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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:昊編 いつかきっと未来の先で Life_is_a_Series_of_Choices.
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437 破滅への秒読み

 サラとヤ―ヴィスの戦い。こちらも佳境に入っていた。

 ヴェールヌイが消えた事で『死せる従僕共(リビングデッド)』の供給を断たれ、さらに今のサラには歯が立たず、少し時間はかかったがサラは全ての『死せる従僕共』を行動不能に追いやっていた。

 残るは『魔装騎兵』の中に隠れているヤ―ヴィスだけだ。


『この野獣め……っ!!』

「悪いわね。ヴェールヌイを追って行ったアーサーの方も心配だし、そろそろかたをつけさせて貰うわよ!!」


 もはや動けない上に強化の能力も意味を成していない『魔装騎兵』など、今のサラにとってはただの的だ。右手に魔力と氣力を集めて行きながら、サラは足を一歩前に踏み出して思いっきり腕を振るう。



「『太極法(インヤン)』―――『虎王破葬拳』(コオウ・シャクライグ)ッッッ!!!!!!」



 振り抜いた腕から練り合わせた魔力と氣力で具現化した巨大な虎が現れ、『ガミジン=デスパレード』に食らいついて粉々に砕く。

 中から弾き出されたヤ―ヴィスが宙を舞うと、サラは彼に向かって跳んで拳を強く握り締める。


「これで終わりよ! ヤ―ヴィス=(ノア)=コンカラー!!」


 それは前もって宣言していた通り、躊躇なく彼の顔面に拳を叩き込んだ。もはや『無間(むげん)』を発動させる余裕すらなかったヤ―ヴィスは宙を舞って吹き飛んで行く。

 戦いはひとまず終わった。しかしまだ何も終わっていない。サラは自分が吹き飛ばして意識を失っているヤ―ヴィスを確保すると、すぐに結祈(ゆき)達の方に戻った。


「結祈! ネミリアの『力』が凄く弱まってるけど大丈夫なの!?」


 サラの懸念はそれだった。仙術を身に付けた事で鋭くなった感知能力で、ずっと気にかかっていたのは風前の灯火のようなネミリアの弱々しい力だった。今もラプラスが介抱しているが、目を覚ます気配は無い。それに大したダメージを食らっていないはずなのに、何故か全身の至る所から出血していた。まるで内側から滲み出ているようだった。

 ラプラスの表情は特に暗かった。


「……ネムさんの体はもう限界です」

「そんな……待って、アーサーが言ってた治す手立てってのは?」


 昨夜の話に参加していたサラもそれは覚えていた。

 しかしその話をすると、ラプラスはあからさまに表情を曇らせた。


「……とにかく基地に戻りましょう。全ての話はそこで」


 そして引っ掛かるラプラスの言葉に従い、サラはネミリアを担いでみんなと一緒に移動を始めた。

 何か重大な決断が迫られる事になると、なんとなく予感しながら。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 宙に立つヴェールヌイは透夜(とうや)達を見下ろしていた。

 問題はアーサーが飛ばされた事だけではない。呼吸が乱れない限り生成できる氣力だが、『模倣仙人(もほうせんにん)』を発動中は大量の氣力を消費し続ける。つまり長時間の発動はできないのだ。長年使い続けている六花(りっか)はパフォーマンスが良いので長続きするが、まだ体得したばかりの透夜はすでに限界だった。


「突然力が落ちた辺り、やはりお前達の新しい力は長続きしないようですね。そのまま無駄な抵抗はせずに話を聞きなさい」

「……態度も言葉も上からだな」

「事実ですから。僅かとはいえ『バアル』から力を抽出した私に、お前程度では仮に先の強化ができたとしても遊戯にすらなりません。私の実力をリーゼロッテを基準に考えられては困ります」


 確かに仙術が解かれた透夜では、今のヴェールヌイの相手は荷が重い。そして仮に仙術が使えたとしても、今の練度ではほとんど相手にならないだろう。それは仙術以前の問題の他のメンバーも同じだ。

 しかし一人だけ、そこに当てはまらない助っ人がそこにはいた。


「二刀流―――『火雷神』(ほのいかづちのかみ)!!」


 それぞれ稲妻と炎を纏う二刀を振り抜いて、六花(りっか)は空中のヴェールヌイに斬りかかる。しかしそれは当然のように『無間(むげん)』によって防がれてしまった。


「魔剣妖刀の類いですか。業物のようですが、それでは私には届きません。新顔のお前は少しやるようですが、あくまで少しです」


 平坦な口調で告げたヴェールヌイは『無間』を挟んだ向こう側から六花に手を向ける。すると彼女の体が『天弾(てんだん)』に弾かれて地面に叩きつけられた。

 六花が攻撃した隙に透夜は鎖を、カヴァスが稲妻を飛ばして攻撃するが、やはりどちらも『無間』によって防がれてしまった。さらに開いた両手を眼下に向けたヴェールヌイの『天散(てんざん)』によって彼女の体を中心に周囲が弾かれて行く。

 その力はまさに圧倒的だった。攻防どちらにも隙が無く、元から強かったのに『バアル』から抽出した力の影響でさらに強力になっている。

 成す術も無く吹き飛ばされた透夜が次に気が付いた時、確かに時間の断絶があったのを自覚した。なんとか自分の上にある瓦礫を退かすと、周囲の光景が一変していた。建物は全て吹き飛んでいて更地になっていたのだ。


「くそっ……みんな無事か!? 返事をしてくれ!!」


 呼びかけながら呼吸を整えて、広域を感知できる氣力感知で周囲を調べる。幸い全員の氣力を感じる事ができ、命に別状も無さそうだった。

 ひとまず安堵しつつ、透夜は地上に降りて来たヴェールヌイの方を見据える。すると透夜よりも先に復帰していたキャラルがすでに向き合っていた。


「さて。『ディッパーズ』の方も一人戻ってきましたし、建設的な話をしましょうか」

「……僕を待っていたのか?」

「別にお前でなくても良かったんですが、お前達は好戦的ですからね。間引きした方が話をしやすいと判断しました。ただしキャラル、お前だけは別ですが」

「どうして私だけ……?」


 透夜もキャラルも警戒心は解いていない。しかし手が出せないのも事実だった。

 気を抜かずに注視する事しかできない状況だからこそ、次のヴェールヌイの言葉が二人には予想外だった。


「イリス=N=フューリアス。ジュディ=N=グローリアス。ソーマ=N=ベレロフォン。それから今はメア・イェーガーと名乗っている彼女に、刀剣使いの獣人。アリアはどうせ勝手に脱出するでしょうし、この五人ですね」


 指を一本ずつ立てていきながら、その五人の名前を告げるとヴェールヌイはキャラルの方に企みを帯びた鋭い瞳を向けた。


「お前が大人しく私と共に来るのであればこの五人を解放し、ネミリア=N=オライオンにも手を出さないと約束しましょう」

「……意図が分からない。ネミリアが……『キャプテン』が必要なんじゃないの?」

「そうですね。無条件で即座に『バアル』と完璧に同調できるのは『キャプテン』だけ。仮に私が同調しようとすれば、先刻のように時間をかけて封印式を解いて行く必要があります。それにこの封印式を破れるのは私だけのはずでした」


 それでは防衛面で不安が出来る。さらに抽出時に反乱に遭ったのが彼女の不安を確信に変えている。だから自分以外に封印を解く存在が絶対に必要で、その唯一がネミリアのはずだった。


「しかしお前は私の邪魔をした。上限ありのある程度の『エネルギーの吸収』だけしかできないと思っていましたが、『バアル』のエネルギーすら吸収ができるならお前にも『キャプテン』となれる素質があります」


 それはキャラルにとっても衝撃的な事実だった。

 魔力などの『力』は対象とならない、エネルギーの吸収しかできず放出もできない能力。彼女自身、『ノアシリーズ』において、初めて固有能力を得た事で『ドレッドノート級』と位置づけられた自分らしい、あまりにも使いどころが難しい能力だと思っていた。


「……その取引に意味なんて無い。お前、彼女を使って世界を終わらせるつもりだろ!?」

「何を今更。そんなの当然でしょう? しかし決定権はお前には無い。あくまで決めるのはキャラルです」


 ここで自分が拒もうと、受け入れようと、何も変わらないだろうとキャラルは思った。

 自分が使われるか、ネミリアが使われるかの違い。その程度の違いしかないのなら、彼女はその選択にあまり悩む事は無かった。


「……本当にみんなを返してくれる?」

「ええ」

「ネミリアにも手を出さない?」

「約束します」

「嘘をついてないって保障は?」

「私の目的は『無限の世界』インフィニット・ユニバースに存在するこの星(アース)を全て終わらせることです。その為の手段ならネミリア=N=オライオンに拘る理由はありません。お前が使えるならそれで良いですし、明日にでも世界を終わらせる事ができるなら、人質など私には無意味ですから」


 それはヴェールヌイの立場で考えるなら筋が通った言葉だった。そして圧倒的に優位な状況で彼女が嘘をつく理由もない。

 キャラルは今度こそ、答えを出した。


「……分かった。飲むよ、その条件」


 キャラルがそう言った直後、まるで彼女の気が変わらない内にと言わんばかりにキャラルの背後に『次元門(ゲート)』が現れ、たちまち彼女の体は吸い込まれて行く。


「っ……待て!!」


 咄嗟に透夜は鎖を伸ばしてキャラルを掴もうとするが、それよりも早くヴェールヌイが放っていた『天弾』によって吹き飛ばされた。そしてその隙にキャラルが連れ攫われてしまう。

 地面を転がった透夜は歯噛みしながら態勢を立て直し、頭を切り替えてヴェールヌイを倒す為に鎖を飛ばした。しかしそれは当然のように『無間』によって阻まれる。


「いい加減弁えなさい。今の私に対抗できるとすればアーサー・レンフィールド……それから、迷いを振り払えたとしたらアリアくらいなものです。お前達では相手にならない」

「ならあたし達が相手になるよ」


 その言葉と共に、ヴェールヌイの背後に(つむぎ)とアーサーの二人が突然現れた。そしてそれぞれ刀剣を振るうと七連と九連、合計一六連の『烈華』が襲い掛かるが、ヴェールヌイは驚く様子も見せずにその全てを『無間』で受け切った。


「……来ましたか」


 すぐさま手を向けて反撃の動作を見せると、それより早く再び光速で動いた紬はアーサーと一緒に透夜の傍に移動した。


「透夜、状況は!?」

「キャラルが攫われた! あいつは彼女を使って『バアル』を動かすつもりだ!!」

「攫われた、というのは心外ですね。彼女は取引に応じたんですよ」


 透夜の言葉に反応を返しながらヴェールヌイは三人の方に手を向ける。すると頭上に『次元門』が開き、三人は警戒する。しかしそこから落ちてきたのは意識を失っている五人の少年少女だった。捕まっていたイリス、ジュディ、メア、スノー、ソーマの五人だ。


「取引通り、その五人は返します。そしてこれが最後の下準備です」


 ズズンッ!! と大地全体が揺れた。

 彼女の言葉の直後にこれだ。無関係な訳がない。

 すぐに訪れた変化は五つの方向で起きた。まるで『バルゴ王国』を囲むように、外周をペンダゴンを描くように五つの巨大な白い柱が地中からせり上がって来たのだ。


「なんだ……あれ。ヴェールヌイ、お前一体何をするつもりなんだ……!?」

「明日になれば分かりますよ。お前達にとっては人生最後の日です。私にも準備がありますし、一日だけあげましょう。どう過ごすかは自由です。諦めて頭を垂れるのも、愛する人と最後の夜を過ごすのも良いでしょう。ですが邪魔をするなら明日は戦争です。全身全霊を以て相手になりましょう」


 明日を待たずにこの場でケリをつけるという選択肢もあるにはある。しかし仲間達も疲弊しているし、今や自由に『次元門』を開けるようになった彼女の逃亡は止められないだろう。

 だからアーサーは決意だけを表すように鋭い目線だけヴェールヌイに向ける。すると意図はしっかりと通じたのか、彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「……愚問でしたね」

「ああ。俺達は最後まで戦う。世界を終わらせたりなんかしない」

「良いでしょう。では明日、戦場で」


 そして『次元門』の奥へと消えて行くヴェールヌイを、アーサー達は黙って見送った。

 残ったのは荒れ果てた区画と、正体不明の五本の柱。そして頭上を覆う、未来を占っているようなドス黒い暗雲だけだった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 アーサー達が吹き飛ばされた仲間達を救出し、意識の無い解放された五人を担いで基地へ戻った時には、すでに結祈達は戻って来ていた。そして同時にネミリアの事を知らされた。

 透夜と紬と六花(りっか)と一緒に五人を医務室に連れて行くと、そこには意識を失っているネミリアと、傍で見守っているラプラスとユウナ、そしてリアスの姿があった。


「……ネムの様子は?」

「それに関してラプラスとは話したんだけド、みんなに話した方が良いって言うから集めてくれないかナ? 私が話した方が色々と都合が良さそうだシ」

「……それ、私も聞いて良い?」


 ベッドから体を起こして、横から言葉を挟んだのはメアだった。他の四人は目を覚ましていないが、メアだけは先に目を覚ましたようだった。


「メア!? 大丈夫なのか!?」

「……うん。ずっと気を失ってたけど、ダメージは全然無いから元気だよ。……勝手に出て行ったくせに何言ってるんだって話だけど、ネミリアちゃんの事だからお願い」


 心配そうに声をかけた透夜から意図的に視線を外して、彼女はアーサーの方を見てそう言った。体が大丈夫なら断る理由もないので、看病の為にユウナと六花を残して五人はマナフォンを使って他のみんなに招集をかけて移動する。

 集まったのはリアスが使っている研究室だ。本来は薬品倉庫だったのだが、この短い時間で彼女は自身の専用部屋にしていた。リアスが立っている傍のテーブルの上には『紫毒』『癒しの聖水』『獣人血清』の三つが並べて置いてあった。まだ何の手も付けられていないそれらを見て、アーサーは胸中に形容しがたい不安が渦巻くのを感じた。

 医務室から来たアーサーと透夜、ラプラスとメアとリアスが待っていると、各々別々に結祈、サラ、レミニア、紬、フィリア、エリナ、カヴァス、クロノ、紗世(さよ)、ミオ、ユリの総勢一六人が集まった。


「リザは詳しい事情を知らないから良いとして、リディがどこか誰か知ってるか?」

「リディなら来ないって。多分、何の話か察してるのよ」


 アーサーが全員に問い掛けるとサラがすぐに答えてくれた。彼女が来ないならこれで全員集合だ。リアスの方に視線を向けると、彼女は一歩前に出て話し始める。


「私からの話は『バアル』を止める方法とネミリアの治療法についてダ。まずあの五本の柱だけド、あれは『バアル』の封印解除、再封印に必要な装置である『封印柱』だヨ」

「待って。あたしはそんなの聞いた事が無いよ。そもそも封印解除に必要なら、どうしてヴェールヌイはあの時『バアル』と同調しようとしたの?」

「それは『バアル』の封印度合いの確認と力の抽出もあったんだろうけド、主目的は『封印柱』の位置の把握と回路(パス)の形成だヨ。位置に関しては調べ尽してただろうけド、顕現させる為にはどうしても『バアル』の力と回路の形成が必要だかラ」


 紬の問い掛けにリアスはすぐに答えた。その返答に納得したのか、それ以上紬からの問い掛けはなかった。


「『封印柱』が顕現した以上、『バアル』復活はもう止められなイ。止めるには『紫毒』を使うか再封印が必要になるけド、ヴェールヌイは間違いなく全力で『封印柱』を破壊しに来るヨ。封印を解除したら用済みな訳だしネ。もし再封印するなら『封印柱』を守る必要があル」

「……よく分かんないけど、その『紫毒』っていうのを使えば『封印柱』の有無は関係無く『バアル』を止められるんじゃないの?」


 今度の疑問は結祈からもたらされた。

 それに対して、今度のリアスは表情を少し曇らせた。


「……そこがアーサーにみんなを集めて貰った理由だヨ。現状、問題解決の糸口は君達が持ってた『獣人血清』ダ。あれは細胞レベルで人体に効果を及ぼすかラ、『紫毒』と合わせれば『バアル』を止める事ができル。それからアーサーが別の『ユニバース』から持ち帰ったっていう『癒しの聖水』と『獣人血清』を合わせれバ、ネミリアの体も完全に治せル。細胞レベルの治癒と活性化だかラ、二度と今の状態にもならなイ」

「……『ただし』って続きそうな気がするのは俺だけか?」


 解決策を提示されたにも関わらず、この場の重い空気が消えない。

 その思いをそのまま口から吐き出すと、リアスは神妙な面持ちで頷いた。


「正にそウ。ラプラスとは話したけド、『獣人血清』の残りは世界にこれ一本だけなんだよネ? 『紫毒』にせよ『癒しの聖水』にせヨ、この全てを使わないと目的のモノは生成できなイ。つまリ……」

「作れるのはどちらか一方だけ。つまり『バアル』を止める事で世界を守るか、ネムさんを助けて世界を見捨てるか……二つに一つです」


 ラプラスがとても言い難い事を、それでもリアスに続く形で言い切った。

 あの『協定』について話し合ったとき以上の重い空気が広がる。

 ついに選択の時が来た。

 世界を救うか、ネミリアを救うか、ここが正真正銘最後の岐路だ。

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