435 紅蓮の帝王
救出チームの方では、ある意味守備チームよりも熾烈な状況が展開していた。
相性の問題もあるが、歯が立たない状況で動けないフィリアに『爆裂の稲妻』が放たれ爆発した。しかしそれはフィリアに直撃した訳ではなかった。それは爆風が晴れた後に答えが示される。そこにいたのは漆黒の腕輪から鎖で繋がれた剣を持つ一人の少年だった。
「……音無透夜ね」
「悪いな、リーゼロッテ=N=サンダラー。選手交代だ」
突然の登場に少し驚いたものの、リーゼロッテはすぐに切り替えて全身から稲妻を迸らせる。
「良いわよ。誰が相手だろうと蹴散らしてあげる!!」
「いいや、勝つのは僕達だ。『太極法』―――」
現実時間では一日。内部時間では一ヶ月以上。
その時間の全てを仙術だけに使っていた訳ではない。彼はアーサーから『太極法』を教えられ、すでにマスターしている。
「―――『十拳剣=天羽々斬』」
『天鎖繋縛』の能力の一つである『無銘』と名付けられた剣に氣力が加わって行くと、その姿を一振りの刀へと変えていく。折れず、曲がらず、砕けない最強硬度の刀。さらに重ねるように全身から氣力が溢れ出すと、同時に周囲に冷気が漂い始める。
「『天衣無縫・改』―――『模倣仙人=紅蓮帝王』」
明らかに周囲の気温が下がったと、リーゼロッテだけでなく『ディッパーズ』側も全員が感じていた。
青白いオーラを身に纏った透夜は『天羽々斬』を下から振り上げるように軽く振るう。するとその軌道に地面を這うように凍結が走ってリーゼロッテに向かって行く。
リーゼロッテは『爆裂の稲妻』を飛ばすが迫る氷に当たっても爆発せず、稲妻そのものが凍り付いた。それに驚愕しつつも『無間』で防ぎ、横に飛んで躱す。
「……なんなのよそれ。どうして爆発しないのよ!」
「黄泉の冷気だ。これに凍らせられないものはない。お前の触れたら爆発するっていう稲妻の能力もだ」
修行をした三人の中で、最も強力な力を手に入れたのが透夜だった。
龍虎よりも力をくれたのは、ミオと同じように『MIO』を作り上げる為に犠牲になった子供達だった。
「……僕は託されたこの力でみんなを救う。勿論、お前の事もだ」
「……意味が分からないわ」
「あるヤツが言ってたんだ。僕らはただ互いの正しさを押し付け合ってるだけだって。それに『ノアシリーズ』は利用された子供達なんだろ? だからまあ、力尽くで叩き潰すってのも違うと思ったんだ。ただの同情なんだろうけどさ」
「あっそ……」
軽い口調で返した彼女の声音からは、何か押し殺すような感情が見えた。しかし追及するよりも前に彼女は臨戦態勢に入ってしまう。
「やれるもんならやってみなさいよ!!」
◇◇◇◇◇◇◇
リーゼロッテ・リンカーリィド。それが『異邦人型ノアシリーズ』である彼女の本当の名だ。
父親は記憶が無いほど幼い頃に家族を捨てて出て行き、母親からは暴力を受けて育った。発育だけは良かったので、一二歳になると娼婦として働かされた。唯一良かったのは、体を使う仕事をするようになった影響で母親からの暴力が無くなった事くらいか。
(……ムカつく)
酷い幼少期だったと今でも思う。人としての自由も女としての尊厳も何もかも奪われて、ただ利用されるだけの日々だった。一年前、一四の頃に『ノアシリーズ』にならなければ今もあの地獄は続いていただろう。だからこうなった事に後悔は無い。何度繰り返したって自分は『リーゼロッテ=N=サンダラー』になると断言できる。
(ムカつく……ッ)
ずっと何かに怒り続けていた。でも発散する術を持たなくて、この世界に来るまでずっと溜め込んでいた。
だから自分の能力は万物を爆発する力なのだろうと思う。何もかも木端微塵に破壊したい、そういう願望が反映されているからこういう力なのだ。
破壊だけの力。使っている時、ムカつくヤツをぶちのめす時、少しだけスカッとするが同時に本当に嫌になる。自分にはこれしかできないのだと突き付けられているようで、その度に自分には価値がないのだと思い知らされているようで。
(こんな自分に一番ムカつく!!)
そもそもヒビキに協力していたのは、このクソッたれな世界を滅茶苦茶にできるからという理由からで、ヒビキやヴェールヌイの力を恐れている訳でも従っている訳でもなかった。『無限の世界』の事なんて知らないし、全部ただの八つ当たりだ。こうして『シークレット・ディッパーズ』や透夜を攻撃をしているのだって全部そうだ。
気に食わないものは全て壊して来た。過去の自分が出来なかった分を取り戻すように、世界で孤独だと再確認するように周囲に破壊を撒き散らして来た。
(なのにこいつ、どうして壊れないのよ!!)
どれだけ『爆裂の稲妻』を飛ばしても、透夜が『天羽々斬』を振るう度に凍らされてしまう。それはまるで刀ではなくタクトのようで、おそらくあの刀で凍結する範囲を指定しているのだろうと想像がついたが対処のしようがなかった。
チマチマした攻撃は無駄だと判断し、リーゼロッテは飛び上がるとエネルギーを頭上で溜める。前のような不安定な球体ではなく、不用意に破壊を撒き散らさない完成された技だ。
(全部……全部ッ、これに全部ぶち込む!!)
そして彼女は、巨大な槍の形状のそれを透夜に向けて投擲する。
「―――『爆裂の轟槍』!!」
これも全部憂さ晴らし。
目的も敵意も無い。ただ怒りを発露する為の手段だった。
◇◇◇◇◇◇◇
落ちて来る巨大な稲妻の槍を見て透夜は息を呑んだ。あの威力が地上に直撃すれば、この辺り一帯は跡形も無く吹き飛ぶ確信があったからだ。そして同時に、あまりにも大きすぎるあの力を今の自分の力で凍結する事はできないという事も。
(使うしかない! 一日二回しか使えない『太極法』を!!)
覚悟を決めると『天羽々斬』の切っ先を『爆裂の轟槍』へと向け、そこに足元からせり上がってきた呪力の影を纏わせていく。
魔力と氣力で生成された『天羽々斬』だが、力の出力は生成段階で終わっている為、三つ目の『力』を加えても暴発する事は無かった。そうこうしている内に刀身が影によって漆黒に染まる。
「『太極法』―――『闇淤加美神』!!」
それは氣力と呪力の『太極法』。『天羽々斬』の切っ先から漆黒の極光が放たれる。それは瞬く間に『爆裂の轟槍』を飲み込んで消失させ、延長線上にいるリーゼロッテの頭上を駆け抜けていった。彼女に当たらなかったのは、あらかじめ透夜が当たらないように調整していた為だ。
あまりの威力に両腕で顔の前を覆っていたリーゼロッテだが、そのせいで反応に遅れた。今の極光に隠れるように透夜が『天鎖繋縛』から伸ばしていた鎖に気付かず、それが足に絡みついていたのだ。
そうなれば後はどうしようもなかった。獣人並みの膂力で鎖を引っ張った透夜の方にリーゼロッテの体が引き寄せられ、彼は彼女の体にそっと触れた。するとすぐに首から下の全身が氷漬けになって動かなくなる。
「万物凍結の氷だ。その中じゃ技は使えない」
つまりはこれでチェックメイト。リーゼロッテの完全敗北だ。しかし透夜の予想に反して、彼女は悔しそうな様子も見せず、むしろ清々しさすら感じさせた。
「……全然敵わなかった」
「相性が良かったし、お前……君に勝つ方法をずっと考えてたから」
「あたしの事を? ……それはなんていうか、理由はどうあれ変な感じね」
不快に感じているのかと思ったが、リーゼロッテの表情からはそういったものは感じなかった。むしろどこか照れているような感じだ。
「……あんた、あたしに同情してるのよね?」
「気分を悪くしたなら謝るよ」
「逆よ。でもそう思えるあんたは幸せね」
たとえ同情心だとしても、誰かが自分に悪意以外の感情を向けてくれていたら。利用する意図はなくただ心配してくれる存在がいたら。きっとこうはなっていなかったはずだ。彼女は純粋にそう思った。
だから今だけは。怒りの発露で晴れた頭で、素直に口を開く。
「……一応、礼を言っとくわ。あんたのおかげですっきりできたから」
「そっか……まあ、相談くらいならいつでも乗るからさ、『ノアシリーズ』として以外の生き方を探してみるのも良いんじゃないか?」
「ふん……言っておくけど、いつかあんたにリベンジマッチ申し込むから。覚悟しときなさいよ」
「ああ、いつでも受けて立つよ」
彼女はもう大丈夫だろう、と透夜は思った。
あれほど苛烈だった敵意が一切感じられない。これから先、自分がアーサー達と出会って変われたように、良い人達と関わって行けば彼女も真っ当な道を歩けるはずだ。
となれば、次の問題に着手しなければならない。
「一つ教えて欲しい。メアや紬達はどこにいる?」
「ああ……どこだっけ? いつも『次元門』使ってたから分かんないけど中心部だと思うわ。そっちのキャラルの方が知ってるんじゃない?」
「そっか……じゃあ、もう一つ」
『天羽々斬』を軽く振るうとリーゼロッテを拘束していた氷が砕け散った。そして代わりに手を差し出す。
「『シークレット・ディッパーズ』に来ないか? うちも世間から追われる犯罪者集団みたいなものだけど、同時に家族みたいなものだからさ。次にどう進むのかは分からないけど、羽休めくらいにはなると思う」
「……あんたバカ? 今戦ったばっかりのヤツを普通誘う?」
「別に珍しい話じゃないんだよな、これが。僕もアーサーと戦ってここにいる訳だし。だからリーゼも」
「……勝手に愛称付けてんじゃないわよ。……透夜」
ゆっくりとリーゼロッテ……いや、リーゼが透夜に手を伸ばしたその時だった。
ドッッッ!!!!!! と。見えない何か吹き飛ばされるように彼女の体が吹き飛んだ。
「っ……リーゼ!?」
吹き飛んだリーゼを心配する気持ちと、襲撃者の正体を確認したいという気持ちがせめぎ合い、後者を優先させて『天羽々斬』の切っ先を向けた。そしてその判断が正解だったと知る。
襲撃者の正体はヴェールヌイ=N=デカブリスト。おそらく『無間』を足元に展開して宙に立っているのだろう。すでに指先を弾いてこちらに攻撃を繰り出していた。
「なっ……凍らない!?」
すぐに飛んで来た黒いエネルギー弾を凍らせようとするが、どういう訳かその力が及ばなかった。
一瞬の思考停止。その間に回避が出来たかもしれないのに、透夜はそのタイミングを逃してしまった。
直後、横合いから何かに突き飛ばされなければ確実にやられていたはずだ。
「っ……アーサー!?」
「遅くなって悪い!!」
避けた後に地上に激突した『天征』が爆発を起こすが、炎のオーラを広げて衝撃から透夜を守ったアーサーは一言だけそう言い、すぐに宙にいるヴェールヌイに向かって飛んだ。
目で捉えるのも難しい速度の攻撃だが、ヴェールヌイは難なく『無間』で防いでみせた。
「凄まじい速度ですが、来る方向が分かっていれば防ぐ事は容易です」
そして今度はアーサーが『天弾』を打ち込まれて地面に叩きつけられる。
「おい、アーサー!?」
「っ……問題無い! ヴェールヌイから目を離すな!!」
アーサーに言われて透夜がヴェールヌイの方に視線を戻すと、すでに彼女は次の行動に移っていた。
「来なさい―――『アガレス=セカンド』『フェネクス=ソナタ』」
彼女の言葉に応えて二体の『魔装騎兵』が目の前に現れた。一つは前も見た巨大な爬虫類が鎧を着たような姿で、もう一つは翼を備えた人型だった。ヴェールヌイはどちらかに搭乗する訳ではなく、両方とエネルギーで出来た線で繋がれていた。
「まずっ……五人共、今すぐ俺の近くに集まれ! 透夜、お前が戦ってたヤツも連れて来い!!」
そうこうしている間にも『アガレス』が口にエネルギーを溜めており、ギリギリ全員が固まると同時にエネルギー砲である『炮閃』を放って来た。
「『纏装』―――『龍星の重装甲』!! 『聖光煌く円卓の盾』!!」
防御特化の氣力運用と最強の防御技。仙術を体得して『三叉纏装』自体の出力も上がっているので難なく受け止められた。
問題はその後だった。『フェネクス』が翼を大きく開くとそこから凄まじい騒音が放たれた。物理的攻撃ではないので、盾は関係なく固まっていたアーサー達に襲い掛かった。
「がっ……この、音は……ッ!?」
みんながみんな、耳を強く抑えて地面に伏せる事しかできなかった。しかしその音は全身を震わせるので骨に響き、耳を抑えてもほとんど意味を成さなかった。しかも『アガレス』が二発目の『炮閃』を溜めていて、今の状態では完璧な盾を展開できないアーサー達は絶体絶命だ。
「二刀流―――『斬雨』!!」
空高くから響くその声が、アーサー達の窮地を救う救世主の正体だった。
『フェネクス』の背後からそれぞれ水と雷のオーラを纏う二振りの『神刀』を振り下ろして翼を砕くと、納刀しながらアーサー達の傍に着地した。
「六花!? お前、なんで……!?」
「話は後だ! すぐ反撃しろ!!」
アーサーの言葉を遮るように叫ぶと、彼女は改めて火と光を纏う二振りの刀を抜き放って『フェネクス』の方に向かって跳んだ。
その行動に続くように、アーサーは『三叉纏装』を攻撃特化の状態に『纏装』すると右の拳を弓形に引き絞って炎を集めていく。
いつもならそのまま放つそれを、いつも以上に凝縮して溜めていく。すると朱の炎の色が次第に混じりけのない白へと色を変えていく。
そして六花が『フェネクス』に対して双刀を振るうと同時に、アーサーは『アガレス』に向かって右手を突き出した。
「二刀流―――『天照』ッ!!」
「―――『紅蓮咆哮拳・白日翔天』ッッッ!!!!!!」
そして目にも止まらぬ速さで幾重にも対象を焼き切る斬撃と、溜めていた『炮閃』に直撃して誘爆させながら全身を貫く極光で、二体の『魔装騎兵』が完全に破壊された。
「やったか!?」
「いいえ、まだよ!! ヴェールヌイがこんな簡単に倒される訳がないわ!!」
透夜の希望的な意見をリーゼがすぐに否定する。そもそも『魔装騎兵』がここまで簡単に破壊できたのがおかしい。まるでアーサー達を倒すのとは別の目的の為にタスクを使っていたような感じだった。
そしてリーゼの言葉通り、二体の『魔装騎兵』が破壊された爆炎の向こう側にいるヴェールヌイのプレッシャーが、『魔装騎兵』を呼び出す前よりも明らかに跳ね上がっていた。
「ッ……やるなら今だ! 『アガレス』を破壊したから、あいつはもう『次元門』を使えない!!」
そのプレッシャーに一瞬圧されるが、アーサーはそう吼えて単身ヴェールヌイへと殴りかかる。
しかし、すぐに行動を起こしたアーサーには少なからず焦りがあった。一度『次元門』で逃げられている事もあり、次の逃げの手がある可能性が脳裏を過ると、今すぐ倒さなければと思ってしまったのだ。
「追撃の判断が早かったのは流石ですね。ですが私は『魔装騎兵』と同調した者が行える裏技を知っているんですよ」
ゾッとした時には遅かった。
ヴェールヌイが横に向けた掌の先に『アガレス』の能力である『次元門』が現れたのだ。
「残念ながら『次元門』の能力は健在です。お前達が戦っている間に能力の抽出は終えました」
「……ッッッ!!!???」
驚愕すると同時に一瞬でも早く攻撃を当てる為、後方に炎を噴射して加速しようとしたが、それよりもヴェールヌイの方が行動が早かった。手を横薙ぎに振るうとアーサーは横からの『天弾』に弾かれ『次元門』の中に吸い込まれて消えてしまった。
「さて」
アーサーを排除したヴェールヌイは他を見下ろす。透夜は『天羽々斬』を構えてみんなの前に出るが、意外にもヴェールヌイの方からすぐに攻撃して来なかった。代わりに彼女の声が降って来る。
「少し話をしましょうか。お前達にも益のある交渉をしましょう」
その提案が何をもたらすのか誰にも分からない。
けれど上空から放たれる彼女の言葉は圧倒的なまでに一方的で、とりあえずとしても聞き入れる他に選択肢は無かった。