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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第四章 アリエス王国防衛戦
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58 五〇〇歳の占い師

 そう言ってシルフィーが案内したのは賑わった通りから離れ、外れの方にある木造の一軒家だった。

 シルフィーは今にも外れそうなぼろい戸を軽くノックする。


「失礼します。婆様、いますか?」

「……シルフィールかい?」


 中から弱々しい声が聞こえた。シルフィーはそれを合図に戸を横に引いて開ける。

 そこにいたのはエルフの特徴的なプラチナブロンドの髪色ではなく、人間の年寄りと同じ白髪のエルフだった。今にも事切れそうなのに、中級魔族ともフレッドとも違う妙な威圧感があった。


「シルフィール。この子達がお前の見つけて来た人間かい?」

「はい、そうです」

「……ふむ」


 婆様は四人を値踏みするように順に見る。そして、その視線がアーサーの所でピタリと止まった。不思議な事に、それで体が蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまう。


(なん、だ……この人……)


 今まで感じた事のない感覚だった。『タウロス王国』の地下でドラゴンを目の前にした時にも体は硬直したが、それとはベクトルの違うものだった。


「……まさか占いでもない提案を飲むとはねえ」


 婆様が言葉を発した瞬間、妙なプレッシャーが無くなった。アーサーは安堵の息を漏らし、そこで自分がずっと息をしてなかった事を自覚した。


「それどういう事だ?」


 アーサーの頭がまだ状況に追いついていない中、アレックスはすぐに会話の疑問点を指摘していた。結祈とサラの方も見てみるが、どうやらプレッシャーを感じていたのはアーサーだけのようだった。


「……実は婆様が、この国のエルフではなく外部の人間なら、『アリエス王国』を良い方向へと導いてくれると言ってくれたんです」

「つまりお前は……」

「ごめんなさいっ」


 アレックスの言葉を切って、シルフィーは頭を下げて謝罪の言葉を口にした。


「私はまだ話していませんでした。けれど、私には……ッ!!」

「もう良い」


 今度はアレックスの方がシルフィーの言葉を切った。

 しかし、それは呆れから来る行動ではなかった。


「テメェはわざわざここに連れて来た。連れて来なければバレなかったのに、そのリスクを分かっていてでも連れて来たんだろ? だったらテメェの誠意は伝わってんよ」

「……お前は本当に素直じゃないなあ」


 アレックスの言葉を聞いて、アーサーは冷静さを取り戻した。


「安心しろよシルフィー。こいつはこう見えて誠実なんだ。今更お前の頼みを投げ出すような事はしないよ」

「……ありがとう、ございます」


 シルフィーはその言葉を噛みしめるようにして再び頭を下げる。


「ま、堅い話はここまでで良いだろ。それより占ってくれんだろ? 紹介してくれよ」

「は、はい!」


 アレックスが促し、ようやく本題に戻る。

 シルフィーは憑き物が落ちたようなすっきりとした表情で、


「婆様は今年で五一四歳です。おそらくエルフどころかこの世界で一番古くから生きている方です。占う前に訊きたい事があったらどうぞ」

「じゃあ早速」


 アーサーは折角なので、絶対に他の誰にも訊けない事を訊いた。


「五〇〇年前に現れた勇者達って、どんな人達だったんですか?」


 それは五〇〇年前から生きていた婆様でなければ答えられない質問だった。だからその答えを息を飲んで待つ。それはアーサー以外の四人もそうだった。


「……、……」


 しかし、婆様は何かを言うどころが指一つ動かさなかった。


「え、えらく長考してるな……」

「いやいやテメェの目は腐ってんのか!? どう見てもこっちのやり取りが長くて寝てんだろ!」

「いえ、違います。婆様の占いには時間がかかるんです」


 そこまで強く言い切られるとアーサーとアレックスは何も言えない。再び石のように動かない婆様を疑いの色を込めた目で見る。


「……………………………………………………ぐぅ」

「ほら今の絶対いびきじゃん! ぐぅって言ったよぐぅって!」

「……今日の婆様はお疲れのようですね。次の機会にしましょうか」


 バツの悪いシルフィーは顔を背けながら言い、入って来た扉に向かう。

 折角の機会に何も訊けなかった事を少し残念に思いながら、アーサー達もシルフィーの後をついて外に出ようとする。

 すると。


「……待ちな、そこの少年」


 突然、婆様が声を上げた。この場に少年というとアーサーとアレックスの二人しかいない。五人が驚いて振り返ると、その目はアーサーに向いていた。


「……俺、ですか?」

「そう、お前じゃ。お前に言いたい事がある。他の者は外で待っとれ」


 そう言って追い出すように他の四人を外に出してしまう。

 ただ一人取り残されたアーサーは、正直外に出たい思いでいっぱいだった。硬直が解けたとはいえ、目の前に座る婆様と二人っきりで密室にいるのは遠慮したかった。


「お前さんは奇妙な星の下に生まれとるのお……。まるで五〇〇年前の生き写しじゃ」


 そんなアーサーの心情を知ってか知らずか、婆様はさっきまで寝ぼけていたのが嘘のように流暢に喋り出す。


「お前はこれから強大な力を持つ者と出会い、戦う事になるじゃろう。そしてこれからの道のりで多くのものを担い、いづれ大きな選択を迫られる時が来る。こればっかりは避けられぬ運命じゃ」

「……本当に避けられないんですか?」


 いくらこの状況が嫌だといっても、さすがに自分の話、それもいかにも重要そうなものとなれば無視する訳にもいかない。とりあえず気になる部分を質問する。


「運命じゃからな」


 婆様の言った事は当たって欲しくない物騒な内容だったので、できれば回避する方法を知りたかったのだが、婆様は期待とは裏腹に簡素に答えた。

 しかし、その言葉にはアーサーの看過できない単語が含まれていた。


「運命、ねえ……。その言葉は嫌いなんだけどなあ」

「じゃが仕方のない事じゃ。お主が『担ぎし者』である限り、これだけは絶対じゃ」

「『担ぎし者』……?」


 奇妙なワードだった。聞き流す事もできたのに、妙な引っ掛かりを覚える言葉だった。

 幾分か緊張した面持ちで、アーサーは疑問を口にする。


「婆様、『担ぎし者』ってなんですか。教えて下さい」

「……」


 アーサーが詰め寄るように身を乗り出すと、婆様は黙りこくって俯いた。

 しかし、アーサーが次の言葉をじっと待っていると、硬直して動かなかった婆様の体が傾き……。


「ぐぅ」

「なんでこのタイミングで寝ちゃうかなーっ!!」


 呼びかけながら肩を揺さぶってみるが、起きる気配はまったく無い。

 結局、アーサーは諦めて悶々とした気分を残したまま外に出る事にした。幾分か疲弊した表情でみんなの待つ外に出ると、すぐにサラが声をかけてきた。


「やっと出て来たわね。で、どんな話だったの?」

「……それがまた寝ちゃってほとんど話は訊けなかったんだよ」


 そう答えるとサラは苦笑いを返した。他の三人の方も見てみると、そちらも苦笑いをしていた。


「ば、婆様も歳ですから。日によって調子の良し悪しがあるんです」


 シルフィーは婆様をフォローするが、あれを見た後だとそれを素直に受け入れる事はできない。そもそも本当にボケているのかボケたフリをしているのかも分からない。初対面の印象は、ただただ変な人、というのが正直な感想だった。


「では、今度こそ宮廷まで案内します。付いて来て下さい」


 随分と遠回りをしたような気がするが、ようやく本題に戻ってきた。

 目的地に向かう道すがら、アーサーはずっと訊きたかった事をシルフィーに尋ねる。


「ところでシルフィー。簡単にでいいから今の王選の状況を教えてくれないか? 手助けするにしても現状を知りたい」

「分かりました」


 シルフィーの次の言葉に、アーサー以外の三人も集中する。


「私には二人の兄がいて、そのどちらかがお父様の跡を継ぐ事になります。フェルト兄様はお父様と同じ方針で国を支えて行こうとしていますが、ヴェルト兄様は科学の力を国に取り入れようとしています」

「聞いた感じじゃどっちが就いても悪くないように思うけど……」

「いえ、国の皆さんはヴェルト兄様を支持せず、フェルト兄様を推しました」

「ま、そりゃそうよね」

「ん? どういう事だよサラ」


 科学を取り入れた方が便利になんじゃないのか? と思ったアーサーだが、サラはそれを即座に否定するような事を言った。


「誰だって得体の知れないものは受け入れがたいでしょ。便利になると知っていても、今までの生活を変えたくないのよ。それが数百年も続けたものなら尚更ね。極端な話だけど、明日から大多数の魔族が美味いって言ってるけど、味の分からない見た目も変な料理しか食べちゃダメって言われたら嫌でしょ?」

「それはさすがに嫌だな」


 サラの説明で心底納得した。

 つまりエルフのみんなからすれば、ヴェルトの提案には恐怖しかないのだろう。


「つまり次の国王はフェルトさんがなるって事か」

「順当に行けばそうなるはずでした。……ですが」


 その前振りに不穏な気配を感じる。そして続く言葉は不穏な気配どころか不穏そのものだった。


「その結果、ヴェルト兄様は強硬手段に出ています。アーサーさんが遭遇したあれもその一つです」


 あれ、というのはシルフィーが襲われていた時の事だろう。しかし、原因がそれだとするなら分からない事が一つある。


「でも身内のシルフィーを襲ってどうするんだ? まさか人質にする訳じゃあるまいし」

「……」


 アーサーは冗談のように軽く笑って言ったが、シルフィーの方は真顔そのものだった。その様子にアーサーの方も笑えなくなってくる。


「……おい、もしかしてヴェルトってやつはそこまでやるヤツなのか……?」

「……まあ、そうですね」

「……うそだろ、おい」


 シルフィーは曖昧に笑って言ったが、聞いてるアーサーにも笑ってる場合じゃないくらい『アリエス王国』の現状が切羽詰まっているのが分かった。

 王の跡取りが二人しかおらず、その片方は実の妹を人質にしようとするほど追い詰められてるとすると、いつフェルトの方が殺されるか分かったものではない。まあ、さすがに最も疑われるこのタイミングでそんな暴挙に出るとも思えないが、ヴェルトの立場で考えるならそれが一番手っ取り早いのも事実だ。

 そして、もしそんな人物が国王になったらと思うと、他国の事とはいえ考えるだけでゾッとする。


「それで、シルフィーが目指してるゴールはどこなんだ?」

「私は……」


 アーサーは未だ聞いていないシルフィーの手助けする内容を訊いたが、答えなんてここまでの会話で決まっているようなものだった。誰だってシルフィーと同じ立場ならフェルトを推すだろう。それが正常な思考というものだ。

 しかし、続くシルフィーの言葉は想像したものとは別物だった。


「私は……二人で国を支えていって欲しいです。フェルト兄様もヴェルト兄様もこんな争いは止めて、協力し合えるようするのが私の目指しているゴールです」

「……」


 確かに家族という側面で見れば、それも当たり前の想いだったのかもしれない。

 けれどそれはあまりにも過酷な道だ。まるで何の装備もなく吹雪の止まない雪山に挑むような、そんな印象を受けた。


(こんなんじゃ利用されるのも頷けるな……)


 特にヴェルトは家族だ。シルフィーの性格だって熟知しているだろう。つまり、ヴェルトはそれを理解していながら行動を起こしたのだ。


(……手助けするどころじゃないぞ、これ。シルフィーを守る事に神経を集中させないと、いつまた利用されるか分かったもんじゃない)


 とりあえず他の三人とも目を合わせる。言葉は交わさなかったが、考えている事はみんな同じようだった。


「……とりあえず、ゴールはそこを目指そう。だからシルフィーは今後一人で行動するな。少なくとも俺達の中の誰かと行動してくれ」

「わかりました」


 急場しのぎにしかならないが、まだ深く事情を知らない今ではこれが打てる手の最善だった。

 そんな話をしていると、いつの間にか宮廷に辿り着いていた。

 巨大な門を潜る時に左右にいた門番が訝しむような目を向けて来たが、シルフィーの姿を確認すると姿勢を正して敬礼した。

 シルフィーは門番の一人と少し会話をすると、アーサー達に門を潜るように促す。


「まずはフェルト兄様を紹介します。離れないように付いて来て下さいね? 宮廷内を一人で歩いていたら衛兵に捕まってしまいますから」


 シルフィーは柔らかい笑みを浮かべていたし、半分冗談で言ったのだろう。しかしその冗談に何かを言う余裕はなかった。

 次期国王となる可能性のある一人、それも強硬手段を使うヴェルトではないまともな方の候補者だ。その人とのやり取りで今後の行動指針が決まるといっても過言ではない。

 会話する内容を頭の中で組み立てながらしばらく歩くと、シルフィーが大きな扉の前で足を止めた。


「ここは会議室です。この部屋の中にフェルト兄様はいます。話は門番を通して伝えてあるので安心して下さい」

「……ああ」


 乾いた口で返事をすると、シルフィーがその扉をゆっくりと開ける。

 普通に生きていたら目にする事がないであろう豪華な装飾に彩られた広い部屋。

 その部屋の奥、大きな円卓の一つの椅子に、シルフィーの兄にして時期王候補の一人、フェルディナント・フィンブル=アリエスは待ち構えていたように座っていた。

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