462 信じることが最強の力
「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
けたたましい雄叫びを上げながら、『バルバトス』を駆るメアは大量のアンカーを射出させて目の前の『魔装騎兵』を貫いた。
もはや何体破壊したか分からない。後半はほとんど敵を見かける度に飛びつく反射のような行動だった。紬がヴェールヌイと戦いに行っているので、今『魔装騎兵』を止められるのは自分しかいない。その責任感だけが消耗した体を動かし続けられる理由だった。
新たに現れた三体の『魔装騎兵』にも怯まず、まず一体を確実に破壊するため全てのアンカーで滅多刺しにして破壊する。そして次の『魔装騎兵』に視線を映した時にそれは来た。
一つは上空から巨大な鎌を振り下ろして落ちて来た蒼い『魔装騎兵』。
もう一つは『魔装騎兵』の胸部を貫く青白く発光する人型の飛翔体。
「キャラルちゃん!? クロウくん!? えっ、二人共どうしてここに!?」
どちらもメアが知っている者で、すぐに『魔装騎兵』を破壊して見せた。そして二人は揃ってメアの方を向く。
『「シメイス」から警告音が酷くてな。乗ったら強制的にここに飛ばされたって訳だ。まさかこんな事態になってるとはなァ』
『私はアーサーに任されたから。彼は今、ヴェールヌイと最後の戦いに望んでる』
『予想はしてたが相変わらずあいつは事件の渦中にいンのか。呪いの度合はオレ以上だな』
「なんにしても二人が来てくれて良かった。『魔装騎兵』を破壊して回らなきゃなんだけど手伝ってくれる?」
『任せて』
『まあ、こうなったら仕方ねェな』
キャラルとクロウが加わり、もはや盤石の構えとなったここに不安はない。
あとはアーサーを信じて自分達にできる事をやるだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇
『バルゴパーク』。避難所になっているそこには、時間が経つごとに街中から人が集まって来ていた。すでにいっぱいいっぱいで、エリザエスが別件で離れた事もあり、ユウナとユリとミオの三人だけでは避難誘導も意味を成していなかった。
「もう大混乱よ!? どうするの!?」
今後の方針を話し合う為に一度地下の基地に戻って来ていた三人は、パークの様子をカメラ越しに見ながら頭を抱えていた。
「この大騒ぎでは放送を使っても指示が届くとは思えません。それにいつ倒れて怪我人が出るか……」
そもそも事情を知っていたのは三人だけだ。係員はいつもと同じ日常だと思っていたので、突然の事態に上手く対応できていない。
なんとかして『バルゴパーク』にいる全員に声を届ける為の方法を考えて、ユウナは一つだけ思い付いた。
「……ワタシが歌で注目を集める。それからみんなを誘導する」
自分で口にして、それしか方法が無いと確信した。結局自分には音楽しかなくて、自分が救われたように誰かを救う術もこれしか知らない。だからすぐに背に背負ったギターケースを開く。
「作りかけだけど派手に短く行く。ユリも手伝って」
「私も!?」
「うん。ユリが力を貸してくれるなら『バルゴパーク』中に音を届ける事が出来ると思う。それに元々そういう予定だったでしょ?」
「それはそうだけど……ああもう、分かったわよ。私も腹を括るわ」
半分自棄になったユリも覚悟を決めた。しかしまだ肝心の問題が残っている。ユリとユウナは演奏をするとして、ミオ一人では音響の操作やパーク中への放送はできない。操作を完璧にできる人手が必要だが、そんな都合の良い人は残っていない。
「それでしたら私が準備をします」
しかしどこからともなく、その問題を解決してくれる助っ人が現れた。彼女の登場に一番驚いたのはユウナだ。
「ルイーゼさん!? どうしてここに……」
「エリザエス様から頼まれました。皆さんの力になって欲しい、と。……今更、私の事は信用できないと思いますが……」
「っ……ううん、そんなことない!! ルイーゼさんが力を貸してくれるなら百人力だよ!!」
「ユウナ様……ありがとうございます」
ユウナの返答に感極まったのか、僅かに涙目になったルイーゼは深く頭を下げた。そして顔を上げた時にはすでに普通の表情に戻っていた。それからテキパキと動いて音響や放送の操作をしていく。
ミオはルイーゼのフォローの為に残り、ユウナとユリも準備の為に地上に戻る。そして早速二人は揃って元々準備してあったステージに立った。何人かがこちらに気付いたが、ほとんどは混乱で気にも留めていない。
そんな彼らの注意をこちらに向けなくてはならない。その重い使命をひしひしと感じながら、生まれて初めて出来た相棒に視線を向ける。
「ユリ、行ける?」
「……まあ、なるようになるわよ」
「練習通りなら大丈夫。周りは気にしないで、ワタシと音にだけ集中して」
ユウナなりに考えた唯一の策。もしかしたら、こんな時に不謹慎だと怒声が飛んでくるかもしれない。
でもみんながそれぞれの場所で戦っているように、自分達に出来るのはこれしかないと思うから。
だからユウナは力強く玄を弾き、ありのままの自分の姿をさらけ出すように歌声を響かせる。
◇◇◇◇◇◇◇
王城のテラス。人気の無いそこで椅子に座り、こんな状況だというのにワインを嗜んでいる男の姿があった。
「世界の終わりを護衛も付けずに高みの見物か。良いご身分だな、ワーテル・オルコット=バルゴ」
「……お前か」
そんな彼の背後に現れたのは、『バルゴ王国』現王女にして彼の実の娘であるエリザエス・オルコット=バルゴだ。彼女はワーテルの正面に座って彼と向き合う。
その時、三〇〇メートルの塔の屋上で弾けた衝撃が天を割った。暗雲の切れ目から差し込む陽光が二人の事を照らす。
「あれは父上が支持した『ノアシリーズ』頭目のヴェールヌイと、余が助力を求めたアーサー・レンフィールドの最終決戦だ。あの戦いの行方がこの国と世界の行く末を決める」
「……誰も彼女には勝てん。例えアーサー・レンフィールドだとしてもな」
「ヴェールヌイは世界を滅ぼすつもりだ。父上はそれを知っておるのか?」
娘の問い掛けに、ワーテルは落ち着いた様子でグラスを煽った。その姿には世界が滅ぼされる事に対する動揺は一切無い。
つまり、
「知っていてなお、か……理由はやはり母上か?」
「利害の一致だ。あいつは世界を恨んでいる。この世界を破壊してくれる。これ以上の事は無い」
「母上はそんな事を望んではおらん」
「ああ、だが私がそう望んでいる。もう全て手遅れだ」
「そうか。では話し合いは後にして、余達は座して待つとしよう。何も手遅れなどではないからな」
そう言って腕と足を組んだエリザベスは、本当に会話を止めて塔の方に視線を向けた。流石の行動にようやくワーテルの表情に変化があった。
「本当にただ静観するだけか?」
「ああ、余もアーサー達の勝利を確信しておるからな」
彼女の本当の戦いは、この戦いの後から始まる。
だから今の戦いは、相応しい者達に託した。
「王として、友として、今の余にできる最大限は皆を信じる事だけだ。……そなたとの決着は、その後でも遅くはあるまい」
アーサーの敵がヴェールヌイのように、エリザベスの敵はワーテルだ。
互いにその戦いには手出しができない。そしてアーサーが約束通り勝ったなら、エリザベスも覚悟を決めなければならない。
実の父親と決着をつける、その覚悟を。
◇◇◇◇◇◇◇
『リディさん。一生に一度のお願いです。どうか聞いてくれませんか……?』
昨日、唐突にそう言ったネミリアの事を、リディは途切れ掛けの意識の中で思い出していた。
あるタイミングで自分に『入替の魔眼』を使って欲しい。昨夜の時点で『訣魁』に至っていたリディは、視認しなくても位置さえ感知していれば出来ると確信していたので、共に同じ覚悟をした者同士という事もあり、その願いを聞き入れていた。
(……これが、本当に最後だ)
体に残った力をかき集め、リディは『入替の魔眼』の力を上空の『キングスウィング』の中にいるネミリアに行使してとある場所に飛ばした。
その瞬間、完全に力が抜けた。意識を保つ事すら難しく、横に倒れると同時に気を失った。
……。
…………。
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次に気付いた時、自分がまだ死んでいない事に驚いた。まあどのみち消える運命にあるので、少しだけ余命が伸びたに過ぎないが。
そして次に、自分の体が揺れている事に気付いた。
「起きたか。大丈夫か?」
誰かに背負われて移動していた。
起きた時に動いた事で、リディが意識を取り戻した事に気付いたのだろう。振り返った男の横顔は、少し違うがリディが知っている者の顔だった。
「……父さん?」
思わず呟いて、驚いた彼の顔を見てマズいと思った。
単純な話、彼はリディの事を知らない。それに未来が変わった時点で、リディがジェームズの娘として産まれる事は無い。
つまりは無関係なのだ。
「ああ、すまない……ちょっとボクの父親に似てたから、つい……」
「いや……良いんだ。それよりすぐに避難所へ連れて行く。それまで頑張れ」
『訣魁』のおかげなのか、あれだけの大怪我だったのに今は少し回復していて、喋る分には問題無かった。しかし腕の辺りから少しずつ塵が舞っているのを見て、もう長くないのだと悟った。
クロノのおかげでこの速度なのだろう。いよいよこの時が来たという気持ちと、未来を変えられたという想いで、自分の感情がよく分からなくなる。
「……ボクにはお前みたいな父親がいたんだ」
だから気付いた時には自分を運んでくれる広い背中に対してそう溢していた。
リディの置かれた状況に気付けないジェームズは、それを単なる世間話のように返答する。
「そりゃ幸せ者だな。あんたみたいな娘、俺も持ってみたい」
「お前なら大丈夫だ……間違いない。ボクが断言する」
全身から舞う塵の量が増えていく。
その不安から逃げるように、リディは腕に力を込めた。
「……ボクは事情があって父さんとあまり一緒にいられなかったんだ。次にあったら言いたい事が沢山あるんだけど……もし良かったら練習に付き合ってくれないか? いきなりだと言い淀みそうなんだ」
「ああ? 別に構わないが……」
そんな彼の言葉に甘えて、リディは終わりの時を予感しながらジェームズの耳元の口を寄せる。
「……ありがとう、父さん。ボクは父さんの娘で幸せだった。本当に……本当に、ありがとう」
ありったけの気持ちを吐露したリディは、満足そうな笑みを浮かべたまま全身が塵になって虚空へと消えて行った。
唐突に重さを失ったジェームズは足を止めた。そして辺りをキョロキョロと見回して呟く。
「……どうして、俺はここに……?」
世界の法則により、時間軸から存在が消えたリディは彼の記憶からも消失する。
これこそが真っ当な反応。どう足掻いてもジェームズがリディの事を思い出す時は来ない。彼が答えを得る日は来ない。やがて風化して、あの未来とは違う別の未来へと進んで行く。
この疑問も、湧き上がる喪失感も、流れる涙の意味すらも分からないままに。