475 誰かを救える化物でありたい
四人の前に立ち塞がるクロノによって、レミニアの動きが止められてしまった。つまりこの国を出るにはクロノを説得するか倒すしかない。
アーサーは前に一度勝っているが、あの時のクロノは迷いがあったし本気じゃなかったと今なら分かる。もし本気のクロノを相手にしたら勝てるかどうかは分からない。
「クロノ……どうして行かせてくれないんだ」
「お前の為だ」
「俺の為……? 一体どういう……」
「『纏玄羅刹』を使え」
アーサーの疑問をぶった切って、クロノは唐突にそう要求してきた。もう彼女が何を考えているのかアーサーには理解ができない。
「突然何を……あんなの仲間に使えるか! 何もかも跡形もなく『消滅』させる力だぞ!?」
「使わんのなら答えはやらん。それに私がお前の中途半端な力に敗けるとでも思っているのか?」
慢心でも何でもないその言葉と共にクロノは大量の魔力弾を四人の周囲に精製し、その全てをアーサー達に向けて放った。
クロノが何を考えているのかは分からない。けれど無意味な事ではないというのは信じている。彼女が使えというのなら、きっと何か考えがあるのだろう。
「―――『纏玄羅刹』!!」
だから信じてその力を使った。あらゆるものを『消滅』させる事ができる『黒い炎のような何か』を身に纏い、それを広げる事で全ての魔力弾を打ち消した。
瞳は赤く、髪も次第に白く染まって行く。
その異形を前にクロノはすっと目を細めた。
「やはり『呪い』が強まっているな。だがそれでは不安定な力を垂れ流しているだけだ。もう少し見せてみろ」
「……これで攻撃する訳ないだろ」
「ならどれだけもつか試してやろう」
今度は全方位からの攻撃などという回りくどい攻撃ではなかった。一直線にアーサーに向かう魔力弾を連続で放ち、アーサーはそれを『黒い炎のような何か』で受け止める。
「アーサーくん! あたしが……っ」
「いや、三人とも手を出すな! クロノとは俺がやる!!」
というよりアーサーがやらなければならないというのが正しい。これは力で打ち倒す戦いではなく、クロノが望む何かを示さなければならない戦いだからだ。
だがその肝心な何かが分からない。そうこうしている内にリミットが来てしまう。これ以上力を使えば意識が飛んでしまう瀬戸際まで来ると、それを察したのかクロノは攻撃を止めた。
「チッ……やはり全然なっていない。お前、大空カケルから何を学んで来たんだ? あいつから『呪い』の制御については学ばなかったのか?」
「なっ、ん……!?」
向こうの『ユニバース』での事はみんなに話したから、カケルの名が出て来たこと自体には驚かない。驚いたのは、まるでクロノもカケルの事をよく知っているように語ったからだ。
「ああ、私もあいつの事は知っているぞ? なにせあの存在は『担ぎし者』にとっては欠かせないからな。『無限の世界』で自身が『担ぎし者』だと自覚している限りある者の中で、唯一『何か』の喉元まで迫った到達者にして、何故か終止符を打たなかった『無限の世界』の裏切り者だ」
「裏切り者……」
「おい、冷静になれ。『呪い』が強まっているぞ」
言われて気付いた。クロノにカケルが侮辱されたと感じた途端、弱めていたはずの『黒い炎のような何か』の力が強まっていたのだ。これ以上はマズいと思い、今度は完全に『纏玄羅刹』を解除する。
「ふん。持続できるのはこの程度か。別の『ユニバース』で『呪い』が深まった割に掌握し切れていない。だからお前を行かせられないんだ」
「なんなんだよ……この力がどうしたって言うんだ!? 俺だってこんな力に最初から頼る気なんて……ッ」
「お前の心持ちの問題じゃないんだよ。たった今、私の軽い挑発でそうなったように『呪い』は怒りや絶望をトリガーに強くなりお前を蝕む。『呪い』が強まった今、その境界はさらに浸食されている。もしも次、ソラのようにお前が仲間を失えば、その瞬間に『纏玄羅刹』を使っていなくても理性が溶けて『消滅』をばら撒くだけの暴走した化物になるのかもしれないんだぞ」
「……『炎龍王の赫鎧』」
クロノの返答に対して、アーサーの答えは託された紅蓮の炎を身に纏う事だった。
「カケルさんがくれたこの『炎』が『呪い』を抑えてくれる。何があっても暴走なんかしない」
「失敗した男に期待しすぎだ」
「カケルさんは失敗なんかしてない!!」
クロノの事は信じている。その行動の全てに意味があると分かっている。
だがカケルの事を失敗と言うのなら、それは認める訳にはいかなかった。
「彼には考えがあった。だから倒さないっていう選択をしたんだ。そして彼の意志は俺が継いだ。今度は俺が選ぶ番だ」
「お前にそれが出来ると?」
「出来るか出来ないかじゃない―――やるんだ。俺が『何か』をぶっ倒す! 『絶望』だって乗り越えてみせる!! そう誓って俺はこの『ユニバース』に戻って来た。だから俺は行く。たとえ何があろうと、その日まで俺は俺が信じた道を往く。仲間は絶対に見捨てない。救える限りの命を救い続ける。カケルさんやソラが信じてくれた俺は、そういう人間なんだ」
「……その力を使うだけではない。『担ぎし者』は戦いを繰り返す度に自分の中の『呪い』が強まって行く。特に今の『ポラリス王国』はマズい。お前が出会ってはならない者がいる」
「だとしても行く。たとえいつか『呪い』に飲み込まれる日が来るとしても、それでも俺は誰かを救える化物でありたい」
すっ、と。
アーサーは静かにクロノの方に歩みを進めていく。
倒す為ではなく、認めさせる為に。
「頼むクロノ。レミニアを解放してくれ」
アーサーとクロノの視線が至近で真っ直ぐぶつかる。拳が届く距離だが互いに攻撃する気配は見せない。そもそもこれは最初から暴力で決着がつく話ではない。そもそもクロノとは回路が繋がっているのだ。もし本気ならアーサーは体の自由を取り戻した時点で『カルンウェナン』の力で身動きを封じることだってできたのだ。
だけど、その手は使いたくなかった。
『ディッパーズ』の中で、クロノとの関係は他の誰とも違う。アーサーにとってクロノは母のような姉のような、いつでも見守ってくれている大切な存在だ。だからこそ彼女を力尽くで倒して『ポラリス王国』に行くという真似はしたくなかった。どうせ行くなら送り出して欲しいと思った。
「……まったく、どうせ言っても聞かないとは思っていた」
溜め息交じりにそう言うとクロノは指を鳴らした。すると固まっていたレミニアが動き出す。
「あれ、兄さん……?」
「レミニア。頼む、俺達を『ポラリス王国』に送ってくれ」
「は、はい……それは勿論です」
時を止められていて前後の記憶の辻褄が合わず困惑しているのだろうが、アーサーの要望に応えて転移の魔法陣を開いてくれた。すかさずアーサーとラプラス、紬と紗世はその上に移動する。
「じゃ、行って来るよ」
「ああ、常に冷静にな」
クロノとレミニアに見送られ、四人はネミリアを救う為に『ポラリス王国』へと向かって行く。
そこで今、何が起きているのか。そして何が待っているのかも分からないまま。