440 それぞれの前夜 -弐-
メアを探していた透夜が廊下を歩いていると、角を曲がった所でリーゼとスノーと出くわした。
「二人共、もう起きて大丈夫なのか?」
「あの程度の傷なら心配ないわよ。一応『無間』も使ったしね」
「獣人の回復力を舐めるな」
透夜からすると二人の事は結構心配していたのだが、素っ気ない返事からして本当に大丈夫そうだった。
「まあ、元気なら良かったよ」
「どっちみち休んでられないでしょ? ヴェールヌイとは敵対する形になったし、明日はあんたと戦うんだから」
「良いのか?」
「あんたが誘ったんでしょうが。なに? 出てけって言うなら出てくわよ?」
「そんなこと言うつもりはないよ。リーゼが力を貸してくれるなら百人力だ。スノーも手を貸してくれるんだよな?」
高圧的に迫って来るリーゼから逃げるように視線を逸らしつつスノーの方に話題を振ると、彼女は腕組をしながら溜め息をこぼして、
「仕方ないからな。そもそもは紬に誘われたから乗っただけだが、ここまで来たら途中退場するつもりはない。獣人達の事もあるしな」
「そっか……嬉しいよ。前はそんなに話せなかったから」
「お前達みたいに私を恐れない方がおかしいんだよ。他の人間相手みたいに避けるのも馬鹿馬鹿しく思うくらいな」
その言葉に、何だかんだ言いつつ二人が少なからず自分達を信用してくれていると感じて透夜は嬉しくなった。
「……ちょっと、なに泣きそうな顔になってるのよ」
「ぇ……?」
リーゼに言われて初めて自分がそんな顔をしていると気付いた。スノーも気にしている様子で、透夜は手の甲で目元を拭いながらすぐに応じる。
「いや……なんて言うか、二人とこうして話せてるのが嬉しくて」
特にスノーとリーゼは、実際に自分が手合わせして話した者達だ。色々あったが今は仲間として行動する事になっていて、こんな自分でも救えたものがあったのだと実感できたのだ。
透夜が照れくさくなっていると、リーゼとスノーにも伝播したのか照れくさそうにしていた。
「……ちなみにメアを見てないか? さっきから探してるんだけど見当たらなくて」
「……私は見てないな」
「……メアって赤毛のヤツよね? あたしも見てないわ。外にいるんじゃない?」
あからさまに話題を変えた透夜の意図に二人は全力で乗っかった。
外にいるかもというリーゼの言葉を頼りに、透夜は二人と別れてメアの捜索を再開する。
そして残された二人は遠のいて行く透夜の背中を見送りながらこんな話をしていた。
「……頼りになるのかならないのか分からないヤツだな」
「そうね。まああいつに限らずここにいる全員そんな感じたけど。でもああいうヤツらだから絆されたのかもね。あたしもあんたも」
「……知るか」
◇◇◇◇◇◇◇
彼らの今の拠点の外となると、それは地上の事だった。
日中は多くの人で賑わう『バルゴパーク』。そのギャップのせいか、人気の無いテーマパークというのは皮肉にもそこら辺のお化け屋敷よりもずっと怖かった。
「……呼び出して悪いな、ラプラス、クロノ。少し遅かったか?」
「いえ、私も先程来たばかりですから」
「前置きは良い。それで、私達に聞きたい事はなんだ? わざわざ他の者達に聞かれたくない話という辺り、ロクな事じゃなさそうだが」
ラプラスとリディという組み合わせならおかしな所はないが、『ディッパーズ』にあってあまり他者と進んで交流していないクロノがいると違和感が生まれる。そしてクロノの言うように、このタイミングのこの面子で良い話な訳がなかった
「長い話じゃない。ただ一つ、確認したい事がある。もし未来が変わったらボクの存在はどうなる? 言うまでもなくボクは破滅の未来から来た存在だ。その破滅の未来を覆して無かった事にしたらどうなる?」
ラプラスは目を見開いて驚いたが、すぐにリディの立場なら当然の疑問だと思った。正直初めてのケースなのでラプラスは答えを知らないが、今までの経験や知識から答えを考えて口を開く。
「それは……分岐すると思います。可能性の数だけ……」
「いや、今回の場合はそうはならない」
しかし否定する言葉がすぐにクロノの口から放たれた。
「ラプラス。お前は『未来』を観れるが時間軸や多元宇宙についての理解は浅い。私達が訪れ、リディが来たのは『直列次元』の未来だ。この場合、過去も変われば未来も変わる。未来を変えた時点で分岐は起きるかもしれないが、どっちみちそれはあの未来じゃない別の破滅した未来だ。ここにいるリディ・フォルトは存在証明を失い消滅する。勿論、みんなの記憶からもだ」
「やっぱりそうか。予想してた通りだ」
リディは取り乱さなかった。むしろ答えを得た事で納得したのか、質問をする前よりも幾分か晴れた表情になっていた。
しかし、ラプラスは違った。
「そんな……待って下さい! もしそれが本当だとしても、まだリディさんが消えない方法が何か……っ」
「方法は無い。唯一の手はあの未来に辿り着く事だが、そうなればこの世界は終わりだ。それにあの未来でリディはビルに避難していない。どっちみちここまでだ」
「ぅ……な……」
言葉にならない声がラプラスの口から洩れる。
つまりは最初の最初から、誰も犠牲にならずに終わる結末など無かったのだ。たとえネミリアを治療した上で世界を救ったとしてもリディは生き残れない。しかも誰の記憶にも残らないと言うのだ。こんな運命は酷すぎる。
「二人に頼みがある。アーサーやみんなには言わないでくれ。どうせ忘れられるのに余計な混乱をさせたくない」
「分かった。ただ一つだけ言っておく。私やアーサーはお前の事を忘れることはない。その点だけは安心しろ」
「そうなのか……分かった」
「それから私の手を握れ。『時間』の力で時間軸の修正が始まっても影響を受けるのを少し遅らせる事ができる。あくまで遅らせるだけで消滅までは防げんが」
「いや、助かる。ありがとう」
受け入れているリディと、どうしようもできないと分かっているクロノは必要な事を淡々と進めていく。
ラプラスは何もする事ができない。それが余計に自分自身への腹立たしさを増していく。ただでさえネミリアの事があった後なのに、自分にそんな資格が無いと分かっているのに泣きたくなってくる。
「……リディさんは、本当にそれで良いんですか……?」
「仕方ないからな。どっちみち助からないなら、ボク自身よりもラプラス達の未来の方が大切だ。それにネミリアと違って、ボクが消えても悲しむ人は少ないしな」
「私だって悲しいですよ……忘れたくないんです……」
「……ボクは十分に報われた。過ぎた友人を得たよ」
ぎこちない、無理矢理作った笑みを浮かべて答えると、リディは顔を背けて離れて行った。
泣くのを我慢しているのは、ラプラスだけではなかったのだ。