454 第二柱と第三柱
第二柱に配置された、サラと紗世とリディ。ここのメンバーの中には『マルチバース』に関わっている者がいない面々で、クロノの話をいまいち現実のものとして理解できていなかった。
「……ねえ、今のクロノの話分かる人いる?」
「……まあ、なんとなくですが」
「どうでも良い。問題はここにもヴェールヌイが来るって事だろ?」
直後、彼女達の前にも『次元門』が開いてヴェールヌイが現れた。サラは掌を合わせて『白蓮虎王』を発動させ、紗世は四本の赤黒い尾を生み出し、リディは短剣を両手に持って両目に紅の魔眼を発動させる。
「ここは獣だらけのようですね」
「ええ、あんたはお断りよ」
「つれないですね……『天弾』」
いきなり手を伸ばして攻撃してきたヴェールヌイに、すぐに動いたのはサラだった。虎爪の形の氣力を纏った腕を振るう。すると正面に迫っていた不可視の『天弾』を引き裂いた。
「あたしの爪は『力』を裂けるのよ。それに『模倣仙人』ならあんたの不可視の攻撃も感知できる。優位は無いわよ」
「なるほど。ヤ―ヴィスを一方的に倒したのは伊達じゃないという訳ですね」
納得したように呟きながら、続けてヴェールヌイは手を前に出して人差し指を弾いた。
『天弾』とは比べ物にならない『天征』は、流石に気力を纏っただけの爪で裂く事はできない。しかし避ければ柱に命中する射線なので迎撃するしかない。
「『虎王破爪』!!」
巨大化させた氣力の爪でサラが受け止め、その間に紗世は斜め上に飛んで建物の外壁に足を着けると、ヴェールヌイの方に跳びながら四本の尾を飛ばす。だが当然のように『無間』に防がれ、二人の視線がぶつかる。
「お前では役者不足です」
ヴェールヌイは紗世に向かって手を伸ばし、彼女の体を『天弾』で弾き飛ばす。抗う術の無い紗世は建物の縁に体をぶつけ、無茶苦茶な回転のまま遠くに飛ばされて行った。
「あたしから意識逸らしてるんじゃないわよ!!」
『天征』を引き裂いたサラはそのまま殴りかかり、同時にリディも横から短剣を突き出した。それらも『無間』で防ぐが、ヴェールヌイは鋭い目でサラを睨んだ。
「お前が厄介ですね。柱を破壊する暇が無さそうです」
「それが狙いよ! 柱は絶対に破壊させない!!」
「それではこちらが困ります。だから別の手を打たせて貰います」
彼女のその台詞に呼応するように上空から『魔装騎兵』が柱の傍に一機落ちて来た。そして拳を振るう。
完全にマズい一撃だったが、運良く飛ばされていた紗世が復帰した近くで、四本の尾で腕を弾いて軌道を逸らした。しかしそれで窮地を脱した訳ではない。
「っ……サラ! 入れ替わるから紗世のカバーを頼む!!」
サラからの返答は待たず、右眼の『入替の魔眼』で紗世と入れ替わったリディは、巨大な『魔装騎兵』に怯まず左目の『死の魔眼』で弱所を視る。
「―――『倏忽凶撃』!!」
内部の重要な機関に対して斬撃を飛ばし、同時にリディ自身にも切傷が刻まれる。
何度も使える訳ではない運頼みの呪術。しかし搭乗者がいない事で本来の力を全く発揮できていないとはいえ、強力な『魔装騎兵』を破壊するにはこれを使うしかなかった。
「リディさん!!」
ヴェールヌイの事はサラが一人で抑え、紗世は柱の方に戻って来ていた。そして肩口から出血しているリディに肩を貸して立ち上がらせる。
「……サラは?」
「一人で抑えるので、柱を頼むとの事です」
「そうか……じゃあ、仕事を果たそう」
見上げる上空にはすでに新たな『魔装騎兵』の姿が見える。
リディの呪術の性質上、長く続けられる戦いではない。あとはリディの命に届く前に、アーサーがヴェールヌイを倒してくれる事を願うしかない。
◇◇◇◇◇◇◇
第三柱にいる透夜、リーゼ、スノーの所にも当然ヴェールヌイが現れていた。
「人間、裏切者、獣人。ここはバラエティ豊かですね」
「うっさい!!」
会話には応じず、すぐに爆発する稲妻『爆裂の稲妻』を放ったリーゼは一発だけに留まらず連続で何度も放つ。
「ちょっ……いきなり過激!?」
「これくらいでやられるようなヤツじゃないわよ!! 良いからあんたも準備しなさい!!」
リーゼに急かされる形で透夜は『紅蓮帝王』を発動し、スノーは妖刀『紅桜』を抜き放った。
攻撃の手を止めたリーゼと共に、爆炎の内側を凝視する。するとリーゼの言う通り無傷のヴェールヌイがそこから出て来た。
「会話より戦いが好みなら良いでしょう。そこの柱、すぐに破壊させて貰います」
「怒らせたみたいだぞ?」
「遅かれ早かれ同じ事でしょ? さっさと行きなさいよ」
「分かってる。『太極法』―――『十拳剣=天羽々斬』」
折れない刀を生成した透夜はリーゼに言われた通り、スノーと一緒にヴェールヌイに斬りかかった。『無間』で防がれる事は分かっているが、透夜の狙いはまさにそこだった。ヴェールヌイの手前で止まったその空間がみるみる内に凍り付いていく。
「その剣……いえ、お前自身の力ですか」
「『万物凍結』だ。『無間』だろうと凍り付けば砕けるだろ!!」
「なるほど。無策の馬鹿ではないという事ですね。ではこれは?」
ヴェールヌイが起こしたアクションは掌を透夜に向けた、超至近距離の『天弾』だ。しかしその衝撃すら一瞬で凍結して防いで見せる。
「ふむ。ではこれは?」
防がれた事にはにべもなく、すぐさま次に発動させたのは人差し指を親指に引っ掛けて弾く『天征』。こちらも超至近距離からだが、今度はスノーが透夜の体を蹴り飛ばして強制的に躱させた。
「なっ……にを!?」
「礼は良い! あれは無理だ!!」
短い言葉で伝えてすぐに斬りかかるが、その前にスノーは『天弾』で吹き飛ばされた。
「このっ……『爆裂の轟槍』!!」
リーゼは二人が戦っている間に生成したぎっちぎちに固めた『爆裂の稲妻』を投げるが、それはヴェールヌイに届く前に、彼女が手を握り締める動作と共に発動した『天圧』によって爆散してしまった。
「これで終わりですか?」
「っ……!!」
地面を蹴った透夜はもう一度ヴェールヌイに斬りかかった。効かなかった策を繰り返して突破できるほど、ヴェールヌイは甘い相手ではない。
「お前達はよくやっていますよ。ただ力が伴っていませんが」
透夜の押し込みを『無間』で悠々と受け止めながら、両手を左右に伸ばす。
「『天散』」
周囲一帯の建物ごと吹き飛ばす、高威力の『天散』。
透夜もリーゼもスノーも例外無く吹き飛ばされ、瓦礫の山に埋もれてしまう。しかし透夜はすぐに『夜叉神影』の影で瓦礫を吹き飛ばし、今一度ヴェールヌイに斬りかかる。
「……懲りない人ですね。いつまで続けるつもりですか?」
「何度でもだ!!」
『万物凍結』。今の透夜にこれ以上の手札は無い。
これが効かなければ敗北が決まる。それが分かっているからこそ、彼は『模倣仙人』発動中になんとしても決着をつける為に、全ての力を込めて『天羽々斬』を押し込み続けた。