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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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53 タウロス王国を取り戻せ

 その演説と共にもたらされた変化は、『タウロス王国』の空を飛びまわっている彼らにも伝わっていた。


「……すごいな」


 その光景を見て、アーサーは思わず呟いた。

 きっとそれは、アリシア自身の人徳がもたらした変化だったのだろう。いつでも国に住む彼らの事を考えていた彼女だからこそ起こせた奇蹟だったのだろう。

 無駄ではなかったのだ。

 三年間の報われぬ抵抗も、一年間の孤独の戦いも、決して無駄ではなかったのだ。

 それは目の前の光景が証明してくれていた。守ろうとしていた人達が、行動で示してくれていた。


「……ああ、まったく」


 その変化が、ドラゴン打倒への根本的な力の足しになる訳ではない。

 その変化が、劣勢な現状を打破する起爆剤になる訳でもない。

 けれど、その変化は不思議と力の湧いて来るものだった。無意味だと切り捨ててしまうには、あまりにも心に響く変化だった。

 だからきっと、その変化は無駄ではない。

 アリシアの言葉を受けて動き出した彼らの姿は、こんなにも眩しく見えるのだから。

 人のそういう部分が好きなのだと、無力な少年は改めて拳を握る理由を再確認する。


「こんな光景見せられて、燃えない訳がないよな!!」

「ええ、当然よ!!」


 フレッドの力は確かに強力だ。現状、この国において最高戦力を誇っている。

 武力では誰もフレッドには敵わないだろう。アリシアとフレッド、強者はどちらかと問われれば、答えは間違いなくフレッドだ。

 しかし、それでも思う。


 違う、と。

 こんなのは本当の強さじゃない、と。


 民への慈愛をいつも胸に、民もまたそんな者に尽力してくれている。これこそが王の在るべき姿ではないのかと、アーサーは心の底から思った。

 たしかに強者はフレッドなのかもしれない。

 でも、真の王はどちらかと問われれば、答えは間違いなくアリシアだと断言できる。そう信じてる。


「サラ、コロッセオに誘導するぞ」

「誘導してどうするつもり?」

「決まってる。あいつが作った『竜臨祭』の大元だ。あいつ自身に壊してもらおう」

「それは良いアイディアね」


 サラも愉快そうに言うと、何度目かも分からないハネウサギの脚力による加速を行う。

 本来、ハネウサギの超加速は連続で使う事を想定されていない。それは一度で大体の天敵から逃れられる事もあるが、一番の理由は脚への負担が大きいからだ。

 それを何度も連続で使用しているのだから、サラの疲労も限界を通り越しているだろう。しかしサラは泣き言一つ言わず、アーサーの指示する方へと飛ぶ。

 そして何度かの加速を繰り返し、アーサー達は目的地の近くにまで辿り着いた。


「地図だとこっちの方に居住区はないって書いてあったけど、情報通りだな。これで周りへの被害を考えないで済む」

「それは良いけど、肝心のドラゴンを倒す策の方は思い付いたの?」

「ああ、そのための誘導でもあるんだ」


 そうしてやっと全てが始まったコロッセオまで戻ってくる。するとあれだけ賑わっていたのがまるで嘘のように、コロッセオには人一人いなくなっていた。

 普段賑わっている場所が静まり返っている様子は何とも言えない物寂しさがあるが、感慨に浸っている暇はない。アーサーの狙いはコロッセオにドラゴンが通る事で、いつまでも留まっていたら踏み潰されてしまう。


「サラ、まだ飛べるか?」

「飛ばなきゃいけないんでしょ? 無理でもやるわよ」

「無理させて悪いな、あと少しだから頼む」


 そしてサラはアーサーの指示通り、コロッセオから数百メートルほど離れた場所に着地してアーサーを下ろす。


「本当にこんな近くで平気なの?」

「心配ない。これで全部終わらせる」


 後ろを振り返ると丁度ドラゴンがコロッセオに接触する所だった。

 アーサーもサラも、それを固唾を飲んで見守る。

 そして中からも操作できるはずなのに、ドラゴンはコロッセオを意にも介さず蹴り砕きながら進む。なんら影響はなかった。ドラゴンはアーサー達の期待を裏切り、コロッセオを抜ける。


「ダメよ、アーサー。コロッセオでもドラゴンを倒すまでに至らない!!」

「……あと、三歩かな」


 しかし絶望したようなサラとは対照的に、アーサーは落ち着いた様子で突拍子の無い発言をする。


「何変な事言ってるのよ! ドラゴンがいくら歩こうと同じでしょう!? 早くここを離れるわよ!!」

「二」


 しかもサラが止めても、それを止めようとしない。

 何かのカウントダウンのように続けるその姿は、この後に起きる事を確信しているようだった。


「一」


 そんな事も知らず、ドラゴンはアーサーの思い描いたルートを我が物顔で進む。向こうも向こうで、勝利を確信しているようだった。


「ゼロ」


 そしてアーサーのカウントが終わった、その瞬間だった。

 グバアッッッ!! と凄まじい爆発がドラゴンの丁度足元で起こった。

 それなりに離れていたはずなのに、凄まじい爆風がアーサー達の元にまで届いて来た。腕で顔を覆うようにして踏ん張ってやり過ごし、隙間から爆心地の様子を伺う。

 爆心地からは黒い煙が上がっており、そのせいでドラゴンの姿は見えなかった。


「なんで急に爆発が!? アーサーはこうなるって知ってたの!?」


 突然の爆発で少しパニックになっているサラに、アーサーは不敵な笑みを浮かべて答える。


「地下に下りてすぐに入った施設で、天井近くの機材に誘爆するように『モルデュール』を仕掛けてただろ? あれを爆破したんだ。元々は逃げ道を作るために仕掛けてたけど、こんな形で使うとは思ってなかったよ」

「それで!? 得意げに語ってるけど、あいつを倒すための秘策ってこれの事じゃないわよね!? あんな巨体相手に足元の爆弾なんて効く訳ないじゃない!!」


 サラの言った通り、煙が少し晴れた場所からドラゴンの姿が再び眼前に現れた。下半身に多少の傷はできていたが、平然と立っていた。


「ほら、やっぱりダメよ。あの爆発でも倒すどころか、ほとんどダメージにもなってないわ!!」

「いや……」


 しかしアーサーはその言葉を否定し、右手で銃の形を作る。そして銃口を突き付けるように人差し指をドラゴンに向けて、嘲笑うかのような笑みを浮かべる。


「これで俺達の勝ちだ!!」


 アーサーが高らかに勝利宣言し、ドラゴンが再び歩みを始めたその直後だった。

 ぐらり、と。

 比喩でもなんでもなく、ドラゴンの体が地面に沈んだのだ。


「確かに足元の『モルデュール』と機材への誘爆の爆発であいつを倒すっていう考えもあった。でも俺の本当の狙いはそっちじゃない。俺が狙ったのはあいつの足じゃなくて、足元そのものだったんだ!!」

「何を言って……」

「サラはあの下に何があるのか忘れたのか?」


 少し考え、それからハッとしたようにサラは呟いた。


「貯水場……」

「そう、それも水深一〇〇メートル以上のな。あいつは二〇メートルくらいだから、頭までどっぷり浸かるのに何の支障もない」


 ここまで来ると、サラにもアーサーの狙いが分かった。その上で、不安な点を挙げていく。


「でも、あれだって生物でしょ!? 浮いて来たり、あるいは泳げたりできるかもしれないじゃない!!」

「いや、それはあのドラゴンには当てはまらない」


 しかしアーサーは落ち着いた様子で、


「動力は魔力でも、それを利用して体を動かしてるのは機械なんだ。高度な戦術AIも搭載してるみたいだし、当然水や電気には弱いはずだ。たとえ防水してたとしても、水深一〇〇メートルの水圧に耐えられる事なんて想定していないはずだしな。そして浮いて来るかもって話だったけど、生物だって水死体は沈むだろ? そもそも人が浮くのって肺に入ってる空気が主な原因なんだ。呼吸を必要としない、さらにただでさえ重いのに大量の機械部品で欠損部分を補ってるんだ。手足をかいたくらいじゃ浮かんで来られないよ」


 そんな会話をしていると、いよいよ本格的な崩落が始まった。

 ドラゴンは何の抵抗もできず、重力に従って足場と共に地面の下へと落ちていく。

 しかしフレッドも簡単には終わらない。

 最後の悪足掻きにと、ドラゴンの腕がまだ崩れていない地上にかかり、その頼りない二本の腕で巨大な体躯の全体重を支える形で静止した。

 そしてAIが判断したのか、中からフレッドが動かしたのか、ドラゴンの巨大な翼がはためいた。

 もし飛べるとしたら、いよいよ打つ手が無い。後は黙って惨殺されるのを待つだけだ。

 しかしそれは杞憂に終わった。想定通りに動いたのは機材で再現された鋼の翼の方だけで、生身のままの翼は一切動いていなかったからだ。

 中のフレッドの苛立ちを表しているように、ドラゴンの鋭い眼光がアーサー達を射抜く。


「……今まで俺達人間の都合で振り回して悪かった」


 思えば、今回の事件で一番の被害者は目の前のドラゴンだったのかもしれない。

 五〇〇年前なんていう、十数年かそこらしか生きていないアーサーには想像もつかないくらい昔に、異世界から来たとかいう勇者達と建国前の『タウロス王国』を救ったとされる守護龍。

 もうずっと地下深くで眠り続けていたのに掘り起こされ、体中弄繰り回されて機械だらけにされ、誰のものとも知れない大量の魔力を注がれてAIで思考を制御されながらも体内からはフレッドに操作されて、改めて考えてみると散々な有り様だ。


「だけど、これで終わりにするよ」


 アーサーはそんなドラゴンに同情を込めて、祈りにも似た声音で言う。


「もう、眠れ」


 そしてアーサーの祈りが通じたのか、そもそも無理な話だったのか、頼りない地面はドラゴンの体重を支え切れずに崩落を始めた。

 アーサー達の眼前から地面に飲み込まれるようにドラゴンの姿が完全に消え、数秒後に先程の爆発音に負けずとも劣らない着水音が轟いた。

 その後も少しの間警戒したままだったが、何も起こらない事を確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。


「やった……ついにやったわよアーサー! 本当にドラゴンを止められたわよ!!」

「……ああ、そうだな」

「? なんだか浮かない顔ね。どうかしたの?」


 ようやく成し遂げた事に喚起するサラの隣で、アーサーは納得がいかないといった感じの表情で重い口を開く。


「……正直、ドラゴンが飛べるのかどうかは賭けだった。あの重量が飛べるとは思ってなかったし、実際にも飛べてなかった。結果オーライと言ってしまえばそれまでかもしれない。でもあのタイミングで動作不良なんて、ただ運が良かっただけなのか……?」


 そんなアーサーの素朴な疑問に、サラはさして考える様子もなく、


「それ以外に何があるのよ。フレッドが操作ミスをしたのかもしれないけど、そもそも機械じゃなくて生身の方の翼が動いてなかったし、調整不足だったって事でしょう? どっちにしろ運が良かったわ」

「……」


 サラの推察は正しいのかもしれない。そもそも今日が初めての起動だろうし、そんな欠点があっても不思議じゃない。

 けれどアーサーはその言葉に頷く事はせず、ただじっとドラゴンが沈んでいった場所を見つめていた。

 かつて勇者達と共に『タウロス王国』になる前のこの土地を守ろうとした守護龍が、失われたはずの自身の意志で翼を動かさなかったのではないかと、アーサーはそんな突拍子もない事を考えていた。


(まあ非現実的だけど、そっちの方がロマンはあるよな。俺だけそう思ってるくらいは良いのかもしれない)


 真相は分からない。

 だから結局、そういう事にしておいた。

ありがとうございます。次回で第三章も最終話です。

実はドラゴンの転倒方法はありました。ただその話はまた別の機会という事で。

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