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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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59 ジャイアントキラー

「なに、シルフィーが人間を連れて帰って来ただと?」


 アーサー達がフェルトと対面している頃、ヴェルトは宮廷の別の一室でシルフィーと会話していた門番から報告を受けていた。

 この門番はシルフィーに言われた通りフェルトに来客の件を伝えていたが、それは業務だからで実際はヴェルト派のエルフだったのだ。


「チッ、期待はしてなかったが捕縛に失敗しやがったのか。だが人間を連れてくるなんざ聞いてねえぞ」

「どう致しますか?」

「……そうだな。人間の数と性別は?」

「男二人に女二人です」

「なんだ、軍隊でも連れて来たと思ったらその程度の数か」

「はい、どうやら偶然出会った人間に助けられたらしく、それで協力を求めたようです」

「たかが四人の人間にどうこうできるとは思えねえが……一応、手は打っとくか」

「というと?」

「女は利用価値がある、全員捕らえろ。男は魔力の低い方だけ捕らえてもう一人は殺せ」

「了解しました」


 門番が部屋から出ていくのを確認してから、ヴェルトは窓際に移動して城下町を見下ろす。

 ヴェルトは忌々しげに舌打ちをして、


「……本当に揃いも揃って忌々しい家族だ。俺の邪魔ばっかりしやがって」


 ポツリと呟いた時、懐のマナフォンが軽い音を鳴らして振動した。取り出して見てみると、表示されていた番号は見知ったものだった。


「どうした、何か用か?」


 マナフォンの向こう側にいるのはマルセル・グラネルト。元々は国王の側近だったが、今はヴェルトに就いている宰相だ。


『いえいえ、用と言うほど大した用事ではありません。明日はいつものをやろうと思いまして、その揉み消しをお願いしたいのです』

「またか……お前そればっかりだな。先代の時はどうしてたんだ?」

『それは国王様にバレな』

「やっぱり良い。揉み消しの件は任せろ。ただし現行犯までは無理だからな」

『ええ、それはしっかりと口封じするので安心して下さい』


 用は本当にそれだけだったようで、マルセルは一方的にマナフォンを切った。ヴェルトは再び舌打ちをする。


「……ったく、どいつもこいつも。少しは現状を考えろってんだ」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサーの目の前で座っているフェルトは、見た目でいうとかなり若く見えるが、そこはエルフなのであまり参考にならない。人間でいう青年期の見た目で三桁の年齢を言い出したって不思議ではない。


「君達がシルフィーを助けてくれた人達かい?」

「はい。それで、あなたがフェルトさんで間違いないですか?」

「ああ、間違いない」


 軽く言葉を交わすとフェルトは椅子から立ち上がり、扉の近くで立ち尽くしているアーサー達に近寄る。


「今回は妹を助けてくれてありがとう。一人の家族として礼を言う」

「それはいいですけど、今回の件を予め防ぐ事はできなかったんですか?」

「いやはや、耳に痛いな。私もヴェルトのヤツがこんな強硬手段に出るとは思っていなかったんだ。それについては君達にも迷惑をかけた」


 その辺りは本当に感謝しているようで、さすがに頭を下げるような真似はしなかったが、出自の知れない人間相手に敬意を持って接している態度で伝わって来た。


「フェルト兄様、挨拶はそこまでにして紹介します。まずは」

「ああ、大丈夫。君達の事は一通り調べたよ。というか、以前から気になっていた君達が妹を救ってくれて、こう見えて驚いてるんだよ」

「というと?」

「アーサー・レンフィールドとアレックス・ウィンターソンというのは君達かい?」


 その目はハッキリと二人を捉えていた。まあこの場に男は二人しかいないので、当然といえば当然だが。


「はい、そうですけど……」


 アーサーが答えると、フェルトは目を輝かせて身を乗り出してきた。


「つまり君達が噂のジャイアントキラーの二人組かい? こうして見ると普通の人と変わらないんだな。もっと屈強で魔力の濃い男を想像していたよ」

「な、なんですかそれ……? そんな名前で呼ばれたの初めてなんですけど」

「あれ、知らないのかい? 君達は少し自分が有名人だというのを自覚した方が良いな。なにせ特殊な訓練を積んだ訳でもなく、あの中級魔族をたった二人で倒したのだろう?」

「な、ん……!?」


 フェルトは聞きなれない呼び名よりも重大な事を簡単に言った。まるで昨日食べた夕飯のメニューを当てるような気軽さで、結祈とサラにも話していない核心を突かれた。


「いやいや、いくらアーサーとアレックスでも中級魔族を倒せる訳ないじゃない。ただのガセネタよね、アーサー?」


 サラは冗談だと思っているらしく、軽く笑っていた。しかし、アーサーからすればこの事実の露見は笑いごとではなかった。


「……どこでその事を知ったんですか?」


 アーサーが鋭い目でフェルトを睨むように見るが、フェルトの方は顔色も変えずに、


「国というのはそれぞれ極秘の情報網というのがあるものさ。『ジェミニ公国』は必死に隠そうとしたらしいが、大っぴらに知られてなくても『ゾディアック』中に知られている。それに『タウロス王国』でも随分と暴れたようだしな」

「そこまで知られてるのかよ……」

「むしろドラゴンの件は中級魔族討伐よりも知られているよ。あれは隠せるようなものではないし、『タウロス王国』は今でもバタついてるからな」

「……お願いですから、それの他言はしないで下さい。『ゾディアック』を混乱させないための公王様との約束なんです」

「分かった、約束しよう」


 あっさりと承諾してくれた事に、アーサーは安堵の息を漏らす。

 しかし、フェルトの言葉はそこで終わりではなかった。


「その代わり、君達はすぐにこの国を出てくれ。シルフィーから聞いて知っていると思うが、今の時期は色々とごたついていてね。明日の夕方くらいには出国の手配をするから、大人しくしていてくれ」

「……つまり、余所者は首を突っ込むなって事ですか?」

「端的に言うとそうなるな。君達だって、中級魔族討伐の話が『ゾディアック』に広まったら困るだろう?」

「なっ!? そんな事をしたらこの国だって……!!」

「心配はいらない。『アリエス王国』は他の国よりも人口が少ないからな。被害は少ない」


 さらりと言ったフェルトを、アーサーは隠すつもりもなく睨みつける。けれどそれ以上何かを言える訳でもなかった。

 アーサーは失礼だと知りながら、話はもう終わりだと言わんばかりに踵を返して扉へと向かう。


「そうだ、最後に一つ」


 フェルトは呼びかけても足を止めないアーサーの背中に向かって、最後にこう言った。


「宮廷の中と城下町なら好きに回ってくれて構わないが、物は壊さないでくれよ?」





    ◇◇◇◇◇◇◇





「くそ……っ!!」


 アーサーは部屋を出るなり壁に拳を打ちつけた。

 完全に失敗した。まさか中級魔族討伐なんていうカードを持っているとは思わなかったが、それを差し引いても酷い有り様だった。出鼻を挫かれて言おうとしていた内容は何も言えず、フェルトの言っていた事には何も言い返せなかった。こうなってしまうと、シルフィーに強力するのは難しくなってくる。


「……そういえば話の流れで聞きそびれてたけど、あんたら中級魔族を倒したって本当なの?」


 悪い空気を変えようとしているのは誰の目にも明らかだった。けれどサラのそんな気遣いに内心で感謝しながら、アーサーは言葉を返す。


「あー……まあ色んな偶然とか奇蹟とかが重なってたまたま勝てたようなもんだからな。運が良かっただけだよ」

「偶然、奇蹟、たまたま、運が良かった、ね。まあ中級魔族を倒すってそんなもんよね。あたしだって魔族と相対したらハネウサギの脚力で逃げるわ」

「当たり前だ。あんな奇蹟もう一度起こせって言われても無理だ」

「当然だな。次はとっとと尻尾撒いて逃げるぜ」

「って言いつつ『タウロス王国』じゃドラゴンに向かって行ったよね。脅威は同じくらいだったと思うけど?」


 結祈に目を向けられた瞬間、シルフィー以外の三人は目を逸らした。痛い所を突かれた、というのはこの事を言うのだろう。


「なんかアーサー達と一緒にいると、その内ワタシ達も中級魔族と戦う事になりそうだね」

「ちょっと結祈、冗談でもそんなこと言うの止めてよ。さすがに中級魔族に勝てる訳ないじゃない」

「でも勝った二人がここにいるよ?」

「……は、話が逸れたなあ……ちょっと真面目に今後の話をしよう」


 これ以上掘り下げると藪蛇になりそうなので、強引に話題を逸らす。その慌てた様子に結祈は小さく笑っていた。


「では今日泊まって頂く部屋に案内します。続きはそこで話しましょう」


 シルフィーの提案に乗り、城の中を進んでいく。

 途中、メイド服姿のエルフと廊下ですれ違って視線を奪われたアーサーとアレックスを結祈とサラが(物理的に)止めさせるなど、まあ一悶着あったがすぐに着いた。

 扉を開けると、当然といえば当然だが豪華な装飾で無駄にキラキラした部屋だった。


「おいアレックス、シャンデリアがぶら下がってるんだけど。俺初めてみたよ」

「それより見てみろよ。すげえ柔らかそうな布団だぞ。ちゃんとした布団で寝るなんざいつ以来だ?」

「結祈の家以来じゃないか? 『タウロス王国』じゃ宿だけ取って一泊もしなかったからな」

「そういえばあたしもしばらくぶりね。今日は疲れが取れそうだわ」

「疲れを取るなら温泉がありますよ? 後で案内しますね」


 シルフィー以外は割と興奮気味に部屋に入っていく。ここは女性陣用の部屋のようなので、アーサーとアレックスは椅子、他はベッドの上に座る。

 座った瞬間に腹の底から疲れを吐き出すように深く息を吐き、アーサーは話を切り出す。


「そういえば今更だけど、みんなって何歳なんだ? シルフィーもエルフって事は一〇〇歳くらい行ってるのか?」

「アーサー……。あんたよく女の子に向かってそんな事が訊けるわね。ある意味感心するわ」


 サラは若干引き気味だったが、シルフィーの方はそうでもないらしく、快く答えてくれる。


「残念ながら、私は一七歳なのでエルフの中じゃまだまだ子供ですよ?」

「ちなみに俺は一六。アレックスも同じだ」


 二人が言うと自然と後に続く流れになっていた。溜め息をこぼしながらサラも続けて言う。


「あたしも一六よ。あんた達とは丁度同い年ね」

「ワタシは一五だよ。この中じゃ一番年下って事になるね。でもアーサー、年齢なんて聞いてどうするの?」

「まあ、せっかく知り合ったんだしさ、明日ここを追い出されるとしてもそれぐらいはな」


 そう言うと部屋の中がシーンと静まる。明日までに出来ることを探さなければならないのに、何も思い浮かばない。

 そんな状況を見かねたのか、結祈がその沈黙を破った。


「アーサーは今回の件から手を引くの?」

「引くつもりはない。後一日で出来る事はするつもりだ。……でも多分、それ以上の事はできない」

「どうして?」

「中級魔族討伐のカードを握られてるのがマズい。あれだけは広められたら困るんだ」


 それがある限り、アーサーはフェルトに対抗できない。自分の勝手な行動で『ゾディアック』を混乱させる訳にはいかないのだ。

 アーサーは歯を噛みしめ、シルフィーを正面に見て頭を下げる。


「……すまないシルフィー。協力するって言ったのにこんな事になって……」

「いえ、元々無理を承知で頼んだ事ですから。アーサーさんが気にする事ではありません」


 シルフィーは手を振ってそう言ってくれたが、その声には覇気がなかった。婆様の提案でもあったし、この結果を一番残念に思っているのはシルフィーなのだ。

 何とかしたいとは思う。けれど、何をして良いのかが分からなかった。


「いっそシルフィーが王様になるってのはどう? そうしたら兄弟のいざこざも無くなるわよ?」

「それはできません。『アリエス王国』では代々、国王には男性と決まっています。……まあ、決まっているだけで、王位が移動したのは先々代からお父様への一度だけなんですけどね」

「でも娘しか生まれなかった場合は? 女王になるんじゃないの?」

「その場合はなるべく早く男性の方と結婚し、生まれた子が国王になります。子が大きくなるまでは先代のままです」


 なるほどな、とアーサーは納得した。

 実際にいつ国王が死ぬか分からないのに、そんな気長な政策を続けられるのは、人間よりも国王が死ぬリスクの少ない長寿のエルフだからこそ取れる手段なのだろう。


「そういえば今はどうなってるんだ? 今だって国王は不在だけど、何かしらの対策は取ってるのか?」

「はい、本来なら兄であるフェルト兄様が国王代理を務めるのですが、ヴェルト兄様が色々と手を回したようで、今は二人とも国王に近しい権限を持っています」

「でも、それだと国王が二人って事になるんじゃあ……?」

「本来なら一月も待たず、すぐにでも新国王が誕生するはずだったんです。ですが、そこもヴェルト兄様が……」

「ヴェルトの方はなんでもありだな……」


 アーサーは深い溜め息をついて、シミ一つ無い綺麗な天井を見上げる。


「……結局、当人達で決めるしかないって事か……」


 今までと変わらない方法だが、直接的な関与ができないとなるとやれる事はほとんど無い。最低限シルフィーだけでも守りたかったが、それすらも出来そうにないのだから。


「……皆さんも疲れているでしょうし、今日はここまでにしましょうか。アーサーさんとアレックスさんも部屋に案内します」


 シルフィーの言葉で、今日は解散という流れになった。

 最後にシルフィーには今夜、結祈とサラと一緒にいるように厳命し、それから部屋へと案内してもらう。


「アーサー」


 しかし部屋を出てすぐ、結祈が後を追うように出てきてアーサーの腕を掴んだ。止められなかったアレックスとシルフィーはその事に気付かずに先に進んでいく。


「結祈? まだ何かあったか?」

「アーサーはこの結末で、本当に後悔しない?」


 前置きもすっ飛ばして、結祈はアーサーの目を真っ直ぐに捉えて言葉をぶつけた。


「それは……」


 それに何かを答えようとしたが、どうにも言葉が出てこなかった。けれど結祈の方も最初から答えを訊こうとは思っていなかったのか、あっさりと腕を離した。


「話はそれだけ。おやすみ、アーサー」


 最後にそれだけ言って、結祈はさっさと部屋に戻ってしまった。

 おやすみ、と言葉を返す事もなく、アーサーは黙ってそれを見送る事しかできなかった。

ありがとうございます。

次回はシリアス路線から一変して、馬鹿路線の幕間みたいなのを挟みます。ただ本編には関りがあります。ちょっとした息抜きみたいなものです。

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