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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:昊編 いつかきっと未来の先で Life_is_a_Series_of_Choices.
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459 双刃の鎧装 “Dual_Force.”

『古代鷲王天衝拳』ハーストイーグル・ロードスマッシュ!!」


 放たれた『天征(てんせい)』を避けるようにして飛び上がったアーサーは、ヴェールヌイの斜め上の方向から『無限(むげん)』の魔力を右手に収束させた『髭鷲天衝拳』(イーグル・スマッシュ)を放つ。飛んで来た『無限』の魔力の一撃に、ヴェールヌイは人差し指を親指で抑えた手を向ける。

 手を前に突き出さず攻撃の姿勢を見せている為、『無間』の強度は変わらない。しかしアーサーの攻撃は『無間(むげん)』にヒビを入れるに留まった。


「この『無間』にヒビを入れますか……!! 大した技ですね!!」


 入れ替わるように今度はヴェールヌイ側の攻撃がアーサーに向かって放たれる。宙にいるアーサーに『天征』を避ける術はなく、腕を交差させた防御の姿勢で受け止めて、後方の柱まで吹っ飛び背中を強打して下に落ちる。もし柱の間だったり材質が何かも分からない特別製でなければ再び一〇〇メートルのフリーフォールを体験する所だったが、今度は奇蹟的に戦線離脱をせずに済んだ。

『バアル』の起動者となったヴェールヌイの『無間』の強度は凄まじく上がっている。それを仮にも『ロード』の一撃で破れなかった。この事実はアーサーにとってかなり不利に働く。それも彼女の『無間』は集中する事でさらに硬くなるのに、それすら引き出せなかったのが痛い。


(……もう、俺の手札で『無間』を破るには『太極法(インヤン)』しかない……っ)


 そう結論を出すしかなかった。『無限』の魔力を使った攻撃は、アーサーにとって反動なく自由に発動できる技の中で最高威力だ。それが効かないなら『太極法』しかない。

 だが問題が一つ。残り三回という回数制限。つまりたった三発の攻撃でヴェールヌイを倒さなくてはならないのだ。


「げほっ……うッ……そろそろ、か……」


 体を起こし、四つん這いの姿勢でそう呟いたアーサーは『最奥の希望をそ(インフィニティ)の身に宿(・フォース)して』を解除すると共に、手を合わせて『紅蓮龍王(ぐれんりゅうおう)』を発動させる。そして当然込み上げて来た咳をするように、口から大量の血を吐き出した。


「その形態は三度目ですね」


 アーサーの変化を眺めながら、満身創痍のアーサーとは対照的に未だ傷一つ負っていないヴェールヌイはそう呟いた。


「それぞれの強化のインターバルを補うように発動しているようですが、気付いていますか? 発動する度にそれぞれの発動時間が短くなっている事に」

「……それがどうした?」

「お前も分かっていると思いますが、あえて断言しましょう。お前の体はもう限界です。今の吐血も私の攻撃が原因ではありませんね。お前、このまま行くと自滅しますよ? 死ぬつもりですか?」

「……死ぬつもりなんか毛頭ない」

「ですがそういった無理な力の使い方は、確実に寿命を縮めますよ?」

「……仮にそうだとして、今更俺がそんなものを怖がってると思うのか!?」


 拳を床に叩きつけ、両足と右腕の力で無理矢理上体を起こしたアーサーは、自らを鼓舞するようにヴェールヌイの問い掛けに吼えた。


「まだ立つんですか?」

「……俺は雑草なんでね、どれだけ踏みつけられようと立ち上がる。これくらいの攻撃屁でもない」

「口だけは元気ですね。打たれ強いのは理解しましたが、それもどこまで続くと思っているんですか? 見た限りあと数発で決着がつきそうですが」

「お前を倒すまで続ける。それにお前は打たれ慣れてないよな? こっちだって二、三発ぶち込めば逆転だ」

「それはお前が『無間』を破れるかどうかに懸かっていると思いますが?」

「破ってやるよ。そうしなきゃ勝てないって言うならな」


 その行動を理解できないと示すように眉をひそませて肩を竦めたヴェールヌイは、アーサーに向けようとしていた手を下げて代わりに口を開いた。


「……ヒビキが聞いた事を私も聞きたい」


 何かの罠か、と一瞬だけ思ったが、圧倒的優位にいるヴェールヌイがそうする必要は無いとすぐに判断し、敵意も感じなかったので『紅蓮龍王』を静かに解いて彼女の次の言葉に耳を傾ける。


「私はヒビキ以上に世界の『闇』を見てきました。中にはお前のように他者を想える人間もいましたが、それはごく少数です。ほとんどの人間は他者を陥れても何も感じません。そして例外無く善良な人々は排除され、悪意のみがこの世に蔓延る。それが真実です。……ヒビキの問いに答えなかったお前なら分かっているはずですよね? それなのに、何故お前は世界の為に戦うんですか?」

「……確かに俺も、世界の『闇』ってやつを少なからず見てきたよ」


 こんな世界で、こんな道で、多くの戦いの中でそれらを見て来た。ネミリアやミオの事だってその一部だ。直視し難い現実だってあったし、一人で直面していたら挫けていたかもしれない。


「でも俺は運が良かったんだ。世界を覆う闇なんかよりも、ずっと強い光を傍で見て来れた。俺にとっての世界は、みんながいるその場所の事だ。色んな場所に大切な人達がいて、誰かが戦わないとお前のいう『闇』ってやつのせいでみんなが悲しむ結末が見えてるから、俺が全部背負って戦うんだ」

「なるほど……正直、羨ましいと思いますよ。もしお前が現れるのがもっと早かったらと思います」

「そうだな……俺ももっと早くここに来たかった。そしたらアンタらの事も救えたかもしれないのに」


 二人は心の底からそう思っていた。

 戦いの途中だというのに、まるで旧知の間柄のように。

 けれどそんな空気は長続きしなかった。


「ふっ……どのみち過ぎた話ですね。私のは夢想、お前のは傲慢です」

「……だな」


 否定はしなかった。彼女の言う事に間違いはない。

 その瞬間にアーサーはいなかった。彼女達を救う事はできなかった。

 だから結局、戦う以外の道は無い。ヴェールヌイは世界を終わらせる為、アーサーは世界を存続させる為。勝った方が願いを叶えるという状況は何も変わらない。


「……ありがとう」

「何がです?」

「話をしてくれて。……おかげであんたの事を少し知れたし、インターバルが取れた」


 今の会話の間、身体強化を使わないで済んでいたのはデカい。すぐに体力が回復するような事はないが、それぞれの発動時間を稼げたおかげで最後の賭けに出る事ができる。


「限界を恐れてぐだぐだ戦っても消耗して敗けるだけだ。……だから、次が最後だ……もしこれでダメなら、俺の敗けだ」


『最奥の希望をそ(インフィニティ)の身に宿(・フォース)して』と『紅蓮龍王(ぐれんりゅうおう)』。今までインターバルの隙を無くす為に交互に発動していたそれを、今回は一度に両方発動して魔力と氣力を練り合わせていく。



「『太極法(インヤン)』―――『双刃の鎧装(デュアル・フォース)』!!」



 それぞれ魔力と氣力を使った最強の身体強化。その二つを合わせた状態は、間違いなくアーサーの最強の状態だ。

 これが、アーサーがヴェールヌイ戦に向けて用意していた奥の手。それぞれ限界まで使った時の反動を考えれば、この技の終わりに待っている反動は想像に難くない。

 何分、何秒、この状態を維持できるのか正確には分からない。そしてこれが切れた時はアーサー自身が自覚しているように敗北の時だ。


(……まだ、浅かった……)


 魔力と氣力。

 二つの力を練り合わせたものを纏いながら、アーサーは思う。


(『カルンウェナン』が魔力以外の『力』を掌握できるなら、『その意志はただ堅牢で(マナ・プロテクション)』は魔力以外も纏えるようになるはずだ。それなら『珂流(かりゅう)』で流せるのは魔力だけじゃない。氣力と呪力も流せるんだ)


 腕を弓形にゆっくりと引き絞り、集中して氣力と魔力を流していく。


「『業炎(ロック)―――!!」


 振り抜いた拳から魔力だけでなく氣力も流した事で、さっきよりも大きく早い炎を纏った魔力の塊がヴェールヌイにぶつかる。

 その一撃を『無間』で受け止めたヴェールヌイだが、すぐに顔色を変えて両手を前に突き出した。

 警戒を強めた理由は二つ。今の一撃の威力が予想以上に強かったのが一つ、そしてもう一つの理由はアーサーが握り締めた左手をすでに前に突き出していたからだ。それも一度だけに留まらず、炎の力を使って凄まじい速度で左右の拳を交互に突き出していた。


「―――天衝連拳(ラッシュ)』ッ!!」


 連続で放たれる『業炎天衝拳(ロック・スマッシュ)』はヴェールヌイに逃げる隙を与えず『無間』にダメージを与えていく。やがてヒビが入りそれが広がって行くと、ヴェールヌイは背後に『次元門(ゲート)』を開いてその中に逃れた。


「その手はもう食うか―――『業炎投擲槍』シュガール・ジャベリン!!」


 振り抜いた腕から魔力と氣力の燃える『投擲槍(ジャベリン)』が飛び、『次元門(ゲート)』から出て来た瞬間のヴェールヌイに襲い掛かった。前に突き出した左手の先の『無間』で防がれるが、その間にアーサーは肉薄する。


「―――『業炎刺突槍』ユニコーン・スティンガー!!」

「くっ……!?」


 肘から噴射された風と炎の『ジェット』で凄まじい速度で放たれた手刀を、空いている右手の先の『無間』で受け止めたが、ここまでの連撃で遂に限界が訪れた。あれだけ堅牢だった『無間』が粉々に砕け散ったのだ。

 再展開まで一秒。アーサーはこの瞬間に全てを懸けて、左足を力強く踏み込むと『廻天(かいてん)』を発動させて右手を腰に引く。


「『太極法』―――!!」


 この技は一度『無間』を破っている。それも今回は『廻天』だけでなく、魔力と氣力を練り合わせており、後が無いアーサーにとってこれが最後の一撃だ。



「―――『断空業炎天衝拳』ストライクロック・スマッシュッ!!」



 右足を前に踏み込み、『廻天』を発動させながら拳を突き出す。

 その寸前、それは起きた。

 アーサーの正面に小さな『次元門』が開き、そこから『天征』が飛び出してきてアーサーに襲い掛かった。

 今まさに攻撃するタイミングで、全くの予想外の一撃を躱せるはずがなかった。胸の中心に叩き込まれ、トドメの一撃を放ったアーサーの方が全身から氣力の炎と魔力を撒き散らしながら吹き飛んで行く。床を跳ねるように転がったアーサーの『双刃の鎧装』は完全に解けていた。そしてアーサーにはもう、まともに立ち上がる力すら残っていなかった。


(……な、にが……っ!?)


 そんな中でも頭の中には疑問が溢れる。

 ヴェールヌイは動いてなかった。反撃する隙は無かったはずだ。何故あのタイミングで攻撃されたのか理解ができない。


「……お前が奥の手を用意していたように、これが私の奥の手です」


 そしてその答えは、それを起こしたヴェールヌイによってもたらされる。


「『天渡(あまと)』。十数秒程度と短い時間ですが、『直列次元』の過去か未来に攻撃を送れるんです。お前に攻撃を食らった未来の私自身が、過去に攻撃して窮地を救ってくれました」

「なっ……ん……!?」

「私を倒せる可能性が無限にあると言いましたが、私はその無限の可能性を無かった事にできます。つまり勝ち目など最初から無かったんですよ」


 それは裏技すぎる戦法だった。

 敗けを帳消しにする絶技。時間軸に影響を与える禁じ手。ボーダーラインがどの辺りなのかアーサーには分からないが、六人もの自分を連れて来た上に今の裏技。いつ『ウォッチャー』が来てしまうのか、その懸念もアーサーを精神的に追い詰めていく。


「これが奥の手というものです。お前のは明確な勝算の無い自爆ですよ」

「……時間軸からの、しっぺ返しは……怖く、ないのか?」


 なんとか力を振り絞り、膝を着く姿勢まで体を起き上がらせる事ができたアーサーは不安をそのまま口にする。するとヴェールヌイは顔色一つ変えずに答える。


「別に、それで世界が終わるならそれでも良いですし。まあ『無限の世界』インフィニット・ユニバースを滅ぼせないので加減はしていますが。お前を倒すのにリスクを負うのは当然です」


 そしてヴェールヌイは手を前に出す。するとまるでアーサーの『太極法』のように、そこに赤と黒のエネルギーが混ざりながら集まって行く。


「これが『炮閃(シャスト)』に『天征(てんせい)』のエネルギーを流した私の最高威力の一撃です。……では、お前が言った通りこれで終わりです」

「ぐっ……!!」


 間もなく放たれる必殺の一撃を前に、ロクに回避する事もできないアーサーは掌を合わせた。そして手根の辺りを基点に右手を一八〇度回転させながら、ぞれぞれの手を横に倒すように変えると少し離した。すると掌の間の空間に赤黒いエネルギーが集まって行く。

 けれど、何であれアーサーのアクションはそこで終わりだった。



「―――『虚閃(カスト)』」



 そして、ヴェールヌイの掌から黒いエネルギー砲が放たれた。

 限界までそのポーズを保ったままのアーサーは、砲撃に飲み込まれて塔の外にまで吹き飛ばされていった。

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