行間一:ヘルト・ハイラントの備え
『ポラリス王国』のとある場所。ごく普通の自販機から入ったそこに、ヘルト・ハイラントは訪れていた。
「ドク」
武器とガラクタで溢れた倉庫のような部屋の奥から、白衣の老人が出て来た。
「やあ長官。わざわざ来たという事は例の件かのう?」
「まあそうだけど……相変わらずここは凄いな。片付けるつもりは?」
「これで規則的なのじゃよ。それよりほれ、確認せい」
言いながらドクがヘルトに向かって投げたのは手のひらサイズの四角く白い箱だった。ヘルトはそれをキャッチするとまじまじと見る。
「機能は?」
「要望通りじゃよ。お前さんの魔力と声紋認証でのみ開く、質量制限の無い収納ボックス。じゃが収められるのはボックス一つにつき一つじゃ」
「まあ、それくらいの不便さは仕方が無い。でも流石だよドク。『箱舟』の力を使ったとはいえ本当に要望通り『4D匣』を実現するとはね」
「まあ、暇つぶしには丁度良かったの」
「『ナイトメア』の分は?」
「四つ分できておる。じゃがメアの分は良かったのか? 今は『ナイトメア』から離れておるのだろう?」
「まあ、彼女の分を用意したのは念の為だ。念の為ついでにもう二つ、これで作ってくれないか?」
ヘルトが懐から取り出して渡したのはそれぞれ袋分けされた二本の髪だった。『4D匣』の製造に必要なDNS情報だ。
「誰のじゃ?」
「アーサー・レンフィールドとアレックス・ウィンターソン。特にアーサー・レンフィールドの分は急いでくれるとありがたい」
「舐めるなよ、長官。もう五つ作ったのじゃ。二つくらい一晩あれば十分じゃよ」
「頼りになるね。アレックス・ウィンターソンの方は出来次第、『スコーピオン帝国』のセラ・テトラーぜ=スコーピオンに送ってくれ。今は一般ルートの方が安全だ。それからついでに例の施術も頼めるかな? 出来れば今すぐに」
「構わぬよ。じゃが『4D匣』の性能を確かめなくて良いのか? 長官がやろうとしている事はかなり危険じゃぞ?」
「リスクは承知してる。それにきみの腕も信用しているよ。こんなつまらない事で失敗などしないとね」
「挑発で他者のやる気を引き出すのは限界があるぞ?」
「なるほど。忠告痛み入るよ」
それが口先だけの言葉だというのは誰の目からも明らかだった。けれどドクはそれ以上は何も言わず、ただスッと瞳を細める。
「……施術をするという事は、本気でやるつもりなのか?」
「ああ。『オペレーション・フィッシュフック』を実行する。全てその為だ」
長官になった時からヘルトがやりたかったことだから。やるべきことだから。
それがヘルト・ハイラントが赴く、次の戦場だった。




