453 『分岐した時間軸』
塔から飛んだメアと紬はすぐに『魔装騎兵』を呼び出した。メアはお馴染み緋色の『バルバトス=ドミニオン』。そして紬は桜色の『アスモデウス=ラスト』。それぞれ搭乗し、通信機越しに話す。
『本当にレンくん一人で大丈夫なの!?』
「むしろ止めて貰わないとマズいって感じだけどね。この戦いはヴェールヌイを倒すだけじゃ意味が無い、この国を守らないといけないから。アーサーくんがヴェールヌイを止めてる間にあたし達が放たれた『魔装騎兵』を破壊しないと意味が無くなる」
その時、頭上の方から凄まじい衝撃が轟いて来た。アーサーとヴェールヌイが未来を駆けてぶつかっている余波がここまで届いて来ているのだ。
『……レンくんなら勝てるよね?』
「……あたし達が戦ったヴェールヌイでさえ、三人がかりでやっと倒せたほど強かった。ましてや今のヴェールヌイは『バアル』の起動者になって尋常じゃない力を得てるし、正直この策は一か八か。でもアーサーくんならやってくれるって信じるしかない」
とにかく紬達も動かなくてはならない。それもたった二機で多くの『魔装騎兵』を破壊しなければならないこちらも、アーサーの方に劣らず厳しい状況だ。早々に話を切り上げ、二人は互いの健闘を祈って反対方向に向かって飛んで行く。
それに紬が気掛かりなのはアーサーや『魔装騎兵』の方だけではない。『魔装騎兵』と共に放たれた五人のヴェールヌイの方も留意しなければならない。
(みんな……頼んだよ!!)
しかし全てを紬一人で解決する事はできない。今はただ仲間達を信じ、紬は自分がやるべき事を果たす為に、『アスモデウス』の口を開くと目の前に見えた一機目の『魔装騎兵』の首に背後から喰らいついた。
◇◇◇◇◇◇◇
「……今の通信、どういう事?」
アーサーの絶叫に近いような通信を聞いて、結祈は言葉を失っていた。別の時間軸から連れて来られたヴェールヌイ達。いきなりそんな事を言われても頭は付いて行かない。
「この戦法は『分岐した時間軸』……とんだ禁じ手を打ってきましたね」
理解できているのはラプラスだけだった。同じ『ノアシリーズ』のソーマでさえ理解が追いついていない状況で、ラプラスは問題が起きたのか通信が切れたアーサーに代わって全体に繋ぐ。
「クロノ。この手の話は私より詳しいですよね? 全体に説明をお願いします」
『お前と大して違いはないと思うがな。まあ、今の通信の通りだ。これは「分岐した時間軸」、つまり過去の自分自身をこの時間軸に連れて来た訳だ。ただ無限に連れて来れる訳じゃない。無理をしてもせいぜい五、六人といった所だろう』
つまり単純に考えて、それぞれの持ち場に一人ずつは来るという事だ。そもそもあれだけ強いヴェールヌイが複数人に増えたというだけで脅威なのに、昨日よりも少ない人数でそれぞれ戦わなくてはならないという状況が酷すぎる。
さらに追い打ちをかけるように塔の方で変化があった。遠目でも分かるくらい巨大な『次元門』が開き、そこから無数の『魔装騎兵』が飛び出して来た。
「……『オライオン級』を倒したからこっちが優位だと思ってたけど、そうでもなかったみたいだね」
結祈がそうぼやいた直後、彼女達の前にも『次元門』が現れた。そしてその奥からヴェールヌイがゆっくりと踏み出して来る。
「……アナタが『分岐した時間軸』のヴェールヌイ?」
「ええ。私の体感では数時間前、お前を追い詰めた時と同じです。『一二災の子供達』とソーマがいても結果は代わりませんよ? 大人しく引き下がって頂けると手間が省けるんですが」
「冗談」
初っ端から『天衣無縫・極夜』を発動させ、両手に剣を持って前に出る。
「ソーマは柱を守って、ラプラスは未来を観て指示をお願い。ヴェールヌイはワタシが倒す!!」
「ええ、相手になりますよ。近衛結祈」
飛び込んだのは当然、結祈の方からだ。ヴェールヌイに動く必要はない。あとは指を弾いて『天征』を打ち込めば柱を破壊できる距離だからだ。つまり結祈は彼女が柱に注意を向く余裕が無くなるほどの攻撃を浴びせ続けなければならない。
「『七色魔力水晶』!! 『偽法・元素精霊』!!」
結祈は自身の周囲に七つの属性を個々に持つ七つ魔力球を生み出し、さらにヴェールヌイの周囲をぐるりと囲むように七対の元素精霊を生み出す。
「『真・廻纏』!! 『風刃・雷刃』―――『過剰神剣』!!」
瞬間、結祈はさらに加速した。
彼女自身の二刀。『七色魔力水晶』と『偽法・元素精霊』の計一五方向からの攻撃がヴェールヌイに襲い掛かる。最初からスタミナ温存など考えていない全力の攻撃に、ヴェールヌイの『無間』に早くもき裂が走る。
「『力』なら消耗するはず! 削り切ってアナタを倒す!!」
「受けて立ちますよ―――『『天散』ッ!!」
その一つの技で全てが弾かれる。しかし結祈は決して攻撃の手を緩めない。
後方に弾き飛ばされながら、結祈は口から爆発する炎球を拭いて攻撃する。そして彼女自身が地に足を着けた瞬間、『七色魔力水晶』と『偽法・元素精霊』の魔力を自身に還元して身体能力を向上させて再びヴェールヌイに向かって斬りかかる。それをヴェールヌイは両手を前に突き出して、全集中の『無間』で受け止める。彼女の体を後ろへ押し込んで行くが『無間』は破れない。そして足が止まった時、彼女は叫んだ。
「―――天ッッッ弾!!」
対象を弾き飛ばす技に凄まじい速度で突進した結祈の体が、今度は逆方向に向かって飛んで行くと柱に激突した。
「っ……結祈さん!?」
いきなり飛ばされて来た仲間の様子に動揺を隠せなかったラプラスだが、その心配とは裏腹に結祈は勢いよく飛び出して来ると、ダメージは無いと示すように二本の足で立っており、額から流れる血を手の甲で拭う。
「ぜんっぜん効いてないよ! まだまだこれから!!」
「……やれやれ。『ディッパーズ』というのは本当に負けず嫌いですね」
「だから勝つまで負けないよ」
腰を落とした結祈の猛攻が再び始まる。
ここでも一つ、熾烈を極める決戦が始まった。
それは同時に、他の四か所でも。