとんど撃破不可能な中級魔族を、まるで赤子と戯れているように簡単に撃破した彼女の事を、化け物以外のどんな言葉で表現するのだろうか。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 ソニックは三重の拘束魔術を解きながらも、魔力感知は怠っていなかった。体の自由を取り戻すとアーサー達が消えていった方向から感知できた、魔術の使用に伴う魔力の変動を機敏に感じ取り、その場所へと素早く駆け付ける。

 ソニックは目星をつけた部屋の扉の前に立って用心していた。


「魔力の変動があったって事は、何かの魔術を使ったって事だ。このタイミングで使うなら設置型の魔術か? 大方ドアを開けた瞬間にさっきの拘束系の魔術が発動する仕組みだろ」


 声を出して言ったのは、中にいるであろうアーサー達にわざと聞かせるためだ。なぜわざわざそんな事をするのかと言うと、そうやって自分達の策が通用せず、恐怖に顔を歪めている人間を狩るのがソニックの楽しみの一つでもあるからだ。

 ソニックはアーサー達の策を嘲笑うかのように、ドアではなくその横の壁へと移動する。


「つまりドアから入らなければ、お前達の策は通用しないって訳だ。グラヘルをどうやって倒したのかは知らないが、俺はアイツほど馬鹿じゃないんでね」


 そう言ってソニックは拳で壁を砕いて部屋の中に踏み込む。するとまず最初に思わず顔を背けたくなるような独特の匂いが鼻を突く。そして次―――は訪れなかった。


 ゴボアッッッ!!!!!! と。

 ソニックが部屋の中に踏み込んだ瞬間、部屋が爆発したのだ。


 その正体はいつもの『モルデュール』の爆破ではなくガス爆発だ。アーサーはあらかじめキッチンのガスを出し続けており、そこに『モルデュール』の爆発が誘爆して部屋を吹き飛ばしたのだ。

 ちなみにアーサーとシルフィーは、その部屋から少し離れた位置でその様子を窺っていた。


「やりましたか!?」

「いや、不意をついても爆発だけじゃ中級魔族を倒せないのは『ジェミニ公国』で戦った時に分かってる。アイツはまだ生きてるぞ」


 アーサーの言った通りだった。

 爆炎が少し晴れると、そこからソニックの姿が現れた。さすがに無傷とはいかなかったようで、体には目立つ傷がいくつも刻まれていた。


「……なるほどな」


 ぼつり、とソニックは呟いた。

 グラヘルに同じような事をした時は逆上していたが、ソニックの場合は冷静に今の状況を見ていた。


「上を行ったつもりが、さらに上に行っていた訳だ。……なんとなく、なぜお前のような非力な人間にグラヘルが殺せたのか分かったような気がしたよ」

「そりゃどうも」


 正直言って、逆上してくれていた方がやりやすかった。ここまで冷静だとが逆にやりづらい。アーサーは静かにウエストバッグから短剣を取り出すが……。


「遅いな」

「なっ……!?」

「ッ!? アーサーさん!!」


 反応した時には遅かった。体が宙を舞って飛んでいく。蹴り飛ばされたのだと理解したのは、地面を転がってからだった。


「素早く殺してやるつもりだったが予定変更だ。お前はいたぶって殺してやる。相当辛いだろうから覚悟しろ」

「げほっ! がはっ!! ……そ、それは勘弁して欲しいな」

「却下だ」


 アーサーは見えない速度で繰り出された足に蹴り飛ばされる。確実に内蔵を痛めた感覚があった。喉の奥から血を吐き出す。


「部屋ごと吹き飛ばすアイディアは良かったが、如何せんお前は性能不足だ。これで俺の勝ちだ」


 アーサーに近付きながら勝利宣言をし、ソニックが踵落としをする前のように足を高々と上げる。

 それを確認しながら、アーサーは呻くように呟く。


「……悪いな、ソニック」

「命乞いか? 無駄だぞ」

「そうじゃない、ただ」


 それからアーサーはこんな状況だというのに不敵に笑って、


「お前の負けだ」


 そう言った瞬間だった。

 アーサー達のいる床に大きな魔法陣が浮かび上がり、ソニックの下半身が一瞬で凍結した。


「なに!?」

「ははっ……またまた、やらせて貰ったぞ」


 ソニックが遠くで感じた魔力の変動の正体はこれだった。

 アーサー達が立っていた位置には、シルフィーがずっと魔術を待機させた状態で隠蔽してあったのだ。アーサーはソニックが逃げられないように魔法陣の中央付近にやられるフリをして誘導していたのだ。


「これが肉を切らせて骨を絶つってやつだ」

「くっ! だがこんな拘束数秒で抜けられる!! それに、そもそもお前らには俺を殺せるだけの決定打になるものはない!! 死ぬのを先延ばしにしただけだ!!」

「ああ、確かに俺達はお前を仕留められない。シルフィーの拘束魔術も効くのは数秒だけだ。かといって逃げるにしても時間が足りない」


 アーサーは立ち上がってソニックの正面に立ち、彼の言っている事を肯定したうえで、そこに重ねるようにソニックの間違いを指摘していく。


「でも、お前はグラヘルってヤツと同じミスを犯したよ。自分の能力を過信し過ぎたな」

「な、に……」

「大した防御力を持たないお前でもガス爆発じゃ致命傷にならないみたいだけど、例えば超加速の運動エネルギーを加えたドラゴンの拳を受け止めても無事でいられるのか?」


 アーサーが体を横に逸らすと、彼の後方、廊下の先に長い銀髪を持つ少女が右腕を赤い鱗が覆ったものに変化させて立っていた。


「ぐっ! お前はさっき外にいた……ッ!!」

「やっと追いついたわよ。覚悟はできてるわね!」


 その少女、サラは下半身を強靭なハネウサギのものに変化させると、一気に駆ける。

 離れた距離をミサイルのように飛んできて、右拳に全体重を乗せてソニックの顔面へと叩き込む。下半身を氷で固定されているソニックはダメージを流す事もできずに、その絶大な破壊力を真正面から受ける形になった。

 ほんの一瞬の激突のはずだったが、アーサーは確かにソニックの頭蓋が砕けた音を聞いたような気がした。

 鮮血が撒き散らされ、背骨の折れたソニックは下半身を固定されたまま後ろへと倒れて行き、体を後ろに折りたたむようにして頭を床に打ちつけた。ソニックが絶命した事は、誰の目にも明らかだった。

 アーサーは止めを刺したサラに近寄って、肩に手を置きながら言う。


「良かったな、サラ。これでお前もジャイアントキラーの仲間入りだ」

「……あんまり嬉しくないわね、その称号」


 微妙な顔をするサラだったが、偉業を成し遂げた事には変わりなかった。

 これで討伐した中級魔族は二体。あと一体の撃破で状況は好転する。

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