431 『ストレンジャーズ・オブ・マルチバース』
『馬鹿だな』
『でもアーサーだけは人のこと言えない』
キャラルの話が終わった後。アリアの正体が紬だと確定すると満場一致で馬鹿だと断定し、流れるようにアーサー以外の声が一致して同類扱いされた。
「とにかく向こうの狙いがネミリアなら守れば良い。それと同時に紬達の救出に向かおう。幸い人手はあるしチームを二つに分けるよ」
「それなら俺達も……」
「アーサー達は予定通り仙術修行に行って。言っておくけど拒否権は無いから。ワタシに指揮を任せたのはアーサーなんだからね」
「……了解。頼もしいよ」
結祈にピシャリと留められてアーサーは引き下がった。そして結祈はさっとメンバーを決めていく。
ネミリアを守る守備チームは結祈、リディ、ラプラス、紗世の四人。紬達の救出チームはキャラル、フィリア、エリナ、カヴァス、ユリの五人だ。
「それじゃみんな、三分で準備して。アーサー達は出来るだけ早く戻って来て。救出チームはキャラルの案内に従って。守備チームは移動して可能な限り備えるよ。ミオとリザとユウナとリアスはここで待機して、二つのチームと連絡を取り合って状況を把握しておいて。じゃあ行くよ」
流れるような指示に従って全員が動き始める。
各々武装や持ち物を準備する中、フィリアはアーサーに近寄った。
「レン。少し話があるんだけど良い?」
「どうした?」
「『ラウンドナイツ』の事。一〇年前、わたしはローグに引き取られて一番最初の『ラウンドナイツ』になった。そしてレイナと引き合わされて、次に現れたのが紬だった。どれだけ時間が経っても容姿が変わらない事に疑問はあったけど、わたしは気分屋でまたレンに会うこと以外には興味も無くて、何かを抱えてるのは気付いてたけど紬と深く関わろうとしなかった。でも今は後悔してる。レンだけじゃない、紬やみんなの事も大切な家族だって思ってる。だから紬が孤独で何かを抱えてるなら、連れ戻して話を聞きたい。でも紬は長年一人で抱え込むほど頑固だから、レンの存在が絶対に必要だと思う。だから結祈の言う通りなるべく早く戻って来て」
「そうだな……それに流石だ、フィリア」
「なにが?」
アーサーは丁度良い位置にあるフィリアの頭にぽんと手を置いて軽く撫でる。そして今にも猫のようにゴロゴロと鳴き出しそうな気持ち良さそうな表情を浮かべるフィリアの様子に小さな笑みを浮かべて、
「俺がやる気になるツボをよく知ってる」
「ん……ま、家族だからね」
仲間を救う為に。そして仲間から必要とされた。
それだけでどこまでも頑張れる。いつだってアーサーは……彼らはそういう人種だった。だからこそ彼らは、少数を見捨てられず『シークレット・ディッパーズ』となったのだから。
◇◇◇◇◇◇◇
アーサー、サラ、透夜、レミニア、クロノ。その五人が訪れていたのは、最初に六花と会った倉庫だった。
彼女はあの日と同じようにドラム缶の上に座って待っていた。
「戻って来たな」
「ああ、俺達三人に仙術を教えてくれ」
仙術を教えてくれるという話ではあったが、正直な所、サラと透夜にも教えてくれるかは彼女次第だ。
六花は値踏みするようにサラと透夜の方を見ると、ふっと笑ってドラム缶から飛び降りる。
「良いぜ。じゃ、早速始めるぞ」
そう言ってポケットから何かのチップを取り出すと、その中心のボタンを押した。すると彼女の傍に『次元門』が現れ、アーサー達は途端に警戒する。
「心配しなくても『ノアシリーズ』は来ねえよ。来るのはオレ達の隊長だ」
最初に会った時、彼女は『無限の世界』を渡り歩く『異邦人』と名乗った。
この世界に不可能は無く、それは身に染みていると。ならば『ストレンジャー』が彼女一人とは限らない。
そうして『次元門』から現れたのは三〇代ほどの黒髪の壮年の男だった。彼は現れるとアーサー達五人を順番に見て、アーサーの所で視線を止めた。
「お前がアーサーだな。確かに若い頃のあいつに似てる」
「……あんたは?」
「伏見大地。聞き覚えはねえか?」
彼とは確実に初対面だと断言できた。あっちの『ユニバース』で過ごしたからか、前以上に氣力が感じられるようになっており、彼から感じるそれはカケルと遜色のないレベルだとすぐに分かった。こんな人と会っていれば嫌でも覚えているはずだ。
となると名前だけ聞いた事があるパターンだが、少し思い返していくと一人だけ思い当たった。
「……あっ、もしかしてカケルさんが言ってた親友の一人か!?」
「ようやく思い出したか。まあお前と交流したカケルにとっては、俺は大地の『ドッペルゲンガー』になるんだがな。それでも頼まれちゃ嫌とは言えなかった」
「カケルさんが?」
「お前が氣力の生成法に悩んでるって話を聞いたからな。少し勝手が違うが、俺は仙道……今は仙術って呼ばれてるものを編み出したからそれを教える事にした。ちなみにアリスにも教えたぞ」
おそらくだが、それを知っていたアリス(今はアリアと名乗っている紬)がキャラルを通じて六花に話を通していたのだろう。『ユニバース』や時間軸が滅茶苦茶で複雑だが、しっかりと縁は繋がっているのだ。
「さて。積もる話は追々するとして修行を始めよう」
パチン、と指を鳴らすと倉庫の外側の景色が消えた。まるでこの倉庫だけ別の空間に移動したような感じだ。
「これは……?」
「結界だ。誰もここに注意を払わなくなる」
「なら私も重ねよう。レミニア、魔力を借りるぞ」
レミニアに触れたクロノが同じように指を鳴らすと、倉庫の壁面を魔力が包み込んで行く。
二つの結界に包まれた倉庫内で、ふと気付いたように呟く。
「そういえば、僕らはご飯とかどうするんだ? 流石に何か月も断食は無理だぞ?」
「私の異空間に一年分くらいの備蓄がある。五人で分けても二ヶ月強はもつはずだ。それにあの女はここで数日待っていたんだろう? 食料くらい用意してあるんじゃないか?」
話を振られた六花は当然と言わんばかりに豆を取り出した。
「一応あるが味気は無いぞ? この豆一粒で三日もつがオレは好きじゃない」
「えっ、何その最高の食べ物普通に欲しいんだけど!?」
「……それ、アーサーにしか刺さらないと思うわよ? あたしは絶対にクロノの備蓄が良いわ」
「それより私は飯よりも気になる事がある。伏見大地と言ったな? お前ら何者だ?」
そもそもがお人好しの馬鹿であるアーサーからすればカケルの親友というこれ以上ない信頼に足るファクターがある訳だが、人として当たり前の警戒心が備わっているクロノからすれば疑わしい人物この上ないのだ。
クロノに睨まれた大地は、小さく笑って三つのマスクを取り出した。
「時間がねえんだろ? 答えるのは良いが、まずはこいつらに修行の手順を教えてからにしねえか?」
「……良いだろう」
「んじゃ、許可は下りたし早速修行を始めるぞ。まずは三人とも、このマスクをつけろ」
黒いゴツゴツしかマスクを投げて渡されたアーサー、サラ、透夜の三人はとりあえずそれを口元に付けると吸いつくように装着された。何てことの無いマスクのように感じられたが、それから三秒後に完全に呼吸ができなくなり、呼吸困難に陥った三人はもがきながら床に伏せた。そして限界が訪れて意識を失う寸前、マスクが勝手に外れた。げほげほと喘ぐように咳き込む三人の姿を見下ろしながら大地は説明口調で語る。
「人間が生きていく上で最も重要なものは何かと問うと、大抵のヤツは水や食料、睡眠なんかを挙げる。だが一番必要な物は呼吸だ。水や食事、睡眠は無くても数日は生きられるが、呼吸を断たれればどんな人間でも数分が限界だ。重要過ぎて価値に気付かれ難い呼吸、そこから氣力を生成するのが『仙道の呼吸法』だ」
「こ、きゅ……!?」
「仙術を使う為には、氣力を感じ取り体の中に取り込まなくちゃならねえ。その為には特殊な呼吸法を身に着ける必要がある。これは俺がいた『ユニバース』じゃ普通の呼吸の仕方で、この『ユニバース』の一般的な呼吸と違うから難しいだけだ。この辺りが仙術の才能に関わって来る要素で、仮に氣力由来の『ユニバース』でも呼吸の仕方が違うと体得が難しくなる。むしろ近い分余計にかもな。実際、ある程度氣力を使えてたアリスも苦戦したしな。まあ六花が見た感じ、お前らは大丈夫みたいだがな」
その説明でアーサーは改めて合点がいった。呼吸の仕方が肝ならば、確かに他者に教えるのは難しいだろう。カケルが教えられないと言う訳だ。
「本来なら時間をかけて馴らす方法を使うんだが、今回は時間が無さそうなんで荒療治にしてみた。だがこの方法は今みたいに習得するまで何度も呼吸困難に陥る、つまり大袈裟に言えば無限の死を味わう訳だ。有体に言って地獄だが、それでもやるか?」
何度も何度も呼吸が出来ずに苦しむ事になる。なるほど確かにそれは苦行と呼ぶべき所業だ。体得するまで想像を絶する苦痛を味わう事になるのだろう。
けれどアーサーの答えは決まっていた。そしてそれはサラと透夜も同じだ。三人ともこれが答えだと言わんばかりに、二度目の地獄へ向かう為にマスクを口元に装着した。
その答えに大地は満足そうに笑っていた。
「……愚問だったな。なら死を味わえ。呼吸法を完璧に学んだ時、修行を次のレベルに移す」
この修行にはどうしたってコツを掴むまで時間がかかる。その間に大地は改めて疑問に答える為にクロノの方を近付いた。
「待たせたな。それでお前の疑問への答えだが、俺達の正体は『ストレンジャーズ・オブ・マルチバース』。『ストレンジャー』となった者達で構成された『マルチバース』の守護者だ」
その答えに一緒に聞いていたレミニアは話に付いて行けず疑問符を浮かべまくっているが、クロノは特に驚いた様子も無く鼻を鳴らす。
「お前達の存在は知っている。だが解せんな。だとしたら今まで何度も介入する機会があったんじゃないか?」
「『無限の世界』にいくつの世界があると思ってる? 確かに有限ではあるが永遠に広がり続けている無限に近い数だ。とてもじゃないが全ての世界を守るには至らねえ。だから俺達は基本的に不干渉だ。干渉するのは今回みたいに『無限の世界』や時間軸に対して致命的な影響を及ぼす可能性があり、ボスに指示された時だけだ」
「都合が良いな。介入するのはシエル・ニーデルマイヤーの時のような事件だけか?」
「ボスに言え。それにあの事件の事ならカケルにアーサーの事を聞いて調べたが当然の介入だ。俺達がやっている事は全て必要な事だ」
「よく聞くな、その台詞。世界が自分達の思い通りになってると思ってるヤツらの常套句だ」
「ハッ、そこまで傲慢じゃねえよ」
クロノの皮肉に心底面白そうに笑うと、大地は視線を藻掻き苦しんでいるアーサー達の方に向ける。
「世界を動かしていくのは、俺達やお前みたいな俯瞰してるヤツらじゃねえ。ああやって藻掻き、苦しみ、それでも何かを掴もうと進み続ける者達だ。今まで数多くの『ユニバース』を渡り歩いて来たが、ここみたいな『ユニバース』にはああいうヒーローこそが必要なんだよ」
「あいつら本位じゃないだろうがな。あいつらはヒーローである前に人間だ」
「だが世界はそれを許してくれねえ。特に『担ぎし者』にはな」
「……ふん」
大地のその言葉には思う所があったのか、クロノはそこで追及を止めた。
結局は彼ら次第だ。特にあの未来を覆し、全員を救えるかは『担ぎし者』であるアーサーの双肩にかかっている。