457 誰もが『ディッパーズ』なんだ
ヴェールヌイに吹っ飛ばされたアーサーは、されるがままの状態ではなくすぐに対処していた。幸い『紅蓮龍王』を発動していた時だったので、すぐの両手から炎を真上に噴射して軌道を変えた。後方に放っても止まるまでの間にかなりの距離を飛ばされる予感があったので、抗わず軌道を下に変えて無理矢理地面に激突させて止まる寸法だ。
『模倣仙人』の耐久力任せの策だったが、なんとか体を痛める程度のダメージで済んだ。しかし今の彼の立場では少しマズい場所に落ちていた。
「……おい。あれ、もしかしてアーサー・レンフィールドじゃないか……?」
その声は、周囲にいる避難中の人の声だった。そして彼の一言から伝播していく。
「捕まえた方が良いのか?」
「おい、近づいたら殺されるぞ!!」
「通報しないと……」
「早くあいつから離れろ!!」
「『バルゴ王国』から出て行け!!」
「ママー! 怖いよー!!」
「ひぃ……っ!? こ、殺される!?」
恐怖、不安、敵意。様々な感情が向けられ、どこからか石や様々な道具が投げられる。しかしすぐに目の前に降りて来た『魔装騎兵』に、アーサーの意識は全てを持っていかれた。両肩に巨大な砲身が備え付けられており、その銃口はまっすぐアーサーや市民に向けられている。
「お、おい……こんな近くで俺達巻き込まれないか?」
「だ、大丈夫だろ。ワーテル様もこの機械人形は俺達を守ってくれるって言ってたし……」
アーサー達にとって脅威でしかない『魔装騎兵』も、ワーテル・オルコット=バルゴの情報操作で誰も危険だと思っていない。今も砲身にエネルギーを溜めているのに、誰も逃げようとしていない。
「っ……全員、今すぐここから逃げろォォォおおおおおおおおおおおおおお!!」
おそらく誰も聞かないであろう忠告を叫び、アーサーは右手を前に突き出すと『聖光煌く円卓の盾』を発動させて砲撃を受け止めた。
流石にそれで周囲の人々もこの事態に気付いたらしい。慌ただしく逃げ出す空気を感じるが、そちらに割く注意はもう無かった。なんとか堪えていたが、どこからか飛んで来た刀がまるでバターを切るような滑らかさで『魔装騎兵』に突き刺さり、内側から爆発して盾が限界だったアーサーもその衝撃によって吹き飛ばされた。結構な距離を飛ばされ、何度も体を打ちつけたせいで耳鳴りと眩暈が酷く、すぐには周囲の状況が確認できず立てそうになかった。
と、そんなアーサーの腕を力強い力で誰かが引っ張った。
「ぅ……透夜、か……?」
徐々に定まって来た焦点で腕を引っ張った何者かの顔を見る。それはよく見知った透夜の顔ではなかったが、知らない顔ではなかった。
「ジェームズだ。お尋ね者って聞いてたが、そうじゃないんだろ? そうやってみんなを守ろうとして、お偉いさんに嵌められただけなんだろ!?」
彼とは間違いなく初対面。しかしアーサーは彼の一〇年後の姿を知っていた。リディの父親で、右も左も分からなかった自分達を助けてくれた人だ。
きっと彼は、世間の話を鵜呑みにしないタイプの人間なのだろう。数少ない情報を元に事実を突き止めている。だからこそ一〇年後の世界でも助けてくれたのかもしれない。
アーサーはありがたく彼に腕を引っ張って貰って立ち上がった。
「……想像に任せるよ。とにかく『バルゴパーク』に避難してくれ。ここは危ない」
「あんたら『ディッパーズ』にだけ任せる訳にはいかねえよ。ここは俺達の国なんだ」
きっとアーサーが何を言っても彼は退かず、アーサーにやったように他人の手を差し伸べて救助に尽力するのだろう。
だからアーサーは止める事も、逆に自分を手伝ってくれとも言わなかった。
何かに惹かれたアーサーはそちらに視線を向ける。するとそこには闇を纏った刀が地面に突き刺さっていた。
「……ああ、そうだな。そうとも」
何かに導かれるように、アーサーはその刀に近づいて柄を握る。
「でも一つ違う事がある。あんたには言っておくよ」
新たに降りて来た『魔装騎兵』にも怯まず、アーサーは地面から刀を引き抜いて天に切っ先を向けて両手で掴むと、背後のジェームズに向かってこう告げる。
「俺達だけじゃない……誰もが『ディッパーズ』なんだ」
闇を纏うその刀から溢れる『神力』を『カルンウェナン』の力で掌握し、国中から見えるほど強く輝き、天高く伸びるそのオーラで切り裂くように振り下ろした。
一切の抵抗を許さず『魔装騎兵』を叩き潰し、跡形もなく消し飛ばした。
「『閻魔』に気に入られたか。そいつ、オレの刀の中じゃ一番気難しいやつなんだけどな」
「六花?」
いつの間にそこにいたのか、彼女は面白い物を見たような無邪気な笑顔を浮かべていた。
「人が刀を選ぶんじゃない、刀が人を選ぶんだ。お前は剣才こそ無いが、その『エクシード』といい『閻魔』といい、奇妙な存在に魅入られやすいみたいだな」
「……『担ぎし者』の呪いが影響してるのか?」
「そうかもしれないが、元来のお前の資質がデカそうだ」
適当に答えながら六花は手を前に出した。その意図を察してアーサーは『閻魔』を手渡すと彼女はすぐに鞘に戻した。
「やっぱり六刀あると締まりが良いな」
「それよりどうしてここに?」
「お前と同じだ。吹っ飛ばされた」
「なるほど。じゃあ急いで戻らないとな」
「ああ」
それだけ言葉を交わすと六花はすぐに戻って行った。アーサーも塔の方に戻らなくてはならないが、一度だけジェームズの方を見る。
「無茶はするなよ、ジェームズ」
「……ああ、そっちも」
本来なら有り得ない思わぬ再開と出会いのダブルパンチだったが、何度か時間移動しているので慣れて来ているのが怖かった。アーサーは去っていくジェームズの背中を見送り、ヴェールヌイのいる塔の方に視線を移すと『最奥の希望をその身に宿して』に切り替えて、目測で『幾重にも重ねた小さな一歩』を発動させると一瞬で塔の上空に戻って来た。どういう訳か無くなっている空洞には驚いたが、そこにヴェールヌイの姿を見ると思考はただ一点に集約される。
「ヴェールヌイ!!」
大声で彼女の名前を呼ぶと、こちらの存在に気付いたヴェールヌイは顔を上にあげて溜め息をついた。
「……もう戻ってきましたか。何度来るつもりですか?」
『廻天』の応用で空を蹴り、アーサーは落下しながら『無間』の魔力を右の拳に集束させていく。
「お前を止めるまで何度でもだ!! 喰らえ―――『古代熊王天衝拳』ッッッ!!!!!!」
「……しつこい男は嫌われますよ? その攻撃は遠慮します―――『天弾』ッ!!」
凄まじい量のエネルギーと『無限』の魔力が正面からぶつかり、三〇〇メートルの上空から『バルゴ王国』中に轟く衝撃が走る。
第二ラウンド、その始まりのゴングだった。