56 騒乱の嵐の中へ
「という訳で、助けたやつがエルフのお姫様だったから、成り行きでこいつの手伝いをする事になった」
「なんで! テメェは!! 水汲みに行っただけでそんな面倒事を持って来るんだ!!」
結局、少し話をした後にエルフの少女をアレックス達の待つ所にまで連れて来た。今は二人のエルフに付けられた傷を結祈とサラに見て貰っている。
そして、少女をここに連れてくるまでに至った経緯を簡単に聞いたアレックスはアーサーへと激昂していた。
それに対してアーサーは苦い顔をしながら、
「ま、まあ落ち着けよアレックス。これにはちゃんとした事情があるんだ」
「どんな事情があったらエルフの、それもお姫様と一緒に帰ってくるんだよ!! つーかまたお姫様と遭遇って、テメェ何か変な縁でも持ってんのか!?」
「それについては本当に偶然なんだけどなあ……」
本当はアーサーの方にも色々と言いたい事があったが、元々アレックスの忠告を無視して首を突っ込んだのだ。さすがに強くは出れない。
「興奮し過ぎよアレックス。少し落ち着きなさい」
その様子に少女の治療をしていたサラが助け船を出す。
「とりあえず詳しい状況を訊いてみないと分からないわよ? もしかしたら余程の事情があるかもしれないんだから」
「……まあ、たしかに先にそっちに話を訊いた方が良いか……。とりあえず、テメェは今後水汲み禁止だからな」
「なんで!?」
「水じゃなくて厄介事を持ってくるからだよ馬鹿!!」
アレックスは最後に叫び、注意をエルフの少女へと移していく。そして入れ替わるようにサラがアーサーの傍に近寄る。
「アレックスをあんなに切れさせるなんて、今までどれだけ面倒事に首突っ込んできたのよ」
呆れたように言うサラに、アーサーは唸りながら考え、
「数はそんなに多くないと思うんだけどなあ……やっぱり規模の問題なのか? まあ、何はともあれ助かったよサラ。アレックスはああなると長くて面倒くさいんだ」
「分かってて面倒事に首を突っ込むアンタにも問題があるとは思うけどね。それで、さっき言ってた事情ってどんな内容なの?」
「それはシルフィーから直接聞いた方が良いな」
「シルフィー? それがあの子の名前?」
「ああ」
話題の渦中の少女に目を向けると、丁度、結祈が手当を終わらせた所だった。
「はい、あんまり酷くなかったし、数日で傷は消えると思うよ」
「……ありがとうございます」
軽く礼を述べて、アーサーがシルフィーと呼んだ少女は四人を順番に見てから言う。
「……私は『アリエス王国』第一王女、シルフィール・フィンブル=アリエスといいます。気軽にシルフィーと呼んで下さい」
「一国のお姫様を気軽に呼ぶってのも変な感じね。まあ、堅苦しいのは嫌いだから助かるけどね。あたしはサラ・テトラーゼよ。よろしく、シルフィー」
「ワタシは近衛結祈。よろしくね、シルフィー」
女子同士だとやはり打ち解けるのが早い。軽くではあるが自己紹介の後も会話が続く。
「お前も自己紹介くらいしろよ」
「分かってんよ。アレックス・ウィンターソンだ。わざわざエルフのお姫様が人間の俺らに頼むほどの事情があるんだろ? さっさと教えてくれ」
「アレックス。お前言い方ってものが……」
「分かっています。そのためにアーサーさんに連れてきて貰いましたから」
シルフィーは一つ呼吸を置くと、姿勢を正して深々と頭を下げて言った。
「この国と、私のお兄様を救う手助けをして下さい」
事前に聞いていたアーサー以外の三人は、その言葉で固まった。その様子を見かねてアーサーが口を挟む。
「『アリエス王国』は先月、国王のネスト・フィンブル=アリエス様が逝去したらしいんだ。それに伴ってシルフィーの二人の兄のどっちかが跡を継ぐ事になったらしいんだけど、それで長く揉めてるらしい。それを収めるのを手伝って欲しいってのがシルフィーの頼みだ」
「収めるって……つまりエルフの国の王選って事だろ!? ただの人間が首を突っ込んで良い領域を超過してんだろうが!! テメェまさか承諾したんじゃねえだろうな!?」
「もちろんしたけど?」
「なぜさも当然のように!? 全然普通じゃねえからな!!」
「さすがにそれくらいは分かってるよ。だからシルフィーをここに連れて来たんだ」
「……なんだって?」
「『タウロス王国』の時は無理矢理巻き込んじゃったからな。今回は選んで欲しいんだ。俺はやるけど、みんなはどうする?」
「ワタシはアーサーと一緒にやるよ」
「あたしも協力するわ」
いつも強引に引き込むアーサーとは様子が違う事に面を食らうアレックスを置いて、結祈とサラは即答していた。
「……お前らマジかよ」
「ワタシはアーサーを信じてるから」
「何だかんだで『タウロス王国』じゃアーサーの行動は正しかったしね。どんな事情であれ、アーサーが関わるって決めたんなら正しい事なんでしょ。それに自己紹介までした仲だし、可能な限り力は貸すわ」
信じられないものを見る目をするアレックスに対して、結祈は簡潔に答え、サラは簡単に根拠を添えて言った。
アレックスはその言葉に舌打ちしながら、
「……まあ、こいつの事情とアーサーの野郎の奇行は関係ねえからな。だが、協力するにしても情報が圧倒的に足りねえ。俺達を罠にかけようってんじゃねえよな?」
アレックスが睨みつけるようにシルフィーを見下ろす。
「……答えられる事なら、なんでも答えます」
「じゃあそうしてもらう。まずアーサー。テメェがこいつに手助けを頼まれたのは、俺達の存在を教える前か? それとも後か?」
「? 前だけどそれがどうし……」
「じゃあ次はお前の番だ」
アレックスはアーサーが言い切るより前に、シルフィーへと視線を移す。
「お前はなんでアーサーに目を付けた?」
「「「?」」」
アレックスの質問の意図が分からない三人は揃って首を傾げる。その様子にアレックスはわざとらしく溜め息をついてから続ける。
「そこのお気楽三馬鹿は疑問顔だが、俺からすると違和感しかねえ。まず第一にエルフの国の内情なのに人間であるアーサーに協力を仰いだ事。それからエルフならアーサーの魔力量くらい分かんだろ。なんでわざわざ魔力量が絶望的に無いアーサーを選んだ」
質問というよりは詰問に近かった。
もしも下手な答えを返したら、即座に剣を引き抜いて斬りかかる気配が、仲間であるはずの三人にも伝わってきていた。
それは当然シルフィーにも伝わっているのだろう。しかし、その真っ直ぐな眼差しを逸らす事だけはしなかった。元々ピシッとしていた姿勢をさらに正す。
「……アーサーさんに助けを求めたのは、ほとんど直感です」
そして重い口を開き、言葉を紡いでいく。
「エルフは人間よりも多くの魔力を保有しています。だから単純な力で言えばエルフの方が上のはずです。それなのに、アーサーさんは見ず知らずの、それも人間ではなくエルフの私を助けるために、危険を顧みずたった一人であの状況に飛び込んでくれました。だから直感的に、この人なら今の国の状況を変えてくれる、そんな気がしたんです」
そこまで言い切ってから、ふっと自虐的な笑みを浮かべて続ける。
「……ですが、どんなに取り繕った所で、アーサーさんの優しさにつけこんでいるのは変わりません。それでも、私はあなた達を頼りたいんです」
「……お前は」
「もう良いだろアレックス」
シルフィーの言葉の最後の方は懇願に近かった。アレックスがそれについて何かを言う前に、アーサーが口を挟む。
「俺達が今議論するのは、シルフィーがどういう理由で協力を求めたかなんかじゃない、どうやってシルフィーが望む結果に持っていくかどうかだろ。アレックス、少しでもシルフィーが信じられないっていうなら今回は降りろ。お前がやらなくても俺はやるだけだ」
「……はあ、ったく」
アレックスは緊張した空気を解いて軽く舌打ちをすると、
「テメェが今そこでそんな事を言うと俺が悪者みてえじゃねえか」
「ん?」
アレックスの意図が分からないアーサーは首を傾げる。しかし、それとは裏腹にシルフィーは微かに笑っていた。
「アレックスさんは私を試したんですよね? そして不確定要素からアーサーさん達を守ろうとした。違いますか?」
「……そうなのか?」
「そこまで分かってたのかよ」
「いえ、確信を持てたのはアレックスさんの先程の言葉を聞いてからですよ?」
思惑がバレていて恥ずかしそうに顔を逸らすアレックスと、それに小さく笑うシルフィーを見て、アーサーは他の三人には分からないように安堵の息をつく。
ようやく、この場にいる全員が打ち解けたように思えたからだ。
「では王都に案内します。付いてきて下さい」
と、シルフィーが先導して歩き始めた時、アーサーは思い出したように言う。
「そういえば今更だけど、俺が行って大丈夫なのか? さっき倒した二人だって戻ってるだろ。行った途端捕まるってのはさすがに勘弁だぞ」
「……ああ、そういえばあんた、エルフを倒したんだったわね」
言ってからサラはその意味を理解し始め、苦い顔をする。
「……あたしの記憶が正しければ、エルフって魔力の扱いに長けてなんじゃなかったっけ? それをほとんど魔術無しに倒したの?」
「油断してた所を闇討ちする形で不意をついて運よく勝てただけだからな。次やったら分からない、だから怖いんだよ」
その言葉を聞いてサラは頭痛を抑えるように頭に手を当てて、
「なんでこいつがごく普通の少年って言い切れるのか分かんなくなってきたわ……」
「それが正常な思考ってやつだ。安心しろ」
アレックスは諦めたように言う。
そこには今回の件に対する全ての諦めも含まれていたように思えた。
あっさり抜けるはずの予定だった『アリエス王国』。しかし彼らの予定は狂い、その中心地へと足を踏み入れる。
王選という騒乱の嵐の中へ。