49 お姫様にもまだできること
アーサー達と分かれた後、ニック達は問題なくミランダ達のいる隔離施設のすぐ傍まで辿り着いた。
そこでニックは担いでいたアリシアをマルコに移すと、肩に掛けていた短機関銃を構え直す。
ニックは当然、ミランダ達は『オンブラ』の襲撃を受けて戦闘中だと思っていた。だからアリシアを危険な場所に近付けないための配慮だった。
「レナート、嬢ちゃんを頼むぞ。俺は加勢に行く」
無言で頷くレナートを残し、ニックは単身隔離施設を目指して足を進める。そして近づくにつれ、妙な違和感を覚え始めた。
(……戦闘中なのにほとんど音がしてない)
ミランダ達が簡単にやられたとは思えないが、それでも最悪のケースが脳裏を過る。
やがて曲がればすぐそこに入口のある場所まで来た。物音はほとんど無い。ニックは生唾を飲み込み、銃口を真っ直ぐに構えたまま角の向こうに身を出した。
すると、そこで待っていたのは予想とはまったく違う地獄のような景色だった。
「な、に……!?」
『タウロス王国』の誇る親衛部隊が、一人残らず全滅していたのだ。
すでに袂を分かったとはいえ、自分が所属していた『オンブラ』の精鋭が無防備に床に転がっている様は形容しがたい拒絶感があった。
目線を床から上げていくと、目指していた扉の前にまるで門番のように一人の少女が立ち塞がっていた。
「……お前が一人でやったのか?」
迂闊にも声を掛けた後で、自分が失敗した事に気付いた。
少女はゆっくりとした動作でニックの方に体を向ける。
「あなたも『オンブラ』? 全員倒したと思ってたけど、まだいたんだ」
ゆらりと。
捉えどころのない歩法で一歩ニックの方へと近寄る。
全神経が危険信号を出していた。何もしなければ殺されてしまう確かな予感があった。
「待て! 聞いてないか!? おそらくそっちの仲間の男と行動を共にしていた、ミランダとマルコの仲間だ!!」
ニックは短機関銃から手を放し、両手を上げて早口でまくし立てる。
その言葉に少女は歩みを止めると、簡素な質問を飛ばす。
「……名前は?」
「ニックだ。連れにレナートと嬢ちゃ……アリシア様もいる」
「……アーサーは?」
「あいつとは別行動だ。ドラゴンを止めに行った」
「……」
その言葉だけでは不十分だったのか、少女は値踏みするような目でニックを見ていた。
そんな状態が数秒続き、やがて少女は緊張の糸を切るように、ふっと力を抜いて、
「まあ二人に聞けば身の証明はできるか……。連れの人達は? レナートって人がいれば、全部のカプセルをすぐに開けられるって話だったんだけど」
「すぐかどうかは分からんが、やらせてみる」
「できるだけ早くお願い。じゃないと中が……」
少女が複雑そうな顔で、ニックに施設の中を見るように促す。
少しの緊張感を持って中を覗くと、そこには……。
「一〇二個目終了!! そっちはどうだ!?」
「一二八個目です! ミランダさん、遅れてますよ!!」
「こっちは九四個目だよ悪かったなちくしょう! ところで一人のノルマって何個だっけ!?」
「「約一五〇〇個!!」」
「終わる訳ねェェェええええええええええええええええええええええええええ!!」
……通路とは別の意味で地獄絵図だった。
半狂乱に近い状態で、それでも流れるような動作でカプセルを開けて回る三人の姿がそこにはあった。
「……何があったんだ?」
呆れた調子で少女の方を振り返ると、先程の殺気が嘘みたいな疲弊した表情で、
「……ここで門番の代わりをしてるワタシは良いけど、ここに来てからずっと同じ作業をしてる三人は精神の方にガタが来たみたいで、さっきからずっとあんな感じで作業を続けてるの。終わりもまだ遠いし、できれば早く解放してあげて。さすがにもう見てられない」
「……分かった」
◇◇◇◇◇◇◇
それから隠れていたレナートとアリシアを呼び寄せ、レナートはすぐにカプセルの一つにパソコンを繋ぎ、一気に全てを開ける方法を模索していく。
そしてようやく単純作業から解放された三人は、床の上に転がるように座る。
「やっと解放されたーっ!!」
「遅いですよ、ニックさん」
「ニック、そっちはどうだった?」
「今から説明する。とりあえずこれでも食え」
ニックから三人に手渡されたのはお馴染みのカロリーチャージだった。さすがのアレックスも文句一つ言わずに受け取って食べ始める。
「それで? アンタが噂のニックってヤツか。アーサーの方はどうなってんだ?」
「ああ、それか。連れのお前には悪い話だが、あいつはドラゴンの方を止めに行った。すでに起動済みだろうから、かなり苦労してるはずだ。一応あいつ自身の連れと一緒だが……」
「あ、もう良いわ。それよりもう一本ねえか?」
「は……? あ、ああ……」
アレックスの態度に言葉の出ないニックは、思わず言われるがままもう一本カロリーチャージを手渡してしまう。アレックスはそれをかじりながら吐き捨てるように、
「あいつが無茶やってんのは分かってんだよ。まあ連れがいるってのは引っ掛かるがな。何やってるか分かればそれで良い」
「まあお前がそれでいいならいいが……」
「それよりもこの後の事を考えた方が良くねえか? 上手くカプセルを開けられたとしても、ここにいる五〇〇〇人近くの人達をどうやって外に出す? つーかいっそこの騒動が終わるまで出さないってのはどうだ?」
指を鳴らしながら名案とばかりに言うアレックスに、同じくカロリーチャージをパクつきながらミランダとマルコが口を開く。
「いや、今はドラゴンの起動やレナートのハッキングの影響でここの警備もザルだが、いづれ元の警備体制に戻る。そう考えたら救出のチャンスは今しかないんだ」
「そうですね。外の事もありますし、せめて避難施設まで運べればいいんですが……重機かなにかで一気に運びますか?」
そんな風に。
レナートがパソコンに向き合い、四人が話し合いをしている風景を、アリシアは扉のすぐ横の壁に寄り掛かって座りながら眺めていた。
腹にある銃創のせいで疲弊しているのも一因だろうが、どこが遠くを見るような眼差しをしていた。
「どうしたの? お姫様」
そんな様子のアリシアに、輪の中から抜けて来た少女は話しかけながら隣に腰を下ろす。
「結祈さん……でしたね。どうしたという事ではないのですが、この光景を見てると、私は本当に役立たずだったんだと思いまして……」
自分なりに一年間、あらゆる状況に対応できるように色々な準備はしてきたつもりだった。
しかし用意していた策はことごとく通用せず、むしろ人質になったり銃を向けたり、足手まといにばかりなっている。
「ニック、ミランダ、マルコ、レナート。それからここで出会ったアーサーさんにサラさん。彼らに命を懸けてまで助けてもらう価値が私にあったのかと、ふと思ったんです」
弱音を吐いている自覚はあった。
しかし避けたかった状況を避けられず、兄には背後から撃たれ、関係のない一般人にまで事態の収拾を任せているのだ。いくらなんでも弱音の一つでも吐きたくなる。
そんな様子のアリシアに、結祈は慰める訳でもなく、質問を投げかけた。
「お姫様はアーサーと一緒にいたんだよね?」
「一緒、というほど長い間いられた訳ではありませんが、少しお話はしました」
アリシアも気分転換には良いと思ったのか、さっと答えた。
結祈はさらに質問を重ねる。
「どう思った?」
「……どう、とは?」
「そんな考え方してて、アーサーに何か言われなかった?」
アリシアはその問いには少し考えるような素振りを見せて、
「アーサーさんは……不思議な方です」
端的にそう答えた。
「フレッドお兄様の言いなりになっていた私に、それは言いなりじゃなくて私自身の意志だったと言ってくれました。私やニックが諦めても、彼はいつも諦めていませんでした。どうしてなんでしょうか?」
「アーサーはね、欲張りなんだよ」
結祈は嬉しそうに、少し笑ってそう言った。
「何かを守るために、誰かが犠牲になるのを許せない。どんなに難しい条件でも、みんなで辿り着けるハッピーエンドを目指す。それを阻む運命があるなら、どんな方法を使っても踏破していく。そういう人なんだよ」
「……こんな世界だと、大変な生き方ですね」
「……うん、そうだね」
結祈はそれを認めて、しかし柔らかい笑みで続ける。
「だから支えたくなるんだよ。そしてその生き方は少なからず周りに影響を与えてる。お姫様もアーサーを見て少なからず影響を受けたんでしょ?」
「……はい」
「だったらまだ、お姫様にしか出来ない事がきっとあるよ」
「私にしか出来ない事……」
その言葉について考え始めたアリシアを見て満足したのか、結祈は立ち上がってアレックス達の輪の中に加わっていく。
それを見送る事もせず、今の自分に何ができるのかをアリシアは考え続けた。