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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二〇章:衝 善と悪の狭間で藻掻き喘ぐ泳者達 “OPERATION_FISHHOOK”
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##2 『抜剣』

 部屋の外で待っていたユイは、一早く異変に気付いていた。厳密には扉を閉めた途端に内部から発せられた魔力と、別の場所から放たれている部屋の内部の魔力と同じものを感じた。

 何者かの襲撃を受けているのは明らか。だがユイは中の三人を助けには入らなかった。敵の攻撃が分からない以上、自分まで飛び込んで全滅が最悪のパターンだと分かっているからだ。

 三人が何とかする可能性に懸けて、ユイは両足に魔力を集束させて『穢れたその身に想いを宿シャスティフォル・セカンドして』を発動させると壁を蹴り壊し、外へ出ると宙を蹴ってビルの屋上へと跳んだ。


「いた……『鷹刺突槍(ホーク・スナイプ)』」


 再度、宙を蹴ったユイは超高速の飛び蹴りを放った。だが寸前、攻撃対象とユイの間に割り込んで来た者がその跳び蹴りを片腕で受け止めた。

 ユイは二人から少し離れた位置に着地する。集束魔力で足を覆っているとはいえ、ユイの毒は相手を蝕む。痺れくらいは感じているはずだが、攻撃を受け止めた乱入者を見てユイはその期待を捨てた。

 彼女は二人の男が何者なのかを知っていた。最初からいた浮浪人のような男は『幻術使い』のプトレマイオス・ロギンヌハート。アーサーが幻術世界で見たそのままの男だ。

 彼に関しては敵ではない。一度幻術にかかると打破するには幻術と現実のズレを認識しなければならないが、アーサー・レンフィールドにはあらゆる魔力を掌握する『カルンウェナン』がある。脱出は時間の問題だろう。それよりもユイにとって問題なのはもう一人の方だ。どこかの科学者のような、煙草を口に咥えている眼鏡をかけた白衣の男。しかし『暗部目録(リスト)』で見た情報が確かなら相性が悪い。


「……『屍人(エンド)』の病葉(わくらば)病厨喪(やずも)

「俺を知っているのか?」

「ん……金さえ払えば人も手段も選ばず救ってきた闇医者。命を救う為なら本当になんでもやって来たけど、何処かで狂ったマッドサイエンティスト。自分に毒を打つ事で強化して戦うんだよね?」


 つまり、オートで毒を放っているユイが傍にいるだけで彼は強化されていく。彼の存在を知っていたのも、相性が悪いのが印象に残っていたからだ。

 病厨喪は煙草を口から離し、肺から煙を吐き出すと足元に捨てた煙草の火を靴の裏を使って消す。


「……医者は止めた。もう死を見るのには疲れたんだ」

「ならどうして『暗部』に?」

「医者になった理由と同じだ。俺は分からない事が怖い。だから人の体を好きに開いて観察できる医者になった。『暗部』の世界に身を置き続けたのも世界を広い視野で見る為だ。そうやって分からない事を知れば、俺が死ぬ可能性を減らせるだろ?」


 その目が初めてユリの方に向いたかと思うと、すぐさま殴りかかって来た。すでに自身に毒を投与しているのだろう。明らかに常人ではない身体能力で目前に迫り、振りかざされた拳をユリは両腕を交差させて受けたが、受け止め切れずに後方へ吹っ飛ばされた。


「毒に適応する体にしたのもそう。少しでも死ぬ可能性を減らす為だ。だから『死毒姫(リコリス)』。お前の体も開いて見せて貰うぞ。全身が毒の存在は興味深い。もしかしたらそれは、俺が目指している形かもしれないからな」


 屋上から飛ばされたユイだが、すぐに宙を蹴って空に舞った。ユイにはわざわざ病厨喪の相手をする理由はない。むしろ一早くプトレマイオスを倒して三人を救う事が急務なのだ。


「『乙鳥鎚鉾棒(スワロウ・メイス)』―――!!」


 宙を蹴って加速し、プトレマイオスに向かって踵を落とす。けれどその攻撃が当たる前に病厨喪はプトレマイオスを突き飛ばし、ユイの踵落としを交差させた腕で受け止めた。


「……あなた達はそれぞれ組織所属じゃなかったはず。どうして協力してるの?」

「プトレマイオスの力があれば人を捉えるのは用意だ。『人工生命体(ホムンクルス)』に『ドールズ副長』、それにアーサー・レンフィールドまで簡単に手に入った。全員開いて研究させて貰うぞ」

「……させないし、そうはならない」


 ユイが確信を持ってそう告げると、階下で壁が吹き飛んだ。そしてそこから少し様子がおかしいが三人が飛び出して来た。


「あの人を軽んじない方が良い。書面の情報だけじゃ計れない」

「……みたいだな。だが問題無い。俺の最優先目標はお前だ『死毒姫』。お前さえ手に入れば一先ず良い」

「仮に私が囚われても彼がいる。彼が全部を助けてくれる」

「『カウンター』が。すっかり絆されたな」

「なんとでも言えば良い」


 誰に何と言われようと構わない。

 アーサー・レンフィールドの抹殺指令。アストラがどう考えているかは分からないが、ユイにはもうそのつもりは無かった。

 握ってくれた手の温もりは決して忘れない。

 こんな体にされて、ずっとずっと求めていたものを普通の事のようにくれた。だからそれで十分。たとえ全ての『暗部』に追われて朽ち果てる事になったとしても、アーサー・レンフィールドは殺さない。彼を守って仲間の下へと返す。それが今のユイの最優先目標だ。


「私には私の目的がある。その為だったら誰でも殺す」


 腰から短剣を抜き放って逆手に構えると、短剣には魔力を、全身には赤黒い呪力を纏って行く。

 無理矢理会得させられた呪術。常時毒を放つ事を代償に、常時毒を放つ事が出来るようになるという代償と恩恵が同じという歪な呪術。

 決して望んで得た力ではない。けれど目的の為にそんなものにすら手を伸ばす。


「毒の許容量を試す。どこまで耐えられるかな?」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 プトレマイオス・ロギンヌハート。彼が幻術に相手を嵌める方法は目を合わせるというのが主だが、それだけではない。むしろ直接相対する必要があるため現実と幻術のズレに気付かれやすくなってしまう。だからバレにくい方法として、壁紙の模様や匂いなどを使って感覚器官に別のアプローチを行って幻術に嵌める手法をよく使う。今回で言えばあらかじめ全ての部屋の壁紙と匂いに細工をしており、アーサー達はたまたま最初にその罠に嵌まった訳だ。

 この方法なら現実と幻術のズレはずっと感知され難い。だが唯一の誤算は、アーサー・レンフィールドの『カルンウェナン』だ。あの右手は、ほんのわずかな綻びから幻術を跡形もなく破壊した。

 プトレマイオス自身にはロクな戦闘手段が無い。だから病厨喪を手を組んだ訳で、彼が足止めを食らっているなら敗走しか手段が無い。幸い一早く二人が幻術を脱したのを感知して『ドールズ副長』は操れた。深く幻術に嵌まっていない者はすぐに溶けてしまうが、どうやらレム・リアンドールは幻術にかかりやすいタイプだったようでしばらくは問題なさそうだった。

 プトレマイオスの幻術は過去のトラウマが大きいほど効果が増大する。トラウマを真っ向から乗り越える力を得たアーサーと、製造から間もないアストラはそもそも相性が悪かったのだ。


(俺はまだ大丈夫! ここさえ切り抜ければまたやり直せる!! たとえ病厨喪のヤツが殺されたって関係無い。過程なんて関係無い! 最後に生き残ってさえいれば良い!! 幸い『ドールズ副長』は俺の手中だ。こいつを使い潰して、俺はこの霧の世界を生き残ってやる!!)


 たとえ何があっても。

 たとえどんな手段を使っても。

 自分が生き残る為に最大限の努力をする。それは生物としては真っ当なのかもしれないが、人間に当てはめるならどこまで踏み込んだかで善悪の境界を簡単に跨いでしまう。

『暗部』において、手法こそは異なるが他者を操る能力者は珍しくない。だが『善性』はたとえ操っても操った相手に対して責任を取るという道徳心は持ち合わせている。簡単に使い潰すという発想が出来てしまう辺り、プトレマイオス・ロギンヌハートは疑う余地の無い『悪性』だ。

 もしかしたら最初は違ったのかもしれない。けれど生まれついて『原罪』を抱え、一秒毎に罪を重ねていく人間の、その穢れを多く背負った彼はもう戻れない。この道が正しいと思い込んでいる時点で、彼に真っ当な救いの手は与えられない。あるのは血みどろの救済手段か結末だけだ。

 そしてここは『暗部』。希望が簡単に絶望に塗り替わる世界。一秒前の活路が一秒後には死への道になっている事が常識。それは一階へ辿り着き、あとは外へ出るだけだった彼に対しても例外ではない。


「補足。見つけました」


 そして『悪性』の外道の前に。

 最も穢れの無い『善性』の青い少女が立ち塞がる。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 ユイもアストラもそれぞれの戦いの場で順調だった。唯一の問題は、レムを足止めしているアーサーだった。『風月(ふうげつ)』を握り締めたまま吹き飛ばされたアーサーはビルに衝突して外壁を背に倒れていた。


「くそ……やっぱ強いな」


 肩で息をしながらアーサーはぼやく。

 あくまで操られている状態のレムなら、本気で戦えば倒す事はできるだろう。だがそれは全力で叩き潰す事を意味している。そんな真似を出来る訳が無い。だから必然的に防戦一方となり、ダメージが蓄積されて行く。


『東雲流(しののめりゅう)傑刀術』(けっとうじゅつ)弐ノ型一番―――『迅雷(とどろき)』」


 無造作に振るわれた刀から斬撃が飛んで来た。アーサーは体を起こし、氣力を『風月』に流すと振るう。


(そら)ノ型―――『燈翔焔斬(ひしょうえんざん)』!!」


 飛んで来た斬撃に対して斬撃を飛ばして対応するが、その時にはすでにレムは次の技の為に刀を構えていた。


「弐ノ型二番―――『疾風迅雷(しっぷうじんらい)』」


 今度は先程よりも数段速い、目にも止まらぬ速度で斬撃が飛んでくる。今度は迎撃ではなく回避を選択して横に大きく飛んで躱した。たった一つの斬撃でビルが斬り飛ばされる。


(れい)ノ型一番―――」

(っ……来る!!)

「―――『(せん)』」


 すでに納刀していたレムが、気付いた時には目前に迫っていた。『陽炎(かげろう)』を使って回避に全神経を集中させても躱しきれず、アーサーの体に切傷が刻まれる。

 最初に放たれた『疾風(はやて)』と似た抜刀術だが、威力も速度も桁違い。現に先程からアーサーが対処できないのは彼女が『零ノ型』と呼ぶ剣技だけだ。つまりこれが彼女本来の力で、最も自信のある攻撃手段なのだろう。


『オイ、何してる! このままじゃ救う前に殺されちまうぞ!? 殺す気で戦え!!』

「そんなこと出来る訳ないだろ!? 相手はレムなんだぞ!!」


 自分の内側から聞こえて来る怒声に大声で返しつつ、アーサーは体勢を立て直して『風月』を構える。『風月』はアーサーが望まないものは斬らない。人を斬ってもダメージは与えるが傷は与えない、甘っちょろいアーサーの意に沿う優しい刀だ。

 だからといって、躊躇なく知った顔を斬れるかと聞かれれば流石に抵抗を感じる。


『殺す気でやってトントンなんだよ!! カケルのヤツから教わった型以外の剣術がド素人のお前じゃ勝負にならねえ!!』

「レムを殺す気になんてなれるか!! 俺はユイとアストラを信じて耐え続ける!!」

『この頑固頭が!! そういう所ばっか似やがって!!』

「頭の中で大声で叫ぶな気が散る!! 俺が死んでも良いのか!?」


 一人と一匹が喧嘩している間も、操られているレムの手は止まらない。彼女は刀を再び腰へ差していた。だが居合ではない。レムは新たな力を静かに呟く。


「―――『龍神不退転(スコロペンドラ)』」


 すでに『神刀』とは別の刀が両手に握られていた。

 左手には刀身六〇センチほどの小太刀。闇のように深い黒が『黒鉄(くろがね)』。

 右手には刀身八〇センチ近くある太刀。透き通るような白が『白銀(しろがね)』。

 そしてレムは左の黒刀を順手に持ち直すと、すぐにアーサーの方に向かって来た。


(呪力の刀……レムの呪術か!?)


 深く息を吸って丹田に力を据える。

 瞬きさえ致命になる研ぎ澄まされた一瞬。だがレムは難なく瞬時にアーサーとの距離を詰めていた。思わず呼吸が止まるが問題無い。右手の白刀と左手の黒刀。その両方に意識を割く。先に振るわれたのは白刀だった。横一閃のそれを『風月』で受け止めに行き、直後に全身に九つの切傷が刻まれる。白刀に意識を削がれている間に、黒刀が超高速で振るわれたのだ。


「ッ……!?」


 ただでさえ早かった彼女の速度が段違いだった。

 体が揺らぎ、たたらを踏むように後ろへ下がる。だがその後退を一歩で押し留め、アーサーは前に体重を戻していく。

 レムはすでに構えている。だからアーサーも今度は対応する為に『風月』を振るう。


「―――『色累=(しきかさね=)九断』(きゅうだん)

「閃ノ型―――九連、『焔桜烈華(えんおうれっか)』!!」


 九つの斬撃に対して、アーサーも九つの斬撃で対応する。

『焔桜流』において、アーサーもカケルも共に最も得意としている型。これならまだ対応できるとそう思った矢先だった。


「―――『色累=(しきかさね=)十八断』(じゅうはちだん)

「なっ……!?」


 対応可能な倍の斬撃。さらに今回は体だけでなく『風月』も上に弾かれてアーサーの手を離れてしまった。

 無防備になったアーサーにトドメをささない理由は無い。


「―――『抜剣(ばっけん)』」


 瞬間、背筋に悪寒が走る。呪術とは比べ物にならないプレッシャーが襲い掛かった。

『神刀』の事は最近知った。『抜剣』なんてものは知らない。()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()。それに何よりも彼女が纏う空気が明らかに変わっていた。次にその刀身が露わになったら、きっと防ぐ事はできない。抜き放たれるのは絶対にマズイ。


(だけどぎりぎり、俺の方が速い!!)


『風月』が手から離れたのはマイナスではない。フリーになった両手を合わせると『炎龍王の赫鎧』ヴァーミリオン・フレイムの氣力のオーラから四本の腕を伸ばし、それぞれでレムの四肢を掴んで動きを完全に止める。だが操られている状態かつ『抜剣』状態のレムの膂力も凄まじく、すぐにでもオーラの手を吹き飛ばされそうだった。

 だがすでにアーサーは合掌の掌印を取っている。全身に氣力が漲り、頭髪や衣服にまでその影響が現れていき、さらに瞳に十字が現れる。


『炎龍帝王(ヴァーミリオン・F)の赫焉鎧』(・クリムゾンロード)……悪いな、昨日も言ったけど俺は剣士じゃないんだ。ちょっと卑怯だけど、アストラとユイがお前を助けてくれるまでにらめっこに付き合って貰うぞ」


 アーサーは合わせた手を離しながら、聞こえていない言葉を呟く。

 上から落ちて来た『風月』を掴んだ。このまま無防備なレムを斬れば、傷つける事無く無力化できるだろう。

 だけどアーサーは迷わず『エクシード』本来の姿である指輪型に戻した。

 ただ楽をしたいという理由だけで、このまま踏ん張れば良いだけの状況を、わざわざレムに痛い思いをさせてまで捨てる選択はできない。

 アストラとユイなら必ずやってくれる。半日前に命を狙って来た者達を信じて疑う事なくそう断言できるから、彼はそういう選択ができるのだ。









【“OPERATION_FIHSHOOK” CURRENT_SITUATION.】



◆◆◆◆ 残 存 泳 者 ◆◆◆◆



名 前:アーサー・S・レンフィールド

組 織:『シークレット・ディッパーズ』

通り名: ―

善悪性:『不明』



名 前:レム・リアンドール

組 織:『ドールズ』

通り名:『雪姫(ゆきひめ)

善悪性:『善性』



名 前:ユイ・ロストリア

組 織:『ファントム』

通り名:『死毒姫(リコリス)

善悪性:『善性』



名 前:アストラ

組 織:『ファントム』

通り名:『星辰(せいしん)

善悪性:『善性』



名 前:プトレマイオス・ロギンヌハート

組 織: ―

通り名:『幻術使い』

善悪性:『悪性』



名 前:病葉(わくらば)病厨喪(やずも)

組 織: ―

通り名:『屍人(エンド)

善悪性:『悪性』





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