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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:昊編 いつかきっと未来の先で Life_is_a_Series_of_Choices.
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445 それぞれの前夜 -漆-

 研究室に一足早く戻って来たのは紗世(さよ)だった。まだ誰も戻ってきていないその部屋で、彼女は出入口から一番遠い部屋の隅に行くとマナフォンを取り出してどこかへ電話をかけた。

 明日が最期の日かもしれない。そうなった時に紗世が最も話したいと思う相手は、考えるまでもなく一人だった。


『紗世ちゃん? こんな遅くにどうしたの?』


 数コール待った後に聞こえて来た声に紗世は安らぎを感じた。

 他の者達と話す時とは違う砕けた口調なのは姉妹だからこそのもので、律儀にそれを使い分けているのが凛祢(りんね)だ。


「……ちょっと凛祢の声が聞きたかったんだ。明日は少し大変そうだから」

『今は「バルゴ王国」だよね? 何かあった……って聞く必要は無いか。レンフィールドさんがいるもんね』

「お兄さんはあの人に負けず劣らずトラブルに巻き込まれるから。サラさん達も苦労してるよ。そっちは最近どう? 何かあった?」

『何かって言うなら、ヘルトさんが数日前から姿を消した事かな。いつも通りって言えばいつも通りだけど、嘉恋(かれん)さんも詳細を聞いてないって』

「相変わらずだね……」

『レンフィールドさんも同じような感じだって結祈(ゆき)さんから聞いてるよ。本当に似た者同士』

「当人たちは認めたがらないけどね」


 特に二人の少年を両者とも近くで見て来た紗世は他の者達よりも強くそう感じている。口にする理念や思想に違いはあるが、誰かを救う為に自身を顧みず限界を超えて頑張ってしまう所などそっくりだ。


「……そろそろ凛祢に会いたいよ」


 最後に会ってからそんなに時間は経っていないが、こうして声を聞くと余計にそう思ってしまう。


『ワタシも会いたいよ。嘉恋さんに相談して、近い内に休みが取れたら「ピスケス王国」に行こうかな』

「あの二人に何も起きない時期があれば良いんだけどね」


 それは難しそうだ、と二人は意見を一致させて笑い合った。

 そんな姉妹の会話は、他の人が研究室に来るまで続いた。





 ◇◇◇◇◇◇◇





 何かに導かれるように外へ出て来たアーサーは、すぐにその存在に気付いた。約束の一時間まであまり時間が無いが、その人物とはどうしても話しておきたかった。


「……随分久しぶりだな、クロネコ。元気してたか?」


 アーサーが声をかけると、アトラクションを囲う柵に背中を預けていたクロネコは弾かれたように離れ、アーサーの方に近づいて行く。


「まあね。最近はワタシを頼ってくれなかったから、こうして空いた時間に会いに来たよ」


 それは全身が黒い衣装で、深くフードを被っているという理由だけでなく、何故か顔が分からない不思議な存在。

 けれどアレックスやアンナを家族とするなら、クロネコはアーサーにとっては最も古い友人だ。今日という日に会えて素直に嬉しいと思う。


「最近の活躍は知ってるよ。ちなみに明日の事で何か聞きたい事はある?」

「……いや、無いな。未来はこの手で掴んでみせるよ。みんなと一緒に」

「それで後悔はしない? もしかしたら明日の戦いが少しは楽になるかもしれないよ?」

「それでも最後まで足掻くよ。平凡な人間らしくね」

「……少し変わったね。信頼できる沢山の仲間と出会えたからかな?」

「ああ。俺は縁ってやつに恵まれてるみたいだからな。勿論、お前の事も」

「まあ、アーサーが旅を始める前からの数少ない友人だしね。だからって遠慮しなくて良いんだよ? ワタシの力を使ったって関係が変わる訳じゃないんだし」

「それでもお前とは、それを抜きにした関係でいたいんだ。今更かもだけど……今だからこそ」


 クロネコはアーサーにとって、他のみんなとは全く違う存在だ。

 特に連絡を取り合う事もなく、たまに少しだけ会って話すだけの存在。だけど戦い始める前からの友人で、アーサーがどれだけ変わってしまっても変わらないでいてくれる貴重な存在だ。アレックス達と決裂した今、より一層クロネコとの関係を大切にしたいと思ってしまうのだろう。


「……もしかしたら明日で世界が終わるって日に、古い友人に会えて良かったよ。来てくれてありがとう、クロネコ」

「ワタシも会いたかったから。それに明日の結末がどっちに転ぼうと、これが本当に最後になるかもだし」

「えっ……どういう意味だ?」

「そのままだよ。こっちも色々事情があって。また会えたら良いけど、ちょっと難しいかなって。今もそんなに時間が無いし……もう行かなきゃいけない。アーサーもそうでしょ?」

「ああ……」


 もしも。

 今も『ジェミニ公国』で暮らしていたら、クロネコとは定期的に会い続けられる関係だったのだろうか。あるいはこれまでの道のりは関係無く、多くの人に訪れる別離の時が今だったという話なのだろうか。

 もう二度と会えないのかもしれないという寂しさが胸中に広がる。何か言わなければならないのに、言いたい事は沢山あるのに、思うように口が動かない。


「頑張ってね。明日だけじゃなくて、これから先の事も含めて全部」

「……俺は、これからもこの道を進み続けるよ。そして今度会った時は沢山話をしよう。その時はお前の事も色々教えてくれると嬉しいかな」

「会えないかもって言ったばっかりなのに無茶なお願いするね。それにワタシは秘密主義だよ?」

「話せないなら話せなくても良い。ただお前とゆっくり話がしたいんだ。真面目じゃない、くだらない笑い話でもさ」


 それは簡単に見えて、クロネコにとっては無理なお願いだったのかもしれない。

 けれど溜め息を一つ挟んだ後、仕方ないなと態度で表すように肩を竦めて答える。


「……ま、考えておくよ。ワタシにとって唯一の友人の頼みだしね」

「ああ、頼むよ」


 もしかしたら実現不可能かもしれないこの約束だけが、アーサーにとってもう一度会えるかもしれないという希望だった。

 そしてクロネコはアーサーから一歩離れる。これ以上話したら、ますます離れ難くなってしまうと分かっていたからだろう。

 だからそれが別れの合図だと、二人の間に言葉は要らなかった。


「……じゃあね、アーサー」


 ヒラリと手を振ったクロネコはこちらの返答も待たずに大気に溶けていくようにその場から消え去った。

 そんな虚空を眺めて、残されたアーサーは静かに呟く。


「ああ……またな、クロネコ」


 また会えるように、せめてもの期待を込めて。

 アーサーはそんな言葉で友人を見送った。

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