477 隠れ家
あれから数十分後。四人とアーサーの監視役という奇怪なメンバーは隠れ家を訪れていた。
他のビルと遜色のない所で、元はホテルだったのかドアを開けると左右に二階へ伸びる階段のある広いエントランスが目に映った。そしてエントランスの中央の円状の模様が書いてある場所に移動し、紗世が取り出したカードを床に置くと円状の模様がゆっくりと下に落ちていく。そしてしばらく降ると巨大なモニターやPCが並ぶ指令室に着いた。どうやらここが隠れ家らしい。
ちなみに監視役と堂々と言ってのけたレムを連れて行く事に紬や紗世は難色を示していたが、ラプラスが敵が『ドールズ』なら『W.A.N.D.』にも潜り込んでいて、すでに場所を知られているだろうから問題無いと言うのでこうなった。どのみちラプラスは一晩体を休める為だけにここに来たつもりだったようで、今回の騒動が終わったら再度嘉恋に相談して新たな場所に移すとの事だった。
それにしてもついに自分達も地下に隠れ家を持つ事になった事実に、アーサーは今まで色んな国の地下で戦って来た身として若干複雑なものを感じた。
とりあえず落ち着いて話をする為に、食堂のようなテーブルとイスが並ぶ大きな空間に案内されて移動してきた。
「とりあえず食事にしない? ここって備蓄あるよね?」
「……お前、馴染み過ぎじゃないか?」
掴みどころが無さ過ぎるレムの言動にアーサーは半分呆れていた。というか戦闘時とギャップがあり過ぎる。戦っている時は凛々しく華麗で苛烈という印象だが、今は無邪気な年相応の少女といった印象しか受けない。あるいはこの切り替えの良さこそが『ドールズ副長』としての才覚なのだろうか。
「一応、保存食は用意されているはずです。場所は教えて貰っているのでとりあえず取って来ます」
「あたしも手伝うよ。アーサーとラプラスはその人を見張ってて」
紗世と紬が食料を取りに行ってくれている間、レムには色々と聞きたい事があったがアーサーはとりあえず自身の上着を脱いでレムに差し出した。
「とりあえずこれを着てくれ」
「えっ? どうして?」
「その格好寒そうだし、若干目のやり場にも困るから」
戦いの時なら気にならないが、こうして向かい合っている相手が脇も見えるほど広く肩を出している上にウェットスーツのような格好というのは目に毒だ。上着一つではあまり変わらないだろうが、無いよりはマシなので着て欲しかった。
「ふうん……まあ、ありがたく貰うよ」
といあえず断られるような事はなく、彼女はすぐに上着に袖を通した。いつも黒か赤を着る事が多いアーサーだが、今回は白が基調の上着を着て来て良かったと思った。白い上着は彼女の黒い装いと銀髪によく似合う。
それから少し待つと紗世と紬が戻って来た。アーサーが大好きなカロリーチャージから多種多様な缶詰やカンパンなど意外とバラエティ豊かだ。
みんなが缶詰をメインに手に取って行く中、アーサーは迷わずカロリーチャージに手を伸ばす。するとレムと手が重なった。顔を上げると二人の視線が交差する。
「……もしかして、お前もこれ好きなのか?」
「うん。短時間で必要な栄養が取れるから。アーサーも?」
「ああ、同じ理由で」
「いやいや、そんな理由で意気投合してないで普通に味気あるもの食べようよ。ほらアーサー、あーん」
「ん? あむ……うん、普通に美味いな」
恋人の紬に口元に食べ物を寄せられればアーサーには断る道理は無い。ありがたくそれを口にする。別に食事が嫌いな訳ではないので普通に美味いと感想を返す。
「ところでそろそろ本題に入りたいんですが、レムさんはアーサーの監視役なんですよね? 何故そのような指令を受けたんですか?」
「さあ、詳しくは言われていないから分からない。ただ『傍で監視しろ』っていうのが指令だったからね。報告義務も無いし」
「報告も無し……? それなのに監視役なんですか?」
「そういう指令だからね。それにどんな指令であれ、アーサーの剣技には興味が出て来たし役得かな。私が普段やるような指令には他のみんなが出されてるだろうしね」
「他というのは暗部組織ですか?」
「うん。特に今は『ファントム』が動いてるかな。新設されて数日しか経ってないから、今頃が最初の仕事に取り掛かってる頃だと思うよ。あっ、それ頂戴アーサー。あーん」
「ん? ああ……」
全員、食べながらの話し合いだったのでアーサーが紬に貰った新たな缶詰を開けるとレムはそれに食いついた。不意だった事もあり、アーサーは缶詰の中の焼き鳥をスプーンですくうとレムの口元に伸ばす。
どうして俺が食べさせてるんだ? と疑問に思った時にはもう遅い。レムはそれを口にして美味しそうに頬張っていた。その表情はやはり年相応かそれ以下の少女にしか見えない。
「……にしても、聞いてるこっちとしてはありがたいんだけど、そんなぺらぺら話して大丈夫なのか?」
「待ってアーサーくん。全部信じるのは危険だよ。彼女は敵の組織の人で、こっちには情報が正しいか判断する術がないんだから」
「心配しなくても嘘なんてついてないよ? どれも君達なら少し調べれば分かるような事だし。現在進行形で外部に知られたらマズい情報は私にも渡されてないから」
「でも『ドールズ副長』なんですよね?」
「でも『ドールズ』の一人だよ。所詮、私も彼らにとっては糸に繋がれた傀儡の一つでしかない。かといって他に居場所もないしね。この『ドールズ副長』っていう肩書も、彼らが物事を動かしやすいように名乗らされてるだけの看板みたいなものだし」
「……、」
その時、アーサーは数時間前の紬の言葉を思い出していた。
『アーサーくんも分かるでしょ? この世界には、闇の中でしか生きられない人達がいる。……ううん、闇の中の生き方しか知らない人達、かな』
闇の中で生きて来た者には、闇の中での生き方しか知らない。
そもそもごく平凡な生活を送っている者達とは普通の概念が違う。『暗部』はそういった者達で溢れていて、レムもその一人なのだ。
「……彼らっていうのは?」
「『ドールズ』を作り、操っている人達。セルゲイ・ドール。キリアン・ドール。ローク・ドール。表には出ないけど三人とも強いよ。特にセルゲイ・ドールの強さは異次元。私と同じ別の『ユニバース』から来たっていう話だけど納得できるくらいには……」
「ん? ちょっと待て。お前、もしかして『ノアシリーズ』なのか!?」
別の『ユニバース』から来たと聞いて、つい最近関わっていた事もあり真っ先に思い浮かんだのはそれだ。
しかしレムはゆっくりと首を左右に降って、
「違うよ。なにも連れて来られた全員が『ノアシリーズ』になった訳でもないしね。私は初期の『箱舟計画』で連れて来られた内の一人……それも時間軸は違うけど君と同じ『ユニバース』の出身だよ、アリス・ノア」
そう言った視線の先には大きく目を見開いた紬がいた。彼女は一番最初の名前を呼ばれた事に驚いていたが、すぐに平静さを取り戻すと警戒心をさらに強めてレムを睨む。
「……あたしの名前は紬・A・G・N・S・イラストリアスだよ」
「名前を変えても過去は変わらないよ。……まあ、君は幸せになれたようだから分からないかもしれないけどね」
「……、」
皮肉交じりの言葉に紬は何も言い返さなかった。いいや、言い返せなかったのだ。
お互いに過去は知らない。けれど紬自身、レムが言うようにアーサーと再開できた今の状況に幸福を感じている。だから彼女の言い分に納得してしまったのだ。
「……と、ところでお兄さん。これからどう動きますか?」
「そ、そうだな……やっぱりヘルトを探したいから『W.A.N.D.』で何が起きてるのか探るところからかな」
流れ始めた重い空気を変える為の紗世の発現にアーサーはすぐ返答して何とか話題を逸らす。
するとその時、アーサー達が通って来た通路の方から新たな人物が現れた。
「それなら私が教えるよ、ボス」
自分の事をそう呼ぶ者を、アーサーは一人しか知らない。だから彼女が近づいて来てフードを取る前から正体には気付いていた。
「ユキノ……?」
「うん。『キャンサー帝国』以来だね。ここが開いた通知が来たから来てるとは思ってたけど、まさか『雪姫』と行動を共にしてるとはね」
「なんだ、誰かと思えば『鷹の目』か。『銀閃』はいないの?」
「……リリィは軟禁中だから」
「そっか。それじゃ仕方ない」
カロリーチャージを頬張りながら、レムはユキノの方に目を向けてそれだけ話した。ただアーサー達に向けていたものとは違い、あまり興味が無さそうだった。
先程以上に複雑な雰囲気だ。それは多分、元暗部で今は表舞台に出ているユキノと、今も暗部でしか生きられないレムの決定的な違いのせいだろう。
「……それでユキノさん。『W.A.N.D.』で何が起きているんですか?」
今度はラプラスが話題を変えた。ユキノも特にレムと話すつもりは無いのか、彼女の方から視線を切って話し始める。
「約一〇日前、『キャンサー帝国』から戻って来てすぐに長官が姿を消した。そして三日……もう四日前だね。理事会によって『ナイトメア』を含む特務部隊は解体されて、副長官の嘉恋さんや凛祢、アウロラと一緒に軟禁されてる。今は前副長官の御厨影人っていう人が長官代理をしてる。彼はこっち側だから、嘉恋さん経由で何度か情報を流して貰ってる、現状の頼みの綱」
「……ヘルトは無事なのか?」
「四日前に一度会ったけど、狙撃されてからはまた行方不明。生きてはいると思うし何かしら動いてくれてるんだろうけど、こっちから接触する術は無い。今の状況を打開できれば会えるとは思うけど……」
つまるところ、『W.A.N.D.』の問題を解決しないとヘルトには会えず、エミリアを探す事も困難だという事だ。自力で探すという手もなくは無いが、それだとどれだけ時間がかかるか分からない。先にヘルトを探しつつ、暗部に触れていく中で情報を得られる可能性に賭けるしかない。
「……まあ、あいつが姿を現さないって事は必要な事なんだろ。それでユキノが会いに来てくれた理由は他にもあるんだろ? まさかこのタイミングで顔だけ見に来たって訳じゃなさそうだし」
「まあね。『ファントム』っていう暗部組織について話があってボス達に会いに来た」
それは先程、レムの口からも出て来た名前だ。たしか新設されて今頃は初めての指令を受けているという話だったが、ユキノはもっと詳しく知っているらしい。
「『ファントム』の構成員は四人。イリーナ・ホワイトファング。ユイ・ロストリア。ハクア・ベネット。アストラ。今は二組に分かれて行動してる。彼らを止めたいんだけど人手が足りなくて、ボス達にも協力して貰いたいんだけど……」
「わかった。俺達も『W.A.N.D.』がいつもの調子じゃないと困る。ただ時間が無いから手早く動くぞ。俺達は何をすれば良い?」
「ありがとう……でも何をするっていうよりか、この国に来た時点でもうボス達は巻き込まれてるんだよね」
「……は?」
苦笑いのユキノに首を傾げていると、すぐにラプラスが反応した。
「っ……攻撃が来ます!! アーサー、右斜め上です!!」
「ッ、ああ―――『聖光煌く円卓の盾』!!」
言われた方向に疑問も持たず、アーサーは右手を真っ直ぐ伸ばして盾を展開した。
直後、ラプラスの言った方向から規模は小さいが破壊的な力を持つ集束魔力砲が飛んで来た。それはなんとか受け止める事ができたが、ここが地下というのが問題だった。今の一撃で岩盤が破壊され、一気に雪崩れ込んでくる。