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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一九章:昊編 いつかきっと未来の先で Life_is_a_Series_of_Choices.
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436 運命に導かれて

次元門(ゲート)』の向こう側に出たアーサーは硬い床に転がった。すぐに体を起こして周囲を見回すが見覚えのない場所だった。そこそこ広い空間みたいだが遠くの景色が歪んでいて、ドーム状の壁に囲まれているのが分かった。一応、歪んではいるものの『バルゴ王国』の景色が見えるので、今回は別の『ユニバース』という訳ではないようで少し安心した。

 そのもう一つの証拠として、目の前には見覚えのある人物がいたからだ。


「……あなたもヴェールヌイと戦ってここに飛ばされたみたいだね」


 そこにいたのはアリア=(ノア)=イラストリアス。

 どうやら彼女もここに囚われているらしい。


「……無事で良かったよ。キャラルに頼まれて助けに来たんだ」

「ソーマのプランが成功しちゃったのか……。でも必要ないよ。正直、ここから出ようと思えばすぐに出られるんだ。ただ出ようとしてないだけで」

「何があったんだ……?」

「……何でも良いでしょ? ただヴェールヌイとはあたしが決着をつける。全部あたしの責任だから、あたしはあたしの落とし前をつける。あなたは関わらないで」


 アーサーの疑問には答えず、彼女は後ろを向いて歩いて行った。

 自分が来た事でここを出ようとしているのか、それとも単純に距離を取ろうとしているだけなのか、どちらにせよ彼女が自分と関わろうとしていない事だけは伝わってきた。

 彼女が穂鷹(ほだか)(つむぎ)だというのは分かっている。でもその事実はアーサーにはそれ以上に意味を持つ事で、だからかけるべき言葉は決まっていた。



「―――アリス」



 そう呼ぶと彼女は勢いよく振り返った。

 その表情は言葉で言い表せないほど複雑なものだった。色々な感情をないまぜにしたような、アーサーには計り知れない感情の奔流が垣間見えた。


「今度は俺が追いついたよ、アリス。中間点を超えてきた。……カケルさんの意志を継いだんだ」


 一歩、アーサーはアリスの方に近づく。

 一歩、アリスはアーサーから離れた。

 この状況で劇的な再開を期待していた訳ではない。でもここまで拒絶されるとも思っていなかった。

 アーサーは近づくのを止めて、代わりに声をかける事にした。


「ヴェールヌイとは俺達が戦う。お前も戦うなら一緒にだ」

「……『逢魔の剣(トワイライト)』」


 だが返って来たのは言葉ではなく、指輪を剣に変えて突っ込んで来たアリスだった。アーサーも咄嗟に『エクシード』を『風月(ふうげつ)』へと変えて受け止める。

 剣と刀を交えながら、二人は視線を交差させる。


「っ……どういうつもりだよ、アリス!!」

「……あなたと一緒には戦わない。あなたを戦わせない! この事件はあたしが一人で決着をつける!!」


 宣言するように叫ぶと全身から淡いピンクの秋桜色の炎のような揺らめくオーラを身に纏った。


「『炎龍王の桜鎧(コスモス・フレイム)』。託された直後は使えなかったけど、あたしがカケルさんの死に際に託された力の一つだよ!!」

「ぐっ……『炎龍王の赫鎧ヴァーミリオン・フレイム』!!」


 対してアーサーの方は朱色の炎を身に纏った。

 二人は同時に刀剣を押し合い距離を開ける。


「お前が紬だって事は、キャラルから話を聞いてみんなも分かってる!! 意地張ってないで戻って来い!!」

「当たり前に受け入れないで! あたしはっ……だって、ソラを見殺しにしたんだよ!? 他にも沢山、酷い事に手を染めて来た!! 人を殺したのだって一度や二度じゃないし、救える人を見捨てた事だって何度もある!! みんなが必死に戦ってるのに、あたしは常に全力を出してなかった!! それにもう分かってるでしょ!? あたしがどうしようもないウソつきだって!!」


 彼女の激情に呼応するように、アリスが放つ氣力の量が跳ね上がった。


「全部嘘だった!! 『魔族領(ログレス)』で言った事も、別れるまでの言動も、何もかも全部嘘だったんだよ!? 純潔なんてとっくの昔に無くしてるし、みんなの事だって全く信頼してなかったし、心も体も穢れ切ってるんだよ!? そんなやつと一緒にいたって、何も良い事なんて無いよ!!」


 激情に任せて叫ぶと、アリスは瞬く間にアーサーの目の前に迫っていた。

 『天桜流』(てんおうりゅう)はカケルの師であるマナという女性が作った独自の型。男性に腕力で勝てない事を自覚した上で、速度と連撃に重きを置いた女性向けに型だ。それは容易に威力に少し偏ったカケルの『焔桜流』(えんおうりゅう)を超える。



「『天桜流』奥義―――『天桜神楽(てんおうかぐら)』!!」



 それこそが『焔桜流』の源流にして同系統の奥義。

『天桜流』の壱から陸の型を高速で隙なく叩き込む絶技。


 壱ノ型『瞬光一閃』(しゅんこういっせん)


 それは超高速で対象に肉薄して切り込む突進技。アーサーが『風月』を『逢魔の剣』の側面に当てて軌道を逸らせたのは戦闘勘による超直勘のおかげだ。


 弐ノ型『紫電(しでん)』。


 超高速の突き。それも『不知火(しらぬい)』と同じ単発ではなく、目にも止まらぬ速さでの連撃だ。なんとか正中線だけは守ったが、体の端を削られて鮮血が散る。


 参ノ型『輝炎・落陽(きえん・らくよう)』。『輝炎・昇陽(きえん・しょうよう)』。


 強力な振り下ろしから斬り上げる二連撃。

 これを防げたのはアーサーが型を知っていたからだ。でなければ深手は避けられなかった。


 肆ノ型『散光乱打(さんこうらんだ)』。


『輝炎・昇陽』で斬り上げると同時に反転しながら宙に跳び、逆さまの姿勢で複数の斬撃を放つ。打撃に近いその攻撃にアーサーの防御が崩れる。


 伍ノ型『天翔咲刄(あまとざき)』。


『焔桜流』にも『修羅咲刄(しゅらざき)』として引き継がれた、振り抜く瞬間、薙ぐ方向と同じ側の足を同時に踏み込む事で体重を乗せた超高速で高威力の横薙ぎになる型。

 必死に発動させた『陽炎(かげろう)』でなんとか躱すが、直後にすぐに悪手だと悟った。


 陸ノ型『幻日(げんじつ)


 それは『陽炎』と同じ回避技にして、さらにカウンターとなる『円舞(えんぶ)』だ。それもアーサーとは違い三連撃。回避した先でそれをモロに受けてしまう。

 しかもそれで終わりではない。『天桜神楽』は『焔桜神楽』と同じように、体力が続く限り延々と型を繋ぐ事ができる。


「……あなたはもう、仲間じゃない」

「っ……たら!!」


 再び繰り出される壱ノ型。しかしアーサーは振り下ろされる超高速の剣の側面を左手で殴って無理矢理軌道を変えると、右手に握った『風月』でアリスを斬った。アリスの顔が苦悶に歪むが、傷は一つも付いていない。

 これが『エクシード』の真骨頂。アーサーの想いにどこまでも応える最高の剣。相手を傷つけずダメージのみを与える、相手の気力や体力は削るものの殺す事はない力。

 彼女の事を思い出す。今だからこそ、あの瞬間の事を思い出した。


「だったらなんで、ソラが消えた時に謝ったんだ!!」


 今なら分かる。

 あの時、遠のく意識の中で誰かが近くに来て呟いた言葉を。

 アリスが『ごめんね』と言った事を。


「一緒に担ぐって言っただろ!? なのにどうしてお前は一人で全部背負ってるんだよ!!」


 ここで改めて覚悟を決める。

 アリスがアーサーを打ち倒してエゴを押し通そうとしているように、アリスを打ち負かしてエゴを押し通そうと。ただの喧嘩をしようと。


(そら)ノ型―――『燈翔焔斬(ひしょうえんざん)』!!」


 振り抜いた『風月』から炎の斬撃が飛んで行く。傷の再生が早い吸血種だが、傷が無ければ回復力は関係ない。だから怯んでいる隙に攻撃したのだが、アリスはすでに体勢を整えていた。痛みは消えていないはずだが、彼女が動けるのはやはり経験のおかげなのだろう。

 アーサーよりも長い『担ぎし者』としての道のり。それはアーサーの研鑽を遥かに凌駕している。


「拾ノ型―――『灰桜(はいおう)』」


 自身の目の前で円を描くように剣を振るうと、アーサーが放った斬撃がかき消された。『赫灼紅炎』(かくしゃくこうえん)と似た型だが威力が段違いで、それ以上にアーサーが驚いたのはその型の存在だ。


「玖ノ型―――『夜桜(よざくら)』!!」


 今度はアリスが剣を振るうと斬撃が放たれる。今度はアーサーが『赫灼紅炎』を使って斬撃をかき消した。

 アーサーが知る限り『天桜流』の型は七つのはず。つまりアーサーが『裏・焔桜神楽』を作ったように、アリスも自分自身で独自の型を作り上げたという事だ。


「……悪いけど、あの日からそこまで時間が経っていないあなたとは違って、あたしは一〇〇年以上戦って来た。もうあたしはあなたが知ってる『アリス』じゃない。それにあの時よりも『天桜流』だって進化してるんだよ」


 言葉の直後、『逢魔の剣』に秋桜色のオーラが集まって行く。

 それは刀剣へと氣力を集束させる、『焔桜流』にもある集ノ型。



「―――『開花・千本桜』かいか・せんぼんざくら



 その刃からは、桜の花弁のような小さな炎が待っていた。その佇まいだけで分かる。この姿こそが、彼女にとってニュートラルな戦闘態勢だということを。

 大前提として剣術の才が致命的に無いアーサーは単純な剣術では絶対に敵わない。けれどアリスが『天桜流』の攻撃に拘っているように、アーサーも『焔桜流』で応えるべきだと思った。

 せめてもの対抗としてアーサーも集ノ型『刻陽(こくよう)』で炎の氣力を『風月』に纏わせると、それと同時にアリスが動いた。


「拾壱ノ型―――『天桜龍尾』(てんおうりゅうび)!!」


 両手で振るった一刀。そこから大量の桜の花弁が吹き荒れ、それが凄まじい威力と攻撃範囲を伴ってアーサーに襲い掛かって来る。まともに食らえば全身を削り取られてしまうという確信から後方へ跳んで回避したが、それがすぐに悪手だったと気付く事になる。


「拾弐ノ型―――『常夜桜・花吹雪とこよざくら・はなふぶき』!!」


 離れた位置のアーサーに向かってアリスが剣を振るうと、そこから無数の斬撃が飛んで来た。しかもその一つ一つが先刻の『夜桜』の威力を大きく超えている。


(これは『赫灼紅炎』じゃ無理だ! くそっ、俺も使うしかない!!)


 アリスが独自の型を駆使して来るなら、アーサーも同じように駆使して戦うしかない。というより威力で劣っているので他に選択肢がない。

 『滅炎龍王の(ヴァーミリオン・F)漆黒赫鎧』(・クラッドカース)を発動させて全身の朱色の炎に黒が交わって行くと同時に『風月』にもその炎が纏っていき、『刻陽』から『黒陽(こくよう)』へと姿を変える。

 その状態でのみ使える、アーサーだけの剣技。


「『裏・焔桜神楽(うら・えんおうかぐら)』肆ノ舞―――『黒縄・(こくじょう・か)赫灼紅炎』(くしゃくこうえん)!!」


 威力と攻撃範囲が広がった炎の渦が飛んで来た斬撃を全て飲み込み、さらにアリスの方へ向かっていく。どうやら威力だけならアリスの型を完全に上回れるようだった。

 しかし問題はあと何回使えるか、という事だ。長引けば負担が大きいアーサーの方が圧倒的に不利だ。


「拾参ノ型―――『月夜桜』(つきよざくら)!!」


 上段から剣を振るったアリスから、今までのどの斬撃よりも大きい斬撃を飛んで来た。それが『黒縄・赫灼紅炎』の炎を突き破ってアーサーの方に向かって来る。消耗の激しい舞を温存したいアーサーは横に飛んで躱すが、アリスからの追撃の手は止まない。


「拾肆ノ型―――『天面桜滝』(てんめんおうろう)!!」


 再び上段から剣を振るったアリスの頭上から、まるで巨大な生物の牙を思わせるような鋭い炎の塊が複数降って来た。『風月』を頭上に構えて受け止めるが、あまりの圧力に受け止め切れずに叩きつけられてしまう。


(ぐっ……一撃で、こんな……!!)


 まともに食らったのはこれだけ。だというのに全身から血と一緒に力も抜けて行くような虚脱感があった。それほどまでに彼女の攻撃の威力が高いのだ。


(それに型が多すぎる! 一体いくつあるんだ……!?)


 アーサーの体感では、アリスとはつい昨日まで共に手合わせをしていた相手だ。時間のズレは理解しているが、頭はそのズレに追いついていない。

 アリスは一〇〇年以上戦ってきた。その一パーセントほどしか戦って来ていないアーサーに、本来なら勝てる道理は無い。


「……『裏・焔桜神楽』参ノ舞」


 だけど、ここだけは負けられない。

 たとえ何があろうと、折角追いついたのに、再び彼女を一人にする訳にはいかない。

 まだ伝えたい言葉も伝えられていないのだから。


「―――『龍燈』(りゅうとう)!!」


 突進しながら腕を伸ばす超高速の突きと共にアーサーはアリスに肉薄する。しかし距離もあり直線的な攻撃だった事もあり、簡単に下から刃を当てられ弾かれた。

 しかしそこで動きを止めない。

 次なる舞へと繋げる。


「壱ノ舞―――『殲尾(せんび)』!!」


 回転が無いので威力は出ないが、アーサーは今できる全力で斬りかかる。だがアリスはそれを剣で受け止めて鍔迫り合うに留まった。


「……もう諦めてよっ!!」

「諦めてたまるか!! 俺は今度こそ、お前を絶対に独りにしない! そこから引っ張り上げてやる!!」

「っ……頼んでないよ! 拾伍ノ型―――『桜透晦冥』(おうとうかいめい)!!」


 アリスが剣を振るっていないのに、放たれた剣氣だけでアーサーの体が吹き飛ばされた。そして発動限界の時間を迎えた『漆黒赫鎧』(クラッドカース)が解除されて窮地に拍車がかかる。


「あたしはもう、あなたとはいられない……そんな資格がない!!」


 自分を罰するようにそう告げたアリスの剣に、今まで以上に氣力が集まって行くのを感じた。次の一撃で決めるつもりなのだろう。

 応じるアーサーも次の一撃に全てを懸ける事にした。


(ソラ……頼む。あいつを助ける為に力を貸してくれ)


 カケルに修行をつけて貰っている中で、ふと思った事がある。

 彼の記憶が流れて来たから剣術を学んでいるが、結局自分には徒手空拳が合っている、と。

 率直にそれを伝えると、彼はすぐに答えを返してくれた。


『合わないなら合わないで良いし使わなくても構わない。結局俺達みたいヤツにとっては選択肢を増やすって意味合いの方が強いんだよ。……ただいつか、覚えておいて良かったって思う時が必ず来る。無意味に思えるような事にも意味がある。この世に無意味なんてものは無いんだって』


 その時は『そんなもんかな』程度にしか思っていなかったが、こうしてアリスと向き合っている今なら確信を持って言える。


(今なら分かる! 俺はこうしてアリスと向き合う為に『焔桜流』を学んだんだって!! 全部この縁に繋がってたんだって!!)


 ぐっと強く握り締めた『風月』が応じるように、その刀身から凄まじい量の氣力と焔のオーラを放つ。


「『焔桜流』終ノ型―――『焔桜爆炎刃』(えんおうばくえんじん)


 それは意志が宿った刀剣のみで使える型。戦闘が始まってから刀剣が受けたダメージを、そのまま攻撃力へ転化する絶技。それは相手の技が強く、また長く戦うほどに無限に威力を増していく奥義。それを集ノ型と合わせる事で、アーサーは自身が纏うオーラも全て『風月』に流していく。

 自分の体の事なんて一ミリも考えていない完全な捨て身の体勢。しかし本当に全てを懸けた全力でなければアリスには届かないと分かっているから、これがアーサーなりの覚悟だ。

 死なず、殺さず、彼女を救う。

風月(ソラ)』もその願いに応じるように力を放つ。



「拾陸ノ型―――『桜華翔嵐』(おうかしょうらん)ッッッ!!!!!!」



 先に動いたのはアリスだった。

 両手で握り締めた剣を力の限り振り抜くと、全ての力を纏った斬撃が彼女を中心に渦を巻くように回転しながら広がって行く。

 凄まじい攻撃範囲と速度。迫ってきたそれにアーサーは下から振り上げるように『風月』をぶつけた。その凄まじい勢いに体が後ろに下がって行くが、なんとか堪えて受け止める。時間が経てば経つほど叩きつけられるオーラの量が増えていくが、歯を食いしばって耐える。

 ここしかないから。

 これを受け切って返さなければ、二度とアリスと会えないと分かっているから。

 単純な力では計れない、その心だけでアーサーは立ち向かう。


「ぐっ……ォォォおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そして、腕だけでなく全身の力を使って跳ね上げるように剣を上に振り抜く。



「―――『刻陽・(こくよう・)燈翔焔斬』(ひしょうえんざん)ッッッ!!!!!!」



 二人のオーラが弾け合い、上空へ放たれた力の奔流が結界を吹き飛ばして天高く昇って行く。生まれた暴風はアリスにも襲い掛かり、その体が宙に浮いた。

 しかし、その手を掴むものがあった。

 すでに指輪に戻している『エクシー(ソラ)ド』の力で、彼だけは暴風から守られていた。そのアドバンテージを活かして、強引に掴んだ手を引っ張ったアーサーはそのままアリスの体を抱き寄せた。

 結界も雲も吹き飛んだ晴天の下で、暴風が止むとアーサーは耳元で呟く。


「……待たせてごめん」


 ぴくん、とアーサーの腕の中でアリスの体が震えた。

 それに従うように、アーサーは少し腕の力を抜いた。


「何も気づかなかった。お前がどれだけのものを抱えてたのか知らないで……たった一人で、カケルさんの意志を継いでたんだよな? 今まですまなかった」

「……あなたは悪くない。だって、まだ経験してなかったんだから」

「それでも俺が全部悪かった。でもこれからは俺がいるから。だから戻って来てくれ。俺にはお前が必要なんだ」

「……そうだね。あたしにもあなたが必要()()()


 それは意図的に吐き出された過去形の言葉だった。

 まるでもう必要ないと突き付けられているようで、俯いたままアーサーの胸を押して体の距離を開く。


「……最初の頃はこれでも頑張ってたんだよ? カケルさんの代わりに世界を守る為に戦って、大勢仲間ができて、『フラッシュ』って二つ名で呼ばれるようになって、戦って、戦って、戦って……そして多くの仲間を失った。守れなかった。あなたと会える日だけを心の支えにしてたけど無理だった。だからリアスが『次元門』を開いた時に誘惑に負けて『イラストリアス』になった。でもあたしは下手に世界に関わって未来を変えてしまう事を恐れて『魔族領』に引き籠って、『ノアシリーズ』と呼ばれる者達の情報が入った時にはもう遅かった。もう分かってるだろうけど、あたしがこの『ユニバース』に来た事で進んでしまった『箱舟計画』が今の状況を作ってる」

「それは結果論だろ」

「でもあたしのせいだよ。……まあ結局、あたしは失敗した。全部、全部……あたしがやって来た事は無駄だった」


 アーサーが何と言おうと、その罪悪感は消えないのだろう。

 同じ『担ぎし者』だからという訳ではない。ただこういう道を歩んでいれば誰しも少なからず抱いているものだ。アーサーだってこの一年足らずの戦いで後悔だらけだ。単純にその一〇〇倍、アリスは背負って来ている。


「だからあたしが責任を取らなくちゃいけない。そして決めたの。あたしの落とし前をつける為に、あなたの力は借りないって。そうじゃないと……そうじゃないとっ、あたしは胸を張ってあなたの前に立てないと思ったから……!!」


 アリスの体が震え、跳ねるように俯いた顔を上げた彼女の瞳からはボロボロと大粒の涙が流れていた。

 アリスの我慢の限界だった。ずっと本心を口に出す事を我慢していた。だから振るう剣に迷いがあった。絶対的に劣っているアーサーが付け入る隙があった。


「ずっと会いたかった……辛くて、寂しくて、世界を超えるほどに会いたくて、でも同時に怖くて追いついて来て欲しくない気持ちもあった」

「どうして……」

「だってあなたはもう分かってるでしょ? 『魔族領』で言ってた事は嘘だって。本当は沢山の男の人に弄ばれて、当時のあたしはその人生を受け入れてて……この体はどうしようもないくらい穢れてるって」


『ノアシリーズ』のことや責任などと色々な理由付けをしているが、それがアーサーを遠ざけていた一番に理由。

 大嘘つきで、救えたかもしれない命を見捨てて、本当の力を隠して戦っていた。

 償っても償い切れない。本来なら合わせる顔も無い。だからここで別れるのが一番の選択のはずなのだ。


「……動けるようになったら消えるから。だからもう、あたしには構わなくて良いよ……」


 顔を逸らしてさらに離れようとするアリスを意図をアーサーは感じて、深く考えるよりも前に体が動いていた。

 離れようとする彼女の体を反対にぐっと引き寄せ、頬に手を添えて前を向かせると有無を言わせず唇を重ねた。一瞬、アリスの体がぴくんと跳ねて強張ったが、すぐに力を抜いて身を委ねてきた。

 切れていた『回路(パス)』が繋ぎ直される感覚があった。それをしっかりと確認して、アーサーはゆっくりと唇を離す。


「……これが俺の気持ちの答えって事で良いか?」


 数秒間の口付けを交わしてそう言うと、アリスは少し目を見開いた。


「いや……その、ぁぅ……」

「……ふっ」

「あっ、今笑ったでしょ!?」


 突然しおらしくなった彼女の様子に思わず笑みを溢すと、彼女はますます赤面して声を上げる。照れ隠しも入っている感じだ。


「ごめんごめん。ただあんなに拒絶されてたのに、急に借りてきた猫みたいに大人しくなるもんだからさ」

「それはっ……だって、こんな、キス一つくらいで揺らいじゃうなんて、我ながら意志が弱いなって……」

「そこまで感激して貰えるとこっちとしては嬉しいけど。でもそれだけ、お前にとっては大切な事だったって事なんじゃないか? 多分、自分で考えてた以上に」

「それは……だって……追いついて来て欲しくなかったけど、それでもやっぱり会いたかったから」

「俺もだ。まあ俺の場合は一日かそこらしか時間は経ってないんだけど、それでももう一度アリスに会えて嬉しいよ」


 きっとアーサーの気持ちの何万倍も強い気持ちを抱いていたアリスの気持ちを、アーサーは理解できるとは言えない。けれど同じ気持ちは持っていたと、それくらいなら伝えても良いはずだ。


「人の事は言えないけどさ、お前もごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。お前がどこにいようと迎えに行く。何を抱えていようと必ず傍にいる。これも俺が言えた事じゃないかもしれないけど、一人で何でもやろうとするな。俺だってお前と同じ意志を継いでるんだから」

「……うん」

「ヴェールヌイは倒す。野望も止める。何もかも解決するから全部一人で抱えるな。少しは頼ってくれ」

「……うんっ」


 アーサーの心に触れて、少しずつアリスの心が融かされて行く。それは彼女にとって一瞬で世界が劇的に変わるほどの鮮烈さだった。崩れないように必死に押し留めていたボロボロの覚悟が、粉々に砕け散ってしまうほどに。

 だからきっと、この戦いの勝敗の差は些細なものだった。

 迷いながら突き放したい者と、一片の迷いなく手を取りたいと思う者。

 そも思いの差が決め手だったのだ。


「……こんなあたしの事を求めてくれて。手を取ってくれて、あたしと出会ってくれて、ありがとう……。ただいま、アーサーくん!」

「ああ。おかえり、(つむぎ)


 一〇〇年を超える孤独。その間に色々な事があったが、アーサーへの気持ちだけは変わる事はなかった。

 そして運命によって導かれた二人は、もう離れる事はないだろう。

 そうに決まっている。

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