434 龍虎、並び立つ
激しい攻防の末、周囲は静寂が包み込んでいた。
肩で息をする結祈は膝立ちのまま呆然の辺りを見回した。仲間達は倒され、援軍が間に合うかどうかも分からない状況。ヴェールヌイとヤーヴィスは健在で、彼ら以外にもこの国には大勢の『ノアシリーズ』がいて、事態はあの破滅の未来へ向かって行くのだろう。
「もう終わりのようですね」
「……そうだね」
ヴェールヌイの言葉に結祈は息を吐き出しながら答えた。
「この辺りが限界かな」
まるで諦めたような言葉。
しかし彼女の瞳は未だに強い光を灯しており、そこには諦めた様子なんて微塵も無い。ただ揺るぎない覚悟があった。
アーサーとサラと透夜はきっと来る。それは断言できる。けれどあの破滅の未来を変えられるかどうかは分からない。ヴェールヌイをここで止められなければ、きっと誰にも止められなくなる。でも結祈には一つだけ、彼らを確実に止められる手が残っていた。
瀕死の結祈が起こしたアクションは、顔の前に右手を構えて何度目かになる指パッチンのポーズを取っただけだ。それは彼女が仕込んだ魔術を発動するのに使う定番のポーズで、最も集中力を高められる掌印。けれど状況を打破できるようなものは何もないはずだった。
しかしヴェールヌイはそれに気付いた。彼女が合わせた親指と中指の腹の間に、今までとは全く違う凄まじい力が集束していくのを。
「……お前、一体何を……」
「今できる最良のこと」
今回は『タウロス王国』の時とは違う。あの時も死を覚悟したが、自分達がやられてもアーサーや『ディッパーズ』や『W.A.N.D.』のみんながなんとかしてくれるだろうと思っていた。
けれど今回は違う。自分達が勝たなければ他のみんなが止める間もなく世界は終わる。それが結祈に決死の覚悟をさせた。
「……本当は使いたくないんだけどね。でもアナタ達を完全に止めて世界とみんなを守るにはこうするしかないみたいだから」
みんなが死ぬ。
その結果はすでに見た。
それを阻止する為に今の結祈が出来る事はただ一つ。
「ネ―――」
それは全て同時に起こった。
結祈が指を弾こうとする。
それを阻止する為にヴェールヌイが素早く『天征』を放つ。
―――そして、空高くからクリアブルーの刀が結祈とヴェールヌイの間に落ちて来た。
その一撃で元々規模の小さかった『天征』は破壊され、結祈とヴェールヌイの動きが止まる。それは結祈が指を弾くまさにその寸前の事だった。
さらに続けて、その刀を放った張本人である少年と長い銀髪をなびかせる少女が同じように落ちて来た。少年は地面に突き刺さった刀を掴むとすぐさま全身から炎を噴き出しながらヴェールヌイに上段から斬りかかった。対してその一撃を『無間』で防いだヴェールヌイは、攻撃して来た少年を睨みつける。
「忌々しいですが流石ですね。このタイミングで来ますかッ……アーサー・レンフィールド!!」
「『焔桜流』奥義―――!!」
受け答えはしなかった。
初めからエンジン全開で、まるで燃え盛る劫火のような荒々しい呼吸と共にアーサーの体がヴェールヌイの視界から忽然と消える。その瞬間、一切の迷いなく背後を振り返った彼女の行動は流石としか言えなかった。再び二人の視線が交差する。
「私の『無間』はお前には破れませんッ!!」
「―――『焔桜神楽』!!」
初撃の強力な上段『龍星瀑布』。そこから始まる隙の無い完璧な手順の神楽。
二つ目は回避と攻撃が一体となっている『陽炎・円舞』。『無間』によって防がれはしたが、アーサーはすぐさま踏み込みと横薙ぎのタイミングを合わせた『修羅咲刄』を叩きつけて距離が開くと、その勢いのまま錐揉み回転で突っ込みながら斬り裂く『龍桜閃華』に繋げ、その回転のまま『焔尾』へと繋げる。
五つ目まで型を繋げた所でヴェールヌイに変化があった。今まで完全無欠だった『無間』に初めてヒビが入ったのだ。そしてアーサーの連撃はまだ続いている。
『焔尾』からの回転を活かして一回転しながら斬り上げを行う『旭日昇龍・逆巻焔』から、さらに目の前で渦を巻くように刀を動かす『赫灼紅炎』で打撃と炎の嵐を同時に叩きつける。そこからさらに体を回転させ、折り畳んだ右手を一気に解き放つ高速の突き技『不知火・韋駄天』を繰り出した。
重ねた八つの型。それによって僅かだったヒビも今では全体に広がり、最後の一撃に押し込まれて後方に退いたヴェールヌイの表情が忌々しげに歪む。
「―――『滅炎龍王の漆黒赫鎧』!!」
『焔桜神楽』は八つの型を繋げた後、『龍星瀑布』以降の七つの型を体力が尽きるまで延々と繋げられる。しかしアーサーはあえてその追撃を選ばなかった。
次の一撃で必ず『無間』を破る為に『漆黒赫鎧』を発動させて朱と黒の二つのオーラを纏うと、それらの『力』を下段に構えた刀へと集束させ、一気に振り抜く。
「天ノ型―――『燈翔焔斬』ッ!!」
二色の斬撃が刀身から飛び出し、すぐさまヴェールヌイに直撃した。
いくら『消滅』の力を抑えていると言っても、万物を灼く力は備わっている。事実、爆炎が晴れた後のヴェールヌイは無傷ではなかった。
片手を前に伸ばしている姿勢なのは、彼女が『無間』が砕かれたその瞬間に『天弾』を発動させて『燈翔焔斬』を相殺しようとしたからだった。その英断によって彼女は多少の火傷を負う程度にダメージを抑えていた。
僅かとはいえヴェールヌイに初めて手傷を負わせることができたが、アーサーとサラは一切油断せずに敵を見据えたまま背後にいる結祈に声をかける。
「ありがとう、結祈。あとは俺達がやる。みんなと一緒に下がっててくれ」
「ええ、休んでて。後はあたし達が引き継ぐわ」
「……そうして貰えると助かるよ。流石にちょっと限界だったから」
アーサーは身に纏うオーラを解いて刀も指輪の状態に戻した。そんな彼の隣に一緒に落ちて来たサラが並んで立つ。
「やるぞ、サラ」
「ええ、修行の成果を見せてやるわ」
それは呼吸で体内に生成した氣力を大量に消費するが、一時的に絶大な力を得られる状態。向こうの『ユニバース』にも無かった、氣力を使った一つの極致。
「行くぞ、ヴェルタ―!!」
「やるわよ、シロ!!」
パンッ、と高い音を鳴らして両手を合わせた二人の全身から氣力が溢れ出る。そしてすぐにそれが安定してそれぞれ纏わって行く。
「『天衣無縫・改』―――『模倣仙人=紅蓮龍王』」
「『天衣無縫・改』―――『模倣仙人=白蓮虎王』」
アーサーは黄金に煌く炎を鎧のように全身に纏い、サラは全身に白銀のオーラを纏いつつ四肢のオーラは鋭い爪の形状を取る。これが二人の『模倣仙人』としての姿だ。
二人の強化が終わると同時に、ヴェールヌイの隣にもヤ―ヴィスが並んだ。
「……認めましょう。お前は強く、やはり最大の障壁です」
「まだまだこんなもんじゃないぞ」
「また会ったわね、ネクロマンサー」
「今度こそ殺して差し上げますよ、野蛮人」
直後、四人は同時に動いた。
駆け出したアーサーとサラは、あらかじめ示し合わせておいた通りそれぞれヴェールヌイとヤ―ヴィスに狙いを定めて向かって行く。
対してヴェールヌイとヤ―ヴィスは手を前に伸ばす。ヴェールヌイはアーサーに『天弾』を飛ばし、ヤ―ヴィスは新たに『次元門』の向こう側から出した『死せる従僕共』をサラに差し向けた。
アーサーは残像を残すほどのスピードで『飛焔』を連続発動させながら『天弾』を躱してヴェールヌイの懐に飛び込み、サラは拳の一振りで何人もの『死せる従僕共』を吹き飛ばしてヤ―ヴィスの眼前で拳を握る。
「『灰熊天衝拳』!!」
「『白蓮剛衝拳』!!」
二人の拳がそれぞれの『無間』に直撃し、流石のヴェールヌイのものは砕けなかったが、ヤ―ヴィスはサラの拳を受け切れずに胸部に受けて吹っ飛ばされた。その様に呆れたように溜め息を溢したヴェールヌイは仕方ないといった動作でアーサーとサラの両方に手を伸ばして『天弾』を発動させる。流石に攻撃直後では躱せず、二人は吹っ飛ばされた。
追撃を警戒してすぐに体勢を立て直した二人だが、意外にもヴェールヌイは踵を返して倒れているヤ―ヴィスの元に向かっていた。
「大丈夫ですか?」
「ぐっ……あんなヤツに、破られるなんて……ッ」
「お前の『無間』はオートで発動できるだけで強度は並ですからね。あれだけの攻撃は当然受け切れませんよ。彼女にも厄介な奥の手がありそうですし、ここで彼らの相手は旨くなさそうなので次善の策に移りますが、お前はどうしますか?」
「こんなやられっぱなしで退ける訳がない! あなたがいなくても奥の手で捻り潰してみせますよ!!」
「今ここで『魔装騎兵』を出すのは得策ではありませんよ?」
「うるさい!! こんなヤツらに一方的にやられるなんて我慢ならないんですよ!! 力を貸しなさい―――『ガミジン=デスパレード』!!」
彼の呼びかけに応じて現れたのは薄い紫の『魔装騎兵』だった。そこにヤ―ヴィスが搭乗すると、彼の周りの『死せる従僕共』から同色のオーラが放たれた。単純に強化しているのだろう。
しかし二人は一切怯まず『ガミジン』に向かって駆け出した。アーサーの周囲には炎球が生成され、サラの右手には氣力が集まって行く。
「『輝炎撃』!!」
「『破葬拳』!!」
アーサーは周囲の炎球から直線的に突き進む炎を放ち、サラは振り抜いた手から五つの爪の斬撃を飛ばして強化された『死せる従僕共』を吹き飛ばして『ガミジン』への道を開く。
「砕くわよ! アーサー、力を貸して!!」
「ああ!!」
サラが右手を、アーサーが左手を頭上に掲げると、氣力が上に昇って行き体の何倍もある巨大な手に変わる。サラの方は毛が生えているような形状の虎の爪、アーサーの方は鱗が揃った龍の爪だ。
「―――『虎王破爪』!!」
「―――『燈王破爪』!!」
巨大な『魔装騎兵』を掴めるほどデカい手を、二人は一緒に突き出すように前に出した。二人の巨大な手の氣力が合わさり、掌打と鷲掴みを合わせたような打撃を『ガミジン』へと叩き込んで致命的なダメージを与えて吹き飛ばす。
これが仙術を体得した『模倣仙人』の力。時間制限があるとはいえ、生身で『魔装騎兵』と渡り合えるほどの強化だ。
「サラ、ヴェールヌイが消えた。俺は追っても大丈夫か?」
「ええ、こっちはあたしに任せて」
「頼んだ」
すぐに瞳を閉じたアーサーは意識を集中させる。結祈の忍術による広域魔力感知に勝るとも劣らない仙術の広域氣力感知だ。それで消えたヴェールヌイの位置を感知すると、温存の為『紅蓮龍王』の状態を一度解き、『三叉纏装』を発動させて『龍星の超神速』の状態で移動した。
これも修行の一つの成果。仙術を体得して氣力を練れるようになった影響か自身の氣力単体で発動できるようになっており、貴重な『太極法』を使わずに扱えるようになっていた。
アーサーが消えてすぐに『ガミジン』がゆっくりと動き出す。右腕は肩から千切れ、全身にヒビが入った満身創痍の姿にもかかわらず、中に要るヤ―ヴィスは強気な声を飛ばして来る。
『……野蛮人と言ったのは訂正しましょう。貴様は単なる野獣だ!! ここで駆除してやる!!』
「嫌味ったらしい敬語が崩れてるわよ? 鼻っ面に拳をぶち込む時も近そうね」
『黙れ!! 図に乗るなよ、この野獣風情が!!』
「野獣上等! 行くわよ、ヤーヴィス=N=コンカラー!!」