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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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52 彼女が愛した本当の力

 地下の隔離施設の端っこで、お姫様は結祈(ゆき)に言われた事の答えを見つけ、行動を起こしていた。


「ニック、頼みがあります」


 どうやって捕まってる人達を施設から運び出すかを話し合っているニック達の輪に、アリシアは自らの足で割って入っていく。


「何だ嬢ちゃん、あんまり動くと傷口に響くぞ」

「連れて行って欲しい所があるんです。そこまで私を運んで下さい」

「連れて行って欲しい所?」

「はい、先程までいた管制室です」


 ニックは内心、なぜ管制室に戻りたいのか疑問に思った。けれどそれを口に出す事はなかった。アリシアはここでニックが反対しようと、管制室に向かうつもりだった。ニックもそれが分かっていたから、無駄な手順は省いたのだ。

 それにそもそも間違ってはいけない。ニック達はアリシアの身の安全が第一なのであって、捕まっている人達の開放は二の次だ。もし今ここでアリシアが逃げたいと言えば捕まってる人達を何の逡巡もなく見捨てるし、フレッドの側に付くと言えば持っている短機関銃の銃口はすぐにアレックスと結祈に向ける。アリシアの命令なら命を捨てる事もいとわない。ここにいる四人はそういう者達だ。

 だからアリシアが行きたいと言うなら、それを拒む理由はどこにもなかった。


「ミランダ、ここは頼んだぞ」

「了解」


 ニックは背中にアリシアを担ぎ、施設を抜けて元来た道を戻っていく。


「ありがとうございます」

「余計な事は喋るな。大人しくしてろ」


 やがて防衛システムのロボット達に襲われる事も、『オンブラ』に奇襲をかけられる事もなく無事に管制室へと戻って来た。


「着いたぞ嬢ちゃん。一体何をする気だ?」

「まずはお兄様が落としたサーバーを立ち上げないといけません。まだ生きてると良いのですが……」


 そんなアリシアの心配は杞憂に終わった。軽い電子音を鳴らしながら、管制室が本来の姿を取り戻す。


「この管制室には魔族が襲って来るような万が一の時のために、国にある無数のスピーカーから肉声を飛ばせるようになっているんです。私が今使いたいのはそれです」

「それを使ってどうする気だ? 避難ならもう勝手にやってるだろ」

「今から言うのは避難を促す言葉ではなく、協力を仰ぐ言葉です」

「協力……?」


 聞き返すニックに、アリシアは自虐的な笑みを浮かべて、


「今まで一人でどうにかしようとしてきた私が協力を仰ぐなんて、おかしな話ですよね。でもこれが今、私にしかできない唯一の事なんです」


 この行動に思うところがあるのだろう。アリシアは浅く息を吐いた。

 そして、迷う事なくスイッチを入れる。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 同調を示すノイズの後に、国中にその少女の声が響き渡る。


『……もしもこれを聞いている人がいたら、少しで良いので私の話を聞いて下さい。余裕があれば、聞いていない人達にも届けて下さい』


 そう言われても、ほとんどの人は無関心のまま逃げる事に必死だった。

 いきなり聞こえて来た得体の知れない声に耳を傾けられるほど、現状の『タウロス王国』の人々に余裕は無い。


『私の名前は、アリシア・グレイティス=タウロスといいます』


 しかし、その言葉が流れた途端にほとんどに人間が足を止めた。

 そんな余裕が無いはずなのに、まるで吸い寄せられるようにその声に耳を傾けていた。


『今まで行方知れずだった事は謝ります。今回の事も無関係ではないので、皆さんに迷惑をかけている事も謝ります。許せない方もいるでしょう。もっと詳しい説明を求めたい人もいるでしょう。ですが勝手ながら、今だけは聞いて下さい』


 武器屋の商人、患者を運び出していた病院の医者、売店の店主をしている親父、飯屋の配膳係の女性、換金所の下働きの青年、家族を守ろうと必死になっている父親、赤ん坊を抱えて寝巻に近い恰好の母親、身寄りのない子供達を預かる孤児院の医院長。

 他にも、他にも、他にも。

 様々な職種の人達が、様々な立場の人達が、小さなスピーカーから洩れる声に注目していた。


『今、ある人達が「タウロス王国」を救おうと動いてくれています』


 それがどうした、というのが聞いているほとんどの人達の素直な感想だった。


『その人達はこの国の人という訳でもなくて、昨日この国に立ち寄っただけのただの一般人です。それでも詳しい事情を知った彼らは……いいえ、詳しい事情を知らなくても、彼らは身を切って動いてくれています』


 この事態を収拾できるなら早くしてくれ、といっそ他人事のように聞いていた。


『ですが、それで良いのでしょうか?』


 しかし他人事のように聞いていたはずなのに、その短い言葉に心臓が縮み上がった。


『他国から来た人達にこの国の命運を任せて、私達は胸を張れるのでしょうか? ……いいえ、きっとそんなはずはありません。本来、私達の国の問題は、私達自身の手でなんとかするべきなのです』


 そんなの理想論だ、と誰かが呟いた。

 仕方がないじゃないか、と別の誰かが吐き捨てるように言った。

 どうせその動いている誰かさんは、単なる民間人の自分達とは違って、何か強力な魔術を持っているのだろう。そんな国を救える程の素晴らしい力があれば、自分だって手を貸したい。でもそんなのは単なる幻想で、自分達には自分の命を守るために逃げる事しかできない、無力な一般人なんだ。

 そんな諦めにも似た空気が、『タウロス王国』を覆っていく。


『力の有る無しなんて、関係ないんです』


 しかし、そんな空気に風穴を空けるように、迷いの無い声音で少女は続ける。


『今、この国の地下には五〇〇〇人近くの人達が幽閉されています。地上に運び出すための人手が、圧倒的に足りません。しかし運び出すだけだからといって、地下に死のリスクが全くない訳ではありません。危険は間違いなくあります。けれど、この人達を助けられるのは、今この声を聴いてくれている皆さんの、ほんの少しの勇気だけなのです』


 信じられている。

 降りかかる事態に(こうべ)を垂れて、ただ逃げ惑うしかない自分達に期待を寄せている。

 そんな無力で非力な自分達を一切疑う事なく、まるで動く事を確信しているかのように話しているのが感じられた。


『虫のいい事を言っているのは分かっています。全てが終わった後でなら、いくらだって償いはします。しかし今、私は動く事ができません』


 そして彼らは思い出す。

 スピーカーを通して聴こえる声の主がどんな人物で、この国の事をどう思っていたのかを。

 とても一国のお姫様とは思えない、ただどこにでもいる元気な少女といった風だった彼女の姿を、まるでついさっきまで見ていたかのように鮮明に思い出せた。

 だからだろうか。

 その声を聴いている者達の中で、下を向いている者は一人もいなかった。

 強い意志を込めた目で、自分の弱さを切り捨てるように決断した。


『だからお願いします』


 そして彼女は最後に、とある少年の言葉で辿り着いた、自分の中にある『真実』を言い放つ。


『この国を護るために、私が大好きなこの国の皆さんを守るために、どうか力を貸して下さい』





    ◇◇◇◇◇◇◇





 レナートの尽力で全てのカプセルが開いた施設にいた彼らは、アリシアの演説によって引き起こされた変化をすぐに目の当たりにする。


「な、なんだ!? 新手か!?」


 最初はそう思って身構えたアレックスも、すぐにそれが杞憂だと悟った。

 それもそのはず。なぜなら服装も性別も年齢も違う老若男女が、所狭しと施設になだれ込んで来たのだ。そんな中の一人、ゴツイ体格の男が話しかけてくる。


「おい、アンタ達が演説で言ってたこの国を救うために動いてくれてた他国の人か? ここの人達を外に運び出すんだろ? どこに行けばいい」

「どこって……外にドラゴンがいたろ? 今どの辺りを歩いてる?」


 困惑気味のアレックスが聞き返すと、今度は別の好青年といった感じの男が口を挟む。


「それならコロッセオの方に向かってるよ。幸いあの辺りは居住区がないから誰もいないし、被害はでてないよ」

「だったらその反対側に運び出すぞ。アンタらも指示を飛ばすのを手伝ってくれ」

「了解だ」


 その二人が指示を飛ばしてるのを確認してから、すっかり様子の変わった施設をぐるりと見渡す。


「怪我をしている者は私達の所に来てくれ! この場でも可能な限りの治療をする!!」


 あるいはしがない町医者。


退()退()けえ! 台車を持ってきたぞ、何人か押すのを手伝え!!」


 あるいは大工の頭領。


「店から持ってきた武器だ。何かあった時に身を守るのに使え。……一応言っとくが、後でちゃんと返せよ?」


 あるいは武器屋の親父。


「おい! こっち側にはあんまり人が来てないぞ!! 一か所に集まってないで散らばれ!!」


 あるいはごく普通の男性。


「子供達は協力して一人を運んで。大丈夫、あなた達も力になれてるわ」


 あるいは孤児院の医院長。


「幽閉って聞いたから、食い物を持って来たぞ。目が覚めたら食わせてやれ」


 あるいは食べ物を売っている商人。


「無理して二人同時に運ぼうとするな! 一人は俺が持つ」


 あるいは若い夫婦。

 そんな肩書も何もかも違う人達が、ただ一つの目的のために動いている。その光景には胸に熱いものが込み上げてくる。


「俺達も動くぞ。あいつらの先導と、もし警備システムってのが動き出した時のための戦闘要員だ。そっち道案内できるヤツはいるか?」

「レナートにやらせよう。おい新人! いつまでも突っ伏してないで道を教えろ!!」

「さっきまで死に物狂いでセキュリティーと戦ってたんすけど!?」

「それはよくやった。だから次の仕事だ。結果で示せよ、新人?」

「この件が終わったらいい加減新人を卒業させて下さいよ!?」


 言いながらもやはり仕事はきっちりやるレナート。ものの数秒で画面に地図を表示させ、出口へと向かう。

 レナートを先頭に、後ろを他の四人、さらにその後ろを百鬼夜行のような絵ずらで協力者達がついて行く。


「さて、と。こっちもしっかりやってんだから、そっちも頼むぜ、アーサー」

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