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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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50 動き出す赤い悪魔

 フレッドの後を追って入った通路は、カーブはあったが一本道で迷う場所がなかった。


「もうすぐよ、覚悟は出来てる?」


 サラは『獣化』にストーカードッグを登録している。ストーカードッグは犬よりもさらに鋭敏な嗅覚を持つ動物で、その嗅覚で追っている事もあり、着実にフレッドとの距離が縮まっているのが分かっていた。


「やっぱりドラゴンに乗ってるか?」

「ええ、ドラゴンの死骸の匂いとフレッドの匂いが混じってから動きが無いし、残念だけどそれは間違いないわね」

「そうか……」


 表情には出さないが、内心歯噛みする。

 アリシアはああ言ってたが、フレッドがもし搭乗していなかったら止める手立てを聞き出そうとしていたのだ。しかしその望みは叶わなくなった。


「……できればもう一度、話くらいしたかったんだけどな」

「どうして? 話なら散々したでしょ、あいつとはどこまでいっても平行線よ。それなのにあれ以上何を話すっていうの?」


 サラの当然のような疑問に、アーサーは少しだけ考える素振りを見せると、


「……どうしてだろう?」


 曖昧に笑ってそう答えた。

 結局、考えても自分の感情の全てを理解できる訳でもない。

 それでも何か、大切な事を忘れている気がするのだ。それがもう一度話をしたいという思いに通じているのは分かった。


「……俺は生まれた時から父親がいないし、母さんや妹はいたけど、家族はみんな殺されたんだ」


 そんなあやふやな気持ちで、頭に浮かんだ言葉を口にしていく。


「人間と魔族に殺し合いなんかして欲しくないんだ。そこで生まれる悲しみはきっと、終わりの無いものになるから」

「だから止めないといけないんでしょ? 躊躇う必要があるの?」


 サラが問うと、アーサーは視線を逸らして、


「……あんなでもアリシアの家族だからさ、できればこんな事は止めて、あいつとちゃんと話をして欲しいんだ」

「……? 話をしたいのはアリシアじゃなくてアーサーでしょ?」

「……まあ、そうなんだよなあ……。結局、俺は何を話したいんだろう?」


 無意味な自問自答をアーサーは繰り返す。

 けれどまた、状況は答えが出るまでの時間を与えてくれなかった。

 長い通路を走り終え、防腐液の完全に抜けた水槽の中にいるドラゴンが、再び目の前に現れたからだ。

 先程と違うのはドラゴンの上半身だけでなく、足元から見上げる形になっている事だ。

 正面から顔を見た時もそうだったが、足元から見上げた姿もまた圧巻だった。

 サラがその姿に口を開けて呆然としていると、その隣でアーサーは深く息を吸い込み、


「フレッドォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 隣にいるサラがびっくりするくらいの大声で叫んだ。

 アーサーが見ているのはドラゴン、そこに乗っているであろうフレッドに向かって吼える。


「聞こえてるんだろ、フレッド!!」


 自身の中の迷いすら吐き出すように、アーサーは続ける。


「ドラゴンを止めろ!! お前はこの後に起きる事を理解してるのか!?」


 しかしアーサーの声に、ドラゴン側からは何の反応も無かった。

 それどころかドラゴンの足元は巨大な昇降機になっているらしく、地上への移送を開始する。


「くそ……!! あれを止める方法は無いか!? どこかに制御盤があると思うんだけど……」

「あそこはどう? 少し上に突き出した部屋みたいのがあるけど……」

「制御室! きっとそこで昇降機を動かしてるはずだ!!」


 とにもかくにも時間との戦いだ。昇降機が上がりきるまでおそらく数分しかない。


「サラ、先にあそこに行って止めてくれ! 俺に合わせてたんじゃ間に合わない!!」

「分かったわ」


 短く返事をすると、サラは弾丸のように地上十数メートルの部屋にガラスを割って窓から侵入する。


「相変わらず無茶苦茶な動きだなあ……」


 アーサーは半笑いで、正規のルートである外に設置された階段を駆け上る。

 中に入るとサラが制御盤に向かっていた。どうやらここもAIで制御しているらしく、中には人がいなかった。


「サラ、状況は?」

「今止めたわ。これでギリギリ止められたはずよ」

「よし、次はドラゴン自体を止める方法を……」


 と言った直後だった。

 今までの断続的な揺れとは違い、大きな破壊音を伴って立っていられないほどの揺れが襲い掛かる。


「何が起きた!?」


 アーサーが叫んだ瞬間、窓ガラスの向こう側に大きな瓦礫の雨が降り注ぐ。


「ちょっと待ってよ……。もしかして天井を壊して外に出たの!?」


 サラは揺れが収まってから立ち上がり、制御盤を操作して外にあるカメラの映像を画面に映し出す。

 そして画面に広がっていたのは、


「……なん、だよ。これ……」


 地獄だった。

 ドラゴンの歩いた後は建物が全て消え失せ、点々と赤い跡も見えた。それが何が原因で出来た跡なのかは、嫌な話だが考えるまでもなく分かってしまった。


「……るな」


 ギチリ、とアーサーが歯を鳴らす。

 力を入れすぎて小刻みに震える拳にさらに力を込めて、アーサーは激昂する。


「ふざけるなあ!! フレッドォッッッ!!!!!!」

「アーサー……」


 サラはアーサーのその姿を、胸が締め付けられるような思いで見ていた。

 アーサーが言っていた悲しみは、きっともう広がってしまっている。手遅れ、といえばそれまでだが、アーサーはきっとそんな理由では止まらない。これまでよりも、これから起きる悲劇を止めようとするだろう。

 最初はただ変な人だと思っていた。

 けれど違った。

 少年はただ愚直に、一生懸命なだけだったのだ。見知らぬ誰かのために一生懸命になっているだけのごく普通の少年だったのだ。

 サラは改めてここにいる意味を再確認する。彼女はアーサーのそんな部分に共感したからこそ、ここまで力を貸したのだ。


「アーサー、私があんたを運ぶわ。背中に乗って」

「サラ……?」

「早くして、追いつけなくなるわ」


 アーサーはサラの顔と背中を交互に見た後、強く頷いてサラの背中におんぶされる形でしがみつく。


「頼む」

「オーケー。『獣化(じゅうか)』ホワイトライガー、ハネウサギ、グリフォン」


 サラは『獣化』で腕をホワイトライガー、脚をハネウサギのものに変える。


「あれ? ちょっと待ってくれ。ハネウサギの加速は俺が耐えられないんじゃあ……?」

「大丈夫よ。ハネウサギの真価は脚力もそうだけど、生まれる風の壁から身を守るために魔力障壁を出してるのよ。体の直接纏うんじゃなくて前方に展開する形だから、私に密着してるアーサーも守られるわ」

「それなら良いけどおおおっ!?」


 アーサーが納得した瞬間に、サラは再び窓から外に出て、グリフォンの力で作った魔力の力場を踏み台に、ハネウサギの脚力による超加速を実行した。

 一度で一〇〇メートルほどの跳躍を果たし、ドラゴンの後を追う形で地上へと飛び出る。

 地下に下りる時は真上にあった太陽もなくなり、外はすでに日が落ちて暗くなっていた。どれくらい地下にいたのかは分からないが、もう日没よりも日の出の方が近いかもしれないと、なんとなく肌で感じられた。

 チラリと辺りを見渡すと、ドラゴンのいる方向から人の波が移動してきている。避難は始めているようだった。

 ホッと安堵の息を漏らすと共に、目の前にいるサラに抗議の声を上げる。


「せめて何か言ってからやってくれよ! ビックリするだろ!!」

「もしかしてアーサーって絶叫系は苦手?」

「高所恐怖症が馬鹿にするな!! 苦手じゃなくてビックリしただけっていうか高くて怖くないのか!?」

「これは私の能力だから平気よ」

「その理屈は納得がいかないいいっ!?」


 グリフォンの力と併用した二度目の超加速で、ドラゴンとの距離を詰める。ドラゴンは一歩が大きく、すぐに後を追ったはずだがそれなりの距離が開いていた。一度の超加速では追いつけない。


「事前説明!!」

「あはははっ!」


 アーサーは再び抗議の声を上げるが、サラは楽しそうに笑って誤魔化した。

 どんな時にも余裕は必要だとは思うが、さすがに恨めし気にサラの背中を見つめる。


「それで? どうやって止めるか考えはあるの?」


 しかし当のサラはあっけらかんとしていて、ドラゴンへの対応策を求めて来た。

 アーサーは嘆息し、それでも考え途中の案を口にする。


「一応考えはあるけど、まず実現が無理」

「聞くだけ聞かせて。さっきもそう言ってたけど、もしかしたらできるかもしれないでしょ?」

「……まあ、それもそうか」


 納得すると、アーサーは語り出す。


「動物の尾って色んな役割があるけど、その中にバランスを取ってるってのがあるんだ。それはきっとドラゴンも例外じゃない。あの尾を切るか、あるいは大きく抉り取ったりするだけでも倒れるはずなんだ。元々AI制御でバランスを取るにはラグがあるはずだしな」

「なるほど……」


 サラはドラゴンの尾をチラリと一瞥する。


「確かにあの太さじゃ切るのは不可能に近いわね」

「抉り取るにも火力が無いしな」


 尾は半ばの部分でもかなり太い。巨大な肉用の断裁機でもあれば話は別だが、当然そんな都合の良い物は無い。


「でも転倒させるってのは良いアイディアじゃない? 時間位なら稼げるわよ。もしかしたら立ち上がる機能はないかもしれないし」

「転倒、ね……」


 今度はアーサーの方がドラゴンを一瞥する。

 当然ながら、ここまで大きな生物は他に見た事がない。無論、倒れるビジョンも思い浮かばない。


「……どうやって?」

「殴って?」

「お前は本当にそれしかないなーっ!」


 叫んでみたものの、殴るという発想自体は悪くないと思った。というかそもそも、こちらには有効な攻撃手段がそれしかない。

 アーサーはその唯一の攻撃手段で転倒させる方法を考えていく。


「……まあ片足を上げた瞬間に、もう一方の足を膝の裏から殴れば可能性くらいはあるかもな」

「膝カックンね! じゃあ行くわよ!」

「だからいきなりの超加速はやめてェェェええええええええええええええええ!!」


 サラは魔力の力場をハネウサギの脚力で何度も叩き、凄まじい速度でドラゴンの片足へと迫る。

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