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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:昊編 いつかきっと未来の先で Life_is_a_Series_of_Choices.
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467 償いの為に

 戦いの後、別れの言葉も告げずに人知れず消えている者がいた。

 名は神道(しんどう)六花(りっか)。彼女は『ディッパーズ』ではない。その所属は『ストレンジャーズ・オブ・マルチバース』。本来なら過剰な干渉を禁止されている彼女が戦いに参加した理由の一つは、共に来た伏見(ふしみ)大地(だいち)がそれを許可したからだった。


「無事に戻ったな。破滅は防げたみたいでなによりだ」

「そうだな。でも贅沢を言うなら『バアル』の起動を止めたかった」

「ああ、確かにな」


 彼らの立場で重要なのはこの『ユニバース』の破滅を防ぐ事ではない。問題は『無限の世界』インフィニット・ユニバースへの影響を防ぐ事だ。

 ハッキリ言ってしまえば、ヴェールヌイの『無限の世界』への攻撃は防ぐべきものだったが、最後の『バアル』の暴走については絶対に止めなければいけないものではなかった。あれで滅びるのはこの『ユニバース』のこの『惑星(アース)』だけだったからだ。


「リアス・アームストロングが『無限の世界(マルチバース)』の扉を開いたくらいなら問題は無かった。そこまでなら珍しい話じゃないからな。ただヴェールヌイが『バアル』を用いて行った数多の『無限の世界(マルチバース)』を繋いだ行為はマズい。どれだけの『ユニバース』の時間軸に影響が及んだか……」

「……『回帰』(リカージョン)『絶望』(ディスペア)。この『ユニバース』の人達は生き残れるのか?」

「期待をするだけだな。いつも通りに」


 その時、彼らの目の前の空間にき裂が入って青白い光が洩れた。同時に二人の周囲がステンドグラスのような空間に包まれ、殺風景な倉庫の景色が無くなる。


「お出ましだ」


 き裂が少し砕け、向こう側からさらに光が漏れる。


『伏見大地。神道六花。申し開きを聞きましょうか』


 姿は現さず、それは声だけが聞こえて来た。

『ウォッチャー』。アーサーとも因縁がある、『ストレンジャーズ・オブ・マルチバース』のトップだ。


「この『ユニバース』は特別だった」


 明らかに責めている口調の『ウォッチャー』に、大地は動じる事なくそう返した。


『だから六花を戦いに介入させたと? いつも言っているはずです。必要以上に干渉すれば……』

「『無限の世界(マルチバース)』に予期しない影響を及ぼす、だろ? 分かってる」

『その上での行動ですか?』

「そうだ。ここは『無限の世界(マルチバース)』の重心である『セントラル・ユニバース』で、アーサー・レンフィールドはカケルと『何か』に接触した『担ぎし者』だ。ここで失うにはあまりに惜しい。カケルはアーサーこそが自分の次の挑戦者だと確信していた」

『あなたは「彼」(大空カケル)を過信しすぎでは?』

「否定はしない。だが俺も信じてる。彼こそが俺達の『希望』だ。『何か』を倒すと誓った信念がそう言ってる」


 どれだけ責められようと、一切動じない大地。その姿勢にしばらく無言の時間が流れたが、やがて答えを出した『ウォッチャー』の方から言葉が放たれる。


『……今回の介入は特例として不問とします。ですがこの介入で「回帰」(リカージョン)「絶望」(ディスペア)へのカウントが短くなったはずです。仮にアーサー・レンフィールドに可能性があるとしても、今はまだ時期が早い。そうではありませんか?』

「ああ、その通りだ。彼には……彼らにはまだ時間が必要だ」

『ではすぐに次の「ユニバース」へ向かって下さい。休む暇はありません』


 その言葉の直後、き裂とは逆方向に『次元門(ゲート)』が現れた。次の守るべき時間軸がある『ユニバース』への入口だ。


「不問とは言ってたけど、これは休暇無しが罰則って事で良いのか?」

「この程度で済んで良かった。次の『ユニバース』は俺がメインで動くから少し楽しろ」

「オレは目一杯戦えてむしろ気力充実って感じだけどな」


 軽口を叩きながら、二人は『次元門』の中へ入って行く。

 彼らにとっての次なる戦場へ向かって。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 自身の父親を王宮の地下に閉じ込めて、エリザベスは『バルゴパーク』に戻って来ていた。

 今、ここにはほとんどの国民が集まっている。そして皆が今日の説明を求めている。

 ユウナとユリのおかげで混乱は起きていない。そんな彼らを前にステージに立ったエリザベスは、一度大きく息を吐いてから言葉を放つ。


「皆、聞いて欲しい」


 今、この瞬間から本当の王女として始める為に。

 エリザベスは逃げずに彼らに向き合う。


「この一週間、今日までこの国であった事を、この場で全て説明するにはまだ全貌が把握できていない。だが後日、必ず皆に伝える事を約束する。そしてここで一つだけ断言できるのは、悪夢は終わったという事だ。明日からは日常が戻って来ると約束しよう」


 こんな言葉だけで納得して貰えるとは思っていない。だが信頼は一朝一夕で得られるものではない。これから時間をかけて勝ち取って行くしかないのだ。

 それから混乱しないように、丁寧にこれからの動きを伝えて、家が無事な者達は家へ、今日の戦いで家を失ってしまった者は『バルゴパーク』や街のホテルの方に誘導し、今回の一件は本格的な収束を見せた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 後に語り継がれる今日の事件、そしてエリザベスとワーテルのこれまでの関係図やテロ組織として説明される『ノアシリーズ』という集団。

 その陰で決して語り継がれる事の無い戦いで世界を救った『シークレット・ディッパーズ』の面々は『バルゴパーク』の地下に戻って来ていた。表舞台のこれからの事はエリザベスやユウナにしか出来ない事なので、戦闘専門の『シークレット・ディッパーズ』の役割は終わりだ。

 そもそも彼らにはこれ以上何かをする体力が残っていなかった。まだネミリアの事など対処すべき問題はあるが、ひとまず未来の窮地を脱した安堵もあり、戻って来たみんなは、それぞれの部屋に戻る手間すら惜しんですぐに倒れるように眠りについてしまった。

 その中で一人、軽い休息は取ったものの動き続けている者がいた。疲弊していない訳ではないし、できるならすぐにでも倒れ込みたかったが、彼女にはどうしても今日の内にやっておかなければならない事が残っていた。

 比較的元気が残っていたクロウやミオに協力して貰いながらアーサーとネミリアを医務室に寝かせ、コミュニティルーム兼食堂のソファーやカーペットの上で寝ているみんなに毛布をかけたりして時間を潰し、夜になってから行動に移った。

 メア・イェーガー。彼女は険しい顔つきで、重い雰囲気をまとったまま一人で通路を歩いていた。

 目的の人物がいる部屋に着くと、ドアを三回ほどノックする。すると中からすぐに入室を促す声が返って来たので、ドアを開けて中に入った。


「む? 誰かと思えばそなたか」


 格好こそラフだがデスクに座って作業していたのはエリザベスだ。その傍らには真の国王となった彼女の補佐役となったメイド服姿のルイーゼもいる。表向きだけでなく本当の国王となって仕事は山のように増えたが、大きな問題が片付いたからかエリザベスの表情は晴れたものだった。


「……レンくんかと思った?」


 入室前はすぐに本題に入るつもりのメアだったが、彼女の晴れ晴れとした姿を見て言い淀んでしまい、結局出てきたのは別の話だった。エリザベスはそんな葛藤には気付いた様子もなく、薄く笑みを作って素直に答える。


「否定はせぬ。それほど意外だったのだ。そなたが余と二人きりなのは初めてではないか? 正直、そなたには避けられていると思っていた」

「……、」


 その指摘は正しかった。

 事実、メアはエリザベスの事を避けていた。その鋭い洞察力に関心したが、同時に無意識に自分の中の迷いがそうさせているのだと気付いて律するように浅い呼吸を挟む。


「それで、こんな遅くにどうしたのだ? そなたも疲れているだろう。しばらくはゆっくり休んだらどうだ?」


 エリザベスの方から促されて、すでに自身の弱さを自覚しているメアは心の内で感謝した。

 そして透夜(とうや)の言葉を思い出し、内側から生まれる嫌な震えを感じながら勇気を振り絞ってエリザベスの目を真っ直ぐ見据えて話し出す。


「……話さなきゃいけない事があるの。あなたの母親の事で……とても大切な話が」


 母親の事という言葉とメアの泣き顔に似た神妙な面持ちから流石に感じるものがあったのか、エリザベスは少し表情を強張らせてメアの言葉を待っていた。だからこそメアは逃げずに、その真実を知るべき人に決定的な言葉を放つ。


「私……殺した人を知ってる」

「……何、だと……?」


 話題が話題なだけに流石に動揺して驚きの表情を浮かべたエリザベスだが、すぐに自身を律して佇まいを戻すと改めてメアと向き合う。


「まさか……有り得ぬ。余もあの事件については調べられるだけ調べた。無論、父上も。それでも何も出て来なかったから父上はあのような行動を取ったのだ!! 何か巨大な権力が関わっている事は何となく察しておるが、いくら『ディッパーズ』とはいえ知っているはずがない! そもそも知っていたのならアーサーが教えてくれたはずだろう!? いくら恩人とはいえ、この件に関してからかうような真似をするなら余は……ッ」

「メアリー=(ノア)=ラインラントだよ。当時はそう名乗ってた」


 激昂するエリザベスを抑えるように、メアは静かに言い放った。

 その言葉の意味を理解しかねているのか、それとも唐突過ぎて動揺しているのか、困惑しているエリザベスに念押しするように続けて、


「……私の事だよ」


 そこでメアは、自分が涙を流してる事に気付いた。

 そんな資格が無い事は分かっていた。でも理性では止められなかった。堰を切ったように涙がとめどなく溢れ、傍から見れば衝撃の事実を告げられたエリザベスの方がまだ冷静だった。


「……どうして、そなたが……」

「……どうしようもなくて……」


 そこから先は、自分でも驚くほど言葉が溢れて来た。

 過去の自分がどういう組織に属していて、そこでどんな非道な行いに手を染めて来たのか。暗殺者として育てられて数え切れない人々を殺し、その中でエリザベスの母親も殺した事。それが全て今回の『ノアシリーズ』の一件に繋がってしまった事。


「……本当にごめんなさい。私は取り返しのつかない事をしてあなたを傷つけた。この罪はどうやっても償えないのは分かってる。だから……っ」

「もう良い」


 メアの言葉を遮ったエリザベスは深く息を吸って吐き出すと、幾分か晴れた顔つきで彼女の顔を見る。


「今のそなたを見れば、どれだけ苦悩して来たのかは分かる。そなたが何をして来たにせよ、それを責めるつもりはない。母上を殺した事もな」

「でも私は……ッ」

「そなたには断る権利が無く、誰かの都合で命令に従っただけだ。そなたは暗殺者として感情を抱かず人を殺すように育てられたのかもしれぬが、今はそれを悔いる事のできる人間になった。その時に生まれ変わったのだろう? それに今回は余やこの国を救う為に命懸けで戦ってくれた。だからそなたは余にとっては恩人で友人だ。恨む事など一つも無い。……恨むとするならば、そなたを利用した者達の事だ」


 それはメアも同意見だった。

 今までずっと逃げていた。暗殺部隊だった『ナイトメア』が『W.A.N.D.(ワンド)』によって特務部隊に代わり、自分はそこから『ディッパーズ』のメンバーになった。アーサーの生き様に憧れ、世界を守る為に戦い、過去を置き去りにしようとした。

 でも向き合う時が来た。古巣の『ドールズ』を訪ねるべきだ。


「……必ず見つけ出す。今回の事件の裏で糸を引いていた人物を。そして償いをさせる」

「ああ……出来る事なら頼む」

「うん……必ず。ありがとう……リザ」


 そしてすぐにメアは部屋を出た。ああ言っていたが、こんな話を急に聞かされて大丈夫な訳がないのは流石に分かる。いつまでも母親を殺した人の顔を見ていたくはないだろうし、一人で整理する時間も必要だろうと思っての行動だった。

 自分がどこを歩いているのかも分からず、無意味に通路をよろよろと歩き続ける。


「おつかれ、メア」


 と。

 目の前から声をかけられ、俯いていた顔を上げるとそこにはメアが今一番会いたいと思っていた少年の姿があった。


「透夜くん……」

「話はできた?」


 自分が何をしていたのかお見通しのようで、彼は優しくそう聞いて来た。

 今はそれがとても救いになり、ぎこちないながらも僅かに笑みを浮かべられた。


「うん……責めるつもりは無いって言ってくれた。恩人で友人だって」

「そうか……でも、まだ終わらないんだろ?」

「帳簿が真っ赤だからね。どれも償えない事ばっかりだけど……リザみたいに話す事で救える人がいるなら試してみるよ。でもその前にリザのお母さんの殺しや今回の事件の始まりからずっと糸を引いてる黒幕を見つける。それをしないと前に進めないから」

「ならまた別行動か」

「うん。私は『ポラリス王国』に向かうつもりだから、流石にみんなで一緒に行くには危険だからね。まずは『ナイトメア』のみんなと合流してみるよ」


 今の身分で『人間領(ゾディアック)』の中心地たる『ポラリス王国』に行くリスクは理解している。それでもこれだけは、必ずやり遂げなければならない。


「なら僕も一緒に行くよ」

「ぇ……」


 当たり前のようにそう言った透夜の言葉に思わず間抜けな声が漏れた。それを見た透夜は当然だと言うように肩を竦めて、


「メアって落ち着いてるように見えるから大人びてる感じだけど、本当は繊細な女の子だって知ってるから。放っておくとまた危険な目に合いそうだし……それにもう他人じゃないから。メアが抱えてるもの半分背負うよ」


 本当に、自分には勿体ないくらいの幸せだと思う。

 だけどもう、彼に対しては自虐的な事を言う必要は無いと分かっている。だからこの気持ちを表す為に、メアは透夜の胸に飛び込んだ。


「……ありがとう、透夜くん。……えっと、その……好き、だよ?」

「うん。僕も好きだよ、メア」


 背中に回された腕から、彼の熱が伝わって来る事をとても幸福なものだと感じた。

 それを恥じる事なく享受する為にも、きちんと過去と向き合う必要がある。これまで過去の精算をする第一歩、その為に『ドールズ』の首魁を探し出して償いをさせる。所属していたにも関わず輪郭も掴めていない相手だが、透夜と一緒ならきっと何とかなる。そう思えた。

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