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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:昊編 いつかきっと未来の先で Life_is_a_Series_of_Choices.
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行間二:雪原の少女

 まだ『ナイトメア』になる前。それどころか『暗部』というのを理解するよりも前。

 ユキノ・トリガー。齢およそ一〇の頃。

『レオ帝国』の雪中行軍。任務の内容すら知らされていない。『暗部』を支配する『ドールズ』に上が命令され、部下だから付いて来ただけ。


 そこでユキノは出会った。

 吹雪の中を襲って来た狼の群れの中にいた、長い金髪をなびかせる自分よりも一回り幼い薄手の少女を。


 そして突然現れた狼の群れに向かって、行軍していた内の一人が命令の前に撃った。寒さで震えた手、それも視界が悪い中で撃ったそれが命中する訳がなかった。むしろマイナスの気温で正常に動作しただけマシだろう。その辺りは流石『ポラリス王国』製といった所か。

 どうあれ、その一発で全てが始まった。

 一斉に襲い掛かって来る狼の群れに向かって他の全員も銃口を構えて発砲する。その中でユキノだけはナイフを取り出して列から抜け出した。

 必敗。その文字が頭に浮かんだ本能的な判断。けれど結果的にその判断が彼女の命を救った。何頭かの狼は撃ち殺していたが、ユキノ以外の全員はすぐに群れに飲み込まれて食い殺された。

 残り一人。一時的に逃げられたとはいえ、この数相手にたった一人。精一杯の抵抗の後にすぐ後を追う事になると最悪の想像をしながらナイフを構えるが、予想に反してすぐに襲い掛かって来なかった。

 目を引いたのはやはり少女だ。彼女は死体を漁って拳銃とナイフを手に持つと、初めて見るのか拳銃の方を弄って観察し、それから唐突にユキノの方に銃口を向けると引き金を引いた。

 体が硬直していたユキノは動けなかったが幸い銃弾は外れた。やはりこの環境では銃は使い物にならない。

 その判断は向こうも速かった。使えない拳銃を捨てるとナイフを噛んで獣のように四足で真っ直ぐ向かって来た。雪原での移動能力は向こうが上。だからユキノはカウンター狙いで待った。目の前まで迫るのを待ち、真っ直ぐナイフを突き刺すように前に出した。しかし刃は空を切り、標的は真横に移動していた。


(機動力で負けてるのは分かってる!!)


 突き刺す為に前に出したナイフ。だが握る手に入れている力は弱かった。少し回転をかけて手放すと刃を人差し指と中指で挟み、手首のスナップだけでナイフを投げた。

 顔をめがけて飛んでいくナイフ。だが脳天に刺さるよりも前に、凄まじい動体視力で反応した少女は口に噛んだナイフで弾いた。そして弾いたナイフに手を伸ばすとユキノと同じように人差し指と中指で挟み、スナップを聞かせてユキノの太ももに飛ばして突き刺した。


(ッ……この子、私の動きを模倣して……!?)


 わざわざ投げる必要は無かったはずだ。そのまま太ももを刺せば良いのに、わざわざ真似をして投げたのだ。

 さらに少女は口から離したナイフを今度は握る。そして真っ直ぐユキノに向かって突き出した。それも先程のユキノと同じ、下半身のバネを使った幾度となく修練した刺突。その仮定をすっ飛ばし、少女は九九パーセントの再現度でそれを行使した。

 素晴らしい才能。

 だが甘い。おそらく人間相手の実践経験が圧倒的に無い。

 動きを完璧に模倣されるなら、逆に言えば完璧に動きを読めるという事。まるで鏡移しのような攻撃に冷静に対処し、突き出された腕を絡め取る。問題はこの後の動き。

 武器は無い。打撃を加えるには太ももの傷の影響がデカく、そもそも雪のせいで踏み込みの効果が薄い。だから絡め取った腕を固めて背後に回ると背中を押して関節をキメる。その痛みでナイフが手放されたのを見ると、すぐに首に腕を回して締めて地面に背中から倒れた。

 ここでキメられなければユキノに後は無い。怪我の事もあるが、動きを模倣されるなら次に締め技を食らうのはユキノだ。この環境と条件ではおそらく逃げられない。


「うがァァァああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「くっ……!!」


 凄まじい力で抵抗されたがそれも無意味だった。才能があっても素人の抵抗などユキノにとって問題なく、やがて意識を失った少女はぐったりとした。

 ほっと一息をついたのも束の間、すぐに周囲に意識を向ける。二人の戦いを見守っていた狼達が襲い掛かって来ると思ったからだ。だが予想に反してもう敵意は感じなかった。群れの中から一頭が近付いてくると、意識を失っている少女の頬をぺろりと舐めてユキノと一瞬目を合わせると、すぐに踵を返して群れと一緒に去って行った。


「……あれ? この子、どうするの?」


 しばらく事態を見守っていたユキノは自身が昏倒させた少女を見てぼやく。賢く選択するなら彼女を捨て置き、自分だけでも帰投するべきだろう。どうせ部隊が全滅した以上、作戦続行は不可能なのだ。それが賢い。


「……、」


 だけどユキノはその選択をしなかった。救急キットで止血を済ませ、死体から防寒具を取ると少女に着せて背に担ぎ、来た道を引き返して行く。

 単なる気まぐれかもしれない。だけど狼たちから任された少女を助ける事に決めた。

 拾った責任を取る事になり、姉貴分として彼女を鍛える事になる事も知らず。

 ここでした選択が、後に世界の運命すら変える一助になるとも知らずに。

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