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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二〇章:葵 暗闇でしか息ができぬ者達 If_We_Can_Live_Like_a_Lotus.
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476 月下の雪姫

 レミニアの転移によって無事に『ポラリス王国』に辿り着いた四人は、ラプラスの先導である目的地に向かって歩いていた。ラプラス曰く隠れ家との事で、一ヶ月弱前に『ディッパーズ』が決裂した後に嘉恋(かれん)に協力して貰って用意したとの事だった。


「でもレミニアがここに飛ばしてくれたって事は、隠れ家は開発放棄地区にあるのか?」

「はい。ここは何かと好都合ですから。一般の方はよほどの事が無いと近づきませんし」

「実際、『W.A.N.D.(ワンド)』もここには多くの施設を展開しています。嘉恋さんが用意したのも書類上はその一つなので、派手な事をしなければバレないと思います」

「でも気を付けた方が良いよ。『ドールズ』も馬鹿じゃない。多分だけど、あたし達が入国した事はもうバレてる」


 考えすぎのように思うが、おそらく(つむぎ)の言葉は間違いではない。現にアーサーはすでに刺すような気配を感じ取っている。


「……ああ、確かにその通りみたいだ」

「アーサーくん?」

「カケルさんから力を受け継いだ影響か、前よりも敵意とか悪意に敏感になったみたいだ。俺達、もう見張られてる」


 言いながら気配が強い方向、月を背後に立つビルの方向に目を向ける。その屋上に何者かの異質な影があった。

 着衣はユキノ達の物と同質の強化スーツなのだろうが、その赴きは少し違う。ユキノ達のはウェットスーツのような装いだったが、目の前の彼女のスーツには襟と帯があり着物を思わせる。だが彼女がそれを着ているという事は、つまり『暗部』の人間という事だろう。

 向こうも気付かれた事に気付いたのか、月光に照らされた長い銀髪と一部の髪を結んでいる黒色のリボンをはためかせながら、すぐにそこから飛び降りた。そしてアーサー達の前に音も無くすたっと綺麗に着地する。


「ふうん……君がアーサー・レンフィールドか」


 近くで見て改めてその異様さに息を呑む。

 歳はアーサーと同じか、不意にそれよりも幼くも見える。

 どこか楽しげな声。凛とした佇まいで、けれど無邪気な笑みを向けて来る。だがその瞳の奥には無邪気さとは相容れないような、底知れない冷酷さが隠されている。


「良いね。粗削りだけど研鑽されている氣を感じる」


 まるで良いところの令嬢のような気品と、戦場で無数の命を手にかけてきた血に塗れた鬼神。そんな相反するイメージを与えて来る彼女の異質さは正に現実離れしていた。

 そして最も目を引くのは彼女の腰の刀だ。花の紋様が描かれた鞘に収められた刀はおそらく八〇センチ近くはあるだろう。そこから感じた事のある『力』を感じる。おそらく六花(りっか)が使っていた『神刀』と呼ばれるものの類いだ。


「……あんた、誰だ?」

「『ドールズ』所属。『ドールズ副長』を務めるレム・リアンドールという者だよ。『雪姫(ゆきひめ)』と言った方が通じるかな?」

「……これはいきなり大物ですね」


 ラプラスと紬、それに紗世はその自己紹介だけでレムという少女の事が分かったようだった。『ドールズ副長』と言っている時点で彼女の肩書的に割と高い立場にいるのは分かるが、アーサーだけは若干認識にズレがあった。


「えっと……ラプラス?」

「『雪姫』というのは通り名です。『暗部』の世界ではよく使われていますし、実名よりも知られている者も少なくありません。そして彼女の通り名は『暗部』最強と呼ばれる一人が持っている通り名です。まあ『ドールズ副長』というのなら納得ですが」


 そこら辺のデータベースよりも頼りになるラプラスの説明でようやくアーサーも理解が追いついた。つまり直感した通り油断ならない相手という訳だ。


「それで、その『ドールズ副長』が俺達に何の用だ?」

「レムで良いよ。一応、指令を受けて来た訳だけどその前に……」


 楽しそうに笑みを浮かべながら、彼女は淀みない動きで腰から刀を抜くと上段で刃は空に向け、切っ先はアーサーに向けて構えた。


「手合わせ願おうかな?」


 瞬間、レムの纏う雰囲気が変わった。手合わせとは言っているが、刀の影から見える瞳は確実に命を獲りに来ている者のそれだ。

 アーサーはすぐに指輪の『エクシード』を包帯が巻かれた刀の『風月(ふうげつ)』へと変化させて握り締める。同時に紬も指輪を『逢魔の剣(トワイライト)』に変化させ、ラプラスは両手にリアスに貰ったという特殊な『魔導銃』を握り、紗世(さよ)は四本の尾を展開する。


「良い刀だね。この『雪霞(せっか)』に見合う業物かな?」


 彼女の言葉に何か言い返す余裕もなかった。視線が彼女が『雪霞』と呼んだ刀へと引き付けられる。そして直後、自分の失策を思い知った。

 レムの一手目は刃に反射させた月光による目くらましだった。まんまと策に嵌まったアーサーは視界は奪われて初手から致命的だった。幸い『炎龍王の赫鎧』ヴァーミリオン・フレイムのおかげで感知は出来ているがゾッとした。すでに彼女はアーサーの目前に迫って来ている。


(マズいッ!! 回避しないとっ……陸ノ型!!)


 反射的に体を動かせたのはカケルの鍛錬のおかげだろう。体を高速で捻って彼女の一閃を躱して背後に周りながら『風月』を振るう。


(―――『陽炎・円舞(かげろう・えんぶ)』!!)


 完璧なカウンター。しかしレムは刀を振り抜いた直後に前へ倒れ込んで手を着くと、腕一本で体を跳ね上げて前に飛び上がり、アーサーの刀を躱した。


「驚いた。今のを躱すなんて凄い反射神経、というより勘かな?」

「……こっちの方が驚きだよ。今のを躱すなん、て……っ!?」


 言葉の途中で突然斬りかかって来た。何とか『風月』で受け止めるが、彼女の連撃を受け止めるので精一杯で反撃できない。


「このっ……話の途中だろ!?」

「こんなの魅せられて我慢なんてできないよ! もっと仕合おう!!」


 本当に楽しそうに向かって来るレムだが、アーサーの方にはそんな余裕は無い。今の彼女に勝っているのは人手くらいだ。


「アーサーくん離れて! 拾肆ノ型―――『天面桜滝』(てんめんおうろう)!!」


 紬が振り下ろした刀から巨大な生物の牙を思わせるような鋭い炎の塊が降り注ぐ。前にアーサーが防ぎ切れずにまともに食らった大技だ。

 しかし後ろに飛んで逃げたアーサーは確かに見た。こんな時まで楽しそうに笑っているレムの表情を。


『東雲流(しののめりゅう)傑刀術』(けっとうじゅつ)参ノ型二番―――『嵐月(らんげつ)』!!」


 振り抜いた刀から斬撃の竜巻が生まれ、それが紬の技を相殺する。

 間違いない。単純な剣術では彼女はアーサーどころか紬以上だ。


「『死黒蛇尾(ブラックマンバ)』!!」


 紗世は四本の尾を束ねた一つの尾をレムへと飛ばす。

 だが次の瞬間、レムの姿は紗世の背後に移動していた。


「肆ノ型三番―――」

「なっ、いつの間に後ろに……!?」

「―――『幻夢一閃(げんむいっせん)』」


 キィン、と。

 甲高い音を鳴らしてレムが納刀した瞬間、紗世の尾が斬り刻まれて霧散した。知らぬ間に斬られ、遅れてそれが現れたのだ。

 レムはさらに隙を突いて放たれたラプラスの弾丸を素早く抜刀して斬った。それも一度だけではなく数発の弾丸を全てだ。


「『一二災の子供達ディザスターチルドレン』のラプラスだね。君の能力は戦闘向きじゃないんじゃないかな?」

「余計なお世話です。それよりそろそろ話し合いをしたいんですが。口ぶりからして私達の始末が目的という訳ではないですよね。指令とは一体なんですか?」

「へえ……流石だね。でもまだ話し合いには早いんじゃないかな? 折角楽しくなってきたところなんだから!!」


 彼女の昂りに呼応するように、朱と黒の炎を身に纏ったアーサーはすでにレムへと斬りかかっていた。


「『裏・焔桜神楽(うら・えんおうかぐら)』捌ノ舞―――『箒星』(ほうきぼし)!!」


 錐揉み回転しながらの上段からの振り下ろしの一撃。アーサーの剣技の中で最大の威力を誇る技だが、レムはそれをいとも容易く受け止めた。魔力だけでなく六花と同じように神力を使っている事もあるのだろうが、彼女が着ている強化スーツも影響しているのだろう。


「それが君の本気かな!? もっと魅せてくれ!!」

「っ……お断りだ!!」


 その瞬間、アーサーは『風月』を指輪に戻した。流石にその行動には驚いたのか驚愕の顔を浮かべるメアの懐に飛び込み、『廻天(かいてん)』を発動させて拳を突き出す。


『断空天衝拳』ストライク・スマッシュ!!」


 ようやくまともな一撃を叩き込む事ができ、レムは後方に殴り飛ばされる。だが倒れず綺麗に着地したので大したダメージは入っていないのかもしれない。


「げほっ……うん、凄い威力。まさか武器を手放して殴りかかって来るなんて予想外だった」

「悪いな。俺は剣士じゃない。徒手空拳(こっち)が俺のメインだ」

「なるほど。道理で君の剣術はちぐはぐな訳だ。型って言うのかな? それを使ってる時はまるで何十年と研鑽を積んできたように洗練された動きなのに、ただ振るう時はほぼド素人。どういったカラクリなのか興味が湧くね」

「だったら話し合いから始めないか? あんたが敵意や悪意じゃなくて、純粋な興味で戦いをけしかけて来たのは分かってるんだ。こっちとしてはじっくり話し合いたい所なんだけど」

「……ふむ」


 じっと、レムはアーサーを観察するようにじっくりと観る。まるで喉元に切っ先を突き付けられているような、永遠にも感じるような数秒の後。レムは刀をゆっくりと仕舞ってくれた。


「今日はここまでかな。それに本調子じゃない君を味わい尽すのも勿体なさそうだし」

「っ……見抜いてたのか」

「君の『勘』とは違う『観』だけどね。人を見る目はあるつもりだよ。今回の指令、予想通り面白そうだ」

「そうだ。あんたの指令って結局なんなんだ?」

「そうだね……じゃあ失礼して」


 ふっ、と瞬きの内にレムはアーサーの眼前に移動していた。敵意はなかったので音も無く近づいて来た彼女の動きを避けようとも止めようとも考えていなかったその時だった。

 ちゅっ、と。

 レムは軽く触れ合わせるようにアーサーの唇を奪っていた。


「「あぁぁぁ―――!!!???」」


 強い反応を示したのはアーサーよりも近くで見ていたラプラスと紬だった。まさかの行動に反応できず、少し遅れてアーサーをレムから引き離す。


「ちょ、いきなり何をやってるんですかあなたは!?」

「指令の為だよ。これで回路(パス)が繋がって君の位置を感知できるようになるんでしょ?」

「その指令が何かっていう話がどうしてこんな行動になるの!?」


 威嚇する猫のような態度のラプラスと紬の様子も楽しそうに眺めながら、月光に照らされて神々しさすら感じさせるレムはアーサーの方を見て満面の笑みを浮かべるとこう言う。


「改めて、今日から君の監視役になる『雪姫』ことレム・リアンドールだ。よろしく頼むよ、アーサー」

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