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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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54 〇泊二日の強行軍

今回はあとがきが少し長いです。

 何はともあれ、ようやく今回の騒動も終わった。

 ともすれば、この後に起きる事もまた決まっていた。

 まずは貯水場に沈んでいったドラゴンとフレッドの回収。特にフレッドについては生死は不明だが、ドラゴンへの浸水、そして深さ三〇〇メートルの水圧に耐えられるとは思えない。おそらく死んでいる。それが分かっていても一応は国王だ。死体だとしても引き上げなくてはならない。

そしてドラゴンが歩き回って壊れた国の復興。次いでドラゴン復活に照準を合わせた地下の大幅な改装。やる事は山積みだ。

 そんな多大な後処理が残った『タウロス王国』で、今しがた国を救った彼らはというと……。


「あー……何とかなったあ……」


 アーサーは腹の底から深く息を吐く。

 彼らは慌ただしい足音が響くメインストリートの端っこ、店員の一人もいない喫茶店のオープンテラスに勝手に踏み込んでいた。そして椅子が四つある丸いテーブルに、アーサーから見て右にサラ、正面にアレックス、左に結祈(ゆき)の順番で座る。

 背もたれに全体重を預けて軽くのけ反りながら天を仰ぐアーサーの様子に、正面に座るアレックスは呆れた調子で、


「よくもまあ無事に帰って来れたもんだ。こっちの協力者のおかげか?」


 アレックスがチラリと自身の左に座るサラを見る。それを感じ取ったサラは口を開く。


「サラ・テトラーゼよ。『竜臨祭(りゅうりんさい)』に参加してたんだけど、成り行きでアーサーに協力する事になった放浪人よ」

「つまり今回の苦労人って訳だ。悪かったな、ウチの馬鹿が迷惑かけたろ」

「まあ、首を突っ込んだのはあたしの方からだけど、無茶ぶりは何回かあったわね。でも結果オーライよ」

「酷い言われようだな……」


 と言っても思い当たる事柄がいくつもあるので、あまり強く言えない。代わりにサラにも二人を紹介する事にする。


「サラ、こっちの女の子が近衛結祈。それでこっちの馬鹿面がアレックス・ウィンターソンだ」

「おい待てコラ。馬鹿面っつったかテメェ」

「お前だって馬鹿って言っただろ? 馬鹿が馬鹿にしてるなーって思ってさ」

「それブーメランだからな?」

「あっはっは、お前ブーメランの意味分かってるのか?」

「はっはっは、当たり前だろ馬鹿が」


 お互い笑っていたが、目は笑っていなかった。

 無意味な言い争いを続けるアーサーとアレックスを傍目に、サラは隣に座る結祈に話しかけた。


「この二人っていつもこんな感じ?」

「大体そうだよ」

「内容がくだらなさすぎてどう反応して良いか分からないんだけど……」

「しばらくしたら終わるから、それまで微笑まし気に見ておけば大丈夫だよ。しょっちゅう喧嘩してるけど、この二人って根本的には仲が良いから」

「ふーん」


 サラは半信半疑だったが、そもそも仲が良くなければ命を懸けてまで地下には来ないだろう。気兼ねなく接せる辺り、仲間としてはそれなりの関係が築けていると判断した。


「サラさんはこの後どうするの? ワタシ達と一緒に来る?」

「サラで良いわよ。あたしも結祈って呼ぶから。それで同行の件はアーサーにも誘われたんだけど、正直迷ってるのよね。目的地は『魔族領』って聞いたけど、この国の後はどこに行くの?」

「『ポラリス王国』への通行許可証がないから『アリエス王国』かな。そんな感じで『リブラ王国』まで行く予定だよ」

「って事は『スコーピオン帝国』を通るのよね? あたしあの国には行きたくないんだけど……まあそれまで同行するなら良いかもしれないわね。あんたとも友達になれそうだし」

「友達……」


 そう言われて結祈はアーサーの方を見る。


「(もしかして、このためにサラを誘ったのかな……)」

「結祈? どうかしたの?」


 思わず呟いていた言葉はサラには聞こえていなかった。新しい友人に心配をさせないように、結祈は努めて明るい表情で、


「……ううん、なんでもないよ」

「そう? なんか嬉しそうな顔してるけど……」

「ちゃんとした友達ができるのは初めてだからかな。よろしくね、サラ」


 アーサーの知らない所で思惑が本人にバレ、その思惑通りになっていた。

 それぞれの会話がひとしきり終わり、少し間が生まれた所で、アーサーは改めて三人を見ると柔らかい笑みを浮かべて言う。


「今回は俺の我が儘に付き合ってくれてありがとう、みんなのおかげでなんとかなったよ」


 アーサーの素直な感謝の言葉に対する反応は三者三様だった。

 アレックスは諦めたように溜め息をつき、結祈は嬉しそうに笑っており、サラは照れたように頬を掻きながら視線を逸らした。

 その様子に満足そうに笑みを浮かべていると、アーサー達の座っている場所の後ろのテーブルに、こちらも疲弊しきった四人が乱暴な音を立てながら座った。

 付き合いは一日かそこらしか無いのに、濃密過ぎてずっと前から知り合いだったかのような奇妙な感覚を覚えるその男は、丁度アーサーと背中合わせになる形で席についていた。


「よう、お互い無事だったな」

「ほとんど奇蹟的にだけどな」


 正面を向いたまま言うニックに、アーサーも正面を向いたままの姿勢で返す。


「それで、アリシアはどうなったんだ?」

「嬢ちゃんが怪我人って事を忘れてないか? 病院に直行したに決まってるだろ」

「分かってるよ。それで大丈夫なのか訊いてるんだ」

「ああ、お前の言っていた通り弾丸も綺麗に抜けていたようだし、破片の方も体内に残っていなかった。医者が言うには、しばらく安静にしてれば治るらしい」

「そうか……良かった」


 ほっと安堵の息をつく。

 アリシア自身の事はもちろん心配していたが、この国には絶対にアリシアが必要だ。今回の事でそれがよく分かった。

 別にアーサーはこの国に永住するつもりはないし、最悪どうなろうと関係ないのだが、それでもここまで関わった国だ。できれば無事に立て直して欲しい気持ちがあった。


「お前らはこの後どうするんだ? やっぱり『オンブラ』に復帰するのか?」


 フレッドが間違いなく死んでいる今、国王の座は別の誰かが継がなくてはならない。しかし今回の件から見れば、おそらくアリシアが継ぐ事になるだろう。つまりアリシアのために動くニック達も『オンブラ』に戻る理由ができる。

 しかし。


「そんな先の話をするよりも前に、色々な事後処理が残ってる。特にドラゴンを引き上げた後どうするかで揉めてるらしい」

「どうするか?」

「元通り埋め直すか、それともフレッドがやっていた事の後を継ぐかだ」

「……後を継ぐって正気なのか?」

「大体は今回の騒動が始まって真っ先に避難した王宮勤め連中の戯言だ。嬢ちゃんはドラゴンを火葬するって言ってたし、最悪俺達が実力行使してでも止めるさ。その辺りは心配するな」

「そうか……」


 一番の懸念が払拭され、アーサーは浅く息を吐く。

 しかしそのすぐ後に、ニックはおどけるような口調で重大な事実を告げる。


「ま、それが終われば俺らは監獄行きだがな」

「……なんだって?」


 正直な所、思い当たるフシはいくつもあった。

 まず頭に浮かんだのは、重要施設への不法侵入。メインサーバーや貯水場の器物破損。そしてドラゴンの破壊、およびフレッドの殺害だ。

 顔を青くしかけたアーサーを安心させるように、ニックは平坦な口調で、


「お前らは関係ないから心配するな。俺達は今回の事だけじゃなくて、今回の救出に際しての準備段階でいくつか法に触れている。嬢ちゃんが口利きしてくれるだろうが、それでも監獄行きは避けられないだろうな」


 アーサーには彼らが何をしたのかは分からない。もしかしたらアーサーの思い付く最悪よりももっと酷い事に手を付けていたのかもしれない。彼らがアリシアのためならそれくらいの事はしてしまう事は、短い付き合いでも分かっていた。


「……アンタらはそれで良いのか?」


 だからアーサーは説教でも同情でもなく、最終確認をするように言った。


「俺達からすれば三食昼寝付きのプライベートルームだ。苦にはならない。それに、俺達がそんな覚悟も無く今回の件を起こしたと思うのか?」


 しかしニック達には何の後悔もないようで、さらりと言う。

 その様子にこれ以上の追及は無駄だと判断し、アーサーはもう何も言わなかった。


「まあ監獄の中なら細かい雑務に追われる事もなくのんびりできる、悪い話じゃない」

「のんびりするのかよ……」

「これだけの大事件に首を突っ込んだんだ。お前もそうしろ」

「魅力的な提案だけど、俺達にも目的があるんだ。のんびりするのはその後だよ」


 別に制限時間のある目的な訳ではないが、ここ最近の『ゾディアック』はどこか様子がおかしい。この停滞した世界に何か決定的な変化が訪れる前に目的を果たしたいという思いがあった。

 とは言っても、色々ありすぎて忘れそうになるが、『タウロス王国』に来てからまだ一日しか経っていない。少しくらいならゆっくりしていっても良いかもしれない、などと考えていると、ニックは助言するように、


「目的とやらは知らんが、急ぐなら早くこの国を出た方が良いな。人口調査のやり直しやらなんやらで、しばらく入国と出国を制限するらしい。この混乱に乗じて逃げないと、いつまで閉じ込められるか分かったもんじゃないぞ?」


 マジか!? というのが素直な感想だった。

 しかしそれを態度に出す事はせず、あくまで平坦な口調で、


「……そりゃご親切にどうも。荷物を取りに行ってさっさと退散するよ」


 少しガッカリするが、さすがにいつまでも次の国にいけないのは困る。情報をくれたニックに素直に感謝して席を立つ。

 それを合図に他のみんなも動き出す。アレックス達三人はもちろん、ニック達も立ち上がる。


「世話になったな」

「こっちこそ」


 別れの言葉はそれだけだった。

 一度は同じ志を持った彼らは、再び別の道を往く。





    ◇◇◇◇◇◇◇





『タウロス王国』の話は終わった。これ以上はただの蛇足でしかないが、ここで今回一番損をした彼の話を一つ。


「うーん……」


『タウロス王国』は『ジェミニ公国』よりも道が整備されている事と、『ポラリス王国』側に近いという事もあってか、アーサー達は一日もかからずに国の中心地からかなり離れ、もうすぐ『アリエス王国』との国境付近に差し掛かる所まで来ていた。

 だというのにその男、アレックスはここまでの道中ずっと一人で唸っていた。

 初めて一緒に行動しているサラは、その様子に誰も声を掛けない事をずっと不審に見ていた。声を掛けた方が良いのか放っておいた方が良いのか割と真剣に悩んでいると、ようやくその隣を歩いていたアーサーが声をかける。


「どうしたんだよアレックス。ずっと変な唸り声出してるけど調子でも悪いのか?」

「いや、調子が悪いって訳じゃねえんだが、なんつーか、何か大切な事を忘れてるような気が……」


 しかしアレックスの口から出たのは要領を得ないものだった。

 その様子にアーサーは嘆息して、


「忘れるくらいなら大した事じゃないんだろ。いい加減切り替えろ。『竜臨祭』を途中で抜け出したから欲求不満なのか?」

「『竜臨祭』……」

「アレックス?」

「…………あ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 アーサーの呼びかけにも答えず、心ここにあらずといった調子のアレックスだったが、急に顔を上げたかと思うと大声で叫び出す。


「なんだよ、いきなり叫ぶなよ!」

「うるせえ、思い出したんだよ!」

「それは唸ってる理由を?」

「そうだ、『竜臨祭』を抜け出したから賞金を取り損ねたんだ!!」

「……そんな事でずっと唸ってたの?」

「そんな事じゃねえよ! 金貨一〇枚だぞ!! あーもう俺の金が!!」


 アーサーには知る由もないが、実はアレックスは準決勝まで勝ち進んでいた。あと一つ勝つだけで金貨一〇枚という大金が転がり込んで来たのに、アーサーからの要請ですっかり忘れていたのだ。

 しかしそれを知らないアーサーは呆れたように嘆息して、


「だからギャンブルは止めとけって言ったのに……」

「いやテメェのせいだろ!! ……今から戻って貰えねえかな!?」

「お前、これから復興するって国に金貨一〇枚要求するのか? 空気読めないにも程があるだろ」

「冗談だよ。……ちくしょうめ」

「……お前、半分マジだったろ」


 アレックスの事を若干引き気味に見るアーサーだが、当の本人はそれを無視して前を歩いていたサラに近付く。

 そして。


「……だがまあ良い。俺は今日、ずっと待ち望んでいた金より価値のあるものをやっと手に入れたんだからな!!」


 そう言いながら、サラの肩に手を乗せる。


「えっ、あたし?」


 まさか話を振られるとは思っていなかったサラは思わず驚きの声を上げる。アレックスはそんなサラに一つずつ順を追って説明していく。


「お前はこれから俺達に付いてくる訳だろ?」

「まあ、成り行きでね」

「つまり、俺はやっとこの旅の面子に常識人を引き込む事が出来たんだ! これでもう苦労は俺一人に降りかからない!!」

「えっ……は……?」


 いきなりの物言いに間の抜けた声を出すサラに構わずアレックスは続ける。


「良いかサラ、今回の事件でこいつを凄いヤツだとか機転が回るヤツだとかは思わねえ方が良い。こいつは基本異常者だ」

「酷い言いようだな……。俺は別に異常者って訳じゃないぞ、なあ結祈?」

「そうだよ。結局今回もなんだかんだでアーサーの言ってた事が合ってたし」

「ほら見ろ。いつもこうやって二対一になるんだぜ? まあこれからは二対二になる訳だがな」

「……こうして見ると、あんたらの関係って不思議よね」


 サラは『タウロス王国』での事を思い出す。

 アーサーの行動は嫌というほど見てきた。結祈が複数人の『オンブラ』を倒したという話も聞いていた。そしてアレックスも何だかんだでアーサーの要求に応えていた。

 それらをまとめて考えると……。


「……あれ? もしかしてあたし、とんでもない人達の仲間になっちゃった?」

「今更かよ」

「あたし、ここでやって行けるかしら……?」

「その辺りは気にしなくて良いと思うぜ? なんたってアーサーの無茶ぶりについていったんだからな」


 アレックスは吐き捨てるように言う。

 今までずっと一人だったから仲間がいる感覚には慣れないし、それに伴う不安だってある。

 けれど。


(ま、独りで旅をしてた時よりはずっと楽しいけどね)


 サラは嬉しそうに薄く笑った。

 彼らといると、忘れていた暖かい気持ちが湧き上がってくる。不安よりも大きい幸福感のようなものがある。いつまでも一緒にいたいと思ってしまう。

 だが、サラには三人に言っていない事がある。

 わざわざ言うつもりはないが、言わないで巻き込むつもりもない。そう遠くない内に別れの時が来るだろう。

 ただそれまでは、それまでは彼らと一緒にいるのも悪くないと、そう思っていた。

ありがとうございます。

今回で第三章が終わり、次回から第四章【アリエス王国防衛線】が始まります。

第三章はアーサーとアレックスをそれぞれ別の場所で戦わせました。見ず知らずの人達と繋がっていき、その場にあるもの全てを利用するアーサーの特性を表したかったのですがどうでしょう? その辺りを上手く表せていれば幸いです。


そしてこの場で第四章の軽いあらすじを。

第四章はエルフの国、『アリエス王国』が舞台です。国王が逝去し跡目争いが激化している国で、アーサー達はひょんな事からその王選へと関わっていく事になります。そして次第に明らかになっていく『タウロス王国』とはベクトルの違う『アリエス王国』の闇に、アーサーとアレックスは何を思い、何を決断するのか。そして魔族やドラゴン以上の強敵も登場予定です。その敵はここまでの話でチラッと出した事がありますが、それが分かったらかなり凄いです。第三章よりも長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。

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