04 最弱の戦い方
場所は変わって家の前。
アーサーとアレックスの二人と長老の間には一○メートル程の距離が開いており、お互いに睨み合っている。
道行く人達はその光景を見ても別段気にする訳でもなく、ああまたか、とどこか納得した顔で、親切に迂回までして邪魔にならないように配慮をしてくれるほどだった。
つまり、周りの人間が慣れるほど繰り返されてきた事ということだ。
だが実際問題、アーサーとアレックスが長老に勝てた事などただの一度もない。
長老、本名はオーウェン・シルヴェスター。
かつて起きた大規模な戦争、『第二次臨界大戦』にていくつもの武勲を立てた英雄である。
その能力は無属性の魔術、『一つ一つの積み重ね』だ。
一定時間毎に自身の身体能力を飛躍的に向上させる魔術で、二人は四回目の強化で手も足もでなくなってしまうためどうしても勝てないのだ。しかも『纏雷』で身体能力を上げられるアレックスはともかく、アーサーの魔術では強化できる身体能力はごくわずかのため、直接的な戦闘は全てアレックスが背負う事になってしまう。
そんな欠点を抱えたコンビが、もう何度目か覚えていない長老との闘いに挑む。
「ようしアーサー、ちょっち作戦会議だ」
その前に。
アレックスはアーサーの首に腕を回し、長老に声が聞こえないように顔を近づけて話す。
人間は力で及ばないなら知恵を絞る生き物なのだ。
「じーさんとの戦い方は分かってるな?」
ここはおさらい。アレックスがアーサーに一応確認を取る。これも何度もしてきた行為だ。アーサーは流れるような口調で答える。
「俺が近接でお前が中距離から魔術支援だろ? 俺達にはこれ以外に無いんだし、今回だって同じだろ?」
「いや、その話なんだけど今回は逆にしないか?」
いきなりの提案に、アーサーは少し驚いてから、
「なんで? 中距離じゃ俺は見てる事しか出来ないのに」
「馬鹿野郎。お前にはもう『モルデュール』っていう武器があんだろうが。あれならじーさんを倒すのも夢じゃねえ」
「そりゃあ、確かに今までの俺達の敗因は俺の火力不足が主な原因だけどさあ」
アーサーは少し苦い顔をしながら、
「お前だって『モルデュール』の威力を見ただろ? あれ、下手したらじーさん死ぬぞ。俺は人を殺すためにあれを作った訳じゃない」
「いやいや、あのじーさんがあの程度で死ぬと思うか?」
「いや……そりゃ思わないけどさあ……」
「だから一つ試そうぜ。威力なら炸裂の魔石を減らして調整すれば行けんだろ」
「いや、このタイミングで『モルデュール』を弄ったら確実にバレると思うけど」
積極的に『モルデュール』を使う事を進めてくるアレックスに対して、アーサーは渋るばかりだった。たとえ大丈夫だとしても、世話になっている人に向かって爆弾を投げるような行為は気持ちの良いものではないのだ。
「……はあ、分かったよ。じゃあ今回もいつもと同じで行こう」
どれだけ進めても渋り続けるアーサーにアレックスの方が先に折れた。
「悪いな。その代わりに良い作戦があるんだけど」
「ほう……聞かせろよ」
アレックスはアーサーの話を聞き終えると、満足げに頷いた。
「確かにその作戦なら上手くいくかもしれねえ」
「よし、なら決まりだ」
「話はまとまったか?」
ちょうど作戦が決まった所で、今まで黙って待っていた長老が二人に声をかけた。
「ああ、今日こそ俺達が勝つ!」
「ふっ……ファースト・ゲイン!」
長老は軽く笑うと、『一つ一つの積み重ね』を発動する。
風も無いのに、その圧倒的な魔力の余波で長老の周りの砂が巻き上がった。
「殺す気でかかって来なさい」
「言われなくてもそうするぜ。行くぞアーサー! 纏雷!!」
「『何の意味も無い平凡な鎧』!!」
長老の魔術発動に合わせて、二人も同時にそれぞれの魔術を発動する。
アレックスが発動したのはハネウサギを仕留めた時と同じ、雷による身体能力強化だ。
その隣でアーサーが発動したのは、『無』の魔力適正の彼が唯一使える身体能力強化の魔術だ。アレックスの魔力を消費し続けなければ効果を失う『纏雷』とは違い、アーサーの魔術は先に必要量の魔力を消費し、消費した分だけ身体能力を強化する事ができる。
しかし強化される時間は四二秒だけで、元々の魔力量がごく僅かしかないアーサーでは消費できる魔力量もスズメの涙程しかないので、全体としては一パーセント程度しか強化されていない。まさしく何の意味も無い魔術だ。
全員が臨戦態勢に入った所で、最初に動いたのはアレックスだった。
バスケットボール位の大きさの雷の球を五つ、長老へと飛ばす。アレックスは『雷弾』と呼んでいるその魔術に合わせて、アーサーも長老へ向かって走る。
対して長老は他方から迫る『雷弾』に焦る訳でもなく、左足を前に出して両拳を顔の前に構える、いわゆるボクシングのオン・ガード・ポジションを取った。
そして。
「セカンド・ゲイン」
一段階身体能力を上げ、スパパパパパアンッ!! という乾いた破裂音と共に、左拳だけで五つの『雷弾』を打ち消した。
この魔術に関わらず、基礎的な魔力弾は核を攻撃すれば消滅する。しかし『雷弾』は中心の魔力の核が放電しているからバスケットボール位の大きさに見えるだけで、本体の核はピンポン玉程度の大きさしかない。高速で迫る五つの『雷弾』の核を正確に打ち抜いた長老の拳の速度と精密さにゾッとしながらも、アーサーは足を止めない。そして長老との距離が数メートルになった所で、アーサーは走りながらウエストバッグに手を突っ込み、目的の物を適当に掴むと手を引き抜いてそれを長老へと投げつける。
投げたのは黄色い魔石。科学製品でいうところの照明や懐中電灯の代わりになる『光の魔石』だ。
いくつか投げたそれらを、アーサーは遠隔で全て起動させる。
「ぬう……っ!?」
突然の閃光に長老の視力が少しの間だけ奪われる。
それはアーサーが閃光弾を見て思い付いた戦法だった。ただし威力は閃光弾には遠く及ばないので、視力を奪えるのは一秒かそこらしかない。でも残り数メートルの距離を縮めるのに、一秒もあれば十分だった。
「考えたなアーサー!」
視力を奪われた長老は素直に感心する。通常、魔力を扱うものならば相手が隠蔽していない限り他人の魔力を感じ取る事ができる。だから基本的に魔術戦において目潰しは効果的な作戦ではない。しかしそれはアーサーのように魔力がほとんどない人間には適用されない。なんといっても感じ取れるだけの魔力を持っていないのだから。
アーサーは右手を握り締めて顔の横まで引き絞る。一歩踏み込み、無防備な長老の顔面へとその拳を叩きこむ。
視力を奪い、魔力感知の効かないアーサーの拳は見事に長老の顔面の中心を捉えた―――その次の瞬間だった。
「ごっ……ば……っ!?」
アーサーの体が吹き飛ばされた。
その勢いで地面をバウンドするように転がり、長老との距離が再び開いてしまった。
(な、にが……)
今まで数え切れないほど長老と戦って来たが、アーサーの攻撃がまともに入るのは初めての経験だった。だから吹き飛ばされたアーサー自身、なぜ殴られた長老ではなく自分が吹き飛ばされたのかを理解できなかった。
その疑問を察してか、長老は静かに口を開く。
「アイディアは良かった。だが決定的に威力が足りん。私の身体強化とお前の身体強化では差がありすぎて、単純に握り締めただけの拳では大したダメージも入らん。むしろせっかく視界を奪ったのに、殴る事でみすみす自分の居場所を教えたようなものだ。だからお前の拳を受けた直後に反応してカウンターを打ち込めば、必然的にこういう結果になる」
「……そういうことか」
求めた答えはあまりにも残酷だった。
圧倒的な実力不足。多少体を鍛えた位では埋まらない魔力量と魔術センスの差。
それはアーサーでは一生かかっても長老には勝てない事を意味していた。
「……ま、そんな事は初めから分かってた事だけど」
ダメージから回復したアーサーは立ち上がる。
その目は力を失っていなかった。
個人では越えられない壁も、超えられる方法はある。
それは。
「だから出来るやつに頼ってく。俺はそれを全力でフォローするだけだ」
その時、バヂィ!! とアーサーの後ろで雷が轟いた。戦闘開始からずっと魔力を溜め込んでいたアレックスの準備がようやく完了したのだ。
「アーサーが私と戦って時間を稼ぎ、その間にアレックスが私を倒せるだけの魔力を溜め込む。それが今回のお前達の策という訳か」
「……」
アーサーは何も答えない。それを答えと受け取ったのか、長老は三度目の身体能力強化を自身に施す。
「それを私が黙って見過ごすと?」
三度目の強化を行った長老ならば、アレックスが攻撃に移るよりも早くそれを止める事はできる。溜め込んだ魔力を維持したまま攻撃動作に入らなければならないアレックスに比べて、すぐに駆け出せる長老の方が僅かに出だしが早いからだ。
「行かせない!」
アーサーもそれは分かっているので、少しでも時間を稼ごうとアレックスと長老の間に壁になるように体を滑り込ませる。
しかしその行動にはほとんど何の意味もなかった。
駆け出した長老は一瞬でアーサーに肉薄すると、左腕で払いのけるようにアーサーを殴り飛ばす。そしてそのまま流れるように先にいるアレックスへと駆けようとした。
ロスなんてほとんどなかった。スピードの減退もない。十分にアレックスの攻撃を止められるはずだった。
そのはずなのに、突然長老の体が左に傾いた。
「……っ!?」
躓いた訳ではない。突然すごい力で体が引っ張られたのだ。
長老は視線を自身の体に移す。するとそこには服に引っ掛かっている釣り具の鈎と、それに繋がれた極細のワイヤーが伸びていた。
それを見て、長老は自身の身に何が起きたのかを即座に理解した。
ワイヤーが伸びている先には今し方殴り飛ばしたアーサーがいる。アーサーは殴り飛ばされる寸前に、長老の服にワイヤーの先端に取り付けた鈎を引っ掛けたのだ。
普通に引っ掛けてアーサーが引っ張っても強化された長老の体勢を崩す事はできないだろうし、逆にアーサーの方が長老に引っ張られてしまうだろう。しかし今ワイヤーを引っ張った力は長老がアーサーを殴り飛ばして生じたもので、その力はアーサーが直接ワイヤーを引っ張るよりも遥かに強い力になっている。加えて人間は前に意識や体重を掛けている時に横から強い力をぶつけられると、どんな屈強な男でもバランスを崩してしまう生き物だ。
今がまさにそのタイミングだった。
ただし長老の体幹も伊達ではない。崩れた体勢もすぐに立て直してしまうだろう。
足止めには一瞬程度の役にしか立たない。
そんな事は何度も長老と戦ってきた彼らが一番よく知っている。
だからこそ、彼らはその一瞬に全てを賭けた。
「アレックス!!」
アーサーが叫んだのとほぼ同時、長老の体勢が一瞬崩れたのを逃さずにアレックスの方から長老へと駆ける。
雷を剣と足に集中させ、『纏雷』使用時よりも遥かに速い速度で駆ける。先刻ハネウサギを仕留めた技、『噛業』だ。
剣を横に倒して腹が当たるようにする。それでも意識を奪うには十分過ぎる威力がある。
勝負は一瞬。
交差は刹那。
それで勝負は決まる───はずだった。
「「……っ!?」」
アレックスと長老が激突したその瞬間、二人は呼吸すら忘れた。
それほどまでに、目の前の現実が有り得ないものだったからだ。
「……今のは中々、良い作戦だった」
長老は倒れなかった。それどころか、常人が捉えらる速さを超えていたはずのアレックスを難なく捉え、必殺の剣を片手で受け止めたのだ。
よく見るとアーサーを殴り飛ばした時よりも溢れ出ている魔力が増えている。おそらくアレックスの剣が届く前に四度目の強化を行ったのだろう。
「……っ、戻れアレックス! 一度体勢を整えるぞ!」
そんな絶望的な光景を前に、先に正気を取り戻したのはアーサーだった。直接止められたアレックスよりも、それを見ていたアーサーの方が心的ダメージは少なかったのだ。そして自身を鼓舞する意味合いも込めて、未だ長老の眼前に立つアレックスへと叫ぶ、が。
「遅い。ラスト・ゲイン」
長老から放たれたのは絶望的な一言だった。そして……。
(消え───)
目の前で消えた長老を再び捉えるよりも先に、ドゴンッ! という鈍い音を聞いたような聞いていないような。
そんな曖昧な感覚のまま、二人はほぼ同時に意識を失った。
途中のルビの「42」は「フォーティーツー」と読みます。分かりにくくてすみません。