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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二〇章:葵 暗闇でしか息ができぬ者達 If_We_Can_Live_Like_a_Lotus.
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470 不在の長官

 どうして権力者っていうのはいつの時代、どこの世界でも他者を駒として扱えるんだろうね。

 そんな嫌そうな顔しないでよ。対局中の雑談なんだから。


 この世界も、元いた世界も、結局は一部の人だけが甘い蜜をすするようなシステムだった。もしかしたら人間という生き物は、そうならざるを得ない性質を刻まれているのかもね。

 人が人である限り、本質的に顔も知らない他人の為には頑張れない。だから社会主義は広がらなかったし、私達が生きていた国も資本主義だったでしょ?


 種の保存が生物として絶対に正しいとは言わないけど、それよりも個人の幸福のみを追及する人間という種は、生物として根本から間違っているのかもね。あるいはそれこそ知性を得た生物の正しい姿なのかな?


 だとするならアーサー・レンフィールド、ヘルト・ハイラント。それにアレックス・ウィンターソンも。彼ら『ディッパーズ』や『W.A.N.D.(ワンド)』のヒーローと呼ばれる者達は、自身を顧みず他者を救おうとする者達は知性より本能を優先させる獣なのかな?

 そっちの方が間違いなの?

 他者を救おうとする人間が?


 だとしたらこの世界は本当に救いが無いね。

 切り離されたことで悪にされてしまった者は決して元には戻れない。そして切り捨てられた少数は救われず、必要悪の存在は許容される。こんな優しい人に厳し過ぎる世界なんて、どう考えても破綻してるよ。


 ならいっそ、一度壊してからそういう世界に創り直した方が賢いとは思わない?





    ◇◇◇◇◇◇◇





『ポラリス王国』の中心地、世界一高いビルの中。『バルゴ王国』で世界の命運を懸けた戦いが終わった翌日の事。ワーテル・オルコット=バルゴの情報操作の影響で、『W.A.N.D.(ワンド)』本部のほとんどの者が知らなかった事もあり穏やかな時間が流れていた。


「がぁー! 面倒くさいったらありゃしねえですよ!!」


 書類の山が積み重ねられている小さな倉庫。そこで調べ事をしていたミリアム・ハントは両手に持っていた書類を宙に放り投げながらうんざりしたように叫んだ。

 その対面で、ミリアムと同じ『ナイトメア』に所属しているリリアナ・ストライダーは綺麗な姿勢でファイルをめくっている手を止めてすっと視線を上げる。


「良いじゃないですか。暗殺ばかりの日々に比べたら平和なんですから」

「そりゃそうですけど……この書類、どれだけありやがるんですかって話ですよ」


 この倉庫の書類は全て、前長官だった柊木(ひいらぎ)國帯(くにおび)が使用していたり集めていたものだ。この倉庫の存在自体、彼は誰にも知らせていなかった。紙媒体なのも他人に盗み見られるリスクを最大限防ごうとした結果だ。

 数日前、現長官であるヘルトがこの倉庫の存在を見つけ出し、丁度仕事が無かった『ナイトメア』に整理の任が与えられた。三人がかりで数日やっても終わりは見えず、さらに本日は暫定リーダーであるユキノ・トリガーは休暇の日なので、今は二人で作業中だ。流石に数日も同じ作業で籠もりっぱなしではミリアムのように限界も来る。


「大体、仕事を押し付けて来た長官はどこにいやがるんですか? ここ最近、音沙汰ねぇって嘉恋(かれん)さんがぼやいてましたけど」

「今に始まった事ではないでしょうし気にしなくて良いんじゃないですか? それより手を動かして下さい」

「なんでリリィは前向きなのかが分かんねえですよ……ん?」


 ぶつぶつ言いながら改めて適当な書類を手に取って目を通す。すると何かに気づいたのか、ミリアムの動きが止まった。


「……リリィ。たしか長官が長官になった経緯って『パラサイト計画』でしたよね?」

「ええ、それが?」

「その後、長官がいくつかの『暗部』を解体したんですよね? 私達『ナイトメア』みたいに」

「要領を得ませんね。何が言いたいんですか?」

「まだ終わってねえって事ですよ。大元の『ドールズ』は今も健在。それにこの資料が事実ならやべえ事が起こってやがります。すぐに連絡しねえと」


 ヘルトには繋がらない事は分かっているので、すぐに嘉恋の方にマナフォンで連絡を取る。何かあれば連絡するとあらかじめ言ってあるので、すぐに応答があった。


『ミリアムか。どうした?』

「嘉恋さん。実は『W.A.N.D.』と『ポラリス王国』がヤバいかもしれなくて―――」


 そしてミリアムが覚えているのはここまでだった。

 ぐわん、と視界が歪んだかと思うと視界の端でリリアナが倒れ、次いでミリアムも倒れてしまった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「ミリアム? ミリアム!? 何かあったのか!?」


 どれだけ呼びかけてもマナフォンからは無言しか返って来なかった。そして遂に通話自体が切れてしまう。


「何かあったんですか……?」

「……分からない」


 凛祢(りんね)の問い掛けに答えながら嘉恋はすぐにヘルトに連絡を取る。しかしどこで何をしているのか一向に繋がる気配が無い。


(まったく……こんな時にどこで何をやっているんだ、少年)


 彼の事を疑う気は一ミリもない。だが明らかに異常な事が起きている中で理由も分からず不在では文句の一つでも言いたくなる。

 一週間ほど前。アーサー・レンフィールドが向かった『バルゴ王国』で何かが起きていると知ってから姿を消し、今日まで音信不通。『バルゴ王国』に向かった訳ではないようだが、出て行く前に一言だけ言っていた。

『W.A.N.D.』と『ポラリス王国』がヤバいかもしれない、と。


(ミリアムも同じような事を言っていた……気になるな)


 まとわりつくような嫌な予感。それを明確に感じていると今度は備え付けの電話は鳴った。内心嫌々取って要件を聞くと、あからさまに眉を潜めて溜め息をつきながら電話を切った。


「誰からですか?」

「理事会に呼ばれた。今から行って来る。悪いが留守を頼む」


 間が悪すぎて嫌気が差して来るが、ヘルトの代わりにも出ない訳にはいかない。仕事の続きは凛祢とアウロラに任せてさっさと向かう事にする。

 いざ嘉恋が部屋の中に入ると、そこにはすでに立体映像で姿だけが投影されている理事の面々と、嘉恋と同じように呼ばれたのか先客がいた。


「おじ様も呼ばれていたんですか?」

「副長官。今は公務で立場は君の方が上だ。呼び捨てで良い」

「……失礼。気を付けます」


 嘉恋がおじ様と呼んだのは御厨(みくりや)影人(えいと)だ。五〇代の白髪の男性で、嘉恋の父親で元長官の國帯の古くからの親友だ。嘉恋も幼い頃から彼を知っており、ヘルトも多少なりとも信頼しているのか『キャンサー帝国』に向かった時は代理を任せていた。


『揃ったな。では早速だが柊木副長官。長官はどこにいる?』


 姿が見える理事は男三人女一人の計四人。あと何人かいるが今日はこの四人だけのようだ。彼らの顔は表に出ていないので、嘉恋も初めて見る顔もある。

 その威圧感に怯まず、六〇代くらいの男からの詰問に嘉恋は堂々と答える。


「別件に取り込み中だ。今日は顔も出していない」

『もう一週間だ。長官としての自覚が足りないんじゃないか?』


 そんな声が一人から聞こえてくるが、おそらくほとんどの者が同じような事を考えているのだろう。そもそもヘルトが長官になった時から、若い上に突然現れた彼をよく思わない者は多い。それが今日まで辛うじて許されているのは、圧倒的な実力と能力故だ。それは戦闘面だけでなく多方面に対して。


「彼の仕事ぶりは理事の方々もご存じでしょう? 彼が姿を現さないなら理由があるはず。もう少し待ってもよろしいのでは?」


 御厨が嘉恋に助け船を出すが、正直に言うとありがた迷惑だった。こういう手合いに対して御厨のような言葉は無意味どころか逆効果になりかねないのだ。


『いいや限界だ。御厨くん、君は彼を肯定的に捉えているようだが、「W.A.N.D.」内にはよく思っていない者が多い。特務部隊の組織もそうだ。彼が自由に動かしている私設部隊のようになっているが、元々非合法な手段を用いていた連中だ。彼がいなくて制御できない以上、「ナイトメア」を初めとする特務部隊と通常の職員として迎え入れた元『暗部』の人間の即刻拘束処置を命じる』

「なっ……それはやり過ぎではありませんか!? 彼らは成果を上げて『W.A.N.D.』の業務に尽力してくれています。この措置はあんまりではありませんか!?」

『御厨。治安維持の為には手を噛まれてからでは遅いのだ。特務部隊は全て解散、元『暗部』職員と含めて拘束処置、そして柊木副長官と卯月、アウロラの両名は別命があるまで業務を停止。本部からの外出も禁止させて貰う。その間は御厨、君が業務をこなせ』

「……ヘルト・ハイラント長官は今まで世界を守る為に尽力して来た。それは今も、ただいるだけで大戦を防げているようにな。その彼がいないなら危険に対処しているという事だ。理事達にはそれが理解できないようだがな」


 嘉恋や御厨の立場で何を言おうと、理事会の決定は覆らない。

 だが言わずにはいられなかった。例えそれで理事会の反感を買おうとも。


『口には気を付けたまえよ、柊木副長官。君の存在などいくらでも替えが効くのだから』


 結局、成す術なんて何も無かった。

 面倒で無意味にしか感じない人間の社会構造だが、根深いからこそ単純に解決できるような事でもない。ひとまず今は言う通りにして、ヘルトの帰りを待つ事しかできない。

 通信が切れて投影された理事達の姿が消えると、御厨は盛大な溜め息をついた。


「相変わらず堅苦しくていかんな。嘉恋も辛いだろうが、しばしの辛抱だ」

「ええ、分かっています。しばしの間、『W.A.N.D.』の事を頼みます、おじ様」

「ああ。何かあれば相談してくれ。私も報告する」


 ここには二人しか残っていないので、昔ながらの口調と雰囲気で二人は話していた。面倒な事態になったが、指揮を執るのが信頼できる御厨だけなのが救いだ。

 とりあえずヘルトが帰って来たら文句の一つでも言ってやろうと誓い、二人は共に長官室の方に足を進めた。

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